目の前で、丁寧な所作でディナーを口に運ぶ古都を見ながら、俺は小さくため息をついた。 シンデレラのようにエスコートされ、ドレスを着て出かけること――それは、きっと古都の憧れだったはずだ。 小さい頃から、おとぎ話が好きで、目を輝かせながら絵本を読んでいたあの古都。けれど今、俺の前に座る彼女は、完璧な距離を保ち表情を崩さない。 古都は俺との立場を誰よりも理解していて、この結婚も、仕事の延長にすぎない――そう考えているのだろう。それも当然だ。 古都の父親は、大友家に仕えることを“生涯の使命”としてきた人間だ。 娘を利用することすら、ためらわないだろう。 俺の両親が持ちかけた政略的な話に、迷いなく頷いたのも、きっと「家のため」だ。古都にしても、本当は父の仕事を手伝いたいわけでもないことも、他のことをしたいこともあるだろう。それでも、父に従ってきたのだ。この結婚も断れなかったはず。この結婚が、俺のビジネスにおいて大きな意味を持っていることは事実だ。 今、俺はヨーロッパを中心に事業を展開しているが、あの国々では“家庭を持たない男”は信用されない。 「家族を守れない人間に、大きな取引は任せられない」 それが、彼らの常識だ。両親からも「そろそろ身を固めろ」と言われ、見合い話も絶えなかった。そんな折、五十代半ばの取引相手――ジョセフ・リードが、ワイングラスを傾けながら言った。「家庭を持たない人間は信用できない」その一言に、俺はつい口を滑らせてしまった。「結婚をするんです」と。隣にいた通訳も秘書も、ぽかんとした顔をしていた。 もちろん、その時点では誰か特定の相手などいない。その時まで、女性との付き合いもビジネスに有利になるからという理由で決めてきた。ゴシップ誌に取り上げられることもあった。 「本当か? 最近雑誌に出ていた、少し派手な彼女か?」最近雑誌に取り上げられたのはリサという女性だ。彼女は典型的なステイタスがいい男性に近づく女性で、俺とも何度か接触をしてきた。しかし、特別な関係ではないし、リサは他の男性たちとも雑誌に出ている。 もちろん、この話をしたら、よろこんで結婚をしてくれそうだが……。 しかし、ジョセフの言葉には、そんなリサと結婚する俺は信用に足りないと聞こえた。 その時、ふと頭に浮かんだのは古都だ
最終更新日 : 2025-10-17 続きを読む