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All Chapters of 唇を濡らす冷めない熱: Chapter 91 - Chapter 100

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教えない、その願い 9

 二の腕を掴まれて、強引に部屋の中へと引きずり込まれる。まさかさっきのも演技だったっていうの? 酔っぱらいのふりをした悪質な上司に、私はもう絶句するしかない。 そのまま廊下の入り口に座らされて、梨ヶ瀬《なしがせ》さんに覆いかぶさられるような状態になってしまう。 ちょっと待って!? ここまで強引なのは、いくら何でも反則でしょう?「ちょっと、流石に怒りますよ?」「俺も怒ってるよ。横井《よこい》さんが、あんな男と仲良くして見せつけてくるから」 そう言って睨むように見降ろされて、私の心臓がバクバクと音を立てている。こんな風に梨ヶ瀬さんが自分の感情をストレートに伝えてくるのは珍しい事だったから。 さっきまでフニャフニャしてたくせに、本当にこの人は狡い。こんな一面も私に見せてくるなんて。「伊藤《いとう》さんはただの知り合いです、あの人には別に好きな人がいますし」 たとえそれが報われる可能性の無い想いだとしても、それを持ち続けるのは伊藤さんの自由だから。 変な勘違いはしないで欲しい、そう思ってるのに梨ヶ瀬さんは納得してくれない。 嫉妬に狂う梨ヶ瀬なんて全然らしくないのに、酔いのせいなのか彼は感情を素直に言葉にしてくる。「今はそうでも、この先も横井さんを意識しないという保証はない。少なくとも伊藤さんは、君に興味を持っているから」 興味と言えば聞こえはいいが、伊藤さんにとって私は揶揄いの対象でしかないはず。もともと紗綾《さや》の情報を得るために、連絡を取ってきたにすぎないのだから。 でも今は、そんなことを説明できるような状況じゃない。梨ヶ瀬さんの目は座っていて気を抜くと、そのまま食べられてしまいかねないのだから。「そんな先の事は分からないじゃないですか、そんな風に焦ってるの梨ヶ瀬さんらしくないですよ?」「……俺らしいって何? 俺は横井さんの思っているような、余裕ある大人の男でいなきゃ駄目なの?」 スッと細められた目にドキリとする、もしかして彼を傷付けてしまったのかと。確かに私は自分の持っている梨ヶ瀬さんのイメージを、勝手に押し付けようとしたのかもしれない。 でもそれは……「だって困るんです。そうやって梨ヶ瀬さんの色んな一面を見つけるたびに、私は……っ!」 つい余計な事を言ってしまいそうになって、慌てて口を手で押さえたけどもう遅かった。 
last updateLast Updated : 2025-11-08
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教えない、その願い 10

「……嫌ですよ、ただの言い間違いですから」 こんな言い訳が通じるなんて思ってない。でも私には、こう返すことしか出来るわけなくて。一生懸命、梨ヶ瀬《なしがせ》さんの視線から逃げようと顔を背けていたけれど……顎を掴まれ顔を固定されてしまい、それも出来ない。「やだ、言ってよ。さっきの続き、ちゃんと聞きたいから」 止めてよ、どうしてそんな切なそうな顔をするの? まるで言わなきゃ泣き出しそうな表情をされて、こっちの方が辛くなりそうになる。 狡い、狡い、狡い……梨ヶ瀬さんばっかり、いつも。「梨ヶ瀬さんが悪いんです、そんな私にだけみたいな顔を見せるから。そんな事するから……」 視線に耐えられなくなって、とうとう吐き出してしまう本音。それは私が彼に弱みを見せてしまうみたいで何となく避けていた事だったのに。「うん、でも俺は麗奈《れな》に見せたい。麗奈だけに見てもらいたいんだ、わかるでしょ?」 この酔っ払いは本当に質が悪い、いつもより甘い言葉をポンポン出してくるんだから。そう文句の一つの言いたいのに、何も言えないでいる自分もどうかしてる。「我儘ですね、私は見たくないかもしれないのに?」 こんな状況で甘い囁きを繰り返されて陥落しない女がいるのなら、その意志の強さを分けてもらいたい。 それくらいには私も限界を迎えていた。 こうやって強気を装い返事をする事も、これ以上は無理な気がする。そんな私に対して梨ヶ瀬さんは攻撃の手を緩めようとはしない、今がチャンスとばかりに責め立ててくる。「本当に? 麗奈は少しも素顔の俺を見たいとは思わないの? 俺はもっと、いろんな麗奈の顔が見たいよ」 至近距離、耳元でそう囁かれて頭の中が煮えてしまいそうになる。色気のある声を最大限に利用する梨ヶ瀬さんに、腹が立つのに腰は立たなくされそうで。 ええ、見たいですよ。梨ヶ瀬さんのまだ見たことのないいろんな顔を! でもね……絶対に教えない、その願いを貴方には。「じゃあ見てあげます、どうぞ好きなだけ見せてください」「……うわあ、そうくるんだ?」 見たいかと聞かれたから答えたのに、少し拗ねたような顔をする梨ヶ瀬さんがおかしい。きっと彼の計算ではここらで私がギブアップするとでも思ったのかもしれない。 そう簡単には、梨ヶ瀬さんの思い通りに運ばせてあげませんよ。「ねえ、また伊藤《いとう》さ
last updateLast Updated : 2025-11-08
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教えない、その願い 11

「会わないで欲しいって言ったら、いうこと聞いてくれるの?」「それは無理な話ですね、これは私と伊藤《いとう》さんの約束なので」 梨ヶ瀬《なしがせ》さんの気持ちが分からないわけじゃない。でも私にとって伊藤さんとの約束も破りたくないものだった。 多分だけど、伊藤さんは紗綾《さや》へのお祝いを私に渡すためだけに帰国したんだと思う。そんな彼の気持ちをないがしろには出来ない。「麗奈《れな》は何一つ俺の思う通りにはならない、それが魅力でもあるけど。それでも時々、俺の腕の中に閉じ込めてどこにも行けないようにしたくなる」「……梨ヶ瀬さんらしくない、物騒な発言ですね」 滅多に見せない梨ヶ瀬さんのダークな部分に、ちょっとだけ触れた気がした。それでもそんなに悪い気はしない、いつもの私なら束縛なんて絶対嫌なはずなのに。「嫌いになる? 余裕なんてもう無くなってるのに、どうしても君の手に入れ方が分からない」 嫌いになれないから困ってるんじゃないですか。 上司としては優秀だけど、本当は裏表があるし策士で本当に困らせられてるのに。 多分、これから先もきっと嫌いにはなれない。「もう少し、待ってくれませんか? 私も自分と向き合って答えを出したいんです、いい加減な気持ちでは梨ヶ瀬さんの気持ちに応えたくないから」「麗奈……」 いつまでも中途半端な関係ではいちゃいけない。これ以上、梨ヶ瀬さんからのアプローチを躱し続けることも難しい。 それなら私自身が、ちゃんと考えて答えを出すしかない。 もしその出した答えによっては、転職も考えた方が良いのかもしれないけど……正直今の仕事はやりがいがあって大好きだから、辞めたくはない。「社内恋愛って私、嫌いなんですよね。上手くいかなかったときが悲惨だし、気まずくてやりにくくなるでしょう?」「あのさ、付き合う前から別れの事を考えるのは止めてくれる? 俺はそんなつもりはないんだから」 梨ヶ瀬さんらしい言葉に私は少しだけホッとする。ここで同意されていたら、すぐにお断りするつもりだったし。 それでも私がなぜ梨ヶ瀬さんの想いに応えようとしないのかは、何となく伝わったはず。「……麗奈とは将来の事も考えたお付き合いをしたいんだよ、俺は」「まさかのプロポーズですか? まともな告白もされてなかった気がしてたのに」 予想しなかった梨ヶ瀬さんの言葉に心が
last updateLast Updated : 2025-11-09
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伝えない、その想い 1

「え……嘘? なんでこんな熱が……」 昨日は伊藤《いとう》さんや、梨ヶ瀬《なしがせ》さんの事で色々あったからだろうか? 身体が怠くて昼過ぎに起きると、三十八度を超える熱が出ていた。 一人暮らしで頼る人もいない状況で病気になるの程辛いことはない、私は悪化しないうちにと解熱剤と風邪薬を飲んでベッドへと戻る。 何か食べなくては良くないとは思いつつも、食欲がわかないのでそのままにしてしまった。「……ああ、伊藤さんからメッセージが来てる」 その内容は今度いつ会えるか、というものだったが今の状態では何とも言えない。 体調が悪いという返事を送ってそのまま布団に潜り込めば、すぐに睡魔が襲ってきてそのまま眠ってしまった。 ブーブーブーと、どこからか聞こえてくる。それに気付いていても、身体がとても重くて動けそうにない。やっとのことで瞼を開ければ、いつの間に夜になったのか部屋の中は真っ暗だった。 その辺に置いたはずだと寝たままスマホを探して手に取り時間を確認すると、深夜の二時になっていた。 起きた方が良いのか迷ったが、やはりまだ身体がいう事を聞かない。そのまま、もう一度眠りにつこうとスマホを手放そうとした。 それでもしつこくブーブーブーと鳴りだすから、諦めて画面を見ると……「……え? なんで梨ヶ瀬さん?」 こんな夜中に彼が電話をしてきたことはない。もしかして、何か急ぎの用でもあるのだろうか? そう思って無理して起き上がり、スマホの通話ボタンを押した。「……もしもし、何かありました?」 やはり風邪をひいてしまったのだろう。出てきた声はかなりガラガラで、すぐに体調が悪いことがバレてしまう気がした。 解熱剤を飲んだはずなのにもう効果が切れたのか、はあはあと吐く息も熱い。『横井《よこい》さん、その声……! 体調が悪いって本当だったんだ、なんで俺には言ってくれなかったの?』 梨ヶ瀬さんの言っていることの意味が分からない。どうして私の体調が悪いことを知っているのかも、梨ヶ瀬さんに連絡しなかったことを責められる理由も。 
last updateLast Updated : 2025-11-09
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伝えない、その想い 2

「……え? 今なんて言いました、梨ヶ瀬《なしがせ》さん?」 聞き取れなかった言葉をもう一度頼もうとしたのに、その後に聞こえてきたのはプーッ、プーッ……という機械音だけだった。 どうやら私は、とうとう梨ヶ瀬さんにも愛想をつかされてしまったらしい。その事が思ったよりショックだったのか、私はそのまま力なくベッドへと横になった。【ピンポーン……】 ……インターフォンの音で、目が覚める。 熱の所為か頭がぼんやりしていて、それが夢なのか現実なのかの区別がつかなくて、もう一度枕に顔を埋めてしまった。  外はまだ暗い。こんな時間にインターフォンを鳴らすような馬鹿は、知り合いにいないはずだと思って。【ピンポーン、ピンポーン……】 今度は間違いなくインターフォンが鳴った。よりによってこんな体の辛い状態で、こんな真夜中に何の用があるのか? これ以上しつこく鳴らされたら起きて文句を言ってやる、そう思ったのと同時に四回目が響いた。 流石にイラっとして、なんとか身体を起こすとフラフラと玄関へ向かいドアスコープから外を確認する。「ん……誰もいない?」 小さな穴から見える玄関先に人は見えない。不思議に思ってチェーンを外して玄関を少し開けた瞬間に、人の手がその隙間に差し込まれた。「誰……ッ⁉」 驚いて無理矢理ドアを閉めようとするが、すぐに革靴の先がねじ込まれてそれ以上扉を動かすことが出来ない。 なんなの? もしかして、変質者? 熱の所為で力が入らない、焦るほど手に汗をかいてドアノブが滑りそうになる。「嫌! 警察呼びますよ……っ」「待って! 横井《よこい》さん、俺だから。脅かしてごめん、でもこうしないと開けてくれないと思って」 聞き慣れたその声に、ドアを持っていた手の力が弱まる。 気力だけで立っていた身体から力が抜けて、その場に座り込んでしまった。 なんなのよ、急に来るなんて聞いてない。さっきは一方的に通話を切ったくせに、どうしてそんな事……「酷くないですか、私本当に怖かったのに」「うん、ごめんね。でもどうしても横井さんの状態を確かめたかったから、そうしなきゃ気が気じゃなくて」 へたり込んだ私の前に、梨ヶ瀬さんも同じようにしゃがみ込んで目線を合わせてくる。彼の本当に心配してるというその表情に、こっちだって文句を言えなくなってしまう。 風邪の熱と怠さと
last updateLast Updated : 2025-11-10
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伝えない、その想い 3

 目の前がぼんやりして涙が溢れて零れそうになる。こんな時に傍にいるのが、梨ヶ瀬《なしがせ》さんなんて本当に最低。 ……涙なんて絶対見られたくない相手なのに。 それなのに梨ヶ瀬さんが肩を抱き寄せ頭を撫でるから、ぽろぽろ涙が頬から顎へと伝い流れていく。「うん、いくらでも怒っていいから。だから泣き止んでよ、横井《よこい》さん」 こういう時にそんな優しくされて、泣き止めたら苦労しません! 私をあやすような優しい手つきに腹が立つのに、目から零れる涙は止まりそうになくて……「嫌です、責任とって梨ヶ瀬さんが泣き止ませてください。ふっ……うっ、う……」 この熱に浮かされた頭は、いつものように正常な判断をしてくれない。それがどんな意味をもって梨ヶ瀬さんに伝わるかなんて、今の私には分かっていなかった。 涙でグシャグシャになった顔を、梨ヶ瀬さんがポケットから取り出したハンカチで拭いてくれる。その香りにまた胸が苦しくなって、涙が零れるのを繰り返す。「とりあえず、ここにいたら余計に具合が悪くなるから。ごめんね、横井さん」「えっ? ……あ、きゃあ!?」 いきなり何の謝罪かと思えば梨ヶ瀬さんは床にへたり込んだままの私を抱き上げて、そのまま寝室へと向かって歩き出したのだ。 ちょっと待って!? 勝手に部屋に入らないで! そう言いたいのに頭が上手く働かなくて、私は梨ヶ瀬さんの広い胸に凭れ掛かったままになっていた。「ごめんね、横井さん。勝手に開けるけど、後でいくらでも文句は聞くから」 そう言って梨ヶ瀬さんは、寝室の扉を開けてしまう。 そのまま真っ直ぐにベッドまで歩くと、私を降ろして優しく布団をかけてくれる。 そこでやっと、私はまともに梨ヶ瀬さんの顔を見たのだけど……「なんて顔してるんです? せっかく整っている顔なのに、それじゃあ台無しじゃないですか」「それはそうでしょ。だって横井さんがこんな状態になってるのに、俺には連絡一つくれないんだから」 梨ヶ瀬さんの言い方で、彼が少し誤解している事に気付いた。 私が伊藤《いとう》さんへメッセージの返事を返した時に、つい具合が悪いことを伝えたことも思い出したから。 それでも、予想外だったのは……「なんか意外ですね、梨ヶ瀬さんが伊藤さんと連絡先を交換しているなんて。私の気付かない間に、二人は仲良くなっていたんですか?」「
last updateLast Updated : 2025-11-10
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伝えない、その想い 4

 またそんなこと言うので、呆れそうになる。何度言っても梨ヶ瀬《なしがせ》さんは、伊藤《いとう》さんをライバル視するのを止める気はないらしい。 伊藤さんはまだ紗綾《さや》の事が好き、そう説明しても梨ヶ瀬さんには納得出来ないのだろうけれど。「はあ……そうですか、それは無駄な心配までご苦労様です。そうやって伊藤さんに面白がられている事に、気付かない梨ヶ瀬さんではないと思うんですけどね?」「そうさせてるのは君でしょ? 俺は麗奈《れな》の事では、余裕なんかこれっぽっちも無いのに」 そう話す梨ヶ瀬さんの表情には本当に余裕なんか見えなくて、彼が嘘なんてついていないのが分かる。本当にこんな私なんかのどこがそんなにいいのか、全く理解出来ないけれど。 「馬鹿ですね、梨ヶ瀬さんは。こんな面倒な私を選ばず他の子にすれば、いつもの余裕いっぱいの梨ヶ瀬さんでいられるのに」 そうクスクスと笑えば、梨ヶ瀬さんがムッとした顔をするのが分かる。でも熱のせいか全然恐くも感じなくて、そんな彼の頬を抓ってやろうと手を伸ばそうとする。 だけどその手は、すぐに梨ヶ瀬さんに捕まってしまって……「いいよ、馬鹿でも。それでも俺は、麗奈じゃなきゃダメなんだから」 熱のある身体が、余計に熱くなりそうな事ばかり言うんだから。梨ヶ瀬さんに掴まれた部分はひんやりしていて気持ちいいのに、全然冷えていく気がしなくて。 ぼんやりする視界ではもう梨ヶ瀬さんも良く見えなくなって、私は諦めて瞳を閉じた。 脳や身体がもう休めと私に言っている気がして、そのままあっという間に深い眠りへと落ちていく。「……おやすみ、麗奈」 梨ヶ瀬さんの優しそうな声が聞こえた気がしたけれど、もう指一本も動かせない。 熱が高かったせいで何度も魘され起きてしまった覚えがあるけど、ずっと誰かが傍にいてくれたような気がして安心してまた眠りについた。「……んん、えっと?」 次に目が覚めたのは、もう外もすっかり明るくなってからだった。時計を見ると十一時という時間で少し驚いたが、身体は昨日よりずいぶん楽になっている。 まだ起き上がれずにいる状態で、ふと思い出す。昨日あれから、梨ヶ瀬さんはどうしたんだろうか、と。 まあいいか、そう思って右手で熱を測ろうとしてその手が動かない事に気付く。 いや、動かないわけじゃない。 右手に重ねられているの
last updateLast Updated : 2025-11-11
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伝えない、その想い 5

 右手はそのままにゆっくりと起き上がると、ベッドの端に頭を乗せたままの姿勢で眠る梨ヶ瀬《なしがせ》さん。 始めは器用に寝てるなと思ったが、梨ヶ瀬さんのその服装を見て驚いた。 春先とはいえまだかなり寒いのに、彼は白いシャツ一枚しか着ていない。こんな格好で寝ていたら、絶対に風邪をひいてしまう。「ちょっ、この人馬鹿なんじゃないの!?」 私は慌てて、ベッドに置いていた予備の毛布を広げて梨ヶ瀬さんの背中にかける。これでもまだ寒いだろうが、さっきの状態よりはましなはず。 それにしても……「あれから帰らなかったんだ梨ヶ瀬さん、こんなとこで眠っちゃうまで……」 昨日の夜ずっと誰かが傍にいてくれた、それは気のせいじゃなく。梨ヶ瀬さんの存在に安心して眠っていたんだって思うと、ちょっとだけ恥ずかしい気もしてくる。 なんだかんだと私は、いつも梨ヶ瀬さんに甘やかされてしまってるんだって。「そんな事ばかりしてると、そのうち相手をダメにしちゃいますよ?」 私がそうだったように、相手の事が好きだからって何でもしてあげたいなんて。 そんなの……ダメなんだって。「……んん、麗奈《れな》、起きてたの?」 目が覚めたのか、少しぼんやりとした声でそう聞いてくる梨ヶ瀬さんはちょっと可愛い。 でも目はまだ開かないのか、その眉間にしわを寄せてていて。いつもなら絶対見れない表情に、なんだかおかしくなる。 「それは私のセリフです。なに眠っちゃってるんですか、私のベットの端で。それもこうやって、手なんか重ねて」 さっさとどかして、というように手を動かしてみせたが梨ヶ瀬さんはその手を離そうとしない。半分寝ているような状態のくせに、力だけは強いままらしい。 本当に面倒くさくて、しつこい人だなって思う。 こんなに優しくして靡かないような平凡な女、さっさと見限って他の可愛い女性に目を向けるはずなのに。 変な駆け引きをするのかと思えばストレートなアプローチに手を変えて、今では他の男性に嫉妬までしてくる。「そうするように
last updateLast Updated : 2025-11-11
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伝えない、その想い 6

「忘れてください! 今すぐ、梨ヶ瀬《なしがせ》さんの記憶から消去して!」 恋人でもない、ただの上司と部下の関係なのに私からそんな風に甘えただなんて。信じられない気持ちでいっぱいだった。 梨ヶ瀬さんからの告白にちゃんと応えもしてないのに、自分の都合よく彼を使ったみたいで情けない気持ちになる。「どうして? 病気の時に人に傍にいて欲しいのは普通の事でしょ、それの何がいけないの?」 梨ヶ瀬さんはそう言うけれど、誰もがそうやって甘えて良いと思っているわけじゃない。 私みたいな、可愛くない性格の女は特に。「梨ヶ瀬さんが悪いんです、こんな時に勝手に押しかけてきて。そんな事するから、私は……!」 本当は悪いのは梨ヶ瀬さんじゃないって分かってるのに、八つ当たり気味にそんな言葉を投げつけてしまう。 かっこ悪い自分を見られるのは嫌、甘えている自分を知られるのも嫌。 ……それが私の作り上げてきた、横井《よこい》 麗奈《れな》という人間の姿だから。「だって、俺も嫌なんだから仕方ないでしょ」「何が、ですか?」 私の心を読んだようなその言葉が気になって、少し顔を上げて梨ヶ瀬さんの顔を見てみる。 彼は少しだけ困ったように首の後ろに手を当てて、その後諦めたように小さく息を吐いた。「麗奈が一人で苦しんでるのに何も出来ないのも、他の誰かに甘える姿を見せるのも。もしそれが伊藤《いとう》さんだったとしても、俺は絶対に嫌なんだ」 我儘だな、と思うのにそれが嬉しいなんて自分もどうかしてる。こうして嫉妬する姿も普段は見せてくれないような人なのに、もう隠す気はないのか素直な感情を話してくれる。 それにしても…… 「梨ヶ瀬さんって好きな相手を甘やかして、駄目にするタイプなんじゃないですか?」 私と同じで、とはさすがに言えなかった。 今までの恋愛で好きだった人をダメンズに変えてしまった、そんな事は知られたくはなくて。 好きな相手には何でもしてあげたい。そんな私の押し付けがましい愛情がいつも空回りして、最後は「お前のせいで!」と相手に言わせてしまってきた。「駄目になるかならないか、それはその人次第じゃないのかな? まあ俺は、自分にしか甘えられなくなるくらい滅茶無茶に特別扱いする自信はあるけれどね」 ……それはもう、計画的にそうしてるということですね? 私よりも数倍怖い梨ヶ瀬
last updateLast Updated : 2025-11-12
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伝えない、その想い 7

「そうかもしれません、ですが可能性がないとは言い切れませんから」 確かに梨ヶ瀬《なしがせ》さんならば私が甘やかそうとしても、逆に思い切り甘やかされてしまうような気もしなくはない。 そもそも彼がダメンズになった姿など、想像も出来ないわけなんだけど……「馬鹿馬鹿しいと思わないの? そんなちっぽけな可能性に怯えて自分の気持ちを押し殺すなんて、俺には理解出来ない」「……そう、でしょうね」 けれど私と梨ヶ瀬さんは違う。彼ほど恋愛に前向きになれないのは、周りの人が思っているのより私がずっと臆病な人間だからだ。 大した事じゃないと言われればそれまでだけど、私はこの弱い自分にもちゃんと寄り添ってくれる人がいい。「それを甘えだと思うのなら、さっさと見切りをつけて他の人の所に行けばいいんですよ。面倒くさくて頑固で可愛げがない、そんな私よりずっと素敵な女性に……」「本当に可愛くないよね、麗奈《れな》のそういう所」 はっきりと言われると、流石にグサリと刺さるものがある。 自分で分かってそういう態度を取っているのに、傷付くなんて間違ってるのに。「そうですね、だから」「可愛くないのに、そんな拗ねた態度がすごく可愛く見える。こんなに君に溺れてるのにどうやって他の女性のとこに行けばいいのか、逆に教えてよ?」 梨ヶ瀬さんの甘すぎる言葉に耐えられなくなって、とうとう毛布を頭まで被って顔を隠してしまう。きっと今見られたらヤバいくらい赤くなっていることが、自分でも分かるから。 でも、恥ずかしいだけじゃない。 彼のセリフを嬉しく思っている、そんな自分をもう隠しきれない。ここまで想われ絶対諦めないという意思を見せられて、揺さぶられないほど私も鋼鉄の女にはなれないようだから。「そんな風に隠れないでよ、言ってる俺の方が本当は恥ずかしいんだから」「じゃあ言わなきゃいいんです、聞かされる方だってとんでもなく照れるんですよ」 そう返事をする私から、毛布を剥ぎ取ろうとグイグイ引っ張ってくる梨ヶ瀬さんが鬱陶しい。 だから今はダメなんだってば!
last updateLast Updated : 2025-11-12
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