All Chapters of 赦されない私たち あなたは私 私はあなた: Chapter 21 - Chapter 30

31 Chapters

第21話 オルゴール

 この一夜について伊月は木蓮に問う事は無かった。ただ一言、木蓮は睡蓮の代わりではないと微笑みかけ、有言実行1ctの婚約指輪を木蓮の左の薬指に嵌めた。「あんた.........本当に私で良いの」 「ヤモリを背中に入れる事はありませんよ」 「じゃあ私も木工用ボンドは使わないわ」 睡蓮の結婚式を控えた大安吉日に木蓮と伊月の結納の儀が行われた。それを見届けた睡蓮は安堵のため息を漏らし、木蓮はその姿を見逃さなかった。  「この度は、木蓮さまと息子伊月に、素晴らしいご縁を頂戴いたしましてありがとうございます。本日はお日柄もよく、これより結納の儀を執り行わさせて頂きます」 木蓮は伊月の顔を見た。(..............伊月が私の旦那さんになるの) 伊月の母親が前に進み出て結納品を木蓮の前に置いた。(全然、実感が湧かないんですけれど!)「そちらは私ども田上家からの結納でございます。幾久しくお納めください」 緊張の面持ちの木蓮は深々と頭を下げた。「ありがとうございます。幾久しくお受けいたします」  ピンポーーン  結納の儀で着慣れぬ振袖に辟易していた木蓮が普段着に着替えた頃、玄関先で田上さんがひとつの宅配便を受け取った。「木蓮さん、木蓮さん」 「なに、私に届いたの?」 「はい..........差出人の名前が無いんですけど」 「げっ!伊月の彼女とかからじゃないの!?」 田上さんは眉間に皺を寄せて孫の身の潔白を証明しようと力説し始めた。「嘘、嘘、冗談よ」 「木蓮さんが言うと嘘か本当か分からなくて困ります!」 「そうー?」 「本音が見えないというか、あぁ、もう!あっ!お鍋!お鍋!」 (...............本音が見えない、か) さすが幼少期からの付き合い、田上さんの言う事は的を得ている(.............さぁ
last updateLast Updated : 2025-10-02
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第22話 結婚式

数日後 荘厳なパイプオルガンが奏る静粛な時間。祭壇には白いタキシードを着た雅樹が花嫁を待っていた。(............雅樹)「新婦様、お父様のご入場です」 マホガニーの重厚な扉、その光の中には睡蓮が立っていた。白いチュールレースのウェディングベールはシャンパンゴールドのドレスの裾に波打った。ヘッドドレスには水面の様なアクアマリンのスワロフスキーが光を弾き、八重咲の薔薇のウェディングブーケにはシャンパンゴールドのサテンリボンが螺旋を描いた。(睡蓮.........綺麗だわ) 睡蓮はモーニングを着用した父親の肘に手を添え2人で深々とお辞儀をし深紅のバージンロードを静々と歩んで来た。父親は感極まり既に目元が赤く腫れている。参列席には八重咲の白い薔薇と白いサテンリボンが飾られそれは一直線に祭壇の雅樹へと続いていた。  「汝、和田 雅樹は、この女、叶 睡蓮を妻とし、良き時も悪き時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分つまで、愛を誓い、妻を思い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」「誓います」「汝、叶 睡蓮は、この男、和田 雅樹を夫とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分つまで、愛を誓い、夫を思い、夫のみに添うことを、神聖なる婚姻のもとに、誓いますか?」「誓います」  結婚指輪の交換が行われ、雅樹は睡蓮の左の薬指にプラチナの指輪をゆっくりと嵌めた。木蓮の頬には真珠の様な涙が溢れ、心中を察した伊月はハンカチを差し出しその右手を優しく握った。(.........あの隣に私が居たかった) 重々しい教会の鐘の音が頭上で鳴り響く。雅樹の肘に手を添えた睡蓮が横を通り過ぎる。その頬は桜色に色付き聖堂の外で薔薇の花弁を撒く親戚や友人に微笑み掛けていた。(.........木蓮) 不意に雅樹の視線が木蓮に注がれ時間が止まった様な気がした。
last updateLast Updated : 2025-10-03
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第23話 新婚旅行

 成田国際空港のロビーには和田家、叶家、そして木蓮の姿があった。「いってらっしゃい」「気を付けてね」 伊月は病院勤務の為、睡蓮と雅樹の新婚旅行の出立を見送る事は出来なかった。然し乍らそれで良かったのかもしれない。何故なら笑顔で送り出す筈の木蓮の表情は固く沈んだものだった。(伊月、あんたは来なくて正解よ) 教会で参列者席から見上げた睡蓮のウェディングドレス姿、雅樹のタキシード姿に伊月と木蓮は言葉を失った。特に伊月は中学高等学校以来10年以上の間、睡蓮に思いを寄せていた。(ーーー見ていられないわ) それは木蓮が雅樹と出会い恋焦がれた半年そこそこの恋情とは比べものにならない。「いって来ます!」 満面の笑顔の睡蓮はチェックインカウンターで手続きを済ませる雅樹に寄り添い、手荷物検査場、搭乗口に向かう間、木蓮に見せ付けるようにその肘に手を添えた。飛行場を見渡すデッキ、搭乗口から飛行機へ向かう通路内も二人は腕を組んで歩いていた。(..........雅樹、あんたは睡蓮を私と同じ様に抱くのね)  ジャンボジェット機の車輪は胴体に格納され青空へと飛び立った。「雅樹さん、見て、見て!街がおもちゃ箱みたい!」「あぁ、本当だ」「飛行機って雲の上を飛ぶのね」「睡蓮さんは国外旅行は初めてなんですよね」「はい!」 睡蓮は昨夜のオルゴールの箱の事は見なかった事にしようと心に決めた。あの指輪、いやそれ以上に気に掛かる810号室の鍵、知ってはならない知らない方が良いとそう思った。(雅樹さんを信じるしかない)「...........ん、どうしました?」「どうって」「顔色が悪いですよ、酔い止めの薬を貰いましょうか?」「いえ、大丈夫です」 突き抜ける青空、ダニエル・K・イノウエ国際空港に着陸したジャンボジェット機の機内通路、到着ロビーへと向かう連絡通路で雅樹は睡蓮の手を取り彼女の歩幅に合わせてゆっくりと歩いた。(.....
last updateLast Updated : 2025-10-04
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第24話 深淵

その後、4日間の夜を共にしたが睡蓮と雅樹が交わる事はなく、雅樹は手足を強張らせたままの背中を抱きしめて朝を迎えた。(..........睡蓮、どうしたんだろう) 雅樹は酷く困惑した。睡蓮は言葉少なで始終何かを考え込んでいる様で居心地が悪かった。それは以前2人で出掛けた白川郷へのドライブを連想させた。「あぁ、日本の空気だね」「...........そうね」「体調が悪いの?」「..........元気よ」 成田国際空港に降り立つ連絡通路に差し掛かると睡蓮は雅樹から距離を空けて歩き始め振り向きもしない。「睡蓮、どうしたんだ」「..........どうもしないわ」「睡蓮!」 睡蓮は無言で雑踏の中を脇目も振らずに歩いて行く。ハワイへと出立した時の笑顔は消え失せその態度の豹変ぶりに戸惑った。睡蓮は雅樹に抱かれる事なく処女のまま新婚旅行を終えた 睡蓮と雅樹の新居、アルベルタ西念は和田コーポレーション本社社屋から交差点を挟んで徒歩10分の距離に建っている。レンガ畳みの小径にはオリーブの枝が揺れ、新築6階建マンションの周囲にはポプラ並木が新芽を伸ばしていた。「家具も家電も揃ったね」「うん」「俺は仕事だけど睡蓮は太陽が丘に行く?お義母さんの家に行くなら送ろうか?」「ううん、今日は細かい荷物を解きたいの」「無理しないで」「いってらっしゃい」「じゃあね」 雅樹は手を振る睡蓮に微笑みながら玄関の扉をそっと閉めた。新婚旅行以来、2人は抱き締めあった事もなければ出掛ける時の口付けも無い。同僚に「知り合いがさ、悩んでいるんだよ」と良くある質問を投げ掛けてみた。「おまえ、それセックスレスだよ。なに、広報部の弘前の事か?」「弘前?あいつそうなのか」「結婚5年、子どもが生まれたら危ういらしいぜ」「5年.............」「まぁおまえんとこは新婚だしな、あんな美人な奥さん羨ましいわ」「そうかな」 そう肩を叩かれたが睡蓮と雅樹に肌の
last updateLast Updated : 2025-10-05
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第25話 上弦の月下弦の月

  睡蓮が悲痛な面持ちでその帰宅を待っていたとは露知らず、雅樹は笑顔で玄関の扉を開けた。その瞬間を見計ったかの様に足元にクッションが勢いよく投げ付けられた。「えっ!な、なに!」 突然の出来事に呆然となっていると今度は皿に乗ったパウンドケーキが廊下に叩きつけられた。雅樹はその衝撃音に思わず飛び上がった。「睡蓮、どうしたの!」「心配だからって..........お義母さんが味見していたわ!」「なんの事!」「ケーキにお酒が入っていたら赤ちゃんに良くないからって!」「..........赤ちゃん、母さんがそんな事を言ったのか」 睡蓮は髪を振り乱し仁王立ちになって雅樹を睨み付けた。「赤ちゃんが出来る筈なんて無いわ!」「睡蓮...........落ち着いて」「だって雅樹さん、手もつな.......つなが........ながいし!」 頬は涙で濡れ声は震えていた。「キスだっ.......てしていないじゃない!」「睡蓮、ごめん」「ごめんってなにが!?」 睡蓮の怒りの在処が分からない雅樹は戸惑った。「母さんには赤ん坊の事は話さない様に言い聞かせるから」「そういう事じゃ無いでしょう!」「睡蓮!睡蓮、落ち着いて」 雅樹は床で無惨に崩れたパウンドケーキを跨ぎ睡蓮を抱き締めた。「睡蓮、ごめん」 睡蓮は背中に回された優しい手に応える事はなくその腕は悲しげに垂れたままだった。とめど無く流れる涙はやがて嗚咽に変わり雅樹はその亜麻色の髪を撫でた。「............810号室」
last updateLast Updated : 2025-10-06
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第26話 運命の一夜

 白い部屋、眩しいLEDの蛍光灯、注射台の上に肘を着けた睡蓮は思わず顔を背けた。その苦々しい面持ちに注射針を腕に刺しながら看護師が笑った。「睡蓮ちゃんは本当に採血が苦手なのね」「血を見たく無いんです」「ほーら、どんどん採っちゃうわよ」「やめて下さい」「ほーら」「やめて下さい」 睡蓮と看護師が遠慮なく遣り取り出来るのは、睡蓮が如何に長期間この呼吸器内科に通院しているかを物語っていた。物心ついた頃にはこの部屋で吸入器を口に当て、レントゲン室の待合の椅子に座り、泣きながら採血を受けた。「あれ?おじいちゃん先生は?」 高齢の主治医は大学の教授になり目の前の椅子には幼馴染の《伊月ちゃん》が座り聴診器を胸に当てていた。「睡蓮さん、今日から私が睡蓮ちゃんの主治医ですよ」 伊月は喘息を患う睡蓮を助けたいが為に金沢大学医学部を目指し医師の資格を取得した。睡蓮が高等学校を卒業して以来の6年間を伊月は睡蓮の主治医、家庭医として寄り添って来た。「でも睡蓮ちゃん、残念よね」「......え、なにが残念なんですか」「田上先生、九州の大学に転勤になるんですよ」「.....転勤、転勤ですか!?」「そう、九州大学、栄転ね」 睡蓮は隣室で診察をしている伊月に向き直り、カーテンを思い切り開けてそれが事実なのかと問いただしたい感情に駆られた。「あっ!」 気が付けば椅子から立ち上がり、血管の壁を注射針が突いていた。「イタっ!」「あっ!駄目ですよ!動かないで!」「ごめんなさい」「痛かった?ごめんね、内出血するかもしれないわ、ごめんね」「いえ、私が悪いんです」  そしてこの突然の転勤については叶家でも頭痛の種となっていた。「まさかこんな早くに転勤になるなんて」「木蓮、伊月くんからなにか聞いていたのか?」「.......聞いて、ない」 木蓮も予想外の出来事に戸惑った。
last updateLast Updated : 2025-10-07
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第27話 運命の一夜②

 暗闇でタクシーのハザードランプが点滅する。「ありがとう」 12階建のマンションを仰ぎ見る木蓮のショルダーバッグには810号室の鍵が入っていた。正面玄関エントランスで「8、1、0」のボタンを押すと雅樹の声がしてガラス扉が左右に開いた。(後悔はない) エレベーターホールに立つ木蓮の脚は震えていた。  街灯の灯りの下でタクシーのハザードランプが点滅する。「ありがとうございました」 山茶花の垣根を折れると5階建のマンションが小高い丘の上に建っていた。睡蓮の手には一泊分の旅行鞄、505号室のカーテンは開き逆光の中で伊月が睡蓮を待っていた。「5、0、5」のボタンを押すとガラスの扉が左右に開いた。(後悔はしない) エレベーターホールに立つ睡蓮はその箱の中に足を踏み入れた。 810号室、見上げたネームプレートにはWADAの4文字、最初に来た時には気付かなかったが木製のプレートにはヨットの模様が彫られていた。(.........セーリングが趣味だとか言っていたわね) 重い音が解錠を知らせ木蓮の心臓が跳ね上がった。「.......よう、久しぶり」「........よう、久しぶり」 雅樹の首元に残る柑橘系の爽やかな香りが木蓮を包み込み胸が締め付けられた。あの情熱的な夜を思い出す悲しさ。「入らないのか」「これ..........返しに来ただけだから」「そうか」 木蓮はショルダーバッグから810号室の鍵を取り出すと差し出された雅樹の手のひらに置いた。心許ない金属音が耳に残った。「じゃあ」「じゃあ」 木蓮は雅樹を振り返る事もなく背を向けた。愛おしい女性の後ろ姿を見送った雅樹は音もなく玄関扉を閉めた。力が抜けその場に座り込むとハタハタと涙が溢れて落ちた。カツカツカツと遠ざかるパンプスの足音。(..........木蓮) 耳を澄ませばエレベーターの扉が閉まるベルまで聞こえるような絶望感に襲われた。
last updateLast Updated : 2025-10-08
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第28話 分岐点

 睡蓮は出勤する伊月の車に同乗し金沢大学病院を受診した。ピンポーン 「115番の方6番診察室までお入り下さい」 睡蓮の足は震えていた。伊月の書いた紹介状は女医の手に渡った。「えーー、叶 睡蓮 さん」 「はい」 「呼吸器内科の田上医師からの紹介状を頂きました、産科婦人科の森田です。以降担当させて頂きます」 生まれて初めて座る産科婦人科の椅子には程よい硬さのドーナツ型クッションが置かれていた。「よろしくお願い致します」 「はい、よろしくお願い致します」 ベリーショートヘアの溌剌とした雰囲気は木蓮を連想させた。「今回はどうされましたか」 「難病性気管支喘息患者の妊娠出産についてです」 「叶さんも、あぁ.......そうですね」 「はい」 元町はパソコンモニターの前でマウスをクリックした。程なくして睡蓮の通院履歴と病状、処方箋の一覧が表示された。「通院歴は...........長いですね」 「大丈夫でしょうか」 「発作も頻繁に起きていますね」 「はい」 規則的にリズムを刻む機械音、白い壁、行き交う看護師、医師の白衣。睡蓮にとって見慣れたはずの光景が全く違って見えた。「そうですか」 「内診致します。専用の下着を履いてお掛け下さい」 「はい」 壁一枚隔てた隣の診察室からは胎児が順調に育っていると診断され安堵する妊婦の声が聞こえて来た。背後に感じていた待合室の音が消えた 何処までも青い空、白い雲、睡蓮は大きく息を吸い込み和田家母屋のインターフォンを鳴らした。睡蓮の目の前には職務を切り上げた雅次がソファーに浅く腰掛け、震える指でカップソーサーをテーブルに置く百合の姿があった。「ブライダルチェックを行わなかった私の不注意でした」 「そんな..........ちゃんと調べたの」 睡蓮は深々と頭を下げたまま微動だにしなかった。「うちの跡継ぎはどうなるんだ」 「申し訳ございません」 「この事は雅
last updateLast Updated : 2025-10-09
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第29話 分岐点②

 明日、和田家で離婚に至った経緯や財産分与について話し合う事になった。次に実家の両親に離婚の理由を納得して貰う為、なにひとつ隠す事なく洗いざらい打ち明けなければならない。(.......恥ずかしい) 確かに見合いの席で雅樹に心を奪われたが真剣に結婚を望んだ訳では無かった。(どうかしていたわ) 雅樹が木蓮を選んだと知った時、激しい嫉妬心が芽生えた。(愚かすぎるわ) 結婚前、いや結納前から雅樹とは性が合わない事を肌で感じていた。それにも関わらず木蓮に負けたくない一心で縁談を進めた。(馬鹿じゃないの) 雅樹は睡蓮を気遣い優しい言葉で話し掛けてくれた。ところが睡蓮はいつもそこに木蓮の気配を感じ刺々しい言葉遣いや態度を取ってばかりいた。(勝手よね) そして木蓮への当て付けの様に結ばれた雅樹との夫婦生活は2ヶ月程度で破綻、しかも離婚届を雅樹に叩き付けたのは睡蓮自身からだった。(都合良すぎるわ) ただそこに伊月が現れなければ睡蓮は苦虫を潰した様な面持ちで、雅樹と殺伐とした結婚生活を送っていたに違いなかった。(軽蔑されるわ) 伊月の背中を追って九州に行きたいと言い出したら両親は嘆き悲しみ、木蓮には蔑まれるに違いなかった。(最低だわ) 睡蓮は自分の身勝手さがどれ程の人間を傷付け、これからも傷付けてゆくのかと自分自身を責めながら夜明けを迎えた。 睡蓮と雅樹の名前が並んだ離婚届を見た雅次と百合は言葉を失った。睡蓮の左の薬指に結婚指輪は無く、目の前の出来事が事実である事を示していた。「雅樹、これは如何いう事なの」 「それが、俺も昨日突然」 「私たちが跡継ぎの事を言ったからか?」 睡蓮は深々と頭を下げ違うとだけ答えた。「雅樹.......睡蓮さんと.......あの」 「睡蓮さんと関係が無いというのは本当なのか」 雅樹は視線をテーブルに落とし小さく頷いた。「なんで、なんでこんな事に!叶さんとの約束が反故になるじ
last updateLast Updated : 2025-10-10
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第30話 分岐点③

 睡蓮と雅樹は菓子折りと離婚届を手に車を降りた。雅樹の顔は強張り無表情、足の動きも不自然で右手と右脚が同時に動いた。駐車スペースには伊月のBMWが駐車していた。「雅樹さん、そんなに緊張しないで」「そうだけど」「もうお父さんとお母さんには話してあるから」「そうなんだ」「さっきも言ったでしょう、聞いていなかったの!?」 離婚を決めた女は強い。すっかり形勢逆転で睡蓮は虎の威厳、雅樹は借りてきた猫状態だった。「ただいま!」「あらまぁ、睡蓮さんお久しぶりです。さぁさ、和田さんもお入り下さい」 お手伝いの田上さんがスリッパを並べてくれたが雅樹は緊張のあまり足を引っ掛け床に倒れ込んだ。その音に驚いた木蓮が顔を出した。「あんた、なにやってんの!」「お邪魔します」「雅樹さん、先に行きますね」 睡蓮は雅樹に手を貸す事も無く廊下を歩いて行った。玄関の上り口で膝を強打した雅樹は痛みに顔を顰めている。それを仁王立ちで見ていた木蓮は右手を差し出し「掴まって」と眉間に皺を寄せた。「ありがとう」「なにあんた、2ヶ月で離婚とか甲斐性無しね」「誰のせいだと」「誰のせいよ」「......俺のせいだよ」「ほら、行きなさいよ!」「お、おう」 立ち上がった雅樹はリビングに進み土下座をして「申し訳ございませんでした!」とペルシャ絨毯に頭を減り込ませた。「まぁまぁ、雅樹くん、顔を挙げてほら、座りなさい」 穏やかな声に安堵して見回すと、蓮二、美咲、木蓮、伊月がソファに座っていた。気が付くと睡蓮も雅樹の隣で正座し深々と頭を下げていた。「お父さん、お母さん、この度はご心配ご迷惑をお掛け致しました」「なにを言っているんだ」「そうよ、私たちが結婚を急かせたのが悪かったのよ」 蓮二と美咲は頷き、2人にソファに座るように手招きをした 雅樹はソファに腰掛けたもののその居心地の悪さに尻が落ち着かなかった。気配を察知した睡蓮がテーブルの下でその手
last updateLast Updated : 2025-10-11
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