All Chapters of 青春も愛した人も裏切ってしまった: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

ドーン――元治の頭の中で雷が炸裂したかのような衝撃が走り、握りしめていたスマホに力がこもった。もしそれが真実なら、この八年間、奈月に浴びせてきた非難も冷たさも、すべて茶番だったということになる。彼女は決して事故のあと自分を見捨てたのではなかった。車から引きずり出し、手術室の外で気を失うまで、血を捧げてくれたのは最初から彼女だったのだ。通話が切れた。元治はゆっくりと顔を上げ、瞳に荒れ狂う嵐を宿す。一歩、また一歩と都子へ迫り、目の前に立つとその顎を掴み上げ、すべての仮面を見透かすように射抜いた。「聞きたいのは一つだ。あの事故のとき、本当に俺を救ったのは誰だ?」都子の心臓が跳ね、視線は泳ぎながらも必死に取り繕う。「元治、何を言ってるの?助けたのは私よ。ずっとそう信じてきたじゃない」元治の心は深く沈む。彼はその瞳の揺らぎから、覆い隠されてきた真実を悟った。胸の奥で眠っていた怒りが、一気に火山のように噴き出す。「くそ女、まだ俺を騙そうとするのか」彼は力を込めてその顎を押し上げる。都子の顔が仰け反り、彼の血走った瞳と真正面からぶつかる。「自作自演で、八年間俺に奈月を誤解させ続けた……都子、本当に巧妙な手を使うな」封印されていた記憶が蘇る。あの頃、確かに彼は都子に惹かれた瞬間があった。だが彼女が母親から渡された1億円を迷いなく受け取り、留学のため飛び立った瞬間、その想いは消えた。その後、奈月との新婚旅行で事故に遭った。重傷を負い、意識が遠のく中、誰かが自分を救ってくれるのを感じた。目を覚ましたとき、最初に見たのは都子だった。彼の心には疑念が掠めたが、口をついて出たのは奈月への心配だった。「奈月は……奈月は無事か?」都子は笑顔で答えた。「安心して。奈月さんは軽い怪我だけ。すぐ隣の病室で休んでるわ」その後、都子は甲斐甲斐しく世話を焼いた。彼も都子の登場に疑念を抱き、密かに調べさせたとき、献血記録には確かに都子の名が残っていた。恩人という言葉が枷となり、かつて自分を裏切ったこの女に対する言いようのない罪悪感を彼に抱かせた。退院後、元治は彼女に郊外の別荘を与え、次第に警戒を解いた。都子が「あなたと血のつながった子供が欲しい、でもせっかく得た留学のチャンスを簡単に手放せない」と言
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第12話

朔真は父の腕に噛みつき、必死に放さなかった。三人の子供たちには理解できなかった。ながパパ突然、都子を殺そうとするのか。けれど彼女は母親であり、幼いころから「ママは君たちを一番愛している」と言い続けてきた人だ。三人は涙目で彼女を庇うように立ちはだかり、声を震わせて訴えた。「パパ、都子おばさんを放して」「このままだと死んじゃうよ!」「僕たち、もうひとりのママを失ったんだ。これ以上は嫌だ」子供たちの必死の叫びに、元治の理性が少しずつ戻っていく。恐怖と懇願が入り混じった三つの顔を見つめ、彼の表情は複雑に歪んだ。「こんな女に、ママの資格なんてない。覚えておけ。君たちのママは奈月ただひとりだ」死の淵から逃れた都子は、必死に息を吸い込みながら、恐怖と同時に悔しさを隠しきれず元治を睨んだ。もうすぐ手に入るはずだったのに。婚姻届さえ出せば、奈月が二度と戻らない。なぜ今になってすべて崩れるのか。彼女は視線を移すと、三人の子供が目に映った。そうだ、まだ切り札がある。元治は地に転がる都子を指差し、使用人たちに怒鳴った。「この女を叩き出せ!二度と屋敷に入れたら、即刻クビだ」「承知しました、旦那様」すぐに使用人たちが都子の両腕を取った。「嫌!行かない」都子は必死に振りほどき、転がるように元治の足元へすがりついた。「元治、騙すつもりなんてなかったの。ただあなたを愛しすぎて、愚かなことをしてしまっただけ!他には何も求めない。ただ、奈月さんが戻ってくるまで、ただ子供たち三人の世話をさせてほしい。彼らにはたくさんの借りがある。償いの機会をください」都子は涙で顔をぐしゃぐしゃにし、声を張り上げる。その姿に、子供たちは彼女が以前くれた贈り物の数々を思い出し、心が揺らぐ。三人は同時に父を見上げた。「パパ」元治は拳を握りしめ、目を閉じた。長い沈黙のあと、淡々と告げる。「今回だけだ。都子、その汚らわしい考えはしまえ。次に何か仕掛けたら、生き地獄を味わわせる」彼は深く息を吸い、怒りを押し殺すと背を向け、歩み去る。遠ざかる背中を見つめながら、都子の口元にかすかな笑みが浮かんだ。そして三人の子供に向き直り、声を潜めて手招きする。「朔真、朔矢、朔斗、ママを手伝ってくれるわよね」計算に満ちた瞳と目が
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第13話

雨国、イートン校の正門前。朝霧はまだ完全に晴れず、陽光がプラタナスの葉の隙間から石畳にこぼれている。奈月は、アイボリーホワイトのスーツを纏い、ロールスロイスのドアから優雅に姿を現した。黒い髪と瞳、端正な顔立ちは、すれ違う者の視線を惹きつけずにはいられない。彼女は柔らかな微笑を浮かべ、車内から小さな少女を抱き上げた。朔乃が濃紺の制服ワンピースに真紅のリボンをきちんと結び、まっすぐ立つ姿は凛としていた。「朔乃、ママはここまでしか送っていけないわ」奈月は娘の前髪を整え、優しく囁く。「いい子だから、中に入りなさい」朔乃は顔を上げ、母の頬にちゅっと音を立てて口づけした。「ママ、安心して、朔乃は新しいクラスメイトと仲良くできるから」ランドセルを背負った小さな体は、はねるように門へ駆け出す。数歩進んで振り返り、手を大きく振ると、その姿は同じ制服の人波に溶けていった。頬に残る娘のぬくもりを指先でなぞりながら、奈月の瞳は幸福に細められる。雨国に来てからというもの、心が晴れやかだからだろうか。朔乃の身体は目に見えて回復し、性格も明るく、年相応の無邪気さを取り戻していた。車内に戻ると、秘書の小林(こばやし)が分厚い書類を差し出した。「社長、昨夜、青山家が世界規模で懸賞令を出しました。100億円であなたの行方を探しています」奈月の指が一瞬止まり、な瞳が冷えきる。「ほかには?」「青山元治は、当時の事故の黒幕が佐々木都子だと突き止めています。しかし何の処置も取っていません」小林の声は淡々として揺るがない。「彼女はいまだ『子供の世話』を理由に、青山家に留まっています」ペンを握る奈月の手がわずかに止まるが、表情は揺れない。「これからは、青山家のことを報告する必要はないわ」彼女は署名を終え、書類を返す。「彼らの行動は、私とは一切関係ない」そのとき、スマホの画面にニュース速報が躍った。【青山グループ社長、生配信で妻探し、元妻に高らかな謝罪と懇願】奈月は眉を上げ、記事を開いた。画面いっぱいに映るのは、疲れを隠せない元治の顔。彼が濃紺のスーツを纏い、乱れた髪のまま、カメラに向かって打ち明けている。「奈月……すまない。遅すぎた謝罪を、どうか受け取ってほしい。離婚は本意じゃなかった。愛していたのは、最初から君だ
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第14話

奈月の瞳にかすかな鋭い光が走った。彼女はとっくに万全の準備を整えていた。「もちろん」小泉家と神田家の提携は、元より必然の流れだった。彼女は決して、悲劇を今の人生で再び繰り返したりしない。その日の午後。海市の上流社会は、大きな激震に包まれていた。神田家の当主陽介が記者会見を開き、堂々と小泉家との婚約を発表した。一瞬で会場は騒然となり、記者たちが我先にと詰め寄る。「神田社長、本当に小泉家と縁組を?」「ですが小泉奈月さんは青山社長の元妻です。青山社長はいまだに彼女への未練を隠していませんが、気にならないのですか?」「それに、神田社長は昔から小泉奈月さんを想っていたという噂が……」「それは本当だ」陽介の低い声が質問を遮った。大きな声ではないのに、鋭く響き渡る。「奈月は俺の婚約者だ。彼女を愛している以上、過去を気にするはずがない。これから先、彼女の世界を守るのは俺だ」会場は一瞬で熱狂に包まれる。質問への回答というより、堂々たる愛の告白にしか聞こえなかった。同時に、雨国の小泉家からも正式な公告が発表され、一連の契約書類が次々と公開される。両家の縁組が紛れもない事実であることは、誰の目にも明らかだった。青山グループ社長室。バンッ!元治は机の上の書類を払い落とし、血走った目で怒声をあげる。「ありえない!奈月が婚約を承諾するなんて!ただの見せかけだ」しかしその後すぐ、一枚の招待状の画像が彼の元に届いた。金箔で押された「結婚」の文字は彼の目を焼きつけるように痛ませた。それは神田家と小泉家の結婚式の招待状。日取りは来月の八日。スマホは手から滑り落ち、彼は椅子に崩れ落ちるように座り込む。目の奥は暗く、どこまでも深く沈んでいった。「大変です、社長」秘書が駆け込んでくる。「小泉家と神田家が手を組み、株式市場に強烈な攻撃を仕掛けています!すでに何人もの株主が資金を引き上げる意向を示しています」元治は画面に映る急落する株価を睨み、目の中の怒りは今にも噴出しそうだ。このままでは青山家は崩壊してしまう。深呼吸を繰り返し、彼は無理やり冷静さを取り戻すと、毅然と命じた。「すぐに株主総会を開く。株主への説明は俺が直接する。それと、佐藤社長に連絡を取れ。至急、話があると伝えろ」拳を固く握りし
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第15話

三人の子供が突然倒れたため、元治は雨国行きの計画を一時中止せざるを得なかった。幸い処置が早く、間もなく彼らは病床の上で目を覚ました。瞳には消えぬ恐怖の影が揺らぎ、元治の姿を見た途端、涙が溢れ出す。三人が声を揃えて泣き叫んだ。「パパ、僕たちを捨てないで……」元治の胸は大きく揺さぶられた。なぜ子供たちがここまで怯えるのか、理解できない。だが奈月の再婚の報せに打ちのめされたのだろう、とすぐに思い至り、静かに言葉をかける。「心配するな。パパはずっと一緒にいる」その手で子供たちの髪を撫でる。「君たちはパパの宝物だ。どうして見捨てるものか」その一言に、三人は素早く視線を交わし合い、瞳に罪悪感が走る。再び元治を見上げた時、彼らの顔は言いたげなもどかしさでいっぱいだったが、まだ口を揃える間もなく、都子がドアを押し開けて入って来た。「元治、一晩中看病していたでしょ。もう休んで。ここは私に任せて」彼女の顔には優しい笑みが浮かび、口調は気遣いに満ちている。元治は確かにひどく疲れていた。元治はこめかみを押さえ、深く息を吐くと、何も疑わずに頷いた。彼は気づかない。都子が病室に入った瞬間、泣き声は止み、子供たちが凍りついたように沈黙したことに。病室を出た後、元治は別荘には戻らず、病院の廊下のベンチで丸くなって眠りに落ちた。夢の中で、彼は離婚を切り出したあの日に戻っていた。現実とは違い、夢の中の奈月は涙に濡れ、唇を噛んで署名を拒んでいた。だが、当時の自分は都子のために冷たく言葉を浴びせ、三人の子供を連れて国外へ行く計画を練っていた。「やめろ!元治、彼女を裏切るな」彼は必死で叫び、駆け寄って止めようとしたが、体は見えない壁に阻まれたように動かず、声も誰の耳にも届かない。すぐに場面は結婚式場に変わった。奈月が突然駆け寄って来たが、猛スピードで迫って来たトラックにはね飛ばされ、地面に倒れて息も絶え絶えだった。そして夢の中の自分は、三人の子供を連れて傍らに立ち、冷ややかな眼差しはまるで他人を見るようだった。「助けろ!彼女こそが愛すべき人だ!後悔するぞ」彼は叫び、駆け寄って奈月を抱き起こそうとしたが、手は何度も彼女の体をすり抜け、一片の温もりすら感じられない。彼はただ茫然と、燃え盛る炎が彼女の姿を飲み込み、
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第16話

助手が立ち去るとすぐに、元治は秘書からの電話を受けた。「社長、佐藤家が正式に提携に応じました」この知らせはまるで冷たい水のように、元治に浴びせかけられる。彼は握りしめた拳を、ゆっくりと解き放つ。今は、まだ牙を剥く時ではない。しばらくして、元治はようやく口を開く。「広報部に伝えろ。即刻記者会見を開き、両家の提携を公表しろ。株価を安定させるのが先決だ」通話を切った彼の眼差しは、恐ろしいほど冷静だ。それからの数日間、都子への態度は変わった。かつての冷淡は跡形もなく、惜しみない寵愛が代わりに注がれる。都子が子供たちを寄宿学校に入れたいと願えば、彼は了承し、さまざまな宝石やアクセサリーが絶え間なく彼女の下に送り届けられ、彼女は有頂天になった。そして予想どおり、都子は彼との関係を盾に、佐藤家にさらなる投資を促していた。だが裏では、元治はとっくに完璧な罠を張り巡らせている。都子の携帯はすべて盗聴され、佐藤家とのやり取りも、彼の前に晒されていた。その頃、雨国にいる奈月は契約書を見つめていた。「この契約書、真偽は確かね?」彼女は顔を上げて法務部の鈴木(すずき)弁護士を見た。鈴木弁護士が深く頷く。「間違いありません。青山社長は名義株の七割を、正式に朔乃小姐の名義に移しました」三日前、元治は密かに彼女に連絡を取り、朔乃を青山家の唯一の後継者とすると申し出ていた。条件は、小泉家と神田家が手を組み、佐藤家への対抗を支援することだった。差し出された餌は、大きすぎた。もちろん奈月は即答しなかった。担保として、まず七割の株を朔乃の名に移すよう条件を突きつけた。驚くほどあっさり、元治は承諾した。いま現物が手にある以上、迷う理由はない。もとより、それらは朔乃のもの。彼女はただ、少し早く取り戻しただけに過ぎない。奈月の唇に淡い笑みが浮かぶ。「元治に伝えて、同意した。いつでも動ける、と」元治のこの底を抜く手段は、確かに冷酷だ。「奈月、君は本当に、青山と組む気なのか?」いつの間にか、陽介が入り口に立っていた。瞳には複雑な色が宿っていたが、反対の言葉はひとつもない。奈月は振り返り、彼に向かって澄んだ笑みを見せた。「来ていたのね」陽介の視線は彼女の顔から離れず、しばらくしてようやく静かに尋ねる。「君は
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第17話

元治は都子の顎をつかみ、その瞳には鋭い光が宿る。「そもそもお前があの事故を仕組んで、俺と奈月の間に無理やり割り込まなければ、離婚なんてしなかった。君がいなくなってから、俺が愛したのはずっと奈月だけだ。気持ちは一度も揺らいでいない。卑怯な手を使って俺を惑わさなければ、奈月が俺の元を去るはずがない!」遠くからパトカーのサイレンが迫ってくる。都子は必死にシーツを握りしめ、顔に貼りついていた弱々しさが消え、憎悪の色がその瞳に満ちた。「あなたを騙した、それは認めるわ。でももし本当に奈月への気持ちが揺るぎないものだったなら、どうして私に入り込む隙があったの?要するに、あなた自身が目移りしただけでしょ。奈月があなたを捨てたのは、愛想が尽きただけよ」彼女は嘲るように笑い、「今さら後悔してるのは、小泉家の莫大な資産を惜しんでいるからでしょ。神田に本来あなたのものだったはずのすべてを奪われて悔しいだけ。偽善者め」と言った。元治の表情が一瞬にして冷たくなり、手を振り上げ彼女の頬を打った。「黙れ」都子は燃えるように熱い左頬を押さえ、口元から血が滲む。それでも目の光はますます狂気を帯びていく。彼女には分かっていた。警察が来ればすべてが終わる。ならばもうどうにでもなれ。「あなただって分かってるでしょ」元治は目を伏せ、その全身から冷たい気配を放つ。「元はといえば、情けで三人の子どもを世話してやろうと思った。だがもう必要ない。これは詐欺結婚だ。与えたものは全て取り返す。これから先、君とは一切関わらない」彼は都子と三人の子どもを片付ければ、奈月の元へ行ける。今回こそ、どんな代償を払ってでも彼女の許しを得るのだ。そう言い捨てると、彼は荷物をまとめに動いた。まさかここまで容赦なく切り捨てられるとは思わなかった。都子の瞳は、血に染まったように赤く狂気を帯びていく。次の瞬間、彼女は手近にあったフルーツナイフをつかみ、元治の背中へと突き立てた。「元治、死ね!」ドン!勢いよく扉が開き、数人の警官が飛び込んでくる。床に倒れ、背中にナイフが刺さったまま出血している元治を見て、彼らの顔は引き締まった。「急げ!病院へ運べ!」都子はその場で取り押さえられる。産業スパイの罪に加え殺人未遂、もう一生、牢獄から出ることはない
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第18話

元治は背中の傷も顧みず、無理を押して雨国行きの最も早い便を予約した。今度こそ、奈月に二度と傷を負わせるわけにはいかない。雨国、奈月は、都子の両親に連れられてきた三人の男の子を前にして、顔を暗く曇らせていた。都子の両親はドサッと膝をつき、周囲のメディアが一斉にカメラを向け、シャッター音が響き渡る。「小泉さん、どうか都子を助けてやって」都子の母は声を張り上げ、泣き喚く。「あなたは権力もあり地位もある。どうして元治のことをそこまで執念深く追いつめるの?それに、この三人の子どもの母親でしょ。どうして心を鬼にして見捨てられるの」その言葉に、記者たちの目が一気に輝き、フラッシュが乱れ飛んだ。人混みの中、誰かがスマホで配信しているのを見て、奈月の眉がぴくりと震える。事情を知らない通行人たちが口々に言い出す。「え、奈月って元夫の件でこんな騒ぎ起こしてるの?婚約者は何も言わないの」「神田社長って、まさかヒモ男?言いなりになってるんじゃないの」「うわ、腹いせに実の子まで捨てるなんて、鬼みたいな女だな……」奈月の表情が冷たく引き締まり、鋭い視線を三人の子へと投げた。「朔真、朔矢、朔斗。最後のチャンスをあげるわ。こっちに来なさい。今日のことは水に流してあげる」三人の少年はその言葉に身を震わせ、思わず立ち上がろうとする。だが都子の両親が力任せに押さえつける。都子の両親は三人を脅かす。「都子は君たちの母親だ。母親が窮地にいるのに無視したら、人間のすることじゃない」子どもたちの顔は真っ青になり、力なくうつむく。奈月は眉をひそめ、ふっと鼻で笑った。「つまり、この三人を人質にして私を脅すつもりなのね」都子の両親は薄ら笑いを浮かべる。「とんでもない。子どもたちはちゃんと分別がある。これは彼ら自身の意志だよ」彼らは、子どもを盾にすれば、奈月が必ず妥協すると確信していた。だが人前で脅されても、奈月の顔は不思議なほど冷静だ。三人をじっと見つめる瞳に揺らぎはない。もし前の人生の自分なら、真実を知らずに情に流されてしまったかもしれない。「言いなさい。望みは何?」得意げに目を交わしたあと、父親が堂々と声を張る。「今すぐ佐藤家への攻撃をやめろ。そして遺言を残して、小泉家の全財産を朔真、朔矢、朔斗に継がせろ」
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第19話

鈴木はすぐに理解し、人々の前でファイルから三通の書類を取り出した。「こちらにあるのは三件のDNA鑑定報告書です。三人の子どもの実母が小泉奈月さんではないことを証明しています」都子の両親の顔が一瞬にして蒼白になり、唇を震わせて反論する。「そ、それは偽物だ!わざと都子を陥れようとしてるんだ」「偽造かどうかは見ればわかります」鈴木は無表情のまま、さらに別の三通の鑑定書を広げた。「こちらは三人の子と佐々木都子さんの親子鑑定。血縁関係の確率は99.99%です」そう言うや否や、会場のプロジェクターに監視映像が映し出される。そこには、マスク姿の都子が人目を盗んで研究室に忍び込み、スタッフの隙をついて、名前の書かれたサンプルをすり替える瞬間がはっきり映っていた。奈月は、床にへたり込んだ三人の少年を見下ろす。その声には疲れが滲む。「確かに、あなたたちを身ごもり産んだわ。でもあなたたちは?都子のために私を脅そうとし、感謝もない」彼女は小さく首を振った。「本当に失望したわ」そして奈月は公式SNSアカウントに全ての証拠を公開するよう指示した。「疑問のある方は、ネットで確認して。証拠は完全に揃っている」場内には一斉に息を呑む音があがり、誰もが慌ててスマホを開いて投稿を確認し、画面の光に、驚愕に満ちた数々の顔が浮かび上がる。「信じられない。サンプルをすり替えただなんて、まるで奈月に代理出産させたのと同じじゃないか」「だから娘だけ連れて行ったのか。三人はそもそも実子じゃなかったんだ」「佐々木家、悪質すぎる。結婚詐欺に加えて罪をなすりつけるなんて、最低だ」「外道」怒声が場を切り裂いた。いつの間にか人混みをかき分けて元治が現れ、数歩で三人の子の前に詰め寄ると、容赦なく頬を打った。「誰がこんな真似をしろと命じた」子どもたちは顔を押さえ、信じられないというように涙を浮かべて叫ぶ。「パパ」だが元治は冷たく目を細め、書類を叩きつけた。それは彼と三人の子のDNA鑑定で、はっきりと「親子関係を否定」と記されている。「パパと呼ぶな。君たちにその資格はない」真相が完全に暴かれ、三人はその場で泣き崩れた。わずか三十分で、【青山家の三人の息子は出生時にすり替えられていた】というハッシュタグが世界のトレンド首位を席巻。怒りに満
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第20話

彼が膝をついた姿は、かつてのプロポーズの情景と重なり、一瞬だけ奈月の胸にさざ波が広がった。だが次の瞬間、優しく微笑む陽介の顔が脳裏に浮かび、彼女の瞳は澄み切った光を取り戻す。「いまさら謝られても、遅いの」声には憎しみはなく、ただ静かな解放の響きがあった。「私はもう、好きな人がいる」そう言って、彼女は静かに立っている陽介のもとへ歩み寄り、その前に立つ。「彼は私の婚約者、愛する人」そして振り返り、元治を真っすぐに見据える。「帰って。もうあなたを見たくない」元治の差し出した手は力なく落ちた。だが彼は立ち去らず、石像のように会社の入口に立ち尽くし、社長専用エレベーターの方向を見つめ続ける。通りがかる社員たちはひそひそ声を漏らす。「これが社長の元夫?本当に後悔してるんだな」「でも後悔しても遅いだろ。当時あんなに酷いことをして、今さら情深い男を演じても誰も信じないさ」「そうだよ。神田さんなんて、社長を大切にして、生活面でも気を配ってるし、仕事の契約も次々と持ってきてる。社長が苦しまないようにって」「聞いた?二人は来週結婚するんだって。そのときには神田さんが正式なご主人になる。元夫がここに突っ立ってても意味ないだろ」その言葉は元治の心を刺し、誇り高い彼を居心地悪くさせる。それでも彼は動こうとしなかった。日がすっかり落ち、社員が皆帰ってしまったあとで、ようやくその場を離れた。だが諦めることはない。やがて奈月の雨国別荘の住所を突き止め、車を走らせる。到着して車を降りた瞬間、庭先の光景が彼の理性を粉々に砕いた。陽介がうつむきながら奈月に口づけをしていた。月明かりが二人を優しく包み込み、あまりにも完璧な光景が元治の胸を締めつけた。「何をしている!」元治は狂ったように叫び走り寄った。奈月は驚き、相手の顔を認めると眉をひそめる。「ここに何しに来たの?」陽介は落ち着いた様子で口元に笑みを残し、まるで余韻を楽しむように奈月を抱き寄せたまま視線を上げる。「青山さん。俺が奈月と親しくしている。君に関係ない。普通なら、こんな場面に出くわしたら身を引くよ」元治の顔は怒りで紫色に染まる。必死に怒気を抑え、元治は奈月に向き直る。その目には懇願が宿っていた。「奈月、俺はもう都子と完全に縁を切った。すべての関係を断っ
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