婚姻届を提出するため、私は区役所で赤城和也(あかぎ かずや)を待っていた。窓口の職員が退勤する時間になっても、彼は現れなかった。最初の電話では「仕事が忙しいから待ってくれ」と言っていた。二時間後、再度電話をかけると、もう繋がらなくなっていた。握りしめた婚姻届は、すでにぐしゃぐしゃにしわくちゃになっていた。「お客様、私どもは閉庁時間です。本日はお手続きされませんか?」一日中待ち続ける私に、職員が声をかけてくれた。私はぼんやりと首を振った。「結構です。今日はやめます」区役所を出ると、退勤する職員たちが私を見てささやき合っていた。「あの方、何度か見かけるよね。いつも一人で婚姻届を出しに来てるけど……」「そういえば、ずっと誰かを待っているみたいだけど、結局来ないんだよね」表情は冷静でも、心はに乱れていた。恥ずかしさで顔を上げられず、足早にその場を離れた。これで七度目だ。和也との婚姻届提出に失敗したのは。タクシーを待っていると、突然彼が現れた。息を切らしながら走り寄ってきて、申し訳なさそうに笑った。「ごめん、結衣(ゆい)。急な仕事が入っちゃって。まだ間に合う?」私は無言で笑った。前回の婚姻届提出日も「仕事」だった。その前も「仕事」を理由にすっぽかされた。今回はもう指摘する気力もなく、ただ淡々と言った。「遅すぎたわ。職員はもう帰っちゃった」和也は憤慨した様子で腕時計を見ると、区役所の職員を非難した。「まったく、定時きっちりに帰るなんて。一分だって待てないのかよ」そう言うと、私の手を取って自分の胸に当てた。「渋滞だったから、ここまで走ってきたんだ。本当に疲れたよ」私は彼をじっと見つめ、鼻の奥の痛みをこらえた。バカじゃない。彼が走ってきたかどうか、そのくらいはわかる。唇を噛みしめ、初めて問い詰めた。「走ってきたのなら、どうして一滴も汗をかいていないの?」彼の額はカラッと乾いていた。汗どころか、湿り気すらなかった。私の言葉で、和也の表情が一変した。眉をひそめ、怒気を含んだ声で言い放った。「何が言いたいんだ?俺が嘘つきだと?わざと結婚を避けてるって言うのか?必死で走ってきたのに、信じてくれないのか?結衣、お前がそんな冷たい女だとは思わなかっ
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