All Chapters of 唇を濡らす冷めない熱: Chapter 61 - Chapter 70

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言えない、この我儘 1

 ショックを受けて呆然としている篠根《ささね》先輩たちをその場に残して、私は一度お手洗いに行き鏡で自分の顔を見る。鏡に映る自分はいつも通りなのに、さっきの出来事で何だか胸が落ち着かない。 大きなため息をついて頬を叩いて気を引き締めると、そのままミーティングルームへと向かった。「横井《よこい》です、失礼します」 扉をノックして返事を確かめて部屋の中へ、そこには梨ヶ瀬《なしがせ》さんが一人でテーブルの傍に立っていた。 そのまま部屋の入り口で黙って立っていると、あちらからゆっくり近づいて来て……「本当に横井さんは何でもかんでも全部自分で抱え込もうとするよね」「そう、かもしれないですね……」 人に頼られるのは大好きなのに、頼るのは得意じゃない。特に男性に弱みを見せるのは、随分前から苦手だった。 こんな性格だから可愛くないのは百も承知だし、それで梨ヶ瀬さんが興味を無くしてくれるのなら万々歳だ。「可愛くないって言われるでしょ?」「それはどうでしょうね? まあ、梨ヶ瀬さんがそう思うのは勝手ですけど」 投げやりな言い方に、梨ヶ瀬さんが少し呆れたように溜息をつく。今になって助けた事を後悔しているのかもしれない、そう思っていたのに……「可愛くなさ過ぎて、俺には可愛くてしょうがなく見える。どれだけこの子は頑張り屋なんだって、撫でて甘やかしてやりたくなるよ」 ……いったい何を言っているの、この人は?「わ、私が言っているのはそういう事じゃなくて……!」 可愛くないと言われて、そんな風に考えてるなんて思わないでしょう? 本当に梨ヶ瀬さんの本性って、滅茶苦茶に歪んでるとしか思えない。 そんな私の考えを読んでいるかのように……「もう横井さんに呆れて興味がなくなるとでも思った? 残念だったね、ますます君の事が欲しくなったよ」「欲しくなったって……また、そんな馬鹿みたいなことを言って」 はっきりと言われた言葉に、一瞬で頭が沸騰しそうになった。普段はのらりくらりとかわして、遠回しな言葉しか言わない人なのに。 一気に梨ヶ瀬さんを異性として意識してしまって、頭がうまく働かない。上手い返しも見つからないまま、顔を赤くさせてしまい梨ヶ瀬さんを喜ばせてしまう。「へえ、そんな顔してくれるようになったんだ? 前よりちょっとは横井さんに、男とし認識されてきたって思っていいのか
last updateLast Updated : 2025-10-20
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言えない、この我儘 2

「そんな事よりも! いいんですか、あの人たちをそのまま置いてきちゃって。もしさっきので篠根《ささね》さんが逆恨みでもして、あることないことベラベラ話されでもしたら……!」 このままじゃ完全に梨ヶ瀬《なしがせ》さんのペースになる、そう思った私は無理矢理話題を変えてしまうことにした。 だって……これ以上は私の心臓が持ちそうにない。 それに篠根先輩や他の女子社員のことが、気になっていたのも本当だったし。ああいうタイプは自分がしたことは棚に上げ、相手を悪く言うことを得意とするはずだから。「それなら心配ないよ。彼女の望み通り、その能力を十分生かせる場所に移動させてあげるつもりだしね」「……それって、どういう? ま、まさか!」 うちの会社の別の部署には、仕事は出来るがとても人使いが荒くて有名な鬼課長がいる。その人のサポートについた人は、三ヶ月で辞めてしまうという噂まで流れるほどに。 そんな彼が今、優秀なサポート役を探しているというのは誰でも知っていることだった。もちろん立候補するような強者は、いるはずもなかったわけだが…… まさかと思うが、この人はそんな鬼部長のサポート役に篠根さんを推すつもりなのだろうか?「そう、そのまさかだよ。彼女をこのまま君のそばに置いておいても、ロクな事をしなさそうだしね。しっかり仕事に集中出来る環境に、変えてあげようと思って」 そう言って微笑む梨ヶ瀬さんが、本当の悪魔のように見えた。この男を敵に回すような真似はしてはいけない、今すぐ回れ右してこの部屋から出てしまいたい。 頭ではそう思ったのに、ゆっくり近づいてくる梨ヶ瀬さんから逃げられない。「や、やりすぎではないでしょうか? 何も、そこまで……」 確かに篠根先輩のやったことに腹は立ったが、あの鬼課長のサポートなんてあんまりじゃないだろうか? 彼女だって梨ヶ瀬さんのサポートにつきたくて、仕事の出来る存在だというアピールをしていたんでしょうし。 だけど私が思っていたのより梨ヶ瀬さんは厳しい考えらしく、戸惑う私ににっこりと笑ってみせる。「やりすぎ? いったいどこが? 彼女は二度も君に対して嫌がらせでは済まない行動をとった、これは当然の報いだと思うけど」「それはそうですが、何も鬼課長のところでなくても」 どうして嫌がらせされた本人が、加害者を庇わなきゃならないのか分からない
last updateLast Updated : 2025-10-20
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言えない、その我儘 3

「なんていうか、横井《よこい》さんのそういう優しいところは嫌いじゃないよ。でもね、俺だって好きな女の子のあんな場面を見て冷静でいられるほど人間出来ていないんだ」 そんな嘘をつかないで! あの時の梨ヶ瀬さんはいつも通り落ち着いていて、すごく余裕の表情だったじゃないの。むしろタイミングを狙ってきたかのようで、最初から分かってたんだろうって疑いたくなったほどだ。「そうでしょうか? 十分冷静だったと思いますよ、さっきの梨ヶ瀬さんは」「……うん、気にしてほしいのはそこじゃないんだけど」 じゃあどこをどんな風に、気にしてほしいんですか? 遠回し過ぎて分かりにくいんですよ、本当に! そんな恨みがましい目で梨ヶ瀬さんを見上げたら、絶対勝てないようなまぶしい笑顔で返されてしまった。 ……いったい何がしたいのだろうか、この人は。「ああ、面倒くさい……」 ぽそりとそう呟くと、梨ヶ瀬《なしがせ》さんは指先で私のおでこをピンと弾く。どうやら私の発言が少し気に入らなかったようだ。 梨ヶ瀬さんの言いたいことに全く気付いていないわけではないけれど。でもそれを口にすると、ますます追い詰められて逃げられなくなってしまうそうで怖いもの。 だから、今はまだ知らないふりして誤魔化すしかなくて。「それはこっちのセリフだからね? 横井さんはもう少しくらい素直になったほうがきっと可愛いと思うけど」「それじゃあ私が、梨ヶ瀬さん好みの素直で可愛い子を探してきてあげましょうか? 貴方の彼女希望者ならば、きっとたくさんいるでしょうし」 私にそんなことを望んでるならおあいにく様。これから先、この性格を直す気も可愛く振舞う気も私にはサラサラない。私は今の自分を意外と気に入っているのだから。「そうやって何度も俺の気持ちを試すの? 俺が言っているのはそういう事じゃないって、君は最初から分かってるくせに」 本当に面倒くさいのよ。何でも分かってて、余裕ばかりみせるこの人は。こっちから振り回してやろうとするのに、結局私が振り回される側になる。「試すとは、何のことでしょうか? あの手この手で私を試すことばかりしてるのは、むしろ梨ヶ瀬さんの方でしょう?」 この言い合いはいつもで続くのかな。いい加減飽きてきてしまい、このまま梨ヶ瀬さんに背を向けて部屋から出てしまおうかと思った。 そんな私を引き止めるよう
last updateLast Updated : 2025-10-22
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言えない、その我儘 4

「まだ、続けるつもりですか……?」 それはこの不毛な会話の続きなのか、それとも? 言いたいことがあるのならさっさと終わらせろ、そう言わんばかりの視線を梨ヶ瀬《なしがせ》さんに向けると「やれやれ」と言わんばかりの顔をされる。 そういう所が私をイラつかせてるんだって分かってるくせに、この人はそれを止めるつもりはないらしい。「君は一番大事な事、俺に言わせないつもり?」 その言葉に不覚にも胸がドキンと大きな音を立ててしまった。これはただ驚いたから、決して期待したからじゃない。そう自分に言い聞かせていると、梨ヶ瀬さんがそんな私を見て困ったように微笑むと……「一人でよく頑張ったね、麗奈《れな》。だけど次からはちゃんと俺を頼るようにしてね?」 頭頂部をポンポンと撫でる大きな手、自分が何をされているのか一瞬分からなかった。いつもの胡散臭い作り笑いと違う梨ヶ瀬さんの微笑み、優しい言葉に温かい手のひら。 どれも私を混乱させるには十分な理由だった。「それじゃ、俺は先に戻るけど……横井《よこい》さんは、少し落ち着いてから戻ってきたほうがいいと思うよ」 返事の出来ない私に梨ヶ瀬さんはそれだけ言うと、そのまま私を置いて部屋から出て行ってしまった。「なによ、あれ……? いったい何なの?」 扉が閉まると同時に顔が一気に熱くなるのが分かった。それはすぐに身体まで届きクーラーの効いた部屋だというのに汗が吹き出しそうだった。 まさか嬉しかった? それとも恥ずかしかった? どうして梨ヶ瀬さんにトキめいてしまったのか、自分の気持ちが整理できないまましばらくその場から動けずにいた。 「あの……どうしたんですか、さっきからずっとコロッケを睨んで。もしかして嫌いだったとか?」 目の前でうどんを食べていた眞杉《ますぎ》さんからそう話しかけられて、私は今食事中だったことを思い出す。 もちろんコロッケが嫌いなわけでもなく、ましてや憎いわけでもなく……ただ単に、さっきの梨ヶ瀬さんとのやり取りを思い返していただけ。 そう、
last updateLast Updated : 2025-10-22
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言えない、その我儘 5

「ああ~、そっちの問題もあったんだったわ。それ、絶対に私も参加しなきゃ駄目ですか……?」 この状況で梨ヶ瀬《なしがせ》さんと一日一緒にいなきゃいけないなんて、あまりにも気が重すぎる。段々と私に対しての態度が甘くなっていく彼に、今後どう対処すればいいのかも分からない。 どうにか梨ヶ瀬さんから離れれる方法がないかと、今だって真剣に考えているのに。「横井《よこい》さんがいてくれなきゃ、私は鷹尾《たかお》さんと二人きりなんてとても耐えられそうにありません……」 それはそうよね。私が無理を言って眞杉《ますぎ》さんに頼んでいるのに、自分が参加しないわけにはいかない。そう考えると私は梨ヶ瀬さんにどんどん追い詰められてる気がしてくる。「どうしてこんなにも、梨ヶ瀬さんの思うとおりに話が進んでいくんだろう……?」「あの、梨ヶ瀬課長がどうしたんですか? そういえば横井さんが、これからのサポート役になられたんですよね」 悪意のない眞杉さんの言葉に、梨ヶ瀬さんへの不満をこれ以上話していいものか悩む。彼女には梨ヶ瀬さんが尊敬出来る上司に見えているのかもしれないので、わざわざ悪い印象を与えるのも気が引けた。 だけど梨ヶ瀬さんのサポート役も彼が裏で手を回していたし、ダブルデートだってもしかしたら何か鷹尾さんに吹き込んでいたのかもしれない。 そんなことを考えるとますます、彼の傍にいなければならない事が苦痛に思えてきてしまう。 だけど、そんなときに限って……「あ、噂をすれば梨ヶ瀬課長と鷹尾さんですよ」 眞杉さんがそう言って指差す先には、笑顔で話をする梨ヶ瀬さんと鷹尾さん。そして金魚の糞のごとく二人についてまわる女性社員。 篠根《ささね》さんの件で何人か減ってはいるものの、相変わらず彼らは人気らしい。「……やっぱり不釣り合いですよね、私なんか」「え? それって、どういうこと?」 歩いてくる二人を見て、しょぼんとする眞杉さんの言葉の意味が分からず聞き返した。この状況で、眞杉さんが不釣り合いとはいったい……? そんな彼女の視線が二人にではなく、鷹尾さん一人に向けられてることに気付いて私はなるほどと思った。「一つ気になっていたのですが、眞杉さんはどうして鷹尾さんの告白を断ったんですか?」 少なくとも今鷹尾さんを見つめる眞杉さんの視線は、苦手な人に向けたものではなさそうで
last updateLast Updated : 2025-10-23
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言えない、その我儘 6

「ど、どうして横井《よこい》さんが知ってるんですか? 私が鷹尾《たかお》さんの告白をお断りしたことを……」 慌てたような眞杉《ますぎ》さんの様子に、私がその話を聞いたのは鷹尾さんからだったという事を思い出す。しかし言った言葉は取り消せないので、素直にそのことを伝えることにした。「ごめんなさい、鷹尾さんが悩んでいて私が話を聞いたの。もちろん他の誰にも話してなんかいないから、そこは安心して?」「そうだったんですか。横井さんなら信用出来るので大丈夫ですが、まさか鷹尾さんがそんなことを……」 困ったような表情をする眞杉さんは、やはり鷹尾さんとお付き合いすることに抵抗があるのだろうか? もともと男性が苦手と言っていたし無理強いする気はなかったが、彼女が鷹尾さんに好意を持っているなら話は変わってくる。 こういう所がお節介だとよく言われるし、自分でも分かっているがどうしてもこの性格が直せない。「ずっと眞杉さんが好きで、どうしても諦められないんだって。随分一途な人なのね、鷹尾さんって」「……」 眞杉さんは返答に困っているようで、私を見たり俯いたりを繰り返している。やっぱり彼女は、鷹尾さんの事を嫌ってはいないように見えた。 そんな眞杉さんを見て顔がにやけそうになるのを堪えていると、隣の席に今日の日替わり定食の乗ったトレーが置かれる。 隣に来たのが誰かなんて、もう見なくても分かる自分が嫌になりそう。「ここ、いいよね」「聞く前に置いているじゃないですか、座る気満々ですよね?」 笑顔でそう言う梨ヶ瀬《なしがせ》さんを見ようともせずに、言葉だけで返事をする。最初から疑問形ですらない言い方をしてるくせに、その声音だけは優しいから余計に腹が立つ。 肩を竦めたような仕草をした後、梨ヶ瀬さんは私の隣に当然のように座って食事を始めた。眞杉さんの隣はもちろん鷹尾さんが占領して、彼はいつも通り必死に彼女に話しかけている。「まあ頑張ってるよね、鷹尾も」「そうですね、よほど眞杉さんの事を真剣に想ってらっしゃるんでしょうから」 鷹尾さんが話
last updateLast Updated : 2025-10-23
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言えない、その我儘 7

 嘘つき、か。拗ねたような顔でそう言う梨ヶ瀬《なしがせ》さんは、ちょっとだけ可愛く見える。だからと言って、この表情に騙されたりはしませんけどね。 本気だというのなら、梨ヶ瀬さんも鷹尾《たかお》さんみたいになりふり構わない所を見せればいい。そうすれば少しは考えてあげなくもない。 それに……「梨ヶ瀬さんには、そんな風に一人の女を追いかけるのは似合わない気がします。もっと軽く上手に付き合える女性にしてはどうですか?」 素直に自分が思っていることを言ったつもりだった。美人で梨ヶ瀬さんに合わせてくれる、そんな素敵な人がいるはずだと。 なのに胸の奥がちくりと痛み、私はその感覚に気付かないふりをする。「俺は似合う、似合わないで恋をするつもりはないんだ。その相手を好きか、そうではないか……普通はそうじゃないの?」 至極まっとうな言葉で返されて、こっちが返答に困ってしまった。私は梨ヶ瀬さんが素敵な男性で自分とは釣り合わないから、そうやって自分とは感覚が違うんだと決めつけていた。 それに気付かれ、一気に恥ずかしくなる。「そう、ですね。私もそうです。変な言い方をしてごめんなさい……」 さっきの発言を反省して素直に謝ると、梨ヶ瀬さんは微笑んで自分のトレーにあったコーヒーゼリーを私のトレーに乗せる。何なのかと思って彼を見ると……「横井《よこい》さんが素直に謝ることが出来たご褒美、ね?」 と、頭を撫でるような仕草をしてみせる。 あえて触れないのは、周りで私たちを睨んでいる女子社員に気を使ってくれたのかもしれない。「こんな時に子ども扱いしないでください、私は真面目に謝っているんです」「じゃあ恋人扱いさせてくれる?」 私の言葉をそうやって逆手に取るのは止めて欲しい。拗ねた私の態度を可愛いとでも言いたげな、梨ヶ瀬さんの視線が鬱陶しくてたまらない。「それはもっとお断りです」 だいたい私達は恋人同士でもないですし? 告白に近い言葉は何度か聞かされたけど、付き合ってくれとは言われてない。まあ、梨ヶ瀬さんに付き合って欲しいと言われてもキッパリと断るって決めているが。 そんな私たちの会話をハラハラとした様子で見守っている鷹尾さんと眞杉《ますぎ》さんには申し訳ないと思うのだが、梨ヶ瀬さんとのやり取りはまだ終わりそうにない。「さっきは喜んでOKしますって、ハッキリ言った
last updateLast Updated : 2025-10-25
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言えない、その我儘 8

 眞杉《ますぎ》さんを一人置いてきたことは申し訳ないと思うが、今は梨ヶ瀬《なしがせ》さんと話す気分じゃない。 後ろを振り返る事も無く廊下をスタスタと歩いて階段を上りかけた、その時……「ちょっと待ってよ、横井《よこい》さん!」 聞きたくない声に、このまま無視して駆け上がろうかとも考える。さっきのミーテイングルームでの出来事だって、まだ自分の胸の中を騒がせているというのに。 こんなことがバレれば、梨ヶ瀬さんを調子に乗らせるだけで。いつも通り冷静な反応をできる自信が無いから、彼を避けようとしてる。「……何ですか、食事くらいゆっくりしてきたらどうなんです?」「ちょっとは二人にしてあげた方がいいでしょ? 奥手な鷹尾《たかお》がどうするのか楽しみだし」 どう考えても後半が彼の本音でしょうね。 二人がどんな状況になっているか少し心配になるが、これも鷹尾さんと眞杉さんにはいい機会だと思うことにした。 だからといって、梨ヶ瀬さんが私を追いかけてくる必要はないと思うのだけど。「悪趣味ですね、梨ヶ瀬さん。私は貴方にだけは恋愛の協力を頼みたくはないですね」「そうだね、頼まれてあげる気もないけど? 俺はそんなポジションにつく気はないし」 本当にやりにくい人だと思う。 普通はこれだけ言えば諦めたりするんじゃないかって思うけれど、この人はそんな様子は見せない。「どうして、私なんです?」 たくさんの言葉をもらっても、まだ私は自分が選ばれてる理由が分からない。いくらでも魅力的な女性が周りにいるのに、彼は私に固執する。「欲しがりだね、横井さんは。いくら言っても、まだ不安なんだって顔をしてる」 そんな私の隠した部分まで勝手に暴こうとするから、貴方のことが嫌いなのに。  ……そうよ、不安よ? それの何が悪いの、私は梨ヶ瀬さんみたいに自信があるわけじゃない。この人の隣に立つ勇気もないの。「だったらなんだって言うんですか? 私は……」「いいよ、いくらでもあげる」 言われた言葉の意
last updateLast Updated : 2025-10-25
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言えない、その我儘 9

「そう? でも俺の予定にはあるんだから、そろそろ諦めてくれない?」 今度はそう来たか、本当に何を言っても自分の都合よく返してくる人だ。そこまで頑張るほどの価値が、私にあるとは思えないのだけど。「それならば、梨ヶ瀬《なしがせ》さんが諦めれば済むことです。私の予定は変わりません」 直接的にも遠回しでも、これだけ特別な感情を示してくれてるのに私は応えられない。 本当の自分がどんなに寂しがり屋で束縛の強い女なのだと知られたら、きっと彼だって離れていくに違いない。 好きだから自分だけを見て欲しい、愛しているから同じだけ愛し返して欲しい。そうして過去も未来も全部、私だけのものにしたくなってしまう。 ……言えない、こんな我儘は。 どこか冷めたところのある私は、恋愛においても同じように考えられることが多い。相手に甘えたり、頼ったりすれば「思ったのと違った」という言葉で拒絶される。 だんだん本音で付き合えなくなって、お付き合い自体が面倒になってしまった。 それでも梨ヶ瀬さんの言葉に揺さぶられるのは……「残念だね、俺も諦める予定はないんだよ。これは俺と横井《よこい》さんの根競べになるのかな?」「梨ヶ瀬さんってしつこいですね、爽やかな見た目によらず」 もしかしたら梨ヶ瀬さんなら、本当の私を受け入れてくれる人なのかもしれない。そんな期待をしてしまいそうになるからだ。「簡単に諦めれるようなら、君は本気だなんて思ってくれないだろ? しつこいくらいじゃなきゃ、心揺さぶられてくれないくせに」 何もかも分かったようなこと言わないで、それが当たっているから余計に腹が立つのよ。もう十分私の心に侵入して来てるくせに、まだ満足出来ないって顔をするんだから。 こんな時いつも過去の恋愛の失敗が足を引っ張る。梨ヶ瀬さんの言葉を素直に頷きたい気持ちがあるのに、どうしてもそう出来ない。「そこまでして欲しいですか、私の心なんかが」「なんか、じゃないよ。俺にとっては横井さんの気持ちはそんな軽い物じゃない、だからそんな言い方はしないで」 こんな時だけ真剣な表情をしないでよ。これ以上は私の心臓が持ちそうにない。真っ直ぐ見つめてくる梨ヶ瀬さんから目を逸らすと、私は黙ったまま階段を駆け上がって彼から逃げてしまった。 お手洗いで冷静になれるまで少し頭を冷やしていると、ポケットに入れていたスマ
last updateLast Updated : 2025-10-26
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揺れない、この意思 1

 それから梨ヶ瀬《なしがせ》さんのサポートとして仕事をこなす毎日だったが、意外にも彼は仕事にプライベートを巻き込むことはしなくなった。 逆に不気味だと思い聞いてみたら、それも彼の作戦の内だったようで「可愛いね」と揶揄われてしまった。「本当に意味が分かんない、グイグイ迫ってきたかと思えばピタリと止めるし。本当に私と付き合いたいなんて、やっぱり嘘なんじゃないの?」「いつの間にかそんな事になってたんですね。でもお二人は、美男美女でお似合いだと思うんですけど?」 そんな吞気な事を言える眞杉《ますぎ》さんが羨ましい、彼女だって私の立場だったら逃げたくなるでしょうに。 まあそんな人は、あの鷹尾《たかお》さんに挑む勇気が無ければ現れないでしょうけれど。「そういう眞杉さんと鷹尾さんもお似合いだと思うけれど? どうしてまだ付き合わないの?」 眞杉さんだっていい加減に鷹尾さんの気持ちは分かっているはず。二人がさっさと付き合ってしまえば、ダブルデートの話だって無くなるかもしれない。 そんな淡い期待を持ちつつ、眞杉さん達の今の状況に探りを入れてしまう。「だって。私なんかが鷹尾さんの彼女なんて、不相応っていうか……」 確かに眞杉さんは長い黒髪に分厚い黒縁の瓶底眼鏡と、やや野暮ったい容姿をしていて地味ではある。 だが鷹尾さんはそんな眞杉さんの容姿ではなく、彼女の内面にベタ惚れのようだけど。 でも、ふと考える。もしここで容姿に自信のない眞杉さんを変えることが出来たなら、もしかすると……もしかしするかもしれない?「眞杉さん! 貴女が自信を持てるように、ちょっとだけ私にやらせてもらってもいいかな!?」「ええっ?」 自分で言いだしたこととはいえ、その後の数日はとても忙しかった。 梨ヶ瀬さんに残業を頼まれても何かと理由を付けて短時間で済ませてもらい、慌てて眞杉さんとの待ち合わせに向かう毎日の繰り返しで。 恥ずかしがる彼女を何とか説得してオシャレなショップへと入り、眞杉さんに似合う服をチョイスしてもらったり…… 彼女の分厚い瓶底眼鏡も何とか出来
last updateLast Updated : 2025-10-26
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