All Chapters of 嘘が愛を試す時 〜君を信じたい夜に〜: Chapter 11 - Chapter 20

22 Chapters

11.対面

 マリウスは今日もサラと、寝室でワインを交わしていた。 小さなテーブルとワイン、それだけあれば、彼女と過ごすには十分だった。言葉を交わすことは少なくても、サラに会いたいという想いは消えず、僕たちは何度も同じ時間を繰り返している。「今日、急に思い立って、ルヒィナさんを訪ねて教会に行って来たよ。」「えっ、ルヒィナ様のところに?」「ああ、同じ立場の彼女が気の毒に思ってね。それにあの離縁を、どんな想いで受け入れたのか知りたかった。僕にも彼女のために何かできることがあるかもしれないと思ったんだ。」 「そうでしたか…。彼女はどうしていましたか? お詫びのお手紙を書いても、お返事をいただけなくて…。 彼女を傷つけてしまったから仕方がないけれど、何度もいうように私は浮気をしていないわ。 それだけはどうしてもお伝えしたかったの。」「立ち会ってくれた神父様が言っていたけれど、彼女はあの日から、とても憔悴し続けているそうだよ。」「お気の毒に…。」 そう言って、サラは悲しそうに目を伏せる。 それもすべて君のせいだからな。 そう言いたい気持ちを、なんとか押し込めた。 今もなお彼女を責めるのならば、僕達はこうしてワインを共に飲むことはできないだろう。 やっとの思いで取り戻しつつある穏やかな二人の関係を、また壊したくはなかった。「それが不思議なんだが、ルヒィナさんは僕がサラの夫だと知ったとたん、君に謝って泣き崩れたんだ。」「えっ? ルヒィナ様が私に謝ったんですか? 腹を立てるのではなく?」「ああ、僕も驚いたよ。 それがとても気がかりで、詳しく話を聞きたかったけれど、彼女は泣くばかりで、立ち会った神父様に、今日はこれ以上話せない状態だから、また日を改めて来て欲しいと言われて、従わざるを得なかった。」「そんなことが?」「そうなんだ。どんなに考えても彼女の発言は理解できないし、不思議でならない。 何故彼女がサラに謝るのだろう? 傷つけたのは君の方だよね?」「ええ、そうだと思います。 私は浮気はしていないけれど、結果的に彼女から夫を奪ってしまったので。」「そうだよね。 僕にとって、君は謎だらけだよ。 僕は何を信じたらいいのだろう?」「私…、と言っても無理なんでしょうけれど。」「君は変わらないね。僕達は結局、何も解決できていない
last updateLast Updated : 2025-08-19
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12.ルヒィナの結婚相手

男爵家で生まれ育ったルヒィナ・カーソンは、とても臆病な女性だった。素敵な男性と知り合いたいと夜会に足を運んでも、爵位の低さが気になって、男性に積極的に話しかけることができないでいた。私なんかと結婚しても相手の方にとって、何の得にもならないわ。地位は低いし、財産もなし、顔立ちも平凡と、いいところを探す方が大変なくらいなのである。諦めてお父様の紹介してくれる方と結婚するしかないのかしら。華やかで自信に満ちた、身分も高い女性たちを横目に、ため息ばかりがこぼれる。もし私があんなに美しくて、魅力的であれば、いくら男爵家と言えども素敵な男性と結婚できただろうに。現実はそうもいかないわ。そう思い、ぼんやりとダンスをしているカップルを眺めていると、視界の先に憧れのハンプトン侯爵夫人サラ様がいた。夫である侯爵様と笑みを浮かべながら、軽いステップで踊っている。夫婦共に美しく、まるで一枚の絵画のようだ。彼女は美しいだけではなく、ドレスのセンスも完璧で、ヒラヒラと揺れる光沢のあるレースが皆の注目を集め、私は密かに憧れていた。その中でも特に、ドレスに施された刺繍が美しいと思っている。刺繍を全体に施すことで、光の当たり方や角度によって見え方が変わり、深みや高級感が生まれている。そのことに気がつかない人もいるけれど、刺繍好きの私は、彼女のドレスの良さを誰よりもわかっていると自負していた。今日の彼女のドレスの刺繍のテーマは、金糸の入ったミニバラね。なんて素敵なの。本当は私もあのようなドレスが着たいけれど、貧乏男爵家の私には遠い夢ね。だって、全面に刺繍が施されたドレスは一着作るのに手間も金銭も桁違いにかかる。そう思って見つめていると、サラ様の髪飾りの一部がふわりと床に落ちた。生花だから、茎の部分を結んでとめていても、花びらは取れ易い。私はそっと近づいて、落ちた花を拾おうと手を伸ばした。すると、同時に手を伸ばした人物がもう一人いた。「あっ。」二人は頭がぶつかりそうになり、手を伸ばしたまま動きを止める。だって、お花が落ちるのを見たということは、その時彼女を見つめていたということ。それが、言葉には出さなくても、お互いにわかったのだ。「どうぞ。」「ああ、すみません。」二人は気まずい空気を抱えたまま、見つめ合った。「もしかして見てました?」「まぁ
last updateLast Updated : 2025-08-19
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13.ルヒィナの結婚生活

結婚した理由は相変わらずわからないけれど、夫であるデニス様はとても優しく完璧な男性だった。「さあ、ルヒィナはもうホルダー侯爵夫人になったんだよ。勇気を出して憧れのサラさんに話しかけてごらん。」「ええ、胸がドキドキするけど頑張ってみるわ。」王族までもが列席するような煌びやかな夜会で、デニス様に促され、すぐ目の前にいるサラ様に話しかける。「ハンプトン侯爵夫人、初めまして。私はホルダー侯爵の妻、ルヒィナと申します。」「あら、初めまして。よろしくね。」サラ様は笑顔で私に応じてくださり、突然話しかけた私に嫌がっているようすは見られない。だから、嬉しくてたまらず、ずっと伝えたかったことを打ち明けることにした。「ハンプトン侯爵夫人のドレスの刺繍はとても素敵ですね。」「まあ、ありがとうございます。刺繍にご興味がありますの?」「ええ、実は大好きなんです。」「やっぱり。だから、今日のあなたのドレスは蔓の葉の刺繍が施されているのね。とても繊細で、煌びやかね。もしかして、これはあなたが?」「ええ、自分で刺しました。」「自分でですか?大変だったでしょう。でも、とても素敵ですね。」「ええ、私の場合、すべて自分でとまではいかないけれど、一度やり出すと時を忘れて、続けてしまうの。」「ふふ、同じです。気づいたら刺繍に夢中になるあまり、夜が明けていることもあるんですよ。」「まあ、私も同じ理由で夫に心配されているわ。」「ふふ、そうですよね。」やはり彼女はドレスの刺繍を見て、どんなものであるかすぐわかるぐらい刺繍が好きなんだわ。私が思っていた通りね。「刺繍が好きな方とお友達になりたかったの。ぜひお友達になって。一緒に刺繍をしましょう。私のことはルヒィナと呼んでほしいわ。」「もちろんよ。私はサラ、一緒にお話もしましょう。」「話が弾んでいるようだね。」サラ様と話せて興奮気味の私の肩にそっと手を置き、デニス様が割って入る。「ああ、デニス様、私、サラ様とお友達になって、一緒に刺繍したいねって話していたの。」「それは良かったね。やあ、久しぶり。今はハンプトン侯爵夫人と呼んだ方が良いかな?」「ええ、ご無沙汰しております、ホルダー侯爵様。」デニス様とサラ様はさりげなく笑顔を交わした。「あら、デニス様はサラ様をご存知でしたの?」「
last updateLast Updated : 2025-08-19
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14.ルヒィナの友人と夫

「デニス様、今日もサラ様は素敵でしたわ。」「それは良かったね。」今では、サラ様を交えたお茶会を私の邸で開き、その後に彼女と二人で刺繍を楽しむのが、私の日常の一部となっていた。デニス様は私がサラ様に憧れていることを理解してくれているから、彼女が帰った後、いつもこうしてお話を聞いてくれる。「今日ね、二人で新しいガーベラの刺繍のデザインを完成させたの。それをドレスに刺繍して、お揃いにするのよ。夜会でそれを披露して、ガーベラの刺繍がお揃いであることに、気づく人がいるか試してみるの。気づく人は刺繍に関心がある人だから、私達の仲間に誘ったらどうかと思って。そろそろ刺繍仲間を増やしていきたいねって話していたの。デニス様はどう思う?みんなに刺繍が好きか聞いて回るより、素敵な方法でしょ。」「そうだね。だったら、それに合わせてドレスの生地から二人で選んで、ドレス自体もデザインして作ったらどうだい?」「そうね、そうすれば、刺繍がより映えるドレスが作れるわ。」「じゃあ早速、次回サラさんが来る時に合わせてドレス工房を手配しよう。僕から二人に仲良くなったお祝いにドレスをプレゼントするよ。」「ありがとう。それならサラ様に気を遣わせずに誘えるわ。もう、あなたはどれだけ私を幸せにしてくれるの。素敵過ぎるわ。」デニス様は出会ったあの日から変わらず、今でも私が喜ぶことを次々と提案して叶えてくれる。普通なら、妻が仲の良い友人と過ごせるようにと、ここまで協力してくれる夫はなかなかいないだろう。「君は、普通の女性は嗜み程度しかできない刺繍を、プロ並みにこなす優れた妻なんだよ。ところ構わず自慢して歩きたいぐらいさ。」「まあ、嬉しいわ。いつも刺繍にばかり夢中になって、あなたに呆れられていると思っていたの。」「まさか、そんなことはないさ。君は僕のそばで自由にしてくれるだけでいい。だって、それが君の幸せなんだろう?」「ええ、そうよ。」とっても優しくて、私をいつも喜ばそうと、素敵な言葉と共にくれる人。あの日、あなたと出会えて本当に良かった。私は躊躇わず抱きつき、彼に甘える。デニス様は、結婚を機に、サラ様とお茶会をするためにくつろげる部屋を新しく作ってくれた。その部屋には友人が多い時用のテーブル、サラ様と二人だけでお茶を飲むテーブル、二人でくつろぎなが
last updateLast Updated : 2025-08-19
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15.秘密の部屋

ルヒィナが幸せな結婚生活を続けていたある日、デニス様が不在の時に、刺繍の図案を考えたくて、どうしても紙が必要で、彼の執務室に入り、いつも紙が置かれている辺りを探した。けれども、こんな時に限って、一枚も見つからない。デニス様が帰るまで待つしかないかしら。そう言えば、サラ様とお茶会をしている時は、いつもデニス様も邸にいて、二人で図案を考えていた時、紙がなくて困ったことはなかったわ。その時、ふと目の前の本棚に目をやる。今までデニス様がどんな本を読むのか、聞いたことはなかった。彼の知性を司るような分厚い本がびっしりと並んでいて、そんなところも素敵だと思ってしまう。気になって、一冊手に取ってみるが、細かい字がびっしり書かれていて、とても私には読めそうもないわ。諦めて本を棚に戻そうとするが、何故か奥まできちんと入らず、一冊だけ並びからはみ出してしまう。後ろに何か物が挟まっているのかしら?本を出し、奥へ手を入れ、何かないか探ると、不自然に盛り上がっている部分がある。これがあるから、本がちゃんと入らないのね。引っ張ってみるが取れない。だったら、最初は本が収まっていたんだからと今度は押してみる。すると、カチリと音がして本棚がドアのように後ろへ開いた。えっ、何なの?これって、扉?すると奥にもう一つの部屋が広がっている。格式のある邸の書斎には、このように財産や命を守る隠し部屋があると、噂では聞いたことがあった。なるほど、ホルダー侯爵家も高貴な家系だから、邸にこんな部屋があっても不思議ではない。何かあった時のために、この部屋を知っていることは大切ね。気になるので、そっと入ってみる。そこはもう一つの大きな部屋で、壁にはサラ様の絵が何枚も飾られていた。えっ、どうしてここにサラ様の絵が?絵の前にはソファが置いてあり、そこに座って絵を眺めることができるようになっている。この絵はデニス様が私への贈り物として、用意していたと言うこと?そのソファに座り考えるが、絵の中には私が出会う前の若い頃のサラ様もいて、どう考えても、デニス様が自分のために用意したとしか思えない。デニス様はサラ様を好きなの?彼女に惹かれる気持ちは、私が一番理解できる。だからと言って、わざわざこんな部屋を作ったの?私にはサラ様を気にしてるなんて一言も言ったことはなかったし、そ
last updateLast Updated : 2025-08-19
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16.ルヒィナ様から聞く話

「すみません、サラ様。あんなに私と仲良くしてくださったのに。私はデニス様と結婚していた頃、彼の本当の思惑に全く気づいていなかった。彼にとって、私はサラ様に近づくための駒だったんです。彼は優しく、いつも私を気遣ってくれて、とても幸せだったし、私は…愛していました。なのに、秘密を知ってしまった後の彼は、まるで別人のように冷たい目をしていて、とても逆らうことなんて、できなかったんです。デニス様とサラ様が付き合っていた証拠と呼ばれる日記帳は、私が当時サラ様と会っていた時の日記帳を改ざんして作られたものです。彼と離縁する時、一方的に私が書いていた日記帳を奪われました。あの頃は何故デニス様が日記を書くように勧めたのか、全く理解していなかったけれど、後からサラ様との不貞の証拠として使うためだと知りました。私がサラ様に憧れず、お茶会を開いたり、日記など書かなければ、不貞の証拠を作ることができなかったはずです。サラ様へのお詫びの言葉が見つかりません。本当に、申し訳ありませんでした。しかも、すぐにサラ様に真実をお話しすれば良かったのですが、両親に危害を加えると脅されていて、お話しできませんでした。あんなに仲良くしてくれたのに、私がサラ様を陥れる手助けをしてしまった。だからずっと、サラ様に申し訳ないと悔やみ続けていたんです。ごめんなさい。」ルヒィナ様はそう語ると、神父様に支えられながら肩を震わせ、堪えきれずに泣き出した。「そんなことがあったのね。ルヒィナ様のせいではないわ。彼は狡猾な人よ。きっと、あなたじゃなくても、誰かを騙して、同じことをさせていたと思うの。気づいてあげれなくて、こちらこそごめんなさい。話してくれてありがとう。」「ということは、サラは本当に不貞をしていないのか?」「もちろんよ。最初からそう言っているわ。あなたが信じなかっただけ…。」「サラ、…すまない、すまない。」マリウス様は、青ざめたまま俯き、何度も私に詫びている。「やっとわかってくれたのね。でも、その話は後でしましょう。」「わかった。」「ハンプトン侯爵様、私のせいで、サラ様と仲違いしてしまったのですね。ごめんなさい。」「いや、サラの言う通り君のせいじゃない。僕が信じれなかったせいなんだ。でもそうなると、ホルダー侯爵はルヒィナさんと知り合う前から
last updateLast Updated : 2025-08-19
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17.邸へ戻ると

マリウスはルヒィナさんとカーソン男爵夫妻を、信頼のおける知人の別邸まで送り届けた後、王宮に赴き王にすべての経緯を報告し、夜更けをとうに過ぎた頃、邸に戻って来た。王は不貞はホルダー侯爵の虚偽だと理解してくれたが、実際のところ、僕が「不利益を被った。」と訴えても、「たかだか金銭の支払いを請求できるだけで、たいして罪には問われない。」と判断された。僕の名誉が少し傷ついただけで、僕達がそのことで離縁したわけではないからだ。そう言われれば、腑に落ちないが仕方ない。だが、ルヒィナさんは脅迫されて、ホルダー侯爵と離縁しているし、カーソン男爵夫妻もこの先彼に狙われる可能性がある。彼女らには僕を通して保護が適用され、しばらく近衛兵が避難先の警護に当たってくれることになった。しかし、現段階ではカーソン男爵家へ本当に危害を加えるか分からず、たいした罪に問えない。離縁や脅迫の罪では、金銭を要求できるが、牢に捕えることまではできない。だから、とりあえずは対策をして様子を見るしかできることは無かった。仕方がないのでそちらは一旦置いておいて、僕は何としてでも先にサラとの仲を修復したい。彼女が不貞をしていなかったことは、最大の喜びだけど、それと同時に僕がサラを信じなかった罪が生じている。僕は間違った判断をし、どうすれば彼女が許してくれるかまだわからない。けれども、こうなってしまった以上、誠意をもって謝るしかないこともわかっている。無実のサラを疑い、長い間責めていたのは、すべて僕が悪い。彼女があんなに「信じてほしい」と訴えたのに、証拠があるからと彼女に寄り添えなかった罪は大きい。どんなに証拠があったとしても、彼女を信じきる。その覚悟が僕には足りなかった。自分の過ちの重さに、打ちのめされる。邸に戻ると、ただならぬ気配のチャベストが、僕の帰りを待っていた。「マリウス様、おかえりなさいませ。早速ですが、重要なお知らせがあります。人に聞かれたくないので、ここでは話せません。二人きりになれるところに参りましょう。」「わかった。応接室で聞こう。」すぐに二人は足早に移動し、部屋に着くなりチャベストは話し始める。「早速ですが、ローサ様の侍女がサラ様を迎えに来まして、すぐに二人はギルフォード公爵邸に向かうと話し、馬車で出て行かれました。お引き止めしましたが、どうし
last updateLast Updated : 2025-08-19
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18.ローサ様と引き換えに

遡ること数刻前、「サラ様、ローサ様の侍女がお話があると、いらしております。」邸では侍女達が揃い出し、ローサ様の侍女達は、つい先日、彼女の邸に戻ったばかりだった。「あら、何かあったのかしら?応接室にお通しして。」「ですが、旦那様から邸に誰も入れてはいけないときつく申しつかっておりまして。」「でも、ローサ様の侍女達は特別よ。とてもお世話になったの。」「かしこまりました。」マリウス様は今、ルヒィナ様とご両親を安全なところに避難させるために、邸を離れたままだ。けれど私は、この邸にいる限り私兵に守られているから、安全なはずだ。軽く身なりを整え、ローサ様の侍女が待つ応接室に向かうと、部屋の中には固い表情のソニアさんが、指先で袖口をせわしなくいじり続けながら私を待っていた。「先日は、大変お世話になったわね。結局、マリウス様とルフィナ様を訪問することで、彼女と直接話せたの。誤解が解けて、また仲良くできそうよ。落ち着いたら、ソニアさんにもお礼を考えているの。ぜひ、受け取ってね。」「はい、…。」何故かソニアさんは、気もそぞろといったようすで言葉に詰まる。「どうしたの?落ち着かないようすね。何かあったの?」「…それが、ホルダー侯爵様が、ローサ様を拘束しておりまして、サラ様を私に連れて来るようにと命じました。」「えっ、何ですって?ローサ様が?」「はい。サラ様、ローサ様を解放するために一緒に来ていただけますか?もし、他の者に口外したら、ローサ様の命はないと言われています。誰にも告げずに、ホルダー侯爵様の指示に従ってくれますか?…お願いです、サラ様、私はローサ様を守りたいんです。」「もちろんよ。それは私のせいでもあるもの。ローサ様は巻き込まれただけ。すぐに参りましょう。」「ありがとうございます。サラ様が身代わりになるとわかっていながら、こんなことをお願いしてすみません。」「いいのよ。ローサ様が解放されたら、マリウス様に伝えて。そしたら、あなたはこのことを忘れて。何も悔やむことはないわ。」「…すみません。」「さあ、行きましょう。」結局、私がホルダー侯爵の元へ行かないと、いつまでも終わらないのね。ただ巻き込まれただけの、新たなる犠牲者が生まれてしまう。私のせいで、もう誰も傷ついてほしくない…。私はソニアさん
last updateLast Updated : 2025-08-19
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19.囚われの身

サラがホルダー侯爵に連れられて来たのは、彼が元々住んでいた邸とは違う別の邸だった。「さあ、ここが僕達の新しい新居だよ。これからはここで、二人で生きていこうな。」邸の中は何処もかしこもシャンデリアに照らされて、ホルダー侯爵が以前住んでいた邸よりも大きく、豪奢な造りだった。「ここはね、僕達のためにあの当時から構想を練っていたんだ。気に入ってくれるかい?」「あの当時からって?」「もちろん、僕達が出会ったあの頃だよ。」「えっ、その頃から住む邸を考えていたんですか?」「そうだよ。婚約したらすぐ一緒に住もうと考えていたからね。」「そんなつもりは…私にはなくて。だって、あの頃まだお付き合いさえしていなかったですよね?」「そう思っていたんだ?僕はすでに恋人でいたつもりだったんだけどな。だから、ファーバー子爵に会うのを禁止された時は、正直、苛立ちが抑えられなかったよ。それで、君が僕のもとに来ざるを得なくするために、子爵に圧力をかけたんだ。けれど、まさかあの時、ファーバー子爵が頼ったのがハンプトン侯爵とはね。あの二家をまとめて潰してやろうと思ったけど、ギルフォード公爵が睨みを利かせていてさ。だから、渋々一度は、引き下がるしかなかった。迎えに行くのが遅くなって、悪かったね。でも、安心して。今こうして一緒になれたんだから、もう大丈夫さ。でも、もしこの先たった一歩でもこの邸から逃げ出そうとしたら、僕は今度こそ何をするかわからない。そのことだけは、忘れないで。」彼は間違っている。当時、ホルダー侯爵との縁を断とうとしたのは、お父様じゃない、私自身だ。彼とはやっていけないと感じたから。だから、お父様に懇願したのだ。「彼から距離を置きたい。」と。ホルダー侯爵との縁を切った頃、何故か突然ファーバー家の事業が傾き、家は破産寸前にまで追い込まれた。まさか、それも彼の仕業だったなんて。私のせいで?私が彼を拒んだから?お父様もお母様も、そしてファーバー子爵家に関わるすべての者たちも、私のせいで明日への生活がままならない恐怖に晒されたというの?なんて酷い。あまりにも残酷すぎる。あの当時から、お父様は原因がホルダー侯爵だと知っていたの?すべて私のせいだということを。それなのに、お父様は私を責めたりはしなかった。それは、告げないことで
last updateLast Updated : 2025-08-20
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20.姉の証言

「来てくれたのね。これからあなたの邸に行こうと思っていたんだけれど、夫が心配してなかなか許してくれなかったの。でも、急いでマリウスに伝えなければならないことがあるのよ。」「サラは今どこにいますか?姉さんは何を知っていますか?」「焦らないで、順に説明するから。」「わかりました。」僕はギルフォード公爵邸に到着するなり、姉との面会を果たした。「実はね、私が馬車に乗っている時に、ホルダー侯爵に攫われたの。相手は、数人いた警護の者達では太刀打ちできないほどの人数だったわ。」「えっ、姉さんが?怪我は?」「大丈夫、手荒な真似はされなかったわ。でも、後から知ったのだけど、私の解放の条件はサラを連れて来ることだったようで、一緒に攫われた私の侍女がサラを迎えに行ったの。」彼女は淡々と、しかし重い口調で語り続けた。「侍女はあなたの邸を訪れ、サラにそのことを伝えたそうよ。彼女が代わりに捕まることになってしまうけれど、私の侍女は私を優先して、サラに頼み込んだ。そこは、責めないでほしいわ。」「わかっている。」「だからサラは、自分が捕まるとわかっていて、私を解放しに来てくれたの。それだけでなく、私の身代わりに連れて行くことに赦しを乞う侍女に、このことをあなたに伝えた後は、忘れていいと話したそうよ。そして、私を巻き込んだことを詫びていたそうなの。」僕は言葉を失った。「サラは本当に優しい子ね。こうなってしまったのは、彼女のせいじゃないのに。どうしても、人のことを想ってしまうのね。」姉の瞳に、うっすらと涙が滲んでいる。「でも、ホルダー侯爵は本当に恐ろしい男よ。捕らえられていた間、少しだけ話す機会があったけれど、サラへの執着は常軌を逸していた。」彼女は深く息を吸い、吐き出すように続けた。「話し合いで解決できないかと説得しようと試みたけれど、無駄だった。彼にはサラ以外の存在なんてどうでもいいの。すべてを失っても構わないという覚悟を持っていて、捕まることすら恐れていないのよ。だから、彼を誰も止められない。そして、非常に用意周到で執拗。あんな男がこの世に存在するなんて思いたくないわ。サラが標的になってしまったことが、本当に不憫でならないの。」僕は、堪えきれずに拳を強く握った。「サラは今どこにいるか、わかりますか?」「大丈夫よ。ホ
last updateLast Updated : 2025-08-20
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