ワンナイトから始まる隠れ御曹司のひたむきな求愛 のすべてのチャプター: チャプター 101 - チャプター 102

102 チャプター

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「野菜を見に行きましょうか。今日の主役ですから」 彼はごく自然に野菜コーナーへと美桜を促すと、山と積まれた玉ねぎの中から、慣れた手つきでいくつかを手に取った。「陽斗君、なんだか手際がいいのね」 感心する美桜に、彼は少し得意げに笑いかける。「良い玉ねぎは、ずっしり重くて硬いのがいいんですよ。あと、芽が出てないやつですね」 陽斗は一つひとつ重さを確かめて、表面に傷がないかを入念にチェックしている。その目は真剣そのものだ。(いつもは少し子供っぽいところもあるのに……) 鶏肉コーナーへ移動すると、彼は「オムライスにはやっぱりもも肉ですよね」と言いながら、パックをいくつか見比べ始めた。肉の色つや、パックの底に溜まった水分の量。その視線は、まるで目利きの料理人のようだ。 陽斗の知らない一面に触れた気がして、美桜の心臓が小さく音を立てた。「陽斗君、なんだか手際がいいのね」 美桜が感心して言うと、陽斗は少し笑う。「昔、ちょっとだけ洋食屋でバイトしてたことがあるんです」 軽く誤魔化すような調子に美桜は首を傾げたが、それ以上は気にしなかった。 会計の際、陽斗は美桜が財布を出すより早く、自分のスマートフォンで決済を済ませてしまう。「あ、私が払うのに」 恐縮する美桜に、彼は悪戯っぽく笑いかける。「これは俺から先輩への『元気回復プロジェクト』への投資なんで。経費ですよ、経費」「あはは。なにそれ」(本当は私が陽斗君を元気づけたかったのにね。あべこべになってしまったわ) 美桜は内心で苦笑しながら、帰路についた。◇ 美桜の部屋のキッチンは、一人暮らし用で決して広くはない。そこに陽斗と二人で立つと、肩が触れ合いそうな距離になる。 陽斗は持参したシンプルな黒いエプロンを手際よく身につける。買ってきた食材を冷蔵庫にしまい始めた。淀みない動きに、美桜はただ見ていることしかできない。「先輩は卵を溶いて
last update最終更新日 : 2025-11-08
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「美味しい」 思わず笑みがこぼれる。その笑顔を見て、陽斗の顔が満足そうに緩んだ。 クライマックスは、卵を焼く工程だ。陽斗はフライパンを巧みに操り、プロ顔負けの半熟とろとろの卵を、鮮やかな手つきで作り上げていく。真剣な横顔と普段の彼とのギャップに、美桜は知らず知らずのうちに見とれていた。 出来上がったオムライスに、陽斗はケチャップで何かを書き始める。『いつもありがとう』という言葉と、少しだけ歪んだ温かい笑顔のマークだった。 ダイニングテーブルで、二人は向かい合って座る。「いただきます」 手を合わせてから、美桜はスプーンをオムライスに入れた。ふわふわ、とろとろの卵の中から、湯気の立つチキンライスが現れる。 一口食べて、優しい味に目を見開いた。(美味しい……。ただ美味しいだけじゃない。陽斗君の優しさが、全部詰まっているみたい)「とっても美味しいわ。陽斗君が料理上手で、びっくりしちゃった」「先輩に喜んでもらえて、俺も嬉しいです。これからは男も料理ができないと、だめですからね。練習したんですよ」 食事の間、不思議と仕事のことは一切頭に浮かばなかった。「あの最後の逆転トライ、すごかったですよね! 残り30秒で、あそこから繋いでいくなんて。俺、興奮して声、枯れちゃいましたよ!」 陽斗はスプーンを握りしめて、身振り手振りを交えながらラグビーの試合の興奮を熱っぽく語る。少年のような姿に、美桜は自然と引き込まれていた。「あのミステリー作家の新作、もう読みましたか?」 という彼の問いかけからは、思いがけず共通の趣味が見つかった。「もちろん! 私は特に初期の作品の、あの叙述トリックが好きで……」「え、先輩もですか。俺もです! あの最後の一行で、世界が全部ひっくり返る感じ、たまらないですよね!」 目を輝かせて同意する彼に、美桜も熱を帯びて語り返す。(翔といる時は、いつも仕事の話か、自慢話ばかりだった。こんなふうに同じものを見て、同じ
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