第三十章 パチパチと不気味な音が響き、何かが近づいてくる。書斎の扉の隙間から、不穏な気配が忍び込み、萌香の足元を這うように広がった。重い空気が書斎を満たし、天井まで埋め尽くす古書が古臭い息を吐き出す。彼女はしきりに瞬きし、口元を覆って激しく咽込んだ。鼻をつく異臭・・・・・廊下で感じたそれは、灯油だった。目を凝らすと、書斎のカーペットに点々と黒いシミが広がっている。 (火事!?) 萌香の心臓が跳ねた。誰が、何のために?答えは一つしかない。長谷川だ。彼は二十年前の火災の報告書を握らせ、萌香をこの書斎で焼き殺すつもりなのだ。あの封筒、父親の事故、車に転がっていた消毒薬のペットボトル、長谷川の指紋が浮かぶ。あの事故も彼の仕業だったのか。 「やっぱり、長谷川さんが・・・!」 声にならない叫びが喉で詰まる。気づけば、書斎は火の海に飲み込まれていた。カーテンが赤く燃え上がり、古書が炎に舐められる。パチパチと爆ぜる音が、過去の秘密を焼き尽くすように響く。萌香は鉄格子の窓に駆け寄るが、熱で歪んだ格子は動かない。煙が肺を焼き、視界が揺れる。彼女は封筒を握りしめ、震える声で叫んだ。
Last Updated : 2025-08-14 Read more