私はもう一度コッヘルを振るって犬歯を転がしてみた。 チンチロリン。 賭の合図のような音がひび割れたアスファルトに染み込んでいく。でも犬歯は転がるばかりで特にどこを指すという事はなかった。「どこも指さないな」 Dはバックパックを背負い直しセイタカアワダチソウの群生に一歩近づいて、「夕霧の薬指は方位磁石じゃなかったですよね」 作者のくせに忘れたんですかという口ぶりだった。 薬指のモチーフは「辻沢シリーズ」で何度も出てきて主人公達を導いた。でもそれは物理的に方向を示すものではなかった。「『ボクにわ』で薬指を扱うシーンありますよね」 Dが言ったのは、主人公達が薬指を手にしたはいいが使い方が分からないでいる場面。まさに今の私と同じ状況。その時主人公がもらったヒントを私はこう書いたのだった。「これから起こる場面の中にいる自分をイメージする」「それをフジミユはビジョンって言ったんです」 軽いめまいがした。 ヤオマン・インでDの口からその言葉を聞いた時、私は新しい概念だと思った。でも、ビジョンとはフジミユが言った言葉としてすでに自分の作品の中で触れていたのだった。 Dが私の顔をじっと見ていた。やっと思い出したという表情をしていた。 Dはバックパックの中からヘッドランプを二つ取り出して帽子に付けた。そしてもう一つを私に渡してくれた。私が装着して明かりを灯すと目の前のセイタカアワダチソウがこちらを威嚇するように迫って見えた。私が気圧されてたじろいでいると、「行きましょう」 Dが再び先頭に立って黄色い外来種の中に分け入った。 踏み分けても踏み分けても背の高い茎が現れてなかなか先に進めなかった。セイタカアワダチソウを倒すと花粉を盛大に振りまく。それが無音の悲鳴のようで気味が悪かった。ザラザラする葉が手に触れるとそこから何かが浸入してくる気がした。軍手を持ってくれば良かったと思った。 私とDは時々前後を交代しながら進んだ。コッヘルは後ろが持った。茎を足で踏んで倒すとき体勢が崩れて転びそうになるからだ。 行軍が永遠に続くかと思った時Dが言った。「月が南中しましたね」 夜空を見上げると真上に満月があった。夜風が黄色い穂の上を渡っていく。 Dが周りの茎の列を踏みしだきだした。それを段々広くして行くのを見てDが何をしたいの
ปรับปรุงล่าสุด : 2025-10-02 อ่านเพิ่มเติม