男の子?蒼空の胸が一瞬きゅっと縮み、遥樹と目が合う。騒がしい人だかりに目を向け、慎重にもう一度尋ねた。「あの子、どんな色の服着てたの?」ボディーガードは女の子の様子を見るので手一杯で、いい加減に返す。「わからない」蒼空は黙り込み、女の子の髪に引っかかった葉っぱを払った。人の声が混ざり合い、雑然とした空気が広がる。視界も、耳も、はっきりしない。女の子は振り返り、むくれた顔で言った。「まだパンダ見てないのに。なんだよもう。ねえ、あなたは見たの?」蒼空は首を振る。女の子が唇を尖らせる。「そっか。じゃあ、もうちょっと待とうかな」そして彼女の袖をつまみ、揺らしながら言った。「一緒に待ってくれる?」蒼空は唇を結び、頷こうとしたその時、人ごみの奥からどっと騒ぎが起きた。「押すなって!子どもが落ちる!」「落ちた!落ちたぞ!早く呼んでこい!」「嘘、ほんとに落ちた!」蒼空の眉間が寄る。女の子がぼそっと言った。「落ちたなら落ちたでしょ。あそこパンダだよ?人食べないじゃん」蒼空の指がぴくりと動く。パンダは確かに愛嬌がある。でも、どんなに可愛くてもパンダはパンダだ。子どもどころか、大人だって敵わない。「見に行こう」遥樹が言った。蒼空は振り返る。遥樹は蒼空の頭を軽く撫でた。うなずいて立ち上がり、早足で人の中へ入っていく。人混みをかき分け、ようやく展望台の端につく。背後で遥樹が腕を広げ、彼女をさりげなく人から守るように囲う。欄杆を握り、人々の視線を追う。展望台の縁に、一人の男の子がぶら下がっていた。手に掴んでいるのは蔓。体重に引っ張られ、蔓は下へ垂れ、ちょうど中腹あたりで彼を支えている。大人たちが手を伸ばすが、男の子にも蔓にも届かない。空中で足をばたつかせ、その真下には成獣のパンダが頭を出して見上げている。あれは、紛れもなく佑人だった。遠目でも分かる。真っ青になった顔。丸い目が恐怖でいっぱいになり、口を開けて泣き叫び、涙をぽたぽた落としている。蒼空の表情は複雑だった。蔓は今は持ちこたえているが、長くはもたない。落ちれば無傷では済まない。パンダに傷つけられる可能性もあるし、そもそも高さが危険だ。周囲の人間は散
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