domの王子はsubの皇子を雄にしたい

domの王子はsubの皇子を雄にしたい

last updateLast Updated : 2025-10-23
By:  fuuUpdated just now
Language: Japanese
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帝国のsub皇子ルシアンは、同盟のため王国のdom王子アルトリウスと条約婚を結ぶ。二人が交わしたのは、愛より先に合意契約――可・不可、合図、アフターケア、そして週に一度だけ主導権を入れ替えるスイッチ・デー。 公の壇上では皇子が前に、私室では王子が一歩引いて支える。権謀うずまく宮廷で、役割は枷ではなく翼へ。 “雄になる”夜の練習が、やがて帝国の未来を動かす力になる。

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第1話:条約婚の口火
鐘が七つ。鳴り終える余韻までを合図に、王都の大聖堂に静けさが落ちた。彩色ガラスの青と赤が壇上の石肌を洗い、白い香煙が細くほどけて天井へ吸い込まれていく。中央で、アルトリウス王子は指先の汗を小さく拭った。視線の先、金糸で縁取られた外套の裾を整えながら、ルシアン皇子が肩で息を整える。二人とも成人。戦と商路、その重さをもう知っている年だ。「条約婚は、盾ではなく橋である」司教の低い声が石壁に柔らかく反響する。両国の紋章旗は高窓からの風にゆるくはためき、磨かれた石床は踏み込むたび、靴音を氷のように刺して返した。呼吸を合わせる。ルシアンの瞳が一瞬、こちらを探す。頷く。——いける。視線でそう告げる。 ——橋。壁よりも維持費がかかる。けれど、渡ってきた者の数だけ意味が増す。アルトリウスはそう教えられて育った。今日は、その一本目を架ける日だ。小礼拝堂の壁には野花のステンドがある。青が多い。冷静であれ、という王家の戒めに似ていた。けれど、中央にだけ金の小さな果実が描かれている。実を結べ、だ。「我らは国境関税を半減し、塩と布の双の路を開く。山間の水門は共同で守り、納骨堂の修復費を折半する」宰相が巻紙を繰り、利得を一つずつ読み上げるたび、ざわめきが盛り上がっては沈む。商人は頷き、兵は腕を組み、修道士の何人かは組んだ指の結びを固くした。潜る者は潜る。大聖堂の影で黒いフードが一つ、香炉の鎖を短く鳴らす。地下街の顔役は回廊の柱の後ろで、笑わずに笑った。納骨堂の守り人は鍵束を音もなく懐へ消す。反対の火は消えない——ただ、表で燃やさない。「アルトリウス王子」取り決め通り、公では皇子が前に。ルシアンが一歩、石床に音を置いた。「この婚約は、帝国の恥ではない。選択だ」短い。だが芯に熱がある。アルトリウスはその背に立ち、視線で支えた。震えは膝ではなく喉に来ている。強くなる訓練は、筋ではない。声だ。視線だ。沈黙の使い方だ。「……共に、雄になろう」最後の一文に、アルトリウスの胸が熱を帯びる。雄——おずおずと礼だけを取る皇子ではなく、自ら条件を示し、頷きを引き出す者へ。あの言葉を、国民の前で言えた。今日の到達点としては、十分だ。指輪交換は、少しだけ滑った。侍従が差し出した小さなクッションに、なぜか税目の目録が刺さっている。「……これは」「経理が、興奮して」司教の咳払いで笑いは霧の
last updateLast Updated : 2025-09-04
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第2話:合意契約、可と不可
式から四日、二人は都に入った。城門前には旗。乾いた土と香の匂い。鐘が一打、風で低く揺れた。皇子は外套の襟を指で摘まんだ。手汗。指先が冷たい。隣の王子がささやく。「息、二拍で吸って、四拍で吐く」「できる」短く答えた。できる、と言った自分に少し驚いた。森の夜より人の目が怖い。今日、条約婚は公開儀礼で結ばれる。帝国の継承と王国の交易をつなぐ政治。その中心に自分。逃げたくなる。だが、彼は隣にいる。約束どおり半歩下がって。大聖堂の親扉が開く。冷えた石の匂い。天蓋の魔紋が薄く光る。侍従長が合図し、二人は誓台の前へ。公では皇子が前に出る。王子は背で支える。それが二重統治の最初の形。「帝国皇子、来殿」「王国王子、来殿」声が反響した。祭司長が銀墨の筆を差し出す。契紋は手首に描く。皇子は筆先の冷たさに息を飲み、用意した文言を口にのせた。王子が背で静かに呼吸を合わせる。呼吸の数で落ち着く。不思議と声が出た。「我ら、条約婚を成す。公では帝国の段に立ち、私では互いを守る。不可侵の骨を侵さず、商の血を汚さず、城の階を乱さず」祭司長が頷き、魔紋が淡く絡む。銀の線が二人の手首で一瞬だけ交わり、消えた。契紋は見えないように埋められるのがこの国のしきたりだという。派手さはない。だが重さがある。人々が息を合わせて手を打った。通路の端で、地下街の顔隠しの女将が目礼を寄越した。黒いヴェールの下に笑い。納骨堂の守り手は杖を突き、石床を一度だけ叩いた。大聖堂、地下街、納骨堂。三つの視線がここにある。権力は香のように混ざると扱いづらい。彼は肩でそれを感じた。儀礼の後、私室へ。扉が閉まる音で、体のこわばりがやっとほどけた。王子が机に羊皮紙を広げる。契約。二人の合意を文にする時間。王子は短く言う。「可、不可。合図。ケア。四つだけ」「四つ」「書く。君の言葉で」皇子は深く息を吸った。政治はいつも長い言葉を求める。だが今は短くていい。「可は、手首までの固定。命令の
last updateLast Updated : 2025-09-05
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第3話:初夜のプロトコル
鐘が三度、湿った石の大聖堂に鳴り渡った。香の煙は青く、壁の魔紋が微かに光っていた。条約婚の儀は、公の視線の中で淡々と進んだ。「誓うか」大司教の声は低い。皇子は一歩、前に出た。衣は銀。喉仏が小さく上下する。王子は半歩、背に添う。視線だけで合図を交わした。「誓う」「支える」言葉は短く、触れた手の温度の方が雄弁だった。掌に描いた薄い護符の感触。紙は冷たく、指先は火照っている。民のどよめきが、石床を震わせた。《契約は愛より先、だが愛を置く土壌を用意する》取り決めは覚悟の証だ。王子が巻物を差し出す。合意契約書。可・不可、合図、アフターケアまで明文化されている。「公開」大司教は頷いた。文言が読み上げられる。可──命令口調、腕の保持、衣の管理、呼称の変更。不可──露出、痛みを目的とする行為、跪きを長時間強要すること。合図──言葉「藍」、右手三度のタップ、息を止める仕草の禁止。アフターケア──甘い茶と湯、毛布、額の接吻、言葉による確認。「週一回のスイッチ・デー、評議日の終わりに」王子の声に笑いが零れた。大聖堂に柔らかい波紋が広がる。誤解した侍従が慌てて耳打ちした。「本日は六の市ではありません」「明日ではなかったか?」「明後日です」二人は同時に小声で「了解」と言い、場は和んだ。地下街の組頭は、香の供給権をちらつかせていた。納骨堂の守り手は、祖霊の前での誓いを要求した。双方の使いが目線だけで動く。政の駆け引きは、儀礼の陰で始まっていた。儀が終わると、石の冷たさが残る回廊を抜けた。扉が閉じる音。私室は布と木の匂いが濃い。初夜と呼ばれる夜だが、彼らにとってはプロトコルの検証の夜だった。「水はここ」王子が水差しを示す。「光は低く」皇子は
last updateLast Updated : 2025-09-06
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第4話:壇上の前後
鐘は三度、香の煙は高く。大聖堂の天蓋は青金にきらめき、壇上の二人の影を長く伸ばしていた。 半歩、前に出たのはルシアンだった。肩甲で光を返しながら、声は澄んでいた。 「帝国皇子ルシアンは、王国王子アルトリウスと条約婚を結ぶ。交易路の保護、共同徴税の透明化、戦時にはー—」 咳払いがひとつ。背後のアルトリウスが、ごく小さく首を傾けた。合図だ、とルシアンは気づく。文言の順序、決めていた。 「—戦時には、両朝の評議を先行し、兵の動員は三日を限度に延期する。以上を、公開儀礼において宣する」 予定より二語、少なかった。けれど会衆は息を吐き、聖職者は巻物の封蝋を割った。壇の正面、魔紋が光った。二人の手首に、細い銀の文様が浮かぶ。共同統治の契印。今は薄く、触れればかすかな熱だけを残す。 指輪は、最後の段。ルシアンがアルトリウスの左薬指に滑らせる。すべった。手袋の上からだった。 「あ」 「……手袋」 笑いが広がる前に、アルトリウスが指先で手袋を外し、掌を差し出す。指の骨格はしなやかで、体温は落ち着いている。やり直し。指輪はぴたりとはまった。大聖堂に柔らかい笑いが走り、緊張がほどけた。 儀礼は続く。条約の板文が掲げられ、最後の項に会衆がざわめく。「共治評議会」——皇子と王子を頂点に、貴族・司祭・市民の三身から代表を選び、帝都統治の改革に道を開く草案。最終承認は来季の議会、と付されている。それでも、ここに初めて公に置かれた。 壇上から降りれば、前後は変わる。公では皇子が先導する。しかし儀礼の「後」は、すぐに駆け足でやってくる。 聖歌の余韻が消える前に、納骨堂への階段に人垣ができた。聖職者たち、地下街の顔役、遺骨守の老人たち。権利だ、権威だ、道の幅だ。声が重なる。
last updateLast Updated : 2025-09-07
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第5話:スイッチ・デーの約束
聖都の鐘が昼の光を揺らした。森を抜け、二人が次の目的地に選んだのは大聖堂のある丘だった。皇子は既に成年の礼を済ませており、王子もまた王国の後継として公務に耐える骨格を持っていた。旅立ち、森で出会い、互いの役割を嗅ぎ分けるまでに時間はかからなかったが、ここからは契約のかたちが要る。 「条約婚を締結します」 皇子が前に出た。石床の冷たさが薄い靴底を通って脛に刺さる。大聖堂の柱陰では老司教がうなずき、参列の使節たちが息を詰めて見守った。王子は一歩引き、銀の盆に羊皮紙を載せて手渡す。文字列は政治と私室を同じ線上に置いていた。 ——公務契約 ・両国間の往来と関税を三期にわけて緩和 ・納骨堂の通気改修費用は共同負担、入札は地下街ギルドの監督下で行う ・大聖堂の祭儀権は保持、巡礼税は透明化 ——私室契約 ・可:拘束(軽度)、跪礼、指示語による主導権訓練、口付け ・不可:呼吸を妨げる行為、痕が残る強度の打擲、第三者の介入 ・合図:手首への二度の軽いタップで「ゆっくり」、三度で「中止」 ・セーフワード:「アマランス」 ・アフターケア:温い茶、甘味、保湿油、肯定の言葉を交わすこと 「同意します」 王子の声は短く低く、柔らかく落ちた。皇子の喉仏がわずかに上下する。金糸の紐がふたりの手を結び、教会の蝋が印章を受け止めるはずだったのだが——。 「熱っ」 王子の指に蝋が垂れた。小さな声が石壁に跳ねる。司祭が目を剥く前に、皇子が手を取った。 「待て。冷やす」 息を吹きかけ、指の腹に唇をあてる。短く、音もなく。参列の列から忍び笑いが走り、老司教が咳払いで鎮める。 「王国式の祝福、だそうです」
last updateLast Updated : 2025-09-08
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第6話:侍女長の匙加減
大聖堂の白い床に、魔紋の輪が二つ重なった。皇子と王子の足がその内側に吸い込まれ、聖火の熱が頬に届く。鐘が一つ鳴り、司祭服の裾が静かに揺れた。「条約婚、此処に成立」司祭は短い言葉だけ置いた。群衆は息を呑むだけで、歓声は慎ましかった。政治の儀は派手でなくていい。王子は短く頷き、皇子の左手の甲に口づけた。青銀の魔紋が触れた瞬間、二人の指輪が淡く応じ、契約文の一節が浮かんで消えた。可と不可、合図と手当。文は既に明文化されている。不可は刻まれたまま変更不可。可は季ごとに見直し。合図は言葉と触れの二重化。セーフワードは「林檎」。声が出ない時は右手に三度の軽打。アフターケアは温い茶、軟膏、言葉での確認。週に一度のスイッチ・デーは八日毎の暦に合わせる。公では皇子が前に立ち、私室では王子が支える。二人の結び方に、誰も割り込めない。儀礼が終わるや、階段下で大聖堂の執務官と地下街の顔役、納骨堂の司書が小声でぶつかった。香炉の煙が細く絡む。「次は誰の番だ」「献灯の油は我らが」「系譜の閲覧は納骨堂の許」火花は小さく、長い。王子は会釈だけして通り過ぎ、皇子の脈を手首で確かめた。少し早い。人前の熱の名残。王子は囁いた。「水分」皇子は短く「うん」と応じた。二人の間に置かれた銀杯が、契約文の延長に見えた。私室に戻れば空気がゆるむ。侍女長マリエラが一歩進み、完璧に準備された部屋を示した。燭台は目に刺さらない高さへ。水カラフェは手を伸ばせば届く位置へ。帳の内側には色の違う紐が三本。赤は停止、青は緩め、白は続行。扉の近くには小さな鈴。呼べば静かな従者が来る。テーブルには薄い冊子。契約の改訂欄が開かれている。膝掛けは重ねて三枚。軟膏は冷えた石皿の上。スイッチ・デーの暦は壁の小さな黒板に記された。「手順は左から右へ。合図の確認は毎回欠かさず。セーフワードの試運転、今夜一度」マリエラの声は水のように平らだった。王子が短く礼を言うと、彼女は微笑を一瞬だけこぼし、すぐに引っ込めた。軽い騒動もあった。赤い紐を窓の寄り紐と取り違えて、新任の従者が一人で大騒ぎしたのだ。マリエラの眉が紙のように動き、寄り紐は即座
last updateLast Updated : 2025-09-09
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第7話:摂政の視線
鐘が十度鳴り、白い大聖堂の扉が開いた。香油の匂い。冷たい石の床。王子は腰の剣を外し、皇子の半歩後ろに立った。公では皇子が前に。私室では王子が支える。そう決めた契約は、今日、条約婚の儀で公文となる。大司教が巻紙を広げた。金糸の手袋が紙を抑える音が小さく響いた。「合意契約の件。両者、聞こえるか」皇子は喉奥で息を整えた。森で出会ったときは震える手だったのに、今日は自分で前に出る。王子はそれを肩甲骨の緊張で見分けた。まだ硬いが、折れない。大司教は条文を読み上げる。「一、可と不可。可は『束縛』『命令』『跪座』。不可は『傷痕を残す行為』『呼吸を妨げる行為』」ざわめき。王城評議員の首が一斉に動く。王子は肩を揺らしもしない。合意の明文化は政治だ。相互の境界は、国境に似る。「二、合図。手の三拍は『弱めて』。左手が床は『中止』。セーフワードは『葡萄』」地下街の顔役たちが同時に眉をひそめるのを王子は見逃さなかった。市場の値下げ合図がたしかそれだ。あ、被ってるな、と王子は内心で額を押さえた。「三、アフターケア。温湯、甘味、冷却膏、三十分の抱擁。異変は侍医へ報告」皇子が小さく笑った。甘味で笑う。それでいい。「四、週一回のスイッチ・デーを設け、主従の位置を反転する」評議員席から咳払い。王子は視線だけで返す。君らのスイッチは政務と信仰の間だ。こちらは身体と信頼の間。似て非なるが、根は同じ。巻紙を閉じる前に、摂政エレーネが立った。黒衣は静かな炎だった。「文言に問題がある」声は冷たくも礼節を失わない。王子は頷く。来ると思っていた。「『跪座』の義務。帝位継承者に対する私的義務が公務に干渉し得る。『葡萄』は地下街では値崩れ合図。さらにアフターケアに『三十分の抱擁』。抱擁は美徳だが、儀礼上時間を区切るのは宗礼の規範に反する可能性がある」王子は皇子の背を指先で一度、軽く叩いた。三拍。落ち着いて。前へ。皇子は一歩進み、直視で返した。「照会を。教会法に、照らして」エレーネは頷き、書記官に合図した。使者が走る。大聖堂の空気が引き締まった。
last updateLast Updated : 2025-09-10
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第8話:灰の回廊の囁き
鐘の音が高く、薄く、街の屋根瓦を渡っていった。大聖堂の白い尖塔は陽に灼け、祭壇の灰色の石板はひんやりと指を冷やした。皇子は前に立ち、王子ユリウスは半歩後ろで支えた。公開儀礼は簡素で、だからこそ目が集まる。「条約婚、ここに成立」祭官の声。硬い。「共治の誓約、ここに宣言」皇子が短くうなずく。喉が乾いているのがユリウスにはわかった。肩甲骨の可動が小さくなっている。緊張の癖だ。右掌を、袖口の陰で軽く押す。合図。支えるぞ、と。「公では私が前に」皇子は客席を見ず、真っ直ぐ前を見て言った。通る声。訓練の成果だ。「私室では、王子に支えられる」一瞬、ざわめき。言い切った。よし、とユリウスは心で頷いた。祭官がうっかり台本を読み違え、立ち位置を指で示す方向を逆にしたのを見て、ユリウスは肩を竦めた。段取りミス、想定内。皇子がそっと視線だけで「大丈夫?」と聞いてきて、ユリウスはわずかに笑って頷いた。軽い緩衝材。緊張は一段抜けた。儀礼の最後、二人は魔紋契約板に手を置いた。金線が走り、光の文字が立ち上がる。条約と共治規約だけでなく、二人の合意契約も添付される。可の事項。指示語、軽い拘束、跪座。不可の事項。痛みを増す器具、屈辱語、公衆の前での接触。合図は掌二回。セーフワードは「琥珀」。週に一度のスイッチ・デーは灯の曜日の宵、私室に限る。アフターケア。温茶、湯、身体の確認、言語の確認。祭官が読み上げ、魔紋がパチパチと音を立てた。客席の空気が少しやわらいだ。納得の空気。契約から置くのが正解だ、とユリウスは思った。愛はあとからついて来ればいい。まずは信頼の種だ。式後、控えの間で皇子が小声で笑った。「台本、直しておく?」「直さなくていい。伝わったから」「うん」短い抱擁。香の匂いが薄く残る。ユリウスはその背中を一度だけ強く叩いてから手を離した。地下街の空気は甘く、湿っていた。焼き菓子と油と染料の匂い。石の天井から滴る水が、細い音で店の軒を打つ。儀礼からひと刻後、ユリウスは外套を替え、皇子と距離を取り、別行動に移った。反条約派の資金路はここに潜む、と告げたのは納骨堂の
last updateLast Updated : 2025-09-11
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第9話:第二の鍵
森を抜けて首都に入ったとき、皇子は掌の汗を拭った。王子の指が絡み、圧をやわらげるように一度だけ押し返す。合図は決めてある。二度の圧で「止める」、三度で「話す」。言葉の合意と同じくらい、触れ方の合意が二人を安定させた。地下街の入り口で、顔役が肩をすくめた。「白骨鍵?また古い怖い話を拾ってきたな」「噂だけでいい。どこが発火点だ」王子の声は冷たく短い。皇子は横で息を整え、質問を一本に絞る訓練どおりに続ける。「納骨堂に条約破棄状が眠ると聞いた。鍵は大聖堂が持つ、と」顔役は目を細め、香草の匂いが強い湯気を吹きかけてきた。「白骨鍵は、瘡のように争いを呼ぶ。大聖堂は「遺徳」と呼ぶが、こっちは「札束」と呼ぶ。持ってるだけで商売になるからな。納骨堂は……司祭どもが騒がせないための倉庫だ」「場所は」「聞かなかったことにしてくれ。代わりに忠告をひとつ。骨の形をしてるのは鍵じゃない。鍵なのは、骨の『由来』だ」王子が礼を言い、骨型のパンを三本買った。祭の屋台のおやつだ。皇子は一本を齧って、笑ってむせた。「……発酵鍵」「白骨な。可愛い間違いだが覚えづらいなら書いておけ」皇子は指先で王子の手の甲に「白骨」となぞり、その隣に小さく「灯」。二人だけのセーフワードだ。条約婚の公開儀礼は、日没の大聖堂で執り行われることになっていた。帝都の石はまだ熱を抱き、鐘楼は沈む光を抱えたまま震える。王子は誓約文の最後を確認し、皇子に渡す。「可・不可、合図、アフターケア。全部読み上げられるか」「うん。公では私が前に、私室では君が支える。週一回のスイッチ・デーは月虹の日。セーフワードは『灯』。不可は——首や呼吸に関わる拘束、痛みの残るもの、第三者の介入。可は——言葉での指示、姿勢の訓練、軽い拘束、褒美の給付」王子が頷き、袋から砂糖漬けの柑橘を取り出して口に押し込んだ。「うまい」「緊張してる顔だった。甘いので塗っておく」大聖堂の階段は人で満ちた。老司祭が白い
last updateLast Updated : 2025-09-12
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第10話:儀礼の仮面
王子は扉の前で一度だけ指を鳴らした。合図は音ではなく、呼吸の長さだ。吸って四、吐いて六。皇子の胸が同じ拍で上下したのを見て、彼は頷いた。今夜は舞踏会、そして条約婚の公開儀礼。森を抜けて丘の都に入ったばかりの二人は、旅の埃も残したまま仮面をつけた。森の匂いがまだ衣の裾に残る。旅立ちの続きを、ここで政治に変える。「公では、あなたが前に」 皇子は短く言い、仮面の紐を結ぶ王子の指を両手で包んだ。薄い革の手袋越しに鼓動が伝わってくる。弱い緊張ではない。緊張を踏み台にする意志だ。 「私室では、私が支える」 王子も短く返す。約束の反復は契約の一部だった。控えの間の机には羊皮紙が開かれている。旅のあいだ二人で書き直してきた合意契約だ。可は、言葉による指示、手首を取る導き、膝への軽い圧、後ろからの抱擁。不可は、痛みを目的とする行為、痕の残る掴み、侮辱語、公衆の場での恣意的な優位誇示。合図は、指先で二度のタップが「緩めて」、三度が「中止」。声のセーフワードは「灯」。運用は、聞こえた瞬間に即時停止、指示の無効化。アフターケアは、蜂蜜茶を一杯、足の冷却と保湿、言葉での三つの確認――よくできた/嫌だった点はないか/次回の調整。「灯、でいいな」 皇子が最後に確かめる。彼は成年に達した夜、森で星を仰ぎながら自分で選んだ言葉だ。 「灯で止まる。約束だ」 王子は羊皮紙に印章を押した。条約婚の文言と同じ朱のインクで、私的契約に公の色を混ぜる。週に一度のスイッチ・デーは月の三の晩。役割を交換し、互いの境界を磨く日だ。旅のときも都のときも守る。扉が開く。楽の弦が流れ込む。大広間は仮面と鏡面の海だった。大聖堂の聖職者は白金の胸飾りを光らせ、地下街の行商頭は数珠を指に絡め、納骨堂の灰衣の司書は、小さな骨壺を帯に下げている。権力は三つの階層を持ち、それぞれが相手の靴音を数えていた。王子は半歩後ろに立ち、皇子の肩甲骨に指先を置く。圧はわずか。進め、止まれ、回れの三種類。合図を感じた皇子は前に出た。群衆がざわめきを呑みこむ。歩調は二人の間だけで先に一致していた。小さな呼吸の振り子が、長い広間の
last updateLast Updated : 2025-09-13
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