浴室からシャワーの音が聞こえてくる。森川拓海(もりかわ たくみ)がシャワーを浴びているのだ。午前3時。さっき帰宅したばかりだった。森川知佳(もりかわ ちか)は浴室の扉の前に立っていた。話したいことがあったのだ。これから相談しようとしていることを、彼が聞いてくれるだろうか。少し不安になった。どう話しかけようかと迷っていると、中から妙な音が聞こえてきた。耳を澄ませて、やっと理解した。拓海が一人でしていることの音だった……荒い息づかいと押し殺したうめき声。胸を重いハンマーで叩かれたような衝撃が走った。苦しみが波のように押し寄せてくる。その痛みに息が詰まった。今日は二人の結婚記念日で、結婚して5年が経つ。それなのに夫婦として一度も……結局、自分で済ませることを選んでも、私には触れたくないということなのか?彼の息づかいがさらに荒くなる中、限界まで我慢したような低い声で果てた。「結衣……」この一言が、心を完全に砕いた。頭の中で何かが音を立てて崩れ、すべてが粉々になった。必死に口を押さえ、声を漏らさないよう振り返った瞬間、よろめいた。洗面台にぶつかって床に倒れてしまった。「知佳?」中から拓海の声がした。まだ息が整わず、必死に抑えようとしているのが分かったが、呼吸は荒いままだった。「あ……お手洗いに行こうと思って、シャワー中だなんて知らなくて……」苦しい言い訳をしながら、慌てて洗面台につかまって立ち上がろうとした。でも焦れば焦るほど、みじめになっていく。床も洗面台も水で濡れていた。やっとの思いで立ち上がったとき、拓海が出てきた。白いバスローブを慌てて羽織って乱れていたが、腰の紐だけはしっかりと結ばれていた。「転んだのか?俺が手伝うよ」彼女を抱き上げようとした。痛みで涙が溢れそうになったが、それでも彼の手を振り払った。そして意地を張って、「大丈夫、一人でできるから」と言った。そして再び滑りそうになりながら、足を引きずって寝室へと逃げ帰った。「逃げる」という表現は決して大げさではない。拓海と結婚したこの5年間、知佳はずっと逃げ続けていた。外の世界から逃げ、周囲の視線から逃げ、そして拓海の憐憫の視線からも逃げていた――拓海の妻が足の不自由な人だなんて。足の不自由な人が、端正で事業も成功している
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