All Chapters of 赦されない私たち あなたは私 私はあなた: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話 それぞれの日曜日②

 見合い相手ともなればお決まりの台詞がある「この後、お食事でも行きませんか」金沢市に戻った雅樹は慣例に習い睡蓮を食事に誘った。「今夜は帰ります」「あ............そうですか」 何気にそう答えたつもりが睡蓮の琴線きんせんに触れたのだろう。レンガ畳みの坂に着くと強い眼差しで雅樹を見据えて助手席のドアを開けた。「睡蓮さん?」「おやすみなさい!」 後ろ手に締められたドア、雅樹は運転席から降りて後を追おうとしたが踏み出した足がレンガに貼り付いた様に動かなくなった。「...........なんなんだよ」 本来ならば玄関先まで送り届けご両親に挨拶のひとつもするべきなのだろう。けれどそれが急に馬鹿らしくなった。これで「白紙に戻したい」と言ってくれれば逆に御の字だ。 後方発進で車を転回させポプラ並木を何本か数えた時、薄暗い街灯の下をらしくないワンピースを着た木蓮が歩いて来るのが見えた。後方を確認して後続車がいない事を確認し、雅樹は運転席から飛び出した。「木蓮!」「ぎゃっ!な、なに!」「ぎゃって...........それは無いだろう」 1ヶ月振りのその姿に雅樹は思わず抱き付いた。「突然飛びつかれたら誰でもぎゃって.........ちょっと離れなさいよ!」「おまえ、油臭い」 ロイヤルブラウンの髪からはハンバーガーショップの匂いがした。「おまえ、見合いじゃなかったのか」「な、ん、で、知ってるのよー!」 木蓮は両手で雅樹の胸板を押し除けた。「睡蓮から聞いた」「睡蓮から、あぁ、あんたたちドライブだったわね」 雅樹はその問いには答えず矢継ぎ早で木蓮に問いかけた。「相手の名前は!」「.........田上伊月」「年齢!」「..............32歳」「俺より歳上か!仕事は!」「大学病院の医者」「医者かよ!くそ!」 その必死な形相に木蓮は吹き出した。「なに焦ってんの、幼馴染のお兄ちゃんよ」「幼馴染!?」「ウチの親もなにを考えているんだか」「はぁー焦った」 雅樹は両膝に手を突いて鋪道に屈み込んだ。「あんたなにやってんのよ」「おまえが見合いって聞いた時は死ぬかと思ったわ」「突然死ね、ご愁傷さま」「茶化すなよ」 木蓮はその言葉に面持ちと声色を変えた。「なに言ってるのよ、あんたは睡蓮の婚約者でしょう」「.
last updateLast Updated : 2025-09-23
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第12話 茶番劇

 睡蓮は表情を凍らせたまま向きを変えると玄関へと向かった。その背中からは憤りが感じられ、睡蓮と雅樹の交際が順調ではない事や、木蓮への謂れなき嫉妬心が滲み出ていた。(..............私にどうしろって言うのよ!) 木蓮もまた睡蓮へ妬ましさを感じ始めていた。病弱で精神的に脆い面を持ち合わせている姉を気遣い、時には遠慮して来たこの10年間。(出会い方が悪かったのよ) 睡蓮と和田雅樹との縁談がつつがなく実を結べば良いと考えた木蓮は、自らの恋情に蓋をすべく耐え忍んでいた。ところがその胸の内を知ってか知らずかこの2ヶ月間の睡蓮の言動には眼に余るものがあった。「お帰りなさい睡蓮、雅樹さんとはどうだった?」「..............楽しかったわ」「あら、サンドイッチ食べなかったの?」「...........五平餅を食べすぎちゃって」「あらまぁ」 不貞腐れたような睡蓮を気遣う母親。「雅樹くんはどうしたんだ」「お仕事が忙しいからまたねって」「そうか...........なら仕方がないな」 睡蓮の伏せた目に鈍感な父親。(...............茶番だわ) なにもかもが嘘に塗れた団欒に虚しくなった。「疲れたから休むわ」「バスケットの中身はどうするの」「もう傷んでいるから明日捨てるわ、置いておいて」「勿体無いわね」「食べちゃ駄目よ.........お腹壊しちゃうから」「分かったわ、おやすみなさい」「おやすみなさい」 2階のシャワールームの扉が閉まる音がした。両親もこの状況に薄々勘付いてはいるのだろう、睡蓮の姿が見えなくなると安堵のため息を漏らした。(................息が詰まるわ) 漏らしたような気がした 木蓮は息を吸い込むと玄関先で声を張り上げた。「たっだいまー!」「おかえりなさい木蓮、伊月ちゃんとはどうだった?」「あんなもんよ、変わりは無いわ」 機嫌の良い木蓮に母親は目を輝かせた。「どこでお食事したの」「ハンバーガー屋」「えっ..............!?」「伊月が食べたいって言ったのよ」 父親は呆れながらもソファに腰掛けて木蓮の顔を見た。「どうだ...........田上先生なら気心も知れてるし良い縁談だろう」 ソファに座るなり世界チャンピオンバンダム級ボクサーが繰り出すジ
last updateLast Updated : 2025-09-24
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第13話 結納

大安吉日 秋晴れの空にトンボが飛んでいた。「あぁ、木蓮さんはソファに座っていて下さい」「はーい」 その日は朝から慌ただしかった。振袖姿の睡蓮が座敷の床間に花を生け、田上さんが床間の柱を磨きながら白木の台に赤い毛氈を敷いていた。紋付袴の蓮二が首を左右に振っている。「田上さん、ちょっとずれてないか」「こうですかね」「おお、良い感じだ」 美咲があらかじめ準備した「結納返し」を毛氈に飾り、睡蓮、蓮二、美咲は客間で和田家の到着を待った。バタン バタン レンガ畳みの坂の下にタクシーが到着し、門構えに人の気配が近付いた。「おやおや、木蓮さんお元気そうで」「............お陰さまで」 仲人に次いで雅樹、雅次、百合が玄関の敷居を跨いだ。仲人の手には鶴に亀の立派な水引きで結ばれた結納品があり、雅樹は濃紺のスーツに紺色のネクタイを締めていた。「いらっしゃいませ」「お邪魔します」 玄関先で両指を床に突き深々とお辞儀をしたのは紺色のワンピースを着た木蓮だった。「...........どうも」「お邪魔します」 革靴を脱いだ雅樹は玄関の三和土から木蓮の顔を仰ぎ見た。(..........木蓮) その熱い視線に木蓮は喉の奥が窄んだ。(...........これであんたは睡蓮の婚約者になるのね)「こちらへどうぞ」 座敷へと案内する木蓮の小指に雅樹の小指が触れ、指先に熱を感じた。(な........なに) 顔を赤らめる木蓮だが雅樹は素知らぬ顔で座敷の鴨居で腰を屈めた。その後は粛々と「結納品」が毛氈の上に並び、木蓮が客用座布団を3枚づつ置いた。 上座に雅樹と睡蓮、和田家、叶家が座り雅次が結納の挨拶を始めた。木蓮はそれを客間から茫然と眺めた。「この度は、睡蓮さまと息子雅樹に、素晴らしいご縁を頂戴いたしましてありがとうございます。本日はお日柄もよく、これより結納の儀を執り行わさせて頂きます」 その言葉が右から左へと素通りした。 百合が前に進み出て結納品を睡蓮の前に置いた。「そちらは私ども和田家からの結納でございます。幾久しくお納めください」 緊張の面持ちの睡蓮は深々と頭を下げた。「ありがとうございます。幾久しくお受けいたします」 その後、幾つかの遣り取りが交わされたがそんなものは全く頭に入って来なかった。初めて見る雅樹の神妙な横顔
last updateLast Updated : 2025-09-24
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第14話 談話室

 伊月は睡蓮の白いブラウスの上から聴診器を離した。「叶さん」「はい」「前回の受診、呼吸機能検査と血液検査の結果は悪くはありませんでした」「そうですか」 X線撮影のレントゲン画像を写し出し、眉間に皺を寄せて顎をなぞった。「今週に入ってから中程度の発作が2回」「............はい」「お薬は服用されていますか」「はい、飲んでいます」 それにしても顔色が優れない。伊月は呼吸器内科医師ではなく個人、幼馴染の田上伊月として声を掛けた。「睡蓮さん、この後お時間ありますか」「あ...........はい。あります」 伊月は腕時計を確認し顔を挙げた。「あと20分間で休憩に入ります、お茶でも飲みませんか」「...........お茶」 睡蓮は一瞬戸惑った面持ちをしたが右の手で髪を掻き揚げた。「無理にとは言いません」 その言葉に睡蓮は軽く頷いた。「何処で待てば良いですか」「んー、そうですね10階の談話室で待っていて下さい」「分かりました」「なるべく早く行きます」「............はい」 会計を終えた睡蓮は上階へと上るエレベーターのボタンを押した。5階、4階、3階で止まって降りて来た扉はゆっくりと開き鏡の中にその顔が映った。(酷い顔だわ) 頬も青ざめているが貧相で卑しい顔をしている。(............私、こんな顔をしていたかしら) 10階のボタンを押すと2階を過ぎた辺りで壁が途切れ、眩しい日差しが睡蓮を照らし出した。思わず目を細め階下を眺めた。(鳥になりたい) 睡蓮は空虚な思いに首を振った。(...........私、なんて事を考えているの)チーーーン 扉が開くと白衣を脱いだ伊月が談話室の窓際の席で手を振っていた。  白い壁の談話室、身に着けた白いブラウスに浮き上がった睡蓮の面立ちは病院という場所に相応しく明らかに体調が思わしく無い事を表していた。伊月はこの4年間睡蓮の主治医として接して来たが、これ程までに体調が優れない姿を見た事がなかった。(.............酷い顔だな)「お待たせしました、会計が混んでいて」「いや、僕も今来た所だから。なににする?」 睡蓮はホットミルクを指差した。立ち昇る湯気、白いカップに付ける唇も色味が無い。伊月はここ暫く続く喘息の発作の原因は心因的緊張に依
last updateLast Updated : 2025-09-25
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第15話 談話室②

 ピンポーン ピンポーン <ご来院中の皆様にお知らせ致します。病院裏B駐車場、緊急車両出入り口付近に駐車中のお車は大至急ご移動お願い致します、繰り返します> 時折流れる館内アナウンスと人の騒めき。病院内の食堂はやや混雑し窓際のテーブルには2枚のトレーが並んでいた。「あんたがA定食?」「木蓮はB定食が良いって言ったじゃないですか」「アジフライ美味しそうね、半分頂戴」「じゃあ、木蓮のコロッケ半分交換して」「ちぇー」「ちぇーってどれだけ食べるつもりなの」「悪かったわね.........睡蓮みたいにか細くなくて」「本当に」 2人が箸でそれぞれの皿に取り分けていると恰幅の良い女性が木蓮と伊月に話し掛けて来た。「あら、叶さん」「.......ふぁい?」 木蓮はアジフライに齧り付きながらその顔を見上げたが見覚えはない。女性は伊月の肩をポンポンと叩くとニヤついた。「田上先生、また泣かしちゃ駄目ですよ」「...........なんの事でしょうか?」「談話室で叶さんの事.........泣かしたって噂になってますよ」「えっ、そうなの?」「恋愛話は外でお願いしますよ!」「恋愛話じゃありません!」 女性はカッカッカッと笑って奥の席に座った。「あの人.........誰」「呼吸器内科の婦長さん」「私と睡蓮を間違えたのね」「そうですね」「なに、そんなに見分けが付かない?」「接点が少ない人には判別がつかないでしょうね」「............中身はこんなに違うのに」「本当に」 2人は無言で箸を動かした。「.......ねぇ」「........あの」 2人は同時に呼び合い、木蓮は伊月に断る事なく話し始めた。「睡蓮、なんて言ってた?病院から帰って来てからずっと部屋から出て来ないし、ご飯はお母さんが部屋まで運んでて引き籠り状態よ」「............そうですか」「大人気ない」「その事なんですが」 木蓮は豆腐とわかめの味噌汁の腕を持った。「睡蓮さんは心的外傷後ストレス障害、PTSDの様な気がします」「なに、そのPTA」「トラウマと言います」「あぁ、あれね嫌なことを思い出して「ああああー!」ってなっちゃう」「木蓮が言うと緊迫感が無いですね」 その木蓮の口からはわかめがダラリと垂れ下がっていた。伊月は「この2人が
last updateLast Updated : 2025-09-26
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第16話 閉じこもる睡蓮

コンコンコン 木蓮はベッドの上で膝を抱えて耳を塞ぎながらその気配を感じていた。睡蓮の部屋の扉をノックする音が指の隙間から漏れ聞こえて来る。和田雅樹が部屋に閉じ籠ったままの婚約者を見舞いに来たのだ。コンコンコン「睡蓮、睡蓮、雅樹さんが来て下さったわよ」 「睡蓮さん大丈夫ですか」 愛おしい人の声が姉の名前を呼ぶ。(婚約破棄なんて無理よ) 睡蓮と雅樹が結婚すればこんな場面を何度も目の当たりにする。いっその事、雅樹の事を嫌いになれたら良いのに忘れてしまえれば良いのにと、木蓮はティディベアの一件があってから強く思うようになった。ガチャ 頑く閉ざされていた睡蓮の部屋の扉が開いた。これまで両親が何度声を掛けても応じなかった睡蓮が雅樹の呼びかけに反応した。「睡蓮さん、どうしたんですか」 「雅樹さん」 「まぁ、ほら母さん。2人で話す事もあるだろうから」 「そうね。雅樹さんはどうぞお入りになって」 「............はい」 雅樹は横目で木蓮の部屋の扉を見た。睡蓮がその目の動きを見逃す筈も無く、雅樹の腕を引き自室へと招き入れた。バタン 閉まる扉、そこでどんな遣り取りが行われるのか。「あら、木蓮どうしたの」 「ちょっと出掛けて来る」 「雅樹さんがいらしているからお寿司の出前でも取ろうかってお父さんと話していたんだけれど、木蓮もどう?」 「...........要らないわ」 「取り分けておく?」 振り返ると不安げな面立ちの母親が木蓮を見詰めていた。「じゃあ、イクラと真鯛、カンパチ、あとホタルイカ」 「早く帰るのよ」 木蓮の笑顔は強張っていた。「うん、伊月と会って来る」 「おお、伊月くんと会っているのか!」 ハンバーガー屋での見合いが不発に終わってしまったのではないかと肩を落としていた父親の目が輝いた。(............睡蓮の事でね) 睡蓮は自分が構って貰えないと嘆いているが、それこそ木蓮も自分の境遇に孤独を感じていた「睡蓮さん、部屋に閉じ籠るなんてどうしたんですか」 叶家から連絡があった時は単なるお嬢さまの我儘で部屋に籠っているのだろうと軽く考えていた和田雅樹も睡蓮のやつれ具合に驚きを隠せなかった。(............ここまで酷いとは思わなかった) それは結納の晩からだと聞いた。
last updateLast Updated : 2025-09-27
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第17話 千夜一夜

 雅樹が左手を挙げると吸い寄せられるように一台のタクシーが路肩に停車し後部座席のドアが開いた。思わず木蓮の足は竦んだ。「やめるなら今だ........乗らなくても良い」「やめないわ」 その手が助手席のヘッドレストを掴み座席の奥に腰を下ろした。ギシっ 座面のスプリングが軋み、木蓮の心臓は跳ね上がった。次いで雅樹が乗り込み後部座席のドアが静かに閉まった。「お客さん、何処まで」「西念の和田コーポレーションまで、支払いはチケットでお願いします」「はい、西念ですね」「なに、会社に行くの」「隣のマンションに俺の部屋があるんだ」ビビビビビビ その音に木蓮は飛び上がった。何が起きたのかと運転席を見遣ると料金メーターの横に深夜料金と表示されていた。「あー、うるさくてすみません」「いえ」「これから深夜料金になりますから」 22:00の街は騒がしく楽しげだがタクシーの車内には気不味い空気が漂っていた。木蓮は反対車線のヘッドライトを目で追い、雅樹は賑やかな街並みを車窓から眺めていた。(.............!) 無言の雅樹の指先が座面に置かれた木蓮の指に触れ力強く手を握り締めた。手のひらはじっとりと汗ばみ、脈打つ血潮を感じた。どうして言ってしまったのだろう、木蓮は姉の婚約者に一夜を過ごして欲しいとせがんだ自分を恥じた。(後悔したくない.........後悔したく無いから) 煌びやかな街から遠ざかったタクシーは明かりが消えたオフィスビルの谷間を走り続けた。交差点の向こうに和田コーポレーション本社ビルが見えて来た。確かにその手前には白いタイル貼りのマンションが建っている。(5階、8階、12階、さすがお坊ちゃん、高そうなマンションね)「あ、運転手さん」「はい」「ここで降ろして下さい」 ハザードランプが点滅し2人は片側3車線、大通りのポプラ並木に降りた。「どうしたの」「馬鹿かおまえ、おまえを正面玄関で降ろせる訳ないだろ」「.............あ」「ごめん、言い方キツかったな」 そう、雅樹は未だ独身とはいえ婚約者が居る身、これは人の道に反した行為なのかもしれない。「これって浮気とか不倫になるの」「そんな悲しい事言うなよ」 2人は車通りの無い道を曲がり管理人室脇の入り口からエレベーターホールへと向かった。上階へのボタンを押す
last updateLast Updated : 2025-09-28
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第18話 千夜一夜②

「さてと、いいぞ」「やっと片付いたの」「ほれ、座れ」 木蓮はクッションが置かれたソファに腰掛け、部屋の中を見まわした。(ゴロゴロ30回は余裕で転れそうね) 1LDKの部屋に借りて来た猫状態の木蓮。その緊張を解こうと気を利かせた雅樹は冷蔵庫の扉を開け中腰で中身を確認した。「おまえ、泊まってくんだろ」「.............あ、あぁ」「なら呑むか、なにが良い、ビールか缶チューハイ、ハイボール、梅酒」「なに、あんた居酒屋でも開くの」 木蓮と雅樹、初めて口付けた夕暮れの公園でも同じ遣り取りがあった。「なにしんみりしてるんだよ、なに呑む」「缶チューハイ、無糖?」「無糖、レモン」「ならそれ頂戴」 受け取った缶の冷たさにのぼせ上った頭が醒めて来た。(このままこいつと寝ても良いの?) プルタブを開けると頬に雫が飛び散った。(良いのよ、もう2度とないわ) 冷えた飲み口に唇を付けて一気に戸惑いと後悔を飲み干した。喉を通り越した炭酸が胃に落ちて染み渡りアルコールがふわりと香り立った。「あんたは飲まないの」「飲んだら勃たねぇかもしんないからな」「なっ、なによそれ!」「重要だろ」「そ............そうだけど」 雅樹は風呂場とトイレを手際よく掃除して腰を叩いた。「えらい丁寧ね」「初めての夜だからな」(..............最初で最後の間違いじゃないの) 雅樹は手を拭くとテーブルに置かれた長財布を手に取った。「おまえ、俺が出掛けてる間にシャワー済ませとけ」「なに何処か行くの」「あれが要るだろう」「あれ?」「コンドームだよ、まさか知らねーとか言わないよな」「コッツ..........知ってるわよ!」 一気に現実味が押し寄せて来た。「持ってないの?」「
last updateLast Updated : 2025-09-29
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第19話 千夜一夜③

ぎしっ レースカーテン越しの街の明かりに雅樹の不安は的中した。(..............木蓮) 木蓮を包んだ羽毛布団を剥ぐと柔らかく白い肌が顕れた。無言の時間にベッドの軋む音とシーツの擦れる音だけが聞こえる。 木蓮は恥ずかしさから両手で顔を覆ったがそれは呆気なく雅樹の手によって開かれた。初めは優しく唇を喰んでいたがそれは段々と情熱的に口元を覆い涎の糸が引き舌が差し込まれた。「ん」 木蓮は呻き声を漏らしながら舌を絡ませ雅樹の首を掻き寄せた。これまでにない淫靡な音が脳髄を白く曇らせる。頬が火照り自然と脚が動くのは缶チューハイのせいでは無い。(熱い) 雅樹の厚い胸板が木蓮の小ぶりな胸に触れその部分から互いの熱が伝わる。唇が首筋を伝い肩甲骨の窪みを舐め上げた。「...................!」 太腿を這い上がる指先が脇を撫で上げ胸の膨らみに辿り着いた。乳輪を撫で乳首に触れると木蓮の体は弓の様に跳ねた。首筋に舌を這わせ木蓮に跨った雅樹は両胸を強弱を付けて揉みしだき始めた。「やだ、見ないで」「見たい」 軽く摘むと木蓮は上半身を捩り逃げようとした。「動かないで」「む、無理」 乳房を持ち上げ窄めた唇が乳首に吸い付いた。「あ!」 初めて木蓮から嬌声が上った。艶かしい声に雅樹はその場所を執拗に攻め、茂みへと手を伸ばした。ところがその場所に触れようとした途端に木蓮は身体を硬く縮こめた。「どうした」「な..........なんでもない」 指先が膣口に触れたが濡れている気配は無い。「おまえ、大丈夫なのか。止めるか」「やめ..........ない」 雅樹は木蓮の両膝を抱え上げると茂みに顔を埋め掻き分け突起を探し出した。両膝が小刻みに震えているが感じている訳では無さそうだ 雅樹は違和感を感じながらも愛撫を続けた。突起を舌先で刺激しながら中へと指を挿し込む、そこは蕾んだ花の様に開かず初めて肌を合わせた緊張
last updateLast Updated : 2025-09-30
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第20話 朝靄の中で

 木蓮は雅樹の寝顔を眺め衣服を身に付けた。音を立てずにドアノブを下ろし湿り気を含んだ白い朝を吸い込んだ。もう2度と開ける事のない810号室の扉を静かに閉め、エレベーターホールに向かった。もう少し、あと少し雅樹の傍に居たかった。(............終わった) 無情にもエレベーターは8階で停まっていた。開く扉、踏み入れる足が戸惑いを隠せなかった。振り向いたそこに雅樹が立っていて欲しいと向きを変えたがそこには暖かなオレンジ色の明かりが灯っているだけだった。1階のボタンを押すと扉は静かに閉まった。(............終わった、これで本当に終わった) ポプラ並木の歩道を交差点に向かうと乗客を探したタクシーがスピードを落として近付いて来た。運転席に目を遣り左手を挙げると後部座席が静かに開いた。「太陽が丘まで」 車窓に寄り掛かり人の気配が消えた街を眺めた。電信柱のごみ収集場にカラスが集まり通り過ぎる時速60kmのタクシーに驚いて舞い上がった。朝日がビルの谷間から差し込み、木蓮の頬に涙が伝った 木蓮が雅樹の部屋で一夜を過ごした朝の事だった。玄関先には目の落ち窪んだ面立ちの母親が座り込み、リビングのソファには激高した面持ちの父親が腕組みをして待ち構えていた。「な、なによ」「木蓮...........あなた何処に行っていたの」 リビングテーブルには取り分けられた寿司にラップが掛けられていた。2階の廊下には睡蓮の気配があった。(...........疑っているわね、そりゃそうか) 親に叱られながらも木蓮の意識は睡蓮へと向かっていた。睡蓮は常日頃、木蓮と雅樹の間柄を疑っていた。木蓮の無断外泊など以ての外だった。「木蓮!聞いているのか!」「あ!はい!ごめんなさい!」「いくら見合い相手だからと言って伊月くんと.........伊月くんとっ!」「は、はい?」 午前0時を過ぎても帰宅しない、 LINEも携帯電話も繋がらない娘の行方を探していた蓮二は恥を偲んで伊月に連絡を入れた。伊月は平謝りで深夜のドライブに出掛けたが車の故障でホ
last updateLast Updated : 2025-10-01
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