All Chapters of 去りゆく後 狂おしき涙 : Chapter 201 - Chapter 210

「これは隆之様とお嬢様のことです。我々とは何の関係もございません。我々は、いかなる意見も申し上げませんし、いかなる情報も漏らしません」隼人ははっと拳を握りしめ、よろめいた。天地がひっくり返るような苦痛が、彼に襲いかかってきた。彼はこのような苦痛に耐えきれず、ボディガードを突き飛ばして外へ駆け出した。隼人の頭の中は真っ白になり、白石家へと直行した。彼がちょうどその場所に到着すると、白石家の扉が開いており、まるでわざわざ彼がきて、もう一つの答えを求めるのを待っているかのようだった。隼人は深く息を吸い込み、その顔から血の気は完全に引いていた。舌の先を噛み破り、血の味を感じ、ようやく疲労と怪我、そして受けた巨大な衝撃で倒れずに済んだ。彼は一歩一歩、固い決意で中へ入っていった。執事の佐伯がリビングから出てきて、彼を見ても制止せず、ただ嘲るように彼を睨みつけた。隼人が中へ入ると、隆之がソファに座り、安楽死の申込書をじっと見つめてぼんやりしているのが見えた。足音を聞いても、隆之は顔を上げず、ただ呆然と申込書を見つめていた。「俺の妹は、お前と結婚した以来七年間、いったい何を得たというんだ？俺には本当に分からない。自分をこんなふうに追い詰めて、命まで失って、いったい何を得たというんだ？」もはや、憎しみや恨みの口調ではなく、まるで生きる希望を失ったかのようだった。隼人はごくりと唾を飲み込み、両手は震えていた。申込書を彼の前に叩きつけた。「はっきり言え。紗季は？彼女はどこにいる？どうして、こんな申込書があるんだ？」隆之は顔を上げ、この上ない嘲りの眼差しで彼を睨みつけた。「信じられないのか、それとも馬鹿なふりをしているのか？もう行ったよ。安楽死の医療機関へな」「ありえない！」隼人はそのような答えを聞きたくなく、狼狽して後ずさり、もう少しで床に倒れそうになった。彼は茫然と隆之を見つめ、まるで全ての希望を失ったかのように、ひたすら首を振った。「いや、そんなはずはない！」隼人は前に出て、隆之の腕を掴み、はっきりと言った。「俺を騙しているんだろう？まだ一ヶ月の時間があると言っていたじゃないか！どうして今、植物状態になるんだ？」「それは、お前に聞くべきだろうが！」隆之の眼差しは氷のように冷たく、隼人の襟首を掴

その柔らかい仕草には、慈しみが満ちていた。「できるだけ早く手配する。すぐに発とう」紗季は頷き、彼の肩に寄りかかった。本当に疲れ果てていた。もし、あの父子二人から完全に解放されるためでなければ、自分は絶対に二度と病院に足を踏み入れず、あの病室へ行って陽向を見ることもなかっただろう。たとえ、陽向が極度に衰弱し、ベッドに横たわって目を閉じているのを見ても、自分には何の思いも、考えも浮かばなかった。自分の目には、隼人も子供も、もはや過去のものだった。それは、自分がこの七年間もの間、犯したの重大な過ち、それだけ。それが解決し、前を向けば、人生にはもう、何の苦難もないだろう。これからは過去から解放され、ただ自分のために生きるのだ。限られた命の中で、最も大切な人々と過ごすために。紗季は隆之がクローゼットを開け、中にしまってあった荷物を取り出すのを見ると、立ち上がって彼について行った。彼らは裏口から車に乗り込んだ。走り去る際、交差点を曲がると、紗季は隼人が力なく病院の方へ向かっているのが見えた。そばを車が猛スピードで通り過ぎても、彼はまるで見ていないかのように、全身が絶望の中に沈み込んでいた。たとえ遠く離れていても、隼人を覆うその悲しみの影は、容易に感じ取ることができた。紗季は車の中で静かに見ていたが、やがて視線を外し、前を見つめ、二度とそちらを見ることはなかった。車が遠くに消えた時、隼人は突然地面に倒れた。人通りの多い道端で、彼は心臓を押さえ、心の痛みでもはや一筋の力も持ち上げられず、その瞳には茫然自失の色だけが浮かんでいた。――自分は完全に紗季を失ったのか？どうして、そんなことが？本当に、そうなのだろうか？隼人は感情を失い、絶えず自問自答し、涙が止めどなく溢れ出した。通りすがりの人々は、この涙を流す男を驚いて見つめ、皆、無意識のうちに足早になった。彼がいったいどのような打撃を受けたのか、知る由もなかった。隼人は力なく地面に崩れ落ち、俯いて呟いた。「お前は言ったじゃないか。この世の誰もが俺のもとを去っても、お前だけは離れない、と。ずっとそばにいてくれる、と。誰も俺たちを引き離すことはできない、と。どうして、お前はこんなに冷酷なんだ。最後に、俺に会ってくれず、きちんと別れを告げてくれ

二人のボディガードは一瞬動きを止め、眉をひそめて彼を見つめた。「行かずに、ここに残って何をするつもりです？」「紗季を待つ。たとえ彼女が安楽死したとしても、俺は必ず待つ。彼女の葬儀には、俺が参列する」隼人はゆっくりと顔を上げた。「彼女は俺の妻だ。死んだとしても、黒川家の人間であるべきだ！俺は彼女の遺骨を持ち帰り、黒川家の墓地へ連れて行く！」二人のボディガードは思わず驚愕の眼差しを浮かべ、隼人を見つめるその目には冷淡さと嘲りが混じっていた。「ここまで来て、まだそんな馬鹿げた妄想を抱いているのですか？お嬢様は、あなたにこれほどまでに苦しめられ、最後には一握りの灰になったというのに。あなたはまだ、彼女を解放しようとしないのですか？さっさと失せろ。さもなければ、お前を殺すことになるぞ！」二人は手にかかり、隼人を掴み、そのまま陽向の退院手続きをしに行った。隼人は抵抗しようとしたが、ボディガードの一人に殴られ、気を失った。二人は慌ただしく父子二人を車に押し込み、空港へと送った。隼人と陽向をここから完全に立ち去らせるため、隆之はプライベートジェットを使い、二人を送り返した。翔太が家を借り終え、病院へ戻った時には、そこにはもう誰もいなかった。彼は隼人に電話をかけたが繋がらず、振り返ると、二人のボディガードの氷のように冷たい、無情な視線とぶつかった。「無駄な努力はやめたまえ。黒川隼人はもうここを去りました。我々がプライベートジェットで国内へ送り返しました。あなたも帰ってください」「お前たち、何をするつもりだ？彼は紗季に会わず、彼女の治療に付き添わなければ、絶対に諦めないぞ！お前たちが彼を送り返したって無駄なことだ。彼はまた戻ってくる！」翔太はそう言うと、焦って一歩前に出た。「それに、子供があんなに病んでいるというのに、お前たちはよくも平気で送り返せるな？」ボディガードはその言葉を聞くと、まるで前代未聞の冗談でも聞いたかのように言った。「あなたたちは、一生もお嬢様には会えませんよ。お嬢様の病状は悪化し、脳腫瘍の増大速度が速すぎたため、すでに神経を圧迫していました。三日もしないうちに、医者はお嬢様が植物状態になり、完全にこの世を去ると断言していました」翔太は一瞬固まった。「最後にそれほど無様な姿にならな

彼は耐えきれず、スマホを隼人に手渡した。隼人はスマホをひったくり、待ちきれない様子で動画を再生した。動画の中では、隆之が黒い服に身を包み、両目を赤く腫らし、沈痛な面持ちで記者たちの前に立っていた。彼の背後には、彼らの住まいがあり、大門には黒い布があちこちに掛けられていた。隼人の呼吸が一瞬止まり、はっと奥歯を噛み締めた。自分はかつて紗季から聞いたことがあった。海外では、誰かが亡くなると黒い布を掛けるのだと。こちらの風習とは違うのだ、と。頭の中が、一瞬真っ白になり、立っているのもやっとだった。隆之は声を詰まらせ、口を開いた。「まず、皆様がこれまで私の妹に関心を寄せてくださったことに、感謝いたします。彼女は引退して長年経ちますが、皆様がまだ彼女を覚えていてくださるとは、思いもよりませんでした。ただ、皆様もご覧の通り、妹はもう……」彼は顔を背け、どう言っていいか分からないようで、何度か涙を流してようやく感情を整えた。「彼女は亡くなりました。もう二度と、私のそばへは戻ってきません。皆様が彼女を愛してくださったことに感謝いたします。しかし、どうしようもありませんでした。彼女は脳腫瘍を患い、昨日、すでに施設へ向かい、安楽死いたしました」隆之は骨壷を捧げ持ち、その動きは極めて慎重だった。隼人ははっと目を見開き、信じられないといった様子で床に崩れ落ちた。動画の中の記者が慌てて質問した。「ご令妹様は、本当に亡くなられたのですか？彼女はなぜ、ご自身の身元を公表せず、一言も残さず、このように静かにこの世を去られたのでしょうか？」隆之は目を閉じ、沈痛な表情を浮かべた。「彼女は言っていました。自分の一生は、輝かしいはずだったのに、人を見る目がなく歳月を無駄にし、このような結末を迎えることになったのだから、やはり静かに去りたい、と。死ぬ前に彼女が唯一望んだのは、すべての人を避け、日差しの良い午後に死ぬことでした。皆様、ご安心ください。これは、妹と私が熟慮の末に決めたことです。彼女はあまりにも苦しみました。このように去ることで、苦しみから解放されるのも、また良いことでしょう……」インタビュー動画はまだ続いていたが、隼人はいつの間にか呼吸をするのを忘れていた。胸の奥から、強烈な痛みが込み上げてくるまで。喉の奥に血の味を感

それほど遠く離れていても、隼人がインタビューを見る頃には、きっと紗季はもう死んだと思い込むだろう。その間に、こちらでは手術を手配する。もし手術が成功すれば、紗季は施設に留まり、完全に回復してから名前を変え、別の場所で生活する。もし手術が失敗すれば、骨壷も、準備された葬儀も、そして自分がカメラの前で語ったインタビューも、すべてが現実となる。そう考えると、隆之の目は熱くなった。「父さんと母さんは早くに亡くなった。臨終の際の最後の願いは、俺たちが幸せになることだった。もし好きな人が見つからなければ、自分のしたいことをして、楽しく暮らしなさい、と。好きな人が見つかったら、兄妹で互いに相手を見極め、人柄が確かめられてから結婚しなさい、と」彼は首を振り、力なく笑った。「あの時俺は、黒川隼人が会社を経営していて、たとえ紗季が自分が宝飾グループの令嬢だと明かさなくても、彼が娶りたいから、利益を重んじない良い人間だと思ったんだ。まさか……」剛士は奥歯を噛み締め、憎々しげに言った。「あんな人屑は死ぬべきです！お嬢様の身代わりになるべきです！奴があの恩知らずの息子を連れて、のうのうと生きていられるなんて許せません！お嬢様の命は、あの父子二人に祟られてこうなったようなものです！」隆之はふんと鼻を鳴らし、無情に言った。「もし紗季が止めていなければ、俺は間違いなく奴らと相打ちになっていた！こちらのことが片付いたら、あいつに代償を払わせる！」二人がそう話していると、看護師が慌ただしく歩み寄ってきた。彼女は二人を見て、軽く頷いた。「紗季様はもうお目覚めです。術前準備をなさっています。隆之様にお会いになりたい、と」隆之は緊張してごくりと唾を飲み込み、慌てて立ち上がった。彼は服の裾を整え、非常に重い気持ちで頷いた。「わかった、今すぐ行く」隆之は看護師について病室のドアの前まで来ると、目が赤くなり、泣きそうになった。彼は慌てて涙を拭い、必死に泣くのをこらえ、そのままドアを開けて中へ入った。紗季はベッドに座り、簡単な術前検査を受けており、腕には血圧測定器が巻かれていた。彼女は顔を上げ、隆之が入ってくるのを見ると、彼にウィンクし、輝くような笑みを浮かべた。「お兄ちゃん、来たのね」隆之は一瞬呆然とし、彼女がこれほど