山本健太(やまもと けんた)と結婚して五年目、私はついにこの世界に別れを告げられるという朗報を受け取った。最後の三日間、私森下夏帆(もりした かほ)は健太の望む完璧な妻に、そして息子の望む静かな母親になると決めた。 一日目、健太は私が上品さに欠けると嫌がり、偽お嬢様しか宴会に連れて行こうとしなかった。私は文句ひとつ言わず、彼のスーツを丁寧にアイロンがけした。 二日目、息子は私のおしゃべりを嫌がり、偽お嬢様のところへ行きたいと騒いだ。私は笑顔で彼をその人のもとへ送ってやった。 三日目、友人から電話がかかってきて、歯がゆそうに問い詰められた。 「そんなふうにして、本当に二人を失うのが怖くないの?」 私はただ淡々と笑って答えた。 「大丈夫、もうすぐ家に帰るから」 その瞬間、健太がハッとこちらを見た。瞳の奥には、これまで見たことのない焦りが浮かんでいた。 「夏帆、お前は孤児だったろ?俺以外に、どこに帰る家があるんだ?」 健太の目に浮かんだ驚きを見て、私は電話を切り、不自然さを見せずに口を開いた。 「ただの冗談よ。たとえ帰れる家があったとしても、きっと私を歓迎なんてしないわ」 その言葉に健太はようやく安心したようだった。 「今夜は遥香の誕生日を一緒に祝うんだ。息子も一緒に行く」 私は笑みを浮かべて尋ねた。 「私も一緒に行くべきかしら?」 健太は不思議そうな顔をした。 以前なら、こんなことを言われたら私は必ず怒って駄々をこねて、健太や息子が森下遥香(もりした はるか)に会うのを許さなかっただろう。 けれど今の私は、怨みのない顔で、むしろ自分から一緒に行くと提案をしていた。 だが健太は冷たく私を拒んだ。 「お前は来なくていい。遥香の両親は長年お前を育ててくれたが、今は遥香が戻ってきたんだ。これは実の両親が彼女のために用意した最初の誕生日祝いだからな。お前が行ったら、余計に場が白けるだけだ」 言葉の端々まで、私が邪魔者だと突き付けてくる。 私は静かにそれを受け止めた。 実家にも馴染めず、養父母の家にも溶け込めず、嫁ぎ先の家にも居場所がない。 健太の言う「孤児」という言葉は、皮肉にもぴったり当てはまっていた。 私は淡々とうなずいた。 「分かったわ。じゃあ私は行かない。遥香へのプレゼン
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