All Chapters of 復讐の名のもとに、結婚した彼が最後は”行かないで”と泣いた: Chapter 31 - Chapter 40

41 Chapters

第三十章 第二の火災

第三十章 パチパチと不気味な音が響き、何かが近づいてくる。書斎の扉の隙間から、不穏な気配が忍び込み、萌香の足元を這うように広がった。重い空気が書斎を満たし、天井まで埋め尽くす古書が古臭い息を吐き出す。彼女はしきりに瞬きし、口元を覆って激しく咽込んだ。鼻をつく異臭・・・・・廊下で感じたそれは、灯油だった。目を凝らすと、書斎のカーペットに点々と黒いシミが広がっている。 (火事!?) 萌香の心臓が跳ねた。誰が、何のために?答えは一つしかない。長谷川だ。彼は二十年前の火災の報告書を握らせ、萌香をこの書斎で焼き殺すつもりなのだ。あの封筒、父親の事故、車に転がっていた消毒薬のペットボトル、長谷川の指紋が浮かぶ。あの事故も彼の仕業だったのか。 「やっぱり、長谷川さんが・・・!」 声にならない叫びが喉で詰まる。気づけば、書斎は火の海に飲み込まれていた。カーテンが赤く燃え上がり、古書が炎に舐められる。パチパチと爆ぜる音が、過去の秘密を焼き尽くすように響く。萌香は鉄格子の窓に駆け寄るが、熱で歪んだ格子は動かない。煙が肺を焼き、視界が揺れる。彼女は封筒を握りしめ、震える声で叫んだ。 
last updateLast Updated : 2025-08-14
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第三十三章 真相

第三十三章 萌香は、埼玉県川越市の田辺の家に身を寄せていた。東京を一望できるラグジュアリーなタワーマンションの住まいより、畳の匂い、年代を感じさせる柱、そして瓦屋根を叩く雨音が心地よかった。地に足がついた、あたたかみのある暮らしだった。火事で負った怪我も癒え、萌香の頬には明るい笑顔が戻った。田辺の家は、蔵造りの街並みに溶け込む古民家で、庭の柿の木が秋の風に揺れていた。萌香はそこで、朝は土間の釜で湯を沸かし、夕は縁側で近隣の子供たちと話す時間を楽しんだ。何より、田辺は実の父親のように萌香を可愛がり、「克典の嫁に来ないか?」と冗談めかして笑った。田辺克典はまんざらでもなさそうで、萌香を熱い目で見つめた。その視線には、優しさとどこか期待が混じる。萌香は照れながらも、克典の不器用な気遣いに心温まる思いだった。川越の祭囃子が遠く聞こえる夜、萌香は新しい家族のような絆を感じ、未来に小さな希望を見出していた。 「萌香ちゃん、LINEじゃないかな?」 ある朝、萌香のスマホが気忙しく立て続けに鳴った。画面を見ると、表情が暗くなった。翔平からの通知だった。「離婚届にサインした。協議離婚の書類を準備したから、マンションに来て欲しい」メッセージに萌香の心は乱れた。 (本当に離婚して良い? 後悔はない?) 胸の内で問いが響く。川越の田
last updateLast Updated : 2025-08-17
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第三十四章 過去の清算

 第三十四章   仄暗い通路に、萌香と翔平の靴音が響く。踏み出すごとに、それは離婚という事実に近づいている。萌香がチラリと横目で見ると、翔平は平然とした顔で前だけを見ていた。   (翔平は・・・離婚したらどうするんだろう)   所詮、復讐のためだけの結婚だった。その復讐が彼の妄信だと分かった今、二人が一生を共に歩む理由はなかった。翔平は母親を失った悲しみの復讐という重い枷を下ろし、萌香は自分を縛り付けていた鎖から解き放たれる。お互い、自由を手に入れることができるのだ。けれど萌香の中には、僅かな恋情が燻っていた。これまで復讐心だけで生きてきた翔平のこれからが気掛かりだった。それはまるで砂でできた城のように、呆気なく崩れてしまうのではないかと、そう思えてならなかった。   萌香の胸は締め付けられるように痛んだ。通路の先、公証役場の扉が見える。翔平の背中は冷たく、遠い。萌香は一瞬、声をかけようとしたが、言葉は喉で詰まった。離婚は自由を意味するはずなのに、なぜか心は重い。過去の真実が二人を分かつ今、萌香は自分の本当の気持ちに気づき始めていた。けれど、それを口にする勇気はまだなかった。扉が近づく。もう、引き返せない。 &nb
last updateLast Updated : 2025-08-18
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第三十七章 母の決意

第三十七章 萌香の胸は早鐘を打った。翔平が、自分が妊娠したことを知ったらどんな反応をするだろうか。彼はこの子を自分の子供だと認知し、久我家の跡取りとして、取り上げるかもしれない。萌香は、それだけはなんとしてでも避け、赤ん坊を守りたかった。緊張で口の中が渇いた。いつまでも居留守を使える訳もなく、萌香は震える指先で応答ボタンを押した。 「どちら様でしょう?」 萌香の他人行儀な返事が気に食わなかったのか、翔平は先の尖ったナイフを突き立てるように激しい口調で萌香を罵った。彼女はその言葉を聞いているだけで、三年間の辛く惨めな結婚生活が瞼の裏に浮かんでは消えた。唇を噛み、握り拳を作る。萌香は、母として毅然とした態度でモニターに映る翔平に話しかけた。 「もう、お会いすることはありません。どうぞお引き取り下さい」「萌香! お前はまだ俺のものだぞ!」 翔平はポケットから封筒を取り出すと、彼のサインが空欄の離婚届を広げて見せた。萌香は、まだ離婚が成立していなかったことに衝撃を受け、その場に座り込んだ。翔平の「不受理申出」が、彼女の自由を阻んでいた。あの夜の暴力、復讐に囚われた彼の執念が、なおも彼女を縛る。萌香は腹の子に触れ、決意を新たにした。「この子は私
last updateLast Updated : 2025-08-21
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第三十八章 克己の誕生

第三十八章 萌香は眩しい分娩台の上にいた。それはカリフォルニアの明るい太陽を思わせる光で、彼女の顔を白く照らし出した。波のように寄せては返す陣痛に耐えること四時間、額には汗が滲み、苦悶の表情が浮かんだ。唇を噛みしめ、痛みに耐えるたび、萌香の心には過去の記憶が蘇る。翔平との三年間の結婚生活は、愛というより重圧に満ちていた。すれ違いの日々、冷えた会話、互いの心の距離。だが、その中で芽生えた新しい命は、彼女に光をもたらした。田辺克典との出会いは、萌香の人生に新たな色を加えた。彼の穏やかな笑顔、優しい言葉が、凍てついた心を溶かしたのだ。今、陣痛の合間に萌香は思う。この赤ん坊は、過去の傷を癒し、克典との第二の人生を照らす希望の光だと。痛みがピークに達する瞬間、彼女は力を振り絞り、新しい命を迎える準備をした。その小さな泣き声が、萌香の心に響き、未来への一歩を刻んだ。 「萌香さん、男の子ですよ」「男の子・・・・・」「とても元気だわ、頑張ったわね」  萌香は涙を流し、赤ん坊のぬくもりを感じた。産室の静寂に小さな泣き声が響き、彼女の心を温めた。そこへ会社から駆け付けた田辺克典が現れた。手に深紅の薔薇の花束を持ち、穏やかな笑顔で萌香を見つめる。  「萌香ちゃん! 男の子だったんだね!」
last updateLast Updated : 2025-08-22
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