結婚して六年目。夫の久堂風間(くどうかざま)が、浮気をした。もう三ヶ月も、私に触れてこない。「家で夫が役目を果たさないのは、たいてい外に女がいるからだよ」そんな噂話を、最初は信じていなかった。だけど、あの夜、一本の電話がかかってくるまでは。そのとき、風間はバスルームでシャワーを浴びていた。彼のスマホが鳴った。画面を見ると、地元の番号。でも、名前の登録はない。妙な胸騒ぎがして、私は電話に出た。「どちら様ですか?」しかし、向こうは何も言わなかった。数秒の沈黙の後、ぶつっと切られる。明らかに、私のことを知っている相手だった。その瞬間、胸の奥がじわっと冷たくなった。大切なものが、音もなく崩れていくような、そんな感覚。無駄な妄想をしないために、私は風間のスマホを開いた。パスワードは、私たちの記念日。ロック画面は、二人で笑っている写真。アイコンも、私たちが手を繋いでいる後ろ姿。SNSの投稿も、全部私との日常ばかりだった。何もやましいことはない。そう思いかけたとき、私はふと、あの番号を検索してみた。その番号の持ち主は、風間の秘書――芦田雪乃(あしだゆきの)だった。恐る恐る、二人のトーク履歴を開いた。一見、やましいやりとりはなかった。全部、仕事の内容ばかり。でも、女の勘は、そんな簡単にはごまかされない。私は続けて、彼の送金履歴を開いた。見つけてしまった。彼は、雪乃に何度もお金を振込んでいた。クリスマスの日も、バレンタインの日も……心臓がぎゅっと縮む。間違いない、風間は浮気している。手の中のスマホ画面には、幸せそうに笑う私たち。だけどその幸せが、今はひどく皮肉に見えた。あれほど私を深く愛してくれた風間さえ、裏切るのか……私が風間と出会ったのは、十七歳のとき。両親を病気で亡くし、南の田舎から親戚に連れられ、東海市(とうかいし)に来た。何も持たず、何も知らない都会で私は、沈黙と内向で自分を守っていた。そのせいか、学校では馴染めず、いじめられた。誰にも助けてもらえず、毎日が辛かった。そんな私を救ってくれたのが、風間だった。彼は私をいじめていた生徒たちを追い払い、太陽の香りがするジャケットで、私を包み込んでくれた。「バカだな、
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