鐘は三度鳴った。大聖堂の石床が薄く震え、王子は指先の汗を衣の裏へ滑らせた。彼は隣に立つ皇子の呼吸を聞いていた。浅く、だが逃げていない。公では皇子が前に出る。それが二人の取り決めで、今日がその初舞台だった。「条約婚を結ぶ」皇子が短く言った。声は澄んでいた。人々のざわめきが吸い込まれて消える。老司祭が聖油を差し出し、二人は互いの手首に油を引き、契婚印の魔紋を重ねた。藍の線は絡み、金の粒子がぱっと弾ける。冷たい石の匂いと、油の甘い匂い。王子はその微かな震えを、握った手を通じて拾い取る。「条件を」皇子が続ける。契約は愛の前に置く。彼らは一週間前、旅の寝台で紙に書いた全てを、今ここで人々に示した。「可は、口づけと抱擁。不可は噛み跡を残すこと」「合図は三つ」「『よい』は、指先を二度」「『待て』は、手の平」「『中止』は、合言葉」王子は低く補った。「合言葉は白燕。公務でも私事でも同じにする」ざわつきが起こり、すぐ収まった。老司祭が頷く。週に一度のスイッチ・デーについても明文化される。火の四日、役割の練習と点検を行う。公務は変わらないが、私室では皇子が支配と委任を練習し、王子が受け止める。これは二人の“雄になる”訓練の一部だ。誓酒の杯が運ばれてきた。大麦酒だ。泡が白い筋を残す。老司祭が言う。「戦支度の前に、契りの杯を」皇子は杯を掲げた。腕は伸び、肩は落ちていない。王子は小さく微笑んだ。彼が森で初めて見たときよりも背筋は真っ直ぐだ。霧の中で互いの弱さを晒して握った手は、その日からずっと離れていない。「後背を固める」皇子の二言目はもう政治の言葉だった。大聖堂の倉、地下街の問屋、納骨堂の氷室。三つの力が軍糧を巡って綱を引いている。誓酒の場で、それを解く。王子は合図を受け、巻物を広げた。「契式魔紋を穀袋に刻む。二重封緘。二つの鍵」皇子が端的に付け足す。「鍵は両押し。片方は大聖堂。片方は我ら」魔紋は簡素だが、流用できない。封緘の破りは光る。地下街の頭は最初に顔をしかめ、次に肩をすくめた。「割前が減
最終更新日 : 2025-11-13 続きを読む