私は待ち続け、あなたは狂った

私は待ち続け、あなたは狂った

Par:  カフェイン中毒男Mis à jour à l'instant
Langue: Japanese
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名家同士の政略結婚で強制的に結婚をさせられた、愛のないこの婚姻生活は苦しみながらも3年間は続いた。 夫は夜になっても帰ってこない。夫は女癖が悪い。そして、夫の心は他の女に向いている。 井上葉月(いのうえ はづき)はもう我慢できなくなっていた。絶対に、絶対に離婚する。 しかし葉月が離婚を切り出すと、清原逸平(きよはら いっぺい)はまるで別人のように変わり、葉月が行く先々で逸平の姿が見えるようになった。まるで怒られても逃げず、殴られてもへこたれないように。 表向きでは逸平はこう言ってる。「俺たちはまだ離婚していない。離婚していないなら夫婦だ。だから妻がいるところには俺もいる」 この結婚の始まりは決して美しくなく、打算と取引に満ちていた。逸平と葉月が幸せになれないことは最初からすでに決まっていた。 葉月は逸平がかつて口にした「これはただの政略結婚であって、恋愛感情などは一切存在しない」という言葉を忘れられなかった。 葉月の恋心は、一文の値打ちもないのだ。 葉月は決然とした口調で言った。「汚れた男は、もう要らない」 逸平はシャワーで自分をきれいに洗った後、葉月がいるベッドに飛びかかり、まるで犬のようにしっぽを振って懇願した。「葉ちゃん(ようちゃん)、俺はもうきれいになったよ」 十年の時を越えても、若き日に寄せたあの人への想い、この人生で変わることはない。

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Chapitre 1

第1話

「チクタク……チクタク……」壁掛け時計が22時を指し、時報が鳴った。井上葉月(いのうえ はづき)は窓の外を見た。夜の闇はまだ深く、かすかに黄色い街灯の明かりが見える。

彼は今夜も帰ってこないだろう。

今日は葉月の27歳の誕生日であり、夫と結婚してちょうど3年目の結婚記念日でもある。

3年間連れ添った夫は今、外で他の女性を抱きしめ、いちゃいちゃしている。

30分前、葉月はネットでトレンド入りしたニュースを見た——【新人女優が夜に謎の男性と密会】

パパラッチが撮った写真はぼやけており、男の顔は見えない。

しかし葉月にはわかった。彼が着ているあの服は、昨夜自分が選んであげたものだからだ。

葉月は軽く笑い、手元のお酒を一気に飲み干した。苦く辛い味が喉を刺さり、ようやく胸の痛みを抑えることができた。

「南原さん、これ全部片付けておいて」

南原(なんばら)は、葉月が午後いっぱいかけて準備した飾り付けと食卓いっぱいの料理を見て、もったいないと思った。

南原は葉月が気の毒でたまらなかった。何時間もここで主人の帰りを待っていたのに、主人からは一言の連絡もない。

夜が更け、一階から聞き慣れた車の音がした。葉月は布団に頭をうずめ、耳を塞いで聞こえないようにした。

しばらくするとドアが開き、清原逸平(きよはら いっぺい)が外から入ってきた。

逸平は今日たくさん酒を飲んだのもあり、全身に酒臭さが漂っていた。逸平はそのまま浴室に向かった。

シャワーの音が響きわたり、葉月は完全に眠気が覚めた。

逸平がシャワーから出てくると、葉月はベッドが沈むのを感じた。男は後ろから腕を自然と葉月の腰に絡ませ、首筋に顔をうずめた。「葉月……」

葉月はネットのトレンドニュースで見た写真を思い出し、ふいに寒気に襲われて逸平を押しのけた。葉月の声は冷たい。「あなたの匂い、気持ち悪いから触らないで」

逸平は一瞬きょとんとした後、すぐに体を起こし、葉月の背中をじっと見つめてしばらく黙っている。

逸平は身を乗り出して再び葉月を抱きしめようとしたが、葉月は突然起き上がり、距離を置いた。逸平を見る目にさえ、いくぶんか嫌悪の色が増している。

何のマネだ?

逸平は目を細めて葉月を見た。

またこの目だ。まるで自分が吐き気を催す汚れ物であるかのように。

葉月は逸平の方を見ようともせず、ただ淡々と言った。「今日がどんな日か、まだ覚えてる?」

逸平は眉を軽く上げ、幾分か気だるげに答えた。「覚えてるよ」

逸平の口から出たその言葉は、あたかも取るに足らないことかのように軽々しい。

「今晩は帰って来ないって分かってたけど、まさか外で好き勝手してたとはね!」葉月は怒りたくなかったが、引き裂かれるような心の痛みに耐えきれず、怒りを抑えられない。

逸平は突然葉月の顎を掴み、指先で柔らかな唇を撫でながら、圧倒的な威圧感を込めて言った。「どうした、これにも口を出すつもりか?」

結婚して3年。葉月が自分のプライベートに構ったことなど一度もなかったのに、今さら芝居がかったことを言いやがって。

逸平の露骨な挑発に、葉月の堪忍袋の緒がついに切れた。

いったい自分は何をまだ期待しているのだろう?

葉月は逸平の手を払いのけ、冷たい声で言い放った。「ただ自分がみっともないと思っただけ」

葉月はもう我慢できない。こんな結婚生活には本当にうんざりしていた。

「逸平、離婚しましょ」

空気が一瞬にして凍りついた。逸平は自分の耳を疑ったように、しばらくしてからようやく俯いて笑った。さっきまでの甘くときめく気持ちは、跡形もなく消え去る。

逸平は後ろに仰け反り、ベッドに両腕をもたれかけ、喉からふと笑い声を漏らした。「今日遅くなったのは仕事の用事だ。何か償って欲しいなら何でもしてやるが、口にすべきでない言葉には気をつけろ」

葉月ただただ滑稽に思えた。逸平の言う「仕事の用事」とは他の女といちゃいちゃすることだったのか。

葉月の表情は冷め切っており、恐ろしいほど冷静だ。「離婚したいの。私、井上葉月は、あなた、清原逸平と離婚する。わかった?」

さっきまでお酒でぼんやりしていた逸平はすっかり酔いから醒め、葉月を射抜くような視線でじっと見つめた。

その細長い目はまるで冷たい池のように澄んでいて、冷たさの中には計り知れない深みが漂っている。

葉月は言った。「早く済ませよう。お互いこれ以上苦しめ合うのはやめましょ」

葉月の言葉を聞き、逸平はまた笑ったが、それは相手を馬鹿にするような笑い方だ。「苦しめ合う?葉月よ、この3年間お前は清原夫人という肩書きで十分すぎるほど恵まれてきただろう。よくもまあ『苦しみ』なんて言葉が口にできたものだ」

逸平の言葉一つ一つが葉月の心をえぐり、葉月に自分の立場をはっきりと認識させた。

葉月の心は完全に冷え切っていった。

葉月が黙り込んでいるのを見て、逸平の目には焦燥の色が浮かんだ。

逸平はベッドから降りて服に着替え、袖口を整えながら葉月に言った。「夢を見るのはやめろ。離婚なんてありえない。清原夫人という立場に、どのみちいてもらわないといけない」

そう言い残すと、逸平は振り返りもせずに去り、葉月にこれ以上視線を向けることすら面倒くさがっている。

ドアは激しく閉められ、大きな音に南原までが目を覚ました。

慌てて駆けつけた南原は、逸平が怒りに満ちた表情で歩き去る姿を見た。周囲に漂う恐ろしい冷気に圧倒され、逸平に言葉をかけることさえできない。

「これは一体……」旦那さんは帰ってきたばかりなのに、どうしてまた怒りながら出て行かれたのだろう。

南原は葉月を心配し、しばらく躊躇してからそっと寝室のドアをノックした。「奥様、大丈夫ですか?」

部屋の中で、葉月はベッドシーツを強く握りしめ、平静な声を装って答えた。「大丈夫よ、南原さん。早く休んでちょうだい」

南原はドアの外から、葉月の声に込められた苦しみを聞き逃すことはなかったが、どうすることもできず、心を痛めながらため息をついて去った。

葉月は泣きたくなかったが、ベッドに座っていると涙が止まらなくなり、自分自身に腹が立った。「自分から離婚したいって言ったのに、何を泣いているのよ」

3年間の結婚生活がこんなにみじめに終わるとは。葉月はようやく悟った。自分を愛してもいない人に、どれだけ強く求めても無駄なのだと。一層のこと相手を解放し、自分も解放しよう。

葉月は一睡もできず、夜明けまでベッドに座り続けた。

翌朝早くに、葉月は弁護士に連絡し、離婚届の作成依頼をした。

二人の間に子供がいなかったのは、かえって好都合だ。

残りの家も車もお金も、葉月はすべていらない。

でもこの結婚に関しては、絶対に解消してやる。しかもなるべく早く。

向かいに座っている弁護士は、葉月の要求を聞きながら何度も葉月を見た。

逸平が保有する膨大な資産を考えると、離婚するなら多少なりとももらっていいはずだ。逸平だってそんな細いことなんか気にしないだろうに。

しかし、葉月は財産分与の話いっさいしない上に、しかも離婚を急ぐように強く弁護士に要求しているので、かえって弁護士の好奇心をかき立てる。

葉月の要求通りに離婚届が作成された後、弁護士は余計な一言を言ってしまった。「井上さん、大変失礼ですが、なぜ清原さんとそんなに急いで離婚なさるのですか?」

逸平の家柄にしろ本人のルックスにしろ、上流階級全体を見渡してもなかなか右に出る者はいない、そんな引く手あまたの男性を葉月が潔くあきらめるとは、誰もが好奇の目を向けずにはいられない。

葉月は書類をきちんとしまい、その質問を予期していたかのように、弁護士に向かって淡く微笑んだ。もともと華やかな美貌の持ち主が微笑むと、艶やかさが一層増し人の心を揺さぶるようだ。

葉月はその赤い唇がそっと開き、穏やかで抑揚のある、ゆったりとした口調で言った。「逸平はね、女癖が悪いから、性病がうつるのが怖いの」

弁護士は葉月の言葉を聞いて一瞬呆然としたが、意味を理解すると眼鏡を直しながら苦笑した。「それは離婚された方がよろしいでしょう」

葉月の気分は少しばかり晴れた。こんな時に逸平にちょっとした嫌がらせができれば、それだけで葉月は十分満足だ。
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ayako
ayako
308話更新きたー!!!!ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!1月からずっと更新待ってましたー!!!
2026-03-01 09:03:23
4
0
ayako
ayako
ものすごく時々更新されるので、次いつ更新されるのか分かりませんが、書き溜めしていて今は更新がないのだと信じたいです…!二人の続き早く読みたいです!更新待ってます!!
2026-02-07 19:42:39
9
0
おる
おる
307話で更新止まってるけど待ってます! 逸平の数々のクズ行為も呆れる試行動も本当女々しくてクズだけど、心から反省して心から謝罪して葉月に許してもらえるぐらい努力して追いかけてほしい ちょこちょこ出てくる過去描写が切なくて泣 お互い想い合ってたことがいつかわかる日がくるといいな 葉月と逸平を最後まで見届けたい とにかく続き楽しみにしてます!
2026-01-19 01:48:36
7
0
ayako
ayako
306話の更新ありがとうございます! 続きも待ってます!
2026-01-02 19:35:31
4
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ayako
ayako
とても面白いのですが更新が止まってしまってる…?早く更新再開されますように。
2025-12-18 17:57:57
6
0
310
第1話
「チクタク……チクタク……」壁掛け時計が22時を指し、時報が鳴った。井上葉月(いのうえ はづき)は窓の外を見た。夜の闇はまだ深く、かすかに黄色い街灯の明かりが見える。彼は今夜も帰ってこないだろう。今日は葉月の27歳の誕生日であり、夫と結婚してちょうど3年目の結婚記念日でもある。3年間連れ添った夫は今、外で他の女性を抱きしめ、いちゃいちゃしている。30分前、葉月はネットでトレンド入りしたニュースを見た——【新人女優が夜に謎の男性と密会】パパラッチが撮った写真はぼやけており、男の顔は見えない。しかし葉月にはわかった。彼が着ているあの服は、昨夜自分が選んであげたものだからだ。葉月は軽く笑い、手元のお酒を一気に飲み干した。苦く辛い味が喉を刺さり、ようやく胸の痛みを抑えることができた。「南原さん、これ全部片付けておいて」南原(なんばら)は、葉月が午後いっぱいかけて準備した飾り付けと食卓いっぱいの料理を見て、もったいないと思った。南原は葉月が気の毒でたまらなかった。何時間もここで主人の帰りを待っていたのに、主人からは一言の連絡もない。夜が更け、一階から聞き慣れた車の音がした。葉月は布団に頭をうずめ、耳を塞いで聞こえないようにした。しばらくするとドアが開き、清原逸平(きよはら いっぺい)が外から入ってきた。逸平は今日たくさん酒を飲んだのもあり、全身に酒臭さが漂っていた。逸平はそのまま浴室に向かった。シャワーの音が響きわたり、葉月は完全に眠気が覚めた。逸平がシャワーから出てくると、葉月はベッドが沈むのを感じた。男は後ろから腕を自然と葉月の腰に絡ませ、首筋に顔をうずめた。「葉月……」葉月はネットのトレンドニュースで見た写真を思い出し、ふいに寒気に襲われて逸平を押しのけた。葉月の声は冷たい。「あなたの匂い、気持ち悪いから触らないで」逸平は一瞬きょとんとした後、すぐに体を起こし、葉月の背中をじっと見つめてしばらく黙っている。逸平は身を乗り出して再び葉月を抱きしめようとしたが、葉月は突然起き上がり、距離を置いた。逸平を見る目にさえ、いくぶんか嫌悪の色が増している。何のマネだ?逸平は目を細めて葉月を見た。またこの目だ。まるで自分が吐き気を催す汚れ物であるかのように。葉月は逸平の方を見ようともせず、ただ淡々
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第6話
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第9話
「あらまあ」卓也は「やっちまったなあ」と言わんばかりの表情でしきりにチッチッチと軽く舌打ちし、イライラしてしまうほどうるさい。逸平の頬に残った手形の跡を見ながら、卓也は首を傾げた。「逸平、これって……どこかの野良猫に引っ掻かれたの?」野良猫?葉月がゴミでも見るような目で自分を見てたことを思い出すと、怒りが込み上げてきた。逸平は卓也を見上げながら言った。「暇そうだな?仕事でもしてもらおうか?」卓也は即座に口を閉ざし、ソファに座って頬杖をつき、唇を堅く結びながらも何か言いたげな様子で逸平を見つめた。だが結局我慢できずに卓也は口を開いた。「まさか……葉月さんに殴られたんじゃないだろうな?」逸平の手が震え、書類には不自然なインクの線が描かれた。逸平は黙ったままだが、卓也の心にはすでに答えがある。「マジかよ」卓也は長い息を吸い込んだ後にまた言った。「葉月さん、なかなかやるじゃないか」「卓也」逸平はゆっくりと汚れた書類を脇にどかし、脅しを含んだ視線を卓也に向けた。「どうやらお前は本当に仕事がしたくてたまらないようだな」「やめてよ」卓也は逸平のデスク前に歩み寄り、ニヤニヤしながらデスクの上に座り、へつらうような表情を浮かべた。逸平は眉をひそめ、明らかに嫌悪の色を目に浮かべて言い放った。「消えろ」「今日は本当に用事があって来たんだ」卓也はデスクから下りるどころか、さらに前のめりになった。「本当のことを言うと、俺の会社で臨時のメイクアップチームが必要になって、葉月さんのスタジオがぴったりだと思ったから、直接一度話ができたらと思って」「商談するなら直接本人に会いに行け」逸平は相変わらず書類から目を離さず、指先で机を軽く叩いた。卓也はため息をついた。「だって君の妻だろ?俺たち兄弟みたいなもんだからさ、まずは君に相談するのが筋だろ」卓也は意味ありげに眉を吊り上げて続けた。「それに、いきなり葉月さんに会いに行ったら、誰かさんが酷く嫉妬しちゃうんじゃないかと思って」逸平は一瞬たじろぎ、パン、と書類を閉じると冷たい声で言った。「お前たちの問題だ。俺には関係ない」卓也が机から飛び降りた。「言質は取ったからな。じゃあ今すぐ葉月さんに連絡するからね?」逸平は再び下を向いて新しい書類に目を通した。「さっさと出て行け」卓也はふ
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第10話
月曜日の午後、卓也のアシスタントが葉月に連絡を取った。その時、葉月はお客さんと話をしていたが、卓也のアシスタントからのメッセージを見て、七海を呼んだ。「卓也のアシスタントの連絡先をあなたに渡すから、彼と連絡を取ってちょうだい」七海は「わかりました」と返事した。七海はすぐに卓也のアシスタントと会う約束を取り付けた。七海は葉月のところに戻り、「葉月さん、澤口社長の方から今夜一緒に食事をしながら話をしたいということです。葉月さんのご意向を聞かせてほしいと言われました」と報告した。葉月は時間を確認し、うなずいた。「いいわ、準備して私と一緒に行きましょう」葉月は商談のために外出することは滅多になく、七海も葉月の会食に同席することは今までなかった。そう考えると、今日が初めてだ。七海はこういった場での経験がないため、自分が何か迷惑をかけるのではないかと心配していた。葉月はとてもリラックスした様子で、七海を慰めた。「心配しなくていいわ、卓也は身内のようなものよ。もし問題がなければ一緒に仕事をすればいいし、無理なら別に何も影響はないわ。今日は、私と私の古くからの友人との昔話に付き合ってくれるつもりでいてくれればいいの」七海は好奇心いっぱいに目を瞬かせた。「葉月さんは澤口社長とお知り合いなのですか?」葉月はうなずいた。「もう10年の付き合いだね」葉月の祖母が亡くなってから、葉月は国内に残って勉学に励み、一の松市の学校に通って卓也たちと知り合った。みんな同い年だったが、卓也だけが1歳年下だった。以前はよく卓也をからかい、「姉貴」と呼ぶようによく強要したものだ。あの頃のことを思い出すと、葉月の表情は自然と柔らかくなった。葉月は笑いながら七海に言った。「卓也は一見頼りないように見えるけど、実は信頼できる友達なのよ」葉月は真剣な表情で続けた。「でも覚えておいて、仕事以外では卓也から距離を置くのよ」卓也は義理堅く、性格も素直でさっぱりしている。たまに頼りないところはあるが、全体的に見れば悪くない男だ。しかし、私生活となると、卓也の振る舞いは到底褒められたものではないと葉月は思っている。約束の場所に着いた七海は、きらびやかで贅沢の限りを尽くしたホテルを見て驚いた。回転ドアの向こうからはクリスタルガラス製のシャンデリアの光が溢れ
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