そろそろ別れてくれ〜恋焦がれるエリート社長の三年間〜

そろそろ別れてくれ〜恋焦がれるエリート社長の三年間〜

By:  雪八千Updated just now
Language: Japanese
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長いあいだ、高瀬玲にとって高瀬弘樹は唯一の「光」だった。 だがある日―― 「藤原家の令嬢との婚約は取り消さない。お前は、このまま俺の愛人でいればいい」 弘樹の冷たい言葉を聞いた瞬間、その光は彼女を覆い尽くす影へと変わった。 その夜、彼女はすべてを諦めて家を出る。 周囲は口を揃えた。「高瀬家の庇護を失った玲なんて、すぐに行き詰まり、屈辱にまみれて戻ってくる」と。 けれど、世間の予想は鮮やかに裏切られる。 高瀬家と藤原家の婚礼の日。真っ白のドレスに身を包んだ玲が、藤原家を率いる秀一の腕を取り、堂々と姿を現したのだ。 その瞬間、彼女は「すべてを失った哀れな女」から、「高瀬夫婦の義姉」へと変貌を遂げる。 会場は騒然、誰もが息をのんだ。 弘樹は思った。玲は自分のために身を投げ出したのだと。 だから彼女を取り戻そうと手を伸ばす。 だが、その前に冷たい声が響き渡る。 「もう一歩でも近づいてみろ」

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Chapter 1

第1話

「15番の方、高瀬玲様、ご家族の方とはまだ連絡つきませんか?」

診察室の簡易ベッドに座っていた高瀬玲(たかせ れい)は、何度目になるかわからないその問いかけを、黙って聞いていた。手にしたスマホからは、いまだに何の反応もない。

白い蛍光灯の冷たい光の下、繊細な玲の指先は、スマホを握るうちに血の気が引いて白くなっていた。

白シャツに黒のパンツという、ごくシンプルな格好なのに、彼女が身につけるとどこか現実離れした美しさが漂ってしまう。

看護師の口調も、そんな彼女を前にすると自然と柔らかくなる。

「高瀬さん、あなたの足首の靭帯はかなり損傷してます。ひとりで帰ると再び痛める可能性が高いので、できればどなたかに迎えに来てもらってください」

「……すみません。多分仕事で忙しいんだと思います。もう、来ないかもしれません」

玲は俯いたまま、か細い声で答えた。

その日、アートギャラリーでちょっとした騒動が起きた。展示中の彫刻作品を、ふたりの子どもがふざけて壊してしまったのだ。

親たちは「子どもが遊んだだけでしょ?」と開き直り、そこからスタッフと保護者の激しい口論へと発展。ギャラリーは罵声と物音が飛び交う修羅場と化した。

玲は芸大卒で、今回の展示にボランティアとして協力していた先輩だった。止めに入ろうとしたものの、もみ合いの中で足首に展示台が倒れ込み、激しく負傷した。

昼過ぎに病院へ運ばれ、夜が更けた今、他の負傷者は全員家族に迎えられて帰っていったというのに、彼女だけが取り残されていた。

看護師がそっと言葉を添える。

「彼氏さんとか……いらっしゃいませんか?もし恋人がいれば、迎えに来てもらっても……」

彼氏……

玲は唇をぎゅっと噛み締める。

連絡していたのは、まさにその彼氏だというのに。

そのとき、背後に設置されたテレビから賑やかなアナウンスが流れた。

「速報です!高瀬グループの御曹司・高瀬弘樹氏が、本日夜、ロイヤルホテルを貸し切り、藤原グループの令嬢・藤原綾さんにカスタマイズのガラスの靴を贈呈。ふたりは真剣交際中で、三ヶ月後に婚約予定とのことです!」

画面には、愛らしい顔をしている藤原綾(ふじわら あや)が映っている。玲が何度も連絡を試みた男──高瀬弘樹(たかせ ひろき)が、彼女の前で片膝をつき、ガラスの靴にピンクのリボンを結んでいた。

その瞳には彼女しか映っていないと、誰が見てもそう思うのだろう。

看護師たちもテレビを見て、思わず感嘆の声を上げる。

「いやぁ、まさに理想のカップルだね。イケメン社長と大財閥の令嬢、今頃ネットでも絶対バズってるよ」

「そうだね、しかもこんな時間にホテルで甘いひととき、私たちは病院でしんみり……悲しすぎるよ」

彼女たちの軽口が、玲の心をじわじわと冷やしていく。出血による顔色の悪さに、さらに拍車がかかった。

結局、玲は親友の水沢雨音(みずさわ あまね)に連絡を取り、迎えに来てもらった。

ここ数日、雨音は大規模なアート展示の準備で忙しくしていた。本当なら、こんな時間に呼び出すのは気が引けたが、他に頼れる人はいなかった。

だが、雨音は少しも迷惑そうな顔を見せなかった。

病室に駆け込むなり、玲の姿を見て涙ぐみながら彼女を抱きしめる。

「バカ!なんでもっと早く連絡してくれなかったの?おばさんは?やっぱり来てくれなかったの?」

十三年前、玲の母・高瀬雪乃(たかせ ゆきの)が高瀬家に嫁いだときから、玲は母の愛を無くしてしまった。

雪乃は再婚先の家で地位を築くことに必死で、実の娘には目もくれない。その一方、高瀬家の息子、弘樹の前では、理想の母親を貫いていた。

「ていうかさ、弘樹くんのニュースってどういうこと?三年前から、彼は玲ちゃんの彼氏だったよね?」

雨音の声に、玲の唇がかすかに震えた。母親が来てくれなかったことを突きつけられたときでさえ、これほどの動揺を見せなかったのに。

「……うん。彼は、私の恋人……だったはずなのに」

弘樹と出会ったのは、玲が八歳の頃、初めて高瀬家に行ったときだった。

だけど、本当に恋に落ちたのは、家でいじめられて、耐えきれずに飛び出したあの夜だった。

あのとき、弘樹は彼女の名前を呼び続け、ようやく泣きながら路地に座り込んでいた彼女を見つけた。そして、彼女の震える身体を抱きしめ、おんぶしてくれた。

帰り道、彼は掠れた声でこう言った。

「泣かないで、俺がついてるから。これからは、誰にもお前をいじめさせないよ」

涙を流しながら、玲は頷いた。冷え切った心が温められたその感覚は、一生忘れられない思い出となった。

しかし、二人の身分が違いすぎる。だから玲は、その想いをずっと胸の中に秘めることにした。一目だけ多く弘樹を見つめることができれば、彼女には十分だった。

そして十八歳の誕生日、玲は酔った勢いで弘樹に告白してしまった。

なんと彼は受け入れてくれた。

ただ、彼は条件をつけた。二人の恋を守るために、家族には悟られないようにしたいと。

玲は疑いもせずにうなずいた。二人が愛し続ければ、いつか堂々と並んで歩ける日が来ると信じていたから。

でも、恋というものは、どうして一番真剣なほうが、こんなに滑稽なのだろう。

三年が経ち、弘樹は玲ではなく、藤原家令嬢の手を取り、公の場で「恋人だ」と宣言した。

……

雨音は忙しい仕事に戻るため、高瀬家の前で玲を降ろしてすぐに立ち去った。

そのわずかな間にも、ニュースはさらに拡散され、家の中では使用人たちまでもが浮かれていた。

藤原家の娘さんがすごい方だとか、結婚式が盛大になるだとか。

さらに、綾がすでに妊娠しているのではないかという噂さえ飛び交っていた。

そんな中、玲は痛む足をかばいながら、誰にも頼らず、そっと家の階段をあがる。

ひとりで静かに。誰にも見られたくない。

けれど部屋のドアを開けたその瞬間、彼女は固まった――

目に飛び込んできたのは、長身で美しいあの男、弘樹の姿だった。
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