All Chapters of 私は待ち続け、あなたは狂った: Chapter 31 - Chapter 40

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第31話

「葉月、俺が誰か分かるか?」葉月はベッドに座り、自分より少し背の低い男を見下ろしている。葉月にはわかっている。逸平だ。葉月は思わずうなずき、声に少し悔しさがにじんでいた。「うん、逸平よね」葉月の柔らかな声、そして珍しく従順な様子に逸平は少し唇を緩めた。まあまあだ、酔いがひどすぎるわけではないらしい、少なくとも自分が誰かは分かっているようだ。「あなた、本当に逸平?」葉月も戸惑っていた。多分飲みすぎて幻覚を見ているのだろう、だから逸平が見えてるんだ。逸平は葉月の手を自分の顔に持っていき、頬を葉月の手のひらにすり寄せた。「触ってみて、本物かどうか」葉月は何も言わなかった。葉月は今頭がぼんやりしていて、現実と幻覚の区別がつかない。でも、突然葉月は泣きたくなった。目の前にいる逸平が優しくすればするほど、葉月の心は苦しく、悔しさでいっぱいになる。なぜ逸平は女癖が悪くなったのか、なぜ逸平は自分と喧嘩ばかりするのか、なぜ逸平は自分を愛さないのか?若い頃の想いはいまや執念に変わり、何度も忘れようとしても、簡単に心の奥底に押し込めた感情が引き出されてしまう。「あなたは本当に最低よね、私をいじめるなんて」涙が小さな顔を伝って落ち、それを見た逸平は慌てふためき、震える手で葉月の涙を拭おうとしたが、どうしても拭いきれなかった。「葉月……泣かないで」逸平の声は低くかすれ、葉月の涙はまるで逸平の心に落ち、全身の隅々まで流れ込むようだ。逸平は身を乗り出し、温かいキスを葉月の目頭にした。塩辛い涙が唇の間に滑り込み、逸平もまた目を赤くした。逸平の細かいキスは次第に目頭からゆっくりと下へと向かっていき、葉月の涙を一つ一つからめ取るようにして、最後に葉月の頬を優しくクイっと上げ、葉月の震える柔らかな唇にキスをした。呼吸は次第に重なり合い、次第に荒く、重く熱を帯びていく。曖昧な空気の中で、それはゆっくりと火照っている。葉月は腕を伸ばして自ら逸平の首に巻きつけ、逸平は自分の体が震えるのを感じ、全身の筋肉が急速に熱っていくのを覚えた。逸平は指を葉月の髪に絡め、優しく頭を後ろに傾けさせた。女は艶やかな目をして、まだ情欲の中に沈んでいるようだ。「葉月、俺が誰だかよく見ろ」逸平の声はかすれて澱んでおり、逸平はすでに限界まで我慢していた。
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第32話

葉月は辺りを見回すと、なんとそこは見慣れた月霞庵の寝室だ。葉月は昨日本当に飲み過ぎた。多くの記憶が途切れ途切れで、走馬灯のように一瞬ずつ浮かんでは消えていくだけだ。葉月は体を起こして座ったが、全身がだるく、体も痛む。すでに初体験は済んでいるのに、下半身に感じる違和感が昨夜何が起こったかを葉月に思い出させた。布団をめくると、服もパンツもきちんと身につけており、服に至っては新品のパジャマだ。しかも体もさっぱりしていて清潔感がある。事後に洗ってもらったのだろう。葉月は頭を激しく振り、昨日具体的に何があったのか思い出そうとした。しかし葉月はかろうじて、ダイニングで逸平を見かけたような気がするだけで、その後は何も覚えていない。最悪だ。葉月は本当に頭がおかしくなりそうだった。どうしてこんな時に限って、また逸平とあってはいけない関係になってしまったのか。葉月はベッドに座り、ただただ心がソワソワするのを感じた。しばらくして、葉月はようやく現実を受け入れベッドから出たが、歩き出すとやはり無視できない違和感が下半身にあった。葉月は心の中で呟いた。「このクソ男が」南原は葉月が階段を下りてくるのを見ると、慌てて笑顔で迎えに行った。「井上夫人、ちょうどいい時に目が覚めましたね。お粥がちょうど炊き上がりました。以前お気に入りだったものです!」葉月は階段の上に立ち、あたりを見回したが、その姿は見当たらない。「彼は?」南原はもちろん葉月が誰のことを聞いているか分かっており、にこやかに答えた。「井上様は急用があり、30分前に出かけられました。用事を済ませたらすぐに戻ると井上夫人にお伝えするように、とおっしゃっていました」葉月は唇を噛み、何も言わずに食卓に座った。壁掛け時計を見ると、時間はすでに10時を過ぎていた。南原は葉月が目覚めて逸平に会えなかったから不機嫌になったと思い、逸平に代わって説明した。「井上夫人、井上様は昨夜から今朝までずっとあなたのそばにいました。本当に急用がなければ、きっと井上夫人が目覚めるのを待っていたでしょう」葉月は南原から渡されたお粥を受け取り、南原を見て首を振った。「昨日はただ飲み過ぎて、頭がまだ少し痛いだけなの」目覚めて逸平がいないことにはすっかり慣れており、冷たいベッドに向き合うことはこの3年間
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第33話

月霞庵で葉月はタクシーが拾えなかったので、体の不調を我慢しながら外の道に沿って歩き始めた。突然、葉月のスマホが鳴った。則枝からだ。「葉月、今家にいないの?」則枝は葉月の家に着いてから、いくらノックしても返事がないことに気づいた。葉月は歩き疲れ、道端にしゃがんで休んだ。綿の上を歩くかのように葉月はふらふらとした足取りをしていた。地面に足がちゃんとつくか不安だ。葉月は則枝に答えた。「いない」「じゃあどこにいるの?あなたたちの仕事は終わったはずで、今日は休みじゃないの?またスタジオに行ってるんじゃないでしょうね?」「違う、今月霞庵にいるの」「月霞庵……」則枝はその言葉を噛みしめるように繰り返し、急に黙り込んだかと思うと、声を張り上げて言った。「まさか、逸平のところに行ったの?」「うん、でも今外に向かって歩いているところ。ここからはタクシーが呼べないから」「逸平、使えないね。葉月のために車の手配すらできないの?」則枝は話しながら駐車場へ急いだ。「違う、逸平は別の用事があって月霞庵にいないの」「葉月、また逸平のために言い訳なんかして」葉月はやるせなさを感じていたが、今は則枝と議論をする体力もない。体は重く、お酒の酔いと激しい一夜を過ごしたことが相まって、葉月はもはや命懸けだ。「もういい、待ってて。今迎えに行くから」則枝は電話を切り、制限速度いっぱいで月霞庵へ向かった。則枝が到着すると、葉月はもうそこで待っていた。「乗って」赤いスポーツカーの窓が下り、大きなサングラスをかけた則枝の顔が見えた。葉月は車に乗ると、目を閉じて休み始めた。則枝は葉月をチラッと見た。葉月はわかりやすく疲れ切っていたので、則枝は思わず尋ねた。「どうしたの?なんでここにいたの?まさか逸平と一晩中喧嘩してたとか?」本当にただ逸平と一晩中喧嘩していただけならなんてよかったのかと、葉月は思った。葉月はシートを倒して楽な体勢になり、力なく言った。「喧嘩はしてないよ、むしろ……和やかだった」「じゃあなんでこんなに疲れてるの?」そう言いながら、則枝は突然何かに気づいたように葉月を素早く見やった。「まさか、その和やかってのは、そういう意味?」葉月は黙ったままだった。それは黙認を意味した。則枝は笑い出しそうになった。「葉月、どう
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第34話

昨夜の出来事で、逸平の心は葉月に溺れそうになっている。朝目を覚まし、自分の腕の中で安らかに眠る葉月を見た時、逸平はほっと息をついた。夢ではなかったのだ。急いで家に帰って葉月に聞きたかった。自分のこと……少しは想ってくれてるよな?多くは求めない。ほんの少しでいい。葉月の心の中に小さな居場所があればそれで十分だ。「葉月はまだ寝ている?」リビングに葉月の姿が見えないのを見て、逸平はまだ寝ているのだと思った。南原は言いづらそうにしていた。逸平は南原の表情を見て、察しがついたようだ。「葉月はもう行ってしまったのか?」南原は頷いた。「井上夫人は目が覚めた後、軽く食事をして出て行かれました。着ていかれた服の代金は後で支払うとお伝えするように言われました」男の目は暗く沈み、先ほど家に入った時の期待と喜びはすっかり消えていた。逸平は笑っているが、その笑みは冷たい。葉月は自分を何だと思っているんだ?たっぷりと寝ておきながら逃げるのか?抑えきれない怒りと失望が込み上げて胸の中で渦巻き、逸平は呼吸をすることさえも苦しくなった。逸平は二階に上がり、寝室のドアを開けた。窓は大きく開いており、昨夜の艶やかな空気はすっかり吹き飛ばされていた。昨夜起きた出来事の全てが、今も逸平の脳裏を巡っている。葉月の本能的な熱情、喘ぎ声、そして欲情の末に見せた無言の涙。逸平はバルコニーに出て、タバコを吸おうとしたが、ポケットに一本も入っていないことに気づいた。なぜ葉月は毎回、これほどまでに決然と自分から離れていくのか。17歳の時もそうだったし、20歳の時もそうだった。愛を交わした後でさえもそうだった。葉月は一度も振り返って自分を見ようとしなかったようだ。葉月の目には、最初から自分など映っていなかったのだろうか?逸平はバルコニーの手すりにもたれ、スマホにはまだ葉月が昨夜送ってきたあのメッセージが表示されていた。たった一言で、逸平は理性を失っていた。逸平は自嘲した。自分はなんてちょろい人なんだ。一方、葉月は則枝に家まで送ってもらったあと、一人になった。則枝はもともと、今日休みの葉月を誘って買い物に行こうと思っていたが、葉月の今の状態だと、とてもじゃないけど一緒に買い物に行ける様子ではない。葉月は確かに疲れていた。体も心
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第35話

葉月はまだその場に立ったままで動かない。「お気遣いはありがたいけど、いらないって言ったでしょ」「昨夜のことがあって、まだお前に選択の余地があると本気で思ってるのか?」空気が急に凍りつき、葉月は握りしめた拳の指先が白くなっていた。逸平の言葉が終わらないうちに、テーブルに置かれた葉月のスマホの画面が光った。逸平は反射的にスマホ視線を向けた。届いたメッセージを目にすると眉をひそめ、瞳が急に冷たくなり、その長い腕を伸ばしてさっとスマホを奪い取った。葉月は逸平が自分のスマホを取ったのを見て不穏な予感がし、取り戻そうと飛びかかったが、立ち上がった逸平は葉月よりもずっと背が高く、到底葉月には届かなかった。「返して!」葉月は跳び上がって取りに行くが、逸平は手を高く掲げ、葉月がどう跳んでも届かないようにした。逸平はスマホを返すつもりはなかった。則枝からのメッセージだとわかっていた。全文は読めなかったが、【葉月、このイケメン君はどう?】という一文を目にしていた。「そんなに焦るんだ?」逸平は冷たい笑みを浮かべた。「どうやら人に見せられないものがあるらしいな」「見せられないものなんてないわ。ただあなたには私のプライバシーを勝手に見る権利がないだけ」「プライバシー?」逸平は冷笑し、葉月の腰をぐいと掴んで両手を拘束すると、スマホを葉月の目の前にかざし、簡単にロックを解除した。逸平の指先はスクロールし、葉月と則枝のトーク画面を開いた。則枝が葉月に送った動画は最初ぼやけていて、どうやらバーで撮られたようだ。動画が再生されてから5秒〜6秒ほど過ぎると、則枝の顔が画面に現れ、則枝の横には若くてハンサムな青年が二人、明らかにホストらしき男たちが座っていた。則枝が自分の頬を指さすと、左側のホストが近寄って則枝の頬にキスをした。逸平は嘲るような表情で葉月に言った。「則枝は今そんなに好き勝手やってるんだ?」葉月は動画を見て息をのんだが、それでも強がって反論した。「あなたに比べたらまだましよ」「フン」逸平は聞いて冷笑した。葉月はスマホを取り戻そうとしたが、逸平に手首をぐいと掴まれた。逸平は次の動画をタップした。若いイケメンが薄手のシャツを着て、大きく開いた襟元を手でゆっくりと持ち上げ、腹筋を露わにした。続けざまに、則枝の嬉しさが抑え
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第36話

逸平の瞳が一瞬にして暗くなり、全身から放たれる圧が凄まじいほどに低く重かった。しかし、逸平は歯を食いしばって言った。「どうして良くないんだ?昨夜は良かったじゃないか。お前も楽しんでいたじゃないか」昨夜のことは葉月は記憶になかったが、逸平にこんなに露骨に言われると、葉月の顔は火照りそうになった。「でたらめを言わないで!」「でたらめ?俺は本当のことを言っているだけだ」逸平は葉月の首筋に近づき、その滑らかで白い肌に軽くキスをした。葉月は一瞬身震いした。逸平は唇を歪めて笑った。「葉月、体は嘘をつかないんだ」葉月は顔をそむけて逸平を見ようとせず、唇を噛んで言った。「他の人でも同じ反応をしたわ」逸平の瞳が鋭く細まり、次の瞬間、葉月の顎を掴んでいた手にぎゅっと力が込められた。指の関節は血の気を失い、冷たく白んでいる。「他の人?」逸平は一語一句噛みしめるように繰り返し、声は恐ろしいほど低い。「葉月、もう一度言ってみろ」逸平は葉月の微かに震える睫毛を見つめ、突然低く笑った。「どうやら俺はここ数年、お前を甘やかしすぎたようだ」言葉が終わらないうちに、逸平は突然葉月の襟を引き裂き、肩に噛みついた。まるで自分の印を残すかのように。葉月はあまりの痛さに思わず息を呑んだ。「何するのよ!」逸平は目を上げ、瞳に冷酷な色を浮かべた。「お前に覚えさせるためだ」突然逸平は何かを思い出したかのように葉月を振り切り、葉月のスマホを掴んだ。画面には例のメッセージが表示されている。「説明しろ」来るべき時が来た。葉月は自分が送ったメッセージを見つめ、言い逃れの余地もなく、ただ真実を話すしかない。「昨日の懇親会でやったただの罰ゲームよ」まるでの死のような沈黙が部屋に広がった。逸平の手の甲に血管が浮き上がり、指の関節からは恐ろしい音が響いてきた。逸平は低く笑った。その笑い声は葉月の背筋を凍りつかせた。「俺をからかったのか?」「ごめん」こればかりは、葉月も言い訳ができなかった。昨夜の罰ゲームに関して言えば、確かに逸平はただ巻き込まれた無実な被害者だ。「じゃあ」逸平は葉月を見つめながら言った。「昨夜、お前が俺に言ったあの言葉も、ゲームだったのか?」葉月のまつげがかすかに震えた。逸平の声は恐ろしいほど落ち着いていた。「酔ってたか
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第37話

3日後。葉月は普段通り仕事に戻った。今日スタジオに着くと、休憩室で待っている人を見かけた。悦子が葉月に説明した。「開店前から入口で待ってたんです。用件を聞いても教えてくれなくて、葉月さんが来るのを待つと言ってました」葉月は何かを思い出したように聞いた。「もしかして館林さんですか?」悦子が頷いた。「はい、そうです」葉月がその女性に近づくと、女性は葉月を見つけると慌てて立ち上がり、喜びに満ちた表情を浮かべた。「井上夫人!」葉月は女性から一歩離れたところで足を止めた。「こんにちは。私に何かご用でしょうか?」館林さんは困ったような表情を浮かべ、躊躇いながら言った。「井上夫人、今少しだけお話しできませんでしょうか?」葉月は館林さんを自分のオフィスに案内し、お茶を淹れた。「ご丁寧にありがとうございます」葉月は館林さんの向かいに座った。「どういたしまして。さて、どのようなご用件でしょうか?」目の前にいる女性は高価そうな服と装飾品を身に着けていたが、目の下には隠せないクマがあり、顔色もあまり優れていない。「井上夫人、本日は突然お伺いして申し訳ありません。私はミリオンプライムグループの社長、館林克人の妻であります、館林瑠夏(たてばやし るか、旧姓:本郷 ほんごう)と申します。先日、とある誤解で、私は井上社長と井上夫人を無礼に扱ってしまい、会社で問題が生じてしまいました。全て私に責任があります。今日はお詫びに参りました。どうか井上社長にお取りなし頂き、お手柔らかにお願いできませんでしょうか!」館林夫人の話は支離滅裂で、葉月も具体的な事情を把握していなかったが、一つだけはっきりしている。葉月は逸平の仕事には一切口を出さないということだ。「館林夫人、大変申し訳ありませんが、夫の逸平の仕事には一切関わっていないのです」館林夫人は懇願するように葉月の手を握った。「井上夫人、お願いです。私があなたと井上社長が離婚したと噂を広めたのが間違いでした。でも私も人の話を信じて、本当に離婚したと思い込んでいたんです。まさか誤解だったなんて!」葉月は軽く眉をひそめた。まさかこれが原因だったとは。だが葉月の答えは変わらなかった。逸平の仕事には一切関与しないということだ。しかも、葉月には逸平が決断したことに対して何か影響を与える能力など
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第38話

葉月は適当に笑って何も言わなかったが、あの夜逸平が葉月に警告したことがまだ耳にこびりついていて、葉月の心は重くなった。「今日はクラウド・ナインには行かないわ。入ったらすぐにお父さんにバレるし。だから今日は新しい場所に連れて行ってあげる、絶対にいいところだから」則枝は葉月に向かって眉を吊り上げ、少し得意げで確信に満ちた表情を浮かべた。則枝は事前に席を予約し、人も手配しておいた。その場所に着いて、個室のドアを開けると、一列に並んだ若くてハンサムな青年たちが葉月と則枝を待ち構えていた。葉月と則枝が個室に入ってくるのを見ると、青年たちは一斉に笑顔で「お姉さんたち、こんにちは!」と声を揃えた。則枝は目を細めて笑い、瞳を輝かせながら葉月の腕を抱き、興奮した声を抑えて言った。「どう?私嘘ついてないでしょ?ここは本当にいいところなの。友達に教えてもらったんだけど、ここのイケメンたちの質はクラウド・ナインよりずっと上よ」則枝は葉月にウィンクすると、ソファに引きずり込むように葉月を座らせた。若いイケメンたちは気が利き、二人の隣に自然に座る者もいれば、前に立って「お姉さんたち、どんなショーが見たいですか?何でもアレンジできますよ」と聞く者もいた。生き生きとしたハンサムな顔の面々に、葉月は逃げ出したい気分になった。則枝は葉月をしっかりと押さえつけて逃げ場をなくすと、目の前の青年に向かって顎をしゃくり上げた。「適当でいいわ、あなたの好きなようにして」テーブルに置いてあるボトルは全て開けられ、則枝はためらわずにぐいっと飲み干した。「葉月、飲まないの?」葉月は胃の調子が悪く、首を振った。「私は飲まないわ、あなたが飲んで。酔っ払ったら私が面倒見るから」則枝は葉月の言い分に納得し、ニヤニヤ笑いながら隣の青年とグラスを合わせた。しかし、葉月がしばらく則枝を見ていると、次第に眉をひそめ始めた——則枝の様子を見ていると、純粋に楽しみに来たというより、むしろ……お酒で憂さを晴らしているようだ。葉月はさりげなく隣の青年と場所を替わり、則枝のそばに座ると、そっと則枝のグラスを被せるように押さえた。「則枝、私に何か隠してることがあるんじゃない?」則枝は一瞬たじろいだが、すぐに平常心を取り戻し、何事もなかったように笑った。「何もないわよ、ただ飲みた
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第39話

則枝は酔っ払っていたので、葉月もここに居続ける気はなかった。葉月には遊びたい気持ちなど微塵もない。個室にいた青年たちを追い払い、一人だけ残して、葉月と一緒に則枝を支えながら外へ出ようとしたが、ロビーで急いで走ってきた少女とぶつかりそうになった。少女は慌てて走っていたため、葉月たちの前で転んでしまった。少女の髪は乱れ、服にも少し傷がついた。誰が見ても何かが起こったとわかる状態だ。「井上さん、井上さん、助けてください」少女は葉月の足にしがみついた。聞き覚えのある声で、葉月は目の前の少女が玉緒だと気づいた。葉月は則枝を一緒にいた男性に預け、自分の上着を脱いで玉緒に掛け、ゆっくりと玉緒を立ち上がらせた。「どうしたの?」玉緒が答える前に、数人の男が駆け寄ってきた。先頭の男は40代くらいで、背が低い。玉緒は恐怖で葉月の後ろに隠れ、葉月の裾を握りしめながら涙を流した。「井上さん、助けてください。あの人たちが……私をいじめようとしてくるんです」葉月は状況を理解し、玉緒の手を軽く叩いて静かに慰めた。先頭の男は葉月を見た瞬間、一瞬驚いた表情を浮かべた。先頭の男の後ろには3人の男がおり、どうやらボディーガードのようだ。先頭の男は笑顔を作り、口を開いた。「井上夫人、この子が私たちの物を盗んで逃げたんです。ただ連れ戻して、盗んだ物を取り返したいだけです」「違います、井上さん、違うんです!私は何も盗んでいません、彼らは嘘をついているんです!」玉緒は葉月に向かって必死に首を振り、葉月まで自分を見捨てるのではないかと恐れていた。葉月は視線を先頭の男に向け、淡く笑った。「彼女が盗んだかどうかは知りませんが、本当に盗んだなら警察を呼べばいいはず。このようなやり方はおかしいでしょう」男は笑った。「はい、あなたのおっしゃる通りですが、彼女を連れて行かないと、上にどう説明すればいいのか困るんですよ」「ではっきり言いましょう。この件については私が対処します。この子は私が連れて帰ります」玉緒があの人たちの手に渡ったら、どんな目に遭うかわかったものではない。「それはダメです。彼女はうちの社長の頭を殴って負傷させたのです。ただじゃ済みませんよ」玉緒は葉月を見つめながら、涙を浮かべて説明した。「あの人が私に強要しようとしたんです。自分の身を守
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第40話

リーダー格の男は、葉月が本当にこの少女を救うためにここまでするとは思っていなかったようだ。「井上夫人、井上社長たちは今楽しく遊んでいらっしゃるので、お会いするのは難しいかと思います」もごもごと言っている彼に、葉月はわざと理解できないふりをして再び尋ねた。「逸平はどこにいますか?」「それは……」「もういいです、私が一部屋ずつ探していきます」葉月がそう言って個室の方へ歩き出すと、リーダー格の男はボディーガードを連れて葉月の前に立ちはだかったが、葉月の身分を慮ってか手出しすることはできない。その時、一番奥の個室のドアが開き、行人が出てきた。葉月は行人を見た瞬間、逸平の居場所がわかった。行人も葉月に気づき、すぐに駆け寄って葉月の前に立ちはだかりながら、ボディーガードたちを指さして怒鳴った。「お前ら何してるんだ!彼女が誰だかわかってるのか!」先頭の男は冷や汗をかきながら、気弱に答えた。「はい、わかってます、わかってます」「わかってて彼女に手を出すつもりだったのか?」「いいえ、私たちは彼女に一切触れていません!」ボディーガードたちは冤罪だと訴えた。葉月はここで時間を無駄にしたくなく、直接行人に聞いた。「逸平は中にいるんでしょ?」行人が頷いた瞬間、行人が話す間もなく、葉月は玉緒を連れて一番奥の個室へ向かった。「井上夫人、井上社長に何かご用でしょうか?」行人は葉月の後をつけ、葉月のそばにいる少女を見て不吉な予感がした。葉月は行人を無視し、個室の前で玉緒に小声で言った。「後は私に任せて」玉緒は葉月の袖を引っ張り、「井上さん、だめです。これで井上さんに迷惑がかかるかもしれません」葉月は微笑んで首を振った。「大丈夫よ」葉月自身も確信はなかったが、玉緒を放っておけなかった。葉月がドアを開けると、個室中の視線が一斉に入口の方へ向けられた。広い個室には大勢の男女が親密に寄り添っており、葉月は真ん中に座っている気品ある男を一目で見つけた。そんな場所にいながらも、その男は清らかで世俗を超越した雰囲気を漂わせている。逸平がふと葉月の方を見上げたが、チラッと見ただけで、すぐに視線を逸らした。逸平のそばには、セクシーで妖艶な美女が座っており、甘やかすかのように逸平の口にフルーツを運んでいた。最初に葉月に反
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