元治は昔から傲慢で、体面や立場を何よりも重んじる男だった。奈月を取り戻すため、初めて会ったときには身を屈めて彼女の前に跪き、今回はついに自分の財産すべてを娘の名義に移すとまで言い出した。それほど彼は悔いていた。けれど、愛していないものはどうしても愛せない。彼がどれほど必死に尽くしても、奈月の心は一切揺れなかった。彼に完全に諦めさせるため、奈月は陽介の服の裾をそっと引き、背伸びして彼の唇に口づけた。陽介はわずかに目を見張ったが、すぐに優しい微笑を浮かべ、彼女の腰を抱き寄せながらその口づけを深めていく。「奈月……君……」元治の目は怒りと絶望で裂けんばかりだ。奈月は行動で彼に最も残酷な答えを突きつける。彼女はもう一切の余地を与えず、陽介の手を引いて別荘に入り、バタンと扉を閉ざし、絶望に沈む男の姿を外に置き去りにした。元治は立ち尽くし、捨てられた子犬のように哀れで無力だった。いつの間にか空から細かな雨が降り始める。雨は彼の衣服を濡らし、冷たい風が裾から吹き込み、骨の髄まで冷やしていく。だが彼は気づかぬかのように、ただ二階の窓を呆然と見上げていた。ぼんやりとしたカーテン越しに、二つの影が寄り添う姿が映り、それはまるで温かな絵のようだ。その瞬間、彼の心は凍りつく。すべてが冷えきってしまった。翌朝、奈月はいつも通り出勤の支度をして会社へ向かう。だが道中で見知らぬ番号から電話が入り、切ったばかりなのにすぐメッセージが届いた。開いてみると、そこにはベッドで眠る朔乃の写真。その傍らに腰掛けていたのは、元治だ。奈月の顔色が一変し、即座に電話をかけ返す。「元治、娘をどこへ連れて行ったの!」電話の向こうからかすれた声が返ってくる。「奈月、朔乃は俺の娘だ。連れ出して少し過ごすくらい、いけないことか?」そんな言葉を彼女が信じるはずもなく、胸の奥の不安は募るばかり。そして予想通り、彼は声色を変えた。「奈月、家族みんなで食事をするのはいつ以来だろう。あの頃、食卓を囲んだ日々が懐かしくて仕方ない……」奈月は深く息を吐き、指先に力を込める。「場所を教えて。今すぐ行く」電話が切れると同時に、位置情報が送られてきた。彼女はハンドルを切り返し、郊外の地点へと車を走らせる。そこは人目につかない
Read more