All Chapters of 唇を濡らす冷めない熱: Chapter 61 - Chapter 63

63 Chapters

言えない、この我儘 1

 ショックを受けて呆然としている篠根《ささね》先輩たちをその場に残して、私は一度お手洗いに行き鏡で自分の顔を見る。鏡に映る自分はいつも通りなのに、さっきの出来事で何だか胸が落ち着かない。 大きなため息をついて頬を叩いて気を引き締めると、そのままミーティングルームへと向かった。「横井《よこい》です、失礼します」 扉をノックして返事を確かめて部屋の中へ、そこには梨ヶ瀬《なしがせ》さんが一人でテーブルの傍に立っていた。 そのまま部屋の入り口で黙って立っていると、あちらからゆっくり近づいて来て……「本当に横井さんは何でもかんでも全部自分で抱え込もうとするよね」「そう、かもしれないですね……」 人に頼られるのは大好きなのに、頼るのは得意じゃない。特に男性に弱みを見せるのは、随分前から苦手だった。 こんな性格だから可愛くないのは百も承知だし、それで梨ヶ瀬さんが興味を無くしてくれるのなら万々歳だ。「可愛くないって言われるでしょ?」「それはどうでしょうね? まあ、梨ヶ瀬さんがそう思うのは勝手ですけど」 投げやりな言い方に、梨ヶ瀬さんが少し呆れたように溜息をつく。今になって助けた事を後悔しているのかもしれない、そう思っていたのに……「可愛くなさ過ぎて、俺には可愛くてしょうがなく見える。どれだけこの子は頑張り屋なんだって、撫でて甘やかしてやりたくなるよ」 ……いったい何を言っているの、この人は?「わ、私が言っているのはそういう事じゃなくて……!」 可愛くないと言われて、そんな風に考えてるなんて思わないでしょう? 本当に梨ヶ瀬さんの本性って、滅茶苦茶に歪んでるとしか思えない。 そんな私の考えを読んでいるかのように……「もう横井さんに呆れて興味がなくなるとでも思った? 残念だったね、ますます君の事が欲しくなったよ」「欲しくなったって……また、そんな馬鹿みたいなことを言って」 はっきりと言われた言葉に、一瞬で頭が沸騰しそうになった。普段はのらりくらりとかわして、遠回しな言葉しか言わない人なのに。 一気に梨ヶ瀬さんを異性として意識してしまって、頭がうまく働かない。上手い返しも見つからないまま、顔を赤くさせてしまい梨ヶ瀬さんを喜ばせてしまう。「へえ、そんな顔してくれるようになったんだ? 前よりちょっとは横井さんに、男とし認識されてきたって思っていいのか
last updateLast Updated : 2025-10-20
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言えない、この我儘 2

「そんな事よりも! いいんですか、あの人たちをそのまま置いてきちゃって。もしさっきので篠根《ささね》さんが逆恨みでもして、あることないことベラベラ話されでもしたら……!」 このままじゃ完全に梨ヶ瀬《なしがせ》さんのペースになる、そう思った私は無理矢理話題を変えてしまうことにした。 だって……これ以上は私の心臓が持ちそうにない。 それに篠根先輩や他の女子社員のことが、気になっていたのも本当だったし。ああいうタイプは自分がしたことは棚に上げ、相手を悪く言うことを得意とするはずだから。「それなら心配ないよ。彼女の望み通り、その能力を十分生かせる場所に移動させてあげるつもりだしね」「……それって、どういう? ま、まさか!」 うちの会社の別の部署には、仕事は出来るがとても人使いが荒くて有名な鬼課長がいる。その人のサポートについた人は、三ヶ月で辞めてしまうという噂まで流れるほどに。 そんな彼が今、優秀なサポート役を探しているというのは誰でも知っていることだった。もちろん立候補するような強者は、いるはずもなかったわけだが…… まさかと思うが、この人はそんな鬼部長のサポート役に篠根さんを推すつもりなのだろうか?「そう、そのまさかだよ。彼女をこのまま君のそばに置いておいても、ロクな事をしなさそうだしね。しっかり仕事に集中出来る環境に、変えてあげようと思って」 そう言って微笑む梨ヶ瀬さんが、本当の悪魔のように見えた。この男を敵に回すような真似はしてはいけない、今すぐ回れ右してこの部屋から出てしまいたい。 頭ではそう思ったのに、ゆっくり近づいてくる梨ヶ瀬さんから逃げられない。「や、やりすぎではないでしょうか? 何も、そこまで……」 確かに篠根先輩のやったことに腹は立ったが、あの鬼課長のサポートなんてあんまりじゃないだろうか? 彼女だって梨ヶ瀬さんのサポートにつきたくて、仕事の出来る存在だというアピールをしていたんでしょうし。 だけど私が思っていたのより梨ヶ瀬さんは厳しい考えらしく、戸惑う私ににっこりと笑ってみせる。「やりすぎ? いったいどこが? 彼女は二度も君に対して嫌がらせでは済まない行動をとった、これは当然の報いだと思うけど」「それはそうですが、何も鬼課長のところでなくても」 どうして嫌がらせされた本人が、加害者を庇わなきゃならないのか分からない
last updateLast Updated : 2025-10-20
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言えない、その我儘 3

「なんていうか、横井《よこい》さんのそういう優しいところは嫌いじゃないよ。でもね、俺だって好きな女の子のあんな場面を見て冷静でいられるほど人間出来ていないんだ」 そんな嘘をつかないで! あの時の梨ヶ瀬さんはいつも通り落ち着いていて、すごく余裕の表情だったじゃないの。むしろタイミングを狙ってきたかのようで、最初から分かってたんだろうって疑いたくなったほどだ。「そうでしょうか? 十分冷静だったと思いますよ、さっきの梨ヶ瀬さんは」「……うん、気にしてほしいのはそこじゃないんだけど」 じゃあどこをどんな風に、気にしてほしいんですか? 遠回し過ぎて分かりにくいんですよ、本当に! そんな恨みがましい目で梨ヶ瀬さんを見上げたら、絶対勝てないようなまぶしい笑顔で返されてしまった。 ……いったい何がしたいのだろうか、この人は。「ああ、面倒くさい……」 ぽそりとそう呟くと、梨ヶ瀬《なしがせ》さんは指先で私のおでこをピンと弾く。どうやら私の発言が少し気に入らなかったようだ。 梨ヶ瀬さんの言いたいことに全く気付いていないわけではないけれど。でもそれを口にすると、ますます追い詰められて逃げられなくなってしまうそうで怖いもの。 だから、今はまだ知らないふりして誤魔化すしかなくて。「それはこっちのセリフだからね? 横井さんはもう少しくらい素直になったほうがきっと可愛いと思うけど」「それじゃあ私が、梨ヶ瀬さん好みの素直で可愛い子を探してきてあげましょうか? 貴方の彼女希望者ならば、きっとたくさんいるでしょうし」 私にそんなことを望んでるならおあいにく様。これから先、この性格を直す気も可愛く振舞う気も私にはサラサラない。私は今の自分を意外と気に入っているのだから。「そうやって何度も俺の気持ちを試すの? 俺が言っているのはそういう事じゃないって、君は最初から分かってるくせに」 本当に面倒くさいのよ。何でも分かってて、余裕ばかりみせるこの人は。こっちから振り回してやろうとするのに、結局私が振り回される側になる。「試すとは、何のことでしょうか? あの手この手で私を試すことばかりしてるのは、むしろ梨ヶ瀬さんの方でしょう?」 この言い合いはいつもで続くのかな。いい加減飽きてきてしまい、このまま梨ヶ瀬さんに背を向けて部屋から出てしまおうかと思った。 そんな私を引き止めるよう
last updateLast Updated : 2025-10-22
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