Memorable ~思い出と嘘の間で始まる愛~ のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 22

22 チャプター

 第二十二話 Side 秋久

目の前で、丁寧な所作でディナーを口に運ぶ古都を見ながら、俺は小さくため息をついた。 シンデレラのようにエスコートされ、ドレスを着て出かけること――それは、きっと古都の憧れだったはずだ。 小さい頃から、おとぎ話が好きで、目を輝かせながら絵本を読んでいたあの古都。けれど今、俺の前に座る彼女は、完璧な距離を保ち表情を崩さない。 古都は俺との立場を誰よりも理解していて、この結婚も、仕事の延長にすぎない――そう考えているのだろう。それも当然だ。 古都の父親は、大友家に仕えることを“生涯の使命”としてきた人間だ。 娘を利用することすら、ためらわないだろう。 俺の両親が持ちかけた政略的な話に、迷いなく頷いたのも、きっと「家のため」だ。古都にしても、本当は父の仕事を手伝いたいわけでもないことも、他のことをしたいこともあるだろう。それでも、父に従ってきたのだ。この結婚も断れなかったはず。この結婚が、俺のビジネスにおいて大きな意味を持っていることは事実だ。 今、俺はヨーロッパを中心に事業を展開しているが、あの国々では“家庭を持たない男”は信用されない。 「家族を守れない人間に、大きな取引は任せられない」 それが、彼らの常識だ。両親からも「そろそろ身を固めろ」と言われ、見合い話も絶えなかった。そんな折、五十代半ばの取引相手――ジョセフ・リードが、ワイングラスを傾けながら言った。「家庭を持たない人間は信用できない」その一言に、俺はつい口を滑らせてしまった。「結婚をするんです」と。隣にいた通訳も秘書も、ぽかんとした顔をしていた。 もちろん、その時点では誰か特定の相手などいない。その時まで、女性との付き合いもビジネスに有利になるからという理由で決めてきた。ゴシップ誌に取り上げられることもあった。 「本当か? 最近雑誌に出ていた、少し派手な彼女か?」最近雑誌に取り上げられたのはリサという女性だ。彼女は典型的なステイタスがいい男性に近づく女性で、俺とも何度か接触をしてきた。しかし、特別な関係ではないし、リサは他の男性たちとも雑誌に出ている。 もちろん、この話をしたら、よろこんで結婚をしてくれそうだが……。 しかし、ジョセフの言葉には、そんなリサと結婚する俺は信用に足りないと聞こえた。 その時、ふと頭に浮かんだのは古都だ
last update最終更新日 : 2025-10-17
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第二十三話 Side 秋久

そう思っていたのに、バーに行こうとして乗ったエレベーターで、またもや古都にキスをしてしまった。「ごめん」古都が泣いているのに気づいて、俺は自分がどれだけ最低なことをしているのかを思い知った。そっと古都の涙を指で拭いながら、彼女を解放したほうがいいのではないかと考える。古都を苦しめてまで手に入れなければいけない仕事なんて、意味がない。そう思ったのに……。近づいてくる古都の顔が、スローモーションのように見えた。唇が触れても、俺は目を閉じることすらできなかった。「……なにをされてるんですか?」低く冷たい声が響き、俺は思わず扉の外を見た。そこには、スーツをきっちり着こなし、書類の入ったタブレットを手にした裕也が立っていた。「裕也……ここでなにを?」俺が尋ねると、裕也はタブレットを軽く掲げてみせた。「明日の打ち合わせ資料が少し変更になりまして。確認いただこうと思い、ここまで来ましたが……」俺の行動をすべて把握しているということが、時にはこんなにも厄介だと思う。その反面、今起きたことが理解できていなかった俺には、タイミングがよかったのかもしれない。そう思った瞬間、古都がスッと距離を取ったのがわかった。「すみません、私はこれで失礼します」古都は、まだいたエレベーターに再度乗り込んだ。「古都、待て。帰るなら――」俺が言いかけたが、彼女はそれを遮るように振り返った。俺は大友の次期総裁になるべく、父の命令のもと、ひたすら仕事をしてきた。だが、たまに日本に帰ると、気になって影から見ていた女の子。時折目にする古都は、窮屈な大友家に囚われているようにしか見えず、俺の中には、同情のような気持ちがあった。俺と結婚すれば、そんな古都を解放できる。俺もこの商談を成功させ、父にも認められる。きっと古都も喜ぶはず――。そんな傲慢な考えがあったのは、事実だ。だが、俺に突きつけられたのは、はっきりとした拒絶だった。大人になった彼女は美しく、儚さの中にも強さがあり、俺にまったく興味がないように見えた。その事実に、俺はなぜか苛立ちを感じてしまった。この感情が何なのか、その時の俺には理解できなかった。 「大丈夫です。ありがとうございました。お疲れさまでした」堅苦しい挨拶を残して、古都は足早にエレベーターの中へ消えていった。俺が声をかけようとした
last update最終更新日 : 2025-10-22
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