恵の顔に一瞬、不自然な表情が浮かんだが、素直に答えた。「いえ、ご主人様はこの数日、一度も帰ってきていません」そう言いながらも、一真をかばうように付け加えた。「いつもお忙しい方ですから、奥さん、あまり考えすぎないでくださいね」「うん、大丈夫。気にしてないよ」梨花は微笑みながらそう答えたが、心の中は空っぽだった。元夫の動向に思いを巡らせる余裕もない。ここ数日、まともに眠れていなかった。ようやくシャワーを浴びて、慣れ親しんだベッドに横たわったというのに、なぜか眠れそうになかった。この場所が、もう彼女にとっては安心できる場所じゃなくなっていたのかもしれない。部屋も、ベッドも、何も変わっていないはずなのに、すべてが変わってしまったように感じる。梨花は手を伸ばし、ベッドサイドのスマホを取ると、気だるげにSNSのタイムラインをスクロールし始めた。綾香の投稿:【宇宙一最高な親友を見送って、家で私を迎えるのは書類地獄】梨花は思わず口元を緩め、いいねを押した。そのまま画面をスクロールしていると、ふと指が止まった。桃子の投稿:【あなたは本当に約束を守ってくれたね。私を守ってくれて、いつもそばにいてくれてありがとう】添えられた写真には、病院のベッドに横たわる桃子と、果物を食べさせてくれている手が映っていた。映っているのはその手だけ。だが、長くて美しい指、くっきりとした関節、そして手首にある小さな赤いほくろ。梨花は一瞬でその手が誰のものかを見抜いた。一真だった。迷わずその投稿をスクリーンショットし、そのまま一真に送った。【まだ病院にいるの?ちょっと用があるから、明日病院に行ってもいいかな?】彼が家に帰ってこないなら、こちらから出向くまでだ。もう離婚したのだから、気を遣うこともない。潮見市空港。飛行機が到着し、一真は車に乗り込むと、シートにもたれかかり、疲れた様子で眉間を揉んでいた。夜は車も少なく、黒いマイバッハは滑るように走っていた。街灯の薄暗い明かりが、時折彼の端整な横顔に落ちる。一真はもともと品のある静かな顔立ちだったが、今はどこか冷たく、近寄りがたい印象をまとっていた。助手が静かに尋ねた。「社長、本社に戻りますか?それとも桜丘町に行かれますか?」「まずは本社に
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