「ええ、すべて済ませております」受話器の向こうから、洋太の声が響いた。「高瀬さんのお怪我ですが、大事ないとのことでした。お預かりした薬で応急処置も済ませましたし……先ほど雨音さんもホテルに到着されました。ただ……」言い淀む洋太の声に、秀一は無言で耳を傾ける。「その……私、また余計なことを口走ってしまいまして」洋太はおずおずと続けた。彼は「ホテルの支配人」を名乗っているが、実際は秀一の直属の秘書である。昔から思ったことを率直に口に出してしまうタイプで、半月前から「修行」の名目でホテル勤務に回されていた。玲は、そんな彼が長年秀一のそばで見てきた唯一特別扱いされた女性だった。だからこそ洋太は、彼女こそ秀一の想い人だと信じ込み、余計な世話を焼いた――玲は「藤原家の未来の奥様」にふさわしいと、ホテルであれこれ持ち上げてしまったのだ。だが今になって考えると、自分は大きな勘違いをしていたのではないか、そんな不安が胸をよぎる。「社長は俺を信用して、高瀬さんの対応を任せてくださったのに……まったく口の利き方がなってなくて。本当にすみません!……次はもう、アフリカ支社に飛ばしてください!」情けなく言い切る洋太に、秀一は低く目を伏せ、しばらく沈黙した。その沈黙の意味を測りかねて、洋太はおずおずと己の推測を口にする。「……もしかしてですが、最初から私のおしゃべり癖を計算して、高瀬さんの対応を任せてくださったのですか?」この推測があっていれば、自分の行動は間違ってなかったことになる。洋太は目を見開いた。――まさか、これも藤原家の当主らしい計略の一環なのか!?だが秀一の声は氷のように冷たかった。「俺の考えを、そんなに知りたいのか?」「いえっ!滅相もないです!」洋太は慌てて全力で否定し、話題をすり替える。「えっと、そういえば……医師から連絡がありました。高瀬さんの体調はずいぶん回復したそうですが、今後もホテルで療養を続けさせましょうか?」「……ああ」秀一の声は淡々として、感情の起伏はない。洋太が逡巡していると、次の瞬間、電話はぷつりと切れた。一方そのころ――ホテルの静かな一室で、玲は雨音に抱きしめられ、ようやく涙を解き放っていた。弘樹の前では一滴も流さなかった涙。彼に弱みを見せれば、さ
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