「野菜を見に行きましょうか。今日の主役ですから」 彼はごく自然に野菜コーナーへと美桜を促すと、山と積まれた玉ねぎの中から、慣れた手つきでいくつかを手に取った。「陽斗君、なんだか手際がいいのね」 感心する美桜に、彼は少し得意げに笑いかける。「良い玉ねぎは、ずっしり重くて硬いのがいいんですよ。あと、芽が出てないやつですね」 陽斗は一つひとつ重さを確かめて、表面に傷がないかを入念にチェックしている。その目は真剣そのものだ。(いつもは少し子供っぽいところもあるのに……) 鶏肉コーナーへ移動すると、彼は「オムライスにはやっぱりもも肉ですよね」と言いながら、パックをいくつか見比べ始めた。肉の色つや、パックの底に溜まった水分の量。その視線は、まるで目利きの料理人のようだ。 陽斗の知らない一面に触れた気がして、美桜の心臓が小さく音を立てた。「陽斗君、なんだか手際がいいのね」 美桜が感心して言うと、陽斗は少し笑う。「昔、ちょっとだけ洋食屋でバイトしてたことがあるんです」 軽く誤魔化すような調子に美桜は首を傾げたが、それ以上は気にしなかった。 会計の際、陽斗は美桜が財布を出すより早く、自分のスマートフォンで決済を済ませてしまう。「あ、私が払うのに」 恐縮する美桜に、彼は悪戯っぽく笑いかける。「これは俺から先輩への『元気回復プロジェクト』への投資なんで。経費ですよ、経費」「あはは。なにそれ」(本当は私が陽斗君を元気づけたかったのにね。あべこべになってしまったわ) 美桜は内心で苦笑しながら、帰路についた。◇ 美桜の部屋のキッチンは、一人暮らし用で決して広くはない。そこに陽斗と二人で立つと、肩が触れ合いそうな距離になる。 陽斗は持参したシンプルな黒いエプロンを手際よく身につける。買ってきた食材を冷蔵庫にしまい始めた。淀みない動きに、美桜はただ見ていることしかできない。「先輩は卵を溶いて
最終更新日 : 2025-11-08 続きを読む