婚約者は私にプロポーズをしたその口で、初恋の幼馴染に愛してると宣う のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 30

107 チャプター

21話

──ガチャ。バタン。瞬に連れられ、私はそのまま私たちのマンションに戻って来てしまった。満足に自分1人で歩く事も、行動する事もできない私には、瞬の行動を止める事すらできなかった。瞬に抱えられながらマンションに戻ると、扉の開いた音に反応したのか──。「お帰りなさい!」パタパタ、と足音が聞こえてきて、リビングと廊下を繋ぐガラス扉が開いた。扉を開けたのは──。「……麗奈、なんで、ここに……」どうしてもう、麗奈が部屋に──。私の呟きに、私を抱えていた瞬は至極当然のようにあっさりと答えた。「心の世話をさせるって言っただろ?麗奈に先に部屋に来て貰っていた。このまま寝室に運ぶぞ」「寝室に…?ちょっと、待って……!」私たちの寝室に、麗奈を入れたくない。せめて、私の私室に連れて行ってもらいたい。そう思って瞬を呼び止めるが、瞬は私の顔なんてもう見ていなくて、麗奈と話している。瞬の横顔はとても嬉しそうで、常に笑顔を浮かべている。今までは、私に向けられていた瞬の笑顔。優しげな眼差し。愛おしげに細められた瞳。そららが、今は全て麗奈に向けられている。その光景を目の当たりにした私は、一瞬頭の中が真っ白になった。頭では、分かっていた。麗奈が帰国してから、私に向けられていた瞬の愛情も何もかも全て麗奈に移っているのは頭では、分かってた。けど、今実際自分の目でその光景を見るまでは何処かで現実じゃない、と。何かの間違いなんだ、と認めたくなかったのかもしれない。けど、もう。私の事なんてまるで見えていないような瞬の態度。まるで瞬と麗奈、2人だけの世界に私という異物が紛れ込んだような感覚に。私はもう駄目なんだ、とその言葉がストンと胸に落ちた。「麗奈。苦労をかけると思うが、頼む」「ううん、大丈夫よ瞬。精一杯お世話するね」「助かるよ」2人はそんな会話を交わしながら、瞬は寝室に私を連れて来て、そのままベッドに下ろす。私をベッドに下ろした後、瞬は軽くワイシャツを緩めて麗奈に顔を向けた。「シャワーを浴びてくる。心を頼む」「分かったわ、瞬。着替えを持って行くね。いつもの所に置いておく」「ああ、ありがとう麗奈」頬をだらしなく緩め、瞬は麗奈の頬に手を添えようとしてハッとして、ぎこちなく手を下ろした。きっと「いつもは」あ
last update最終更新日 : 2025-10-12
続きを読む

22話

瞬は、部屋に入るなり目に入った麗奈に駆け寄る。 麗奈はベッドの上で、頬を片手で押さえて涙を浮かべながら自分を抱き寄せる瞬に擦り寄った。 だけど、ベッドに寝ているはずの私の姿が見えない事にすぐに気づいたのだろう。 瞬の躊躇い混じりの声が続いた。 「──は、?心、心はどこに…」 まさか、私が下に落下しているとは思わなかったのだろう。 瞬は麗奈を抱き寄せたままベッドから降り、立ち上がる。 そこで、床に落ちている私を見て、ぎょっとした声を上げた。 「心……!?どうして下に……!」 私に駆け寄る瞬の足音が聞こえた。 抱き起こそう、とでも思っているのだろう。 だけど、もう瞬には触って欲しくない。 だから私は瞬に向かって叫んだ。 「──触らないで!」 「……っ」 叫んだと同時、私は瞬を強く睨みつける。 私が瞬を睨みつける事なんて、今まで1度だって無かった。 だって、瞬の事が好きだったから。瞬を愛していたから。 けれど、瞬を愛した結果、私は今こんな状況に陥っている。 「こ、心……」 尚も、私に手を伸ばす瞬の手のひらを私は払う。 「…よくも、私たちの寝室に…麗奈を…。私たちが使っていたベッドで、よく麗奈を抱けたわね。婚約者が、自分以外の女性を抱いた場所で眠れると思う!?他の女性を抱いたベッドに、婚約者を運ぶなんて、瞬は何を考えているの!!」 「──っ、なっ、ちが、」 「何が違うの!?麗奈からはっきりと聞いたわ!私が入院している間、瞬は麗奈をここに連れてきたって!」 まさか、私が言われた事をそのまま瞬に言うとは思わなかったのだろう。 麗奈は顔を真っ青にして、忙しなく視線をあちらこちらに向けている。 私の言葉に、瞬自身も顔色を悪くして言葉を失っていた。 「麗奈は、私に何て言ったと思う!?瞬、あなたがいつも激しいから、このベッドの寝心地を知らないまま気を失うって!私に!わざわざ言ってきたのよ!」 叫ぶように告げた私の瞳から、とうとう耐えきれなかった涙が零れ落ちる。 その場に唖然と立ち尽くす瞬は、何もできず、何も言葉を発する事もできずにただ口をはくはく、と動かす事しかできていない。 「麗奈からそんな下品な事を言われて、私がどんな気持ちになるか……瞬には分からないでしょう
last update最終更新日 : 2025-10-12
続きを読む

23話

◇ 「しゅ、瞬……?」 「……」 心が出ていった寝室で、瞬は何も言葉を発せずに立ち尽くしていた。 (心が、俺を拒絶した──?) 瞬は、心に拒絶した自分の手のひらを見つめる。 あんな目で、見られた事など1度もなかった。 拒絶された事なんて、ほぼなかった。 それなのに──。 瞬は恐る恐る自分に話しかけてきた麗奈に視線を向ける。 心に拒絶され、婚約解消まで言われた。 瞬は自分の手のひらをぎゅう、と握り締めて強く麗奈を睨みつける。 「…どうして、麗奈にあんな事を言った」 「え…?」 瞬の言葉に、麗奈は口端を引き攣らせつつ、無理矢理笑みを浮かべたまま、固まる。 麗奈は今まで、瞬に冷たい視線を向けられる事など、1度もなかった。 強く睨みつけられる事も、1度もなかった。 それなのに、今麗奈は目の前にいる瞬から冷たい視線で見下ろされていた。 「とぼけないでくれ、麗奈。…どうして、心にあんな酷い事を言ったんだ」 「ひ、酷い事……?」 「酷い事を言っただろう!あんな…下品な事を、心に…!!」 「げ、下品って…!酷いわ瞬…!だって、本当の事じゃない!瞬と心の寝室で、私を抱いたのは瞬よ!心といつも寝ているベッドで私を抱いて、興奮していたのだって瞬よ!」 「──だ、黙れ……っ!」 麗奈の言葉に、カッと怒りが湧いた瞬は衝動のまま壁を拳で叩きつける。 その音にびくっと体を震わせた麗奈の瞳に、涙がじわじわと込み上げてくる。 その姿を見た瞬は、はっとして麗奈に腕を伸ばしかける。 だが、麗奈に伸ばした手は触れる事なく、瞬は指を強く握りこんだ。 その様を、顔を覆っていた手の隙間から見た麗奈は心の中で舌打ちを打つ。 心が婚約解消を申し出たというのに、なぜ瞬は喜ばないのか──。 心よりも、自分の事が好きなはずなのに、と麗奈は瞬の態度に苛立ちを覚える。 「ごめんなさい…瞬。私のせいで、心を傷付けてしまったわ…。もう、この家にはいられないし、心のお世話も私にはできないわ…」 「れ、麗奈…!悪い、悪かった。俺が悪いのに、麗奈に怒鳴ったりして…。出ていかないでくれ…ホテルはもう引き払ってしまっただろう?麗奈は家にも帰れないじゃないか…麗奈の居場所は、ここだ。ここに居ていいんだ…」 「─
last update最終更新日 : 2025-10-13
続きを読む

24話

心が自分の部屋に戻ってから、小一時間。 何度か、瞬が扉をノックして何かを話しかけてきたけど、その全てに私は返事をしなかった。 少しして、玄関のドアが閉まる音が聞こえたので、きっと瞬は仕事のために会社に向かったのだろう。 恐らく、今この部屋には私と麗奈2人しかいない。 麗奈には、私の部屋に勝手に入って欲しくない。 そのため、私は自分の部屋に入ってすぐ鍵をかけている。 時折リビングの方から人が動く気配がするし、テレビの音が聞こえてくる。 麗奈は随分とこの部屋での生活に慣れているようで、時折鼻歌まで聞こえてくるほどだ。 「信じられない……麗奈は、私が同じ家にいるのに、何も気にしていないのね」 でも、それもそうか、とも思う。 少しでも世間体を気にするような人であれば。 良心がある人だったら。 婚約者がいる男性と、関係を持たないだろう。 私がベッドで滝川さんから言われた「約束の時間」が来るまで、じっと待った。 そうこうしている内に、滝川さんから言われた時間が近づいてきて、私はゆっくりと時間をかけて立ち上がる。 ベッドに掴まりながら片足に体重をかけないようにゆっくり、ゆっくりと移動する。 「こんな事なら、松葉杖を貸してもらえば良かった……」 そんな暇もなく、瞬はまるで私を攫うように病院から連れ出してしまったのだ。 退院の手続きもちゃんとされているのか、今になって不安になってくる。 後で病院に連絡して、手続きがちゃんとされているか確認しなくては、と考えていると、私のスマホに連絡が入った。 画面を見てみると、差出人は滝川さん。 滝川さんから連絡が来る事は分かっていたので、スマホを開き、素早く返信をして、私は部屋の鍵を開けた。 扉を開け、ゆっくりとリビングに移動する。 すると、リビングには麗奈がいた。 ソファに座り、テレビをつけてのんびりと過ごしていたようだ。 麗奈は、物音で私が部屋を出た事に気づき、顔だけを振り向かせた。 「やだ、最悪。嫌な顔を見ちゃった」 「……」 嘲るような麗奈の言葉には反応せず、私はそのまま廊下に向かう。 リビングを出た廊下には、トイレがある。 麗奈はきっと私がトイレに向かうの
last update最終更新日 : 2025-10-13
続きを読む

25話

「──ねぇ。心、あんたが入院してる間、私がここで暮らしてたって聞いて、どんな気分?」 「……」 「自分達の寝室で、瞬と私が抱き合ってるって知って、どんな気持ち?」 「……」 「でも、こうなるのは仕方ないわよね?そもそも、元々瞬は私の事が好きだったのに、横から出てきて瞬を盗ったのはあんたじゃない?」 「……」 「あんたって、昔からそうよね。子供の頃から瞬に付きまとって、私が瞬から離れた時に傷心の瞬に付け込んで無理矢理自分の物にして」 「……」 「瞬は私と離れて、寂しくてちょっと血迷っちゃっただけなのよ。最初からあんたの事なんてちっとも好きじゃなかった。あんたはただの私の代わりだったのよ」 私が廊下を歩く間も、麗奈は後ろから着いて来て私に向かって話し続ける。 瞬の前と、私の前での麗奈の態度はまるで180度違う。 それは、前からずっとそうだった。 だから、麗奈のそんな態度に慣れた私は彼女の言葉に反応1つ見せる事なんてない。 私が無反応なのに苛立ちを覚えたのだろう。 麗奈がぼそり、と呟いた。 「……あんたに下手に手を出したら、怪我をさせたってなっちゃうけど…。家の中で、怪我人が転倒して怪我が悪化するのは、良くある事よね」 低く、恨みの籠ったような麗奈の声が静かな廊下に響く。 私はなるべく急いで廊下を進み、玄関に向かう。 トイレは、玄関の近くだ。 麗奈はまだ私がトイレに向かっていると思っているだろう。 それに、足を止めて俯いていた麗奈と、ゆっくりだけど進み続けていた私との間には、少しだけ距離ができている。 急いで玄関の鍵を開ければ、麗奈に怪我をさせられる恐れは無い。 私は、逸る気持ちを何とか押し止め、玄関まで辿り着いた。 そこで麗奈はようやく私の目的がトイレではなくて玄関だった事に気づいた。 怪訝そうに眉を寄せたのも束の間。 「外に出るつもり?ああ…いいわね。私が気づかない間に、あんたが外に出ようとして転んで、大怪我を負ったって事にすれば、ちょうどいいわ」 明るい声で、楽しげに言葉を発した麗奈が足を踏み出す。 けど、麗奈が私に何かをするよりも早く、私の方が先に玄関に辿り着いた。 急いで鍵を開ける。 する
last update最終更新日 : 2025-10-14
続きを読む

26話

「──なっ、誰、誰よこの男…!心、あんた瞬がいながら、他の男を家に連れ込むなんて!」 麗奈が物凄い形相で、滝川さんを指差して叫ぶ。 滝川さんに向かって失礼な事を、と私が言い返そうとした所で、目の前にいた滝川さんが自分の背後に向かって声をかけた。 「入ってくれ。引っ越しの手配を。加納さん、君の部屋はどこ?荷造りをしてしまおう」 「え、あっ!業者さん…!?滝川さん、もしかして引っ越し業者さんを手配して下さったのですか」 「ああ。この家を早く出たいだろうと思って。勝手に手配してしまったけど、大丈夫だった?ごめん……」 しゅん、と肩を落とす滝川さんに、私は慌てて首を横に振る。 「とんでもないです!ありがとうございます、滝川さん。痛みが落ち着いたら、手配しようと思っていたんです。ありがとうございます」 「良かった……。じゃあ、加納さんの部屋に行こう 」 笑みを浮かべた滝川さんに抱き上げられる。 急に視界が高くなって、びっくりした私は滝川さんの肩に手を置いてしまう。 私の体重なんてものともせず、滝川さんは玄関から中に入ると、呼んでいた引っ越し業者も滝川さんに続いて部屋に入ってきた。 急な展開に、私よりも麗奈の方が慌てているらしく、バタバタと複数人の業者が部屋に入って来て慌て、狼狽えている。 「は──、ちょっ、何よこいつら急に……っ」 「君は、この家の居候だろう?君に加納さんのする事に口を出す権利はないはずだ。邪魔にならないように、部屋に籠っていてくれ」 「──あんたっ!」 滝川さんの冷たい声と、表情。 今まで見た事もなかった滝川さんのそんな態度に私がびっくりしていると、滝川さんに向かって怒鳴ろうとしていた麗奈がはっとしたように目を見開いた。 「え……、もしかして……滝川涼真……さん?」 「……そうだが。自己紹介は必要ないようだな」 麗奈も、滝川さんの顔をしっかり見て彼が誰なのかやっと気づいたのだろう。 滝川さんは、若くして大企業の社長を務めている。 いくつもの企業の代表を務めている彼は、雑誌やメディアにも取材された事があり、広く顔が知られている。 海外にいたとは言え、麗奈も元々はある程度格式のある家柄の娘だ。 海外でも国内の
last update最終更新日 : 2025-10-14
続きを読む

27話

「も、申し訳ございません……。まさか滝川社長だとは思わず、とても失礼な態度を……その、どうして滝川社長が……」 「それは君には関係ない。加納さん、部屋に行こう」 「わ、分かりました滝川さん。私の部屋はこちらです」 甘い声で、甘えるように擦り寄ろうとしていた麗奈からぱっと顔を逸らした滝川さんは、私にいつものように優しい笑みを向けつつ、部屋に向かって歩いて行く。 私は、滝川さんに抱かれながらちらりと麗奈の様子を見やる。 麗奈は悔しそうに、羞恥を堪えるように顔を真っ赤にしながら私を恨めしそうに睨んでいた。 「クローゼットに入っている真ん中から右の服は全て引っ越し先に持って行きます。左側の服は全て処分で構いません」 「分かりました。こちらのドレッサーの中身は…?」 「化粧品は持って行きます。あと、そのケースに入っている装飾品は引っ越し先に。あとの装飾品は全て処分して構いません」 「かしこまりました」 引っ越し業者さんの質問に、答えて行く。 私が近づかないといけない時は、滝川さんが抱き上げて移動してくれて、荷物の前まで連れてきてくれる。 それを何度も繰り返し、ある程度選別が済んだ所で、私はベッドに下ろしてくれた滝川さんに向き直った。 「滝川さん、本当にありがとうございます。そして、何度も、その…移動させて下さってありがとうございます」 「いや…こちらこそごめん。車椅子を借りてくれば良かったんだが…すっかり抜けてしまってた。毎回触れて申し訳なかった」 「と、とんでもないです!」 どこか気
last update最終更新日 : 2025-10-15
続きを読む

28話

全部、捨てていく。 私のその言葉を聞いた滝川さんは、驚いたように目を見開いた。けど、何かを言う事なく「そうか」とだけ言葉を返してくれた。 滝川さんは迷うように虚空を見上げたあと、そっと私の頭に自分の手を伸ばした。 「その…加納さんは、凄く悩んで苦しい思いをして、この決断に至ったんだろうと思う。俺は、君のこの決断を素直に凄いと思う」 「滝川さん」 ぎこちなく、どこか不器用ささえ感じるような滝川さんの手のひら。 大きな滝川さんの手のひらが、ゆっくり私の頭を撫でるように動いている。 「これから先、加納さんはもしかしたら苦労したり、大変な日々を送るかもしれない。けど、俺で良ければ、いくらでも助ける。だから、遠慮なく俺に連絡して」 「で、でも…今でさえ滝川さんにはたくさん助けていただいているのに、これ以上は……」 実際、滝川さんには事故にあった直後からとても助けてもらっている。 滝川さんが事故を起こした訳じゃないのに、病院の手続きから始まり、今日なんてこうして引っ越し業者まで手配してくれて。 これ以上、滝川さんに甘える訳にはいかない。 私がそう考え、滝川さんの言葉にやんわりと断りをいれようとした時。 まるでそれを見計らったかのように、滝川さんが先回りして話す。 「ほら。俺たちは、一応昔から面識があるだろう?…そうだな、もし加納さんが俺の提案を断ったら、君の両親に口が滑ってしまうかもしれないよ?」 「──えぇ?でも、ふふっ、私の両親はもう、私の事はいないものと思っていますよ?」 「そんな訳あるか。君はご両親の大事な娘だよ、それはいつまで経っても変わらない。きっと、君が事故に遭ったと知れば、すぐに飛んで来ると思う」 「──そう、だったら嬉しいですね……」 元気付けるような滝川さんの優しい言葉に、私は笑みを浮かべて返す。 上手く笑えているのか、分からない。 いえ。 滝川さんが、悲しい顔をしているから、もしかしたら私は上手く笑えていないのかも。 「──あの、梱包が全て終わりました。どちらに、運びますか?」 私たちの後ろから、おずおずと気まずそうにしつつ引っ越し業者の人が声をかけてくれる。 業者の人に話しかけられ、私と滝川さんははっとすると、慌
last update最終更新日 : 2025-10-15
続きを読む

29話

秘書である持田さんも、一緒──。 滝川さんからそう言われ、女性の持田さんが同席するのは確かにほっとする。 瞬とは婚約を解消するとは言え、まだ婚約状態だ。 それなのに、私が若い男性の家に1人で行ったら。 瞬のような、異性にだらしない人間だと思われてしまう。 そんな事を、瞬に思われるのだけはどうしても嫌だった。 けれど──。 「も、持田さんが…?それは、凄く嬉しいし…その、助かります」 「良かった。なら、移動しようか加納さん」 私は、胸にふわりと抱いたよく分からない感情を押し込めて笑う。 私を抱き上げている滝川さんも、ほっと安堵したような顔をして、足を踏み出した。 私たちが部屋から出ると、リビングでずっと待っていたのだろう。 麗奈がスマホを片手に、私と滝川さんにスマホを構えながら話しかけてきた。 「こ、心!あなた、滝川社長に迷惑をかけて恥ずかしくないの?滝川社長の優しさに付け込んで、ご迷惑をかけるのはやめなさい…!」 麗奈の言葉に、滝川さんは私を抱えたまま玄関に足を進めながら、ちらりと麗奈を横目で見下ろす。 「俺が加納さんに申し出たんだ。勝手な想像で彼女を侮辱しないでくれるか?」 滝川さんから冷たい視線と、声で言われた麗奈はぐっと言葉に詰まり、悔しそうに私を睨む。 けど、私は麗奈から顔を逸らして滝川さんの腕で顔が隠れるように俯いた。 「加納さん?足痛い?大丈夫か?」 「大丈夫です、ありがとうございます滝川さん」 「どういたしまして。少しでも痛みが出たら、遠慮なく言って?時間はあるし、休憩しながら向かおう」 滝川さんの申し出に、私は有難く頷く。 私と滝川さんはもう背後にいる麗奈の事など気にせず、そのまま玄関に向かい外に出た。 だから、麗奈がさっきからスマホを私たちに向けていた理由も最後まで分からなかった。 まさか、麗奈が瞬とビデオ通話を繋げ、私たちを映していたなんてちっとも気付かなかった。 ◇ 「──はっ」 ドン!とデスクに拳を叩き付ける大きな音が室内に響く。 拳を叩き付けた男、清水瞬は苛立ちを顕に自分の前髪をぐしゃりと握り潰した。 瞬のスマホは、未だ麗奈と繋がっていて、瞬の手の中にある。 スマ
last update最終更新日 : 2025-10-16
続きを読む

30話

踵を鳴らしながら、瞬は会社の駐車場に向かい車に乗り込む。 すぐにアクセルを踏み込み、車を発進させた。 「──麗奈!」 「瞬……!?お、お帰りなさい!」 玄関を開け、麗奈の名前を叫びながらリビングのドアを開ける。 すると、そこにはリビングのテーブルにつき、何かをしていた麗奈がびくりと肩を震わせてから振り向いた。 まさか瞬が戻ってくるとは思わなかったのだろう。 麗奈は明らかに動揺していて、麗奈は瞬の視線から隠すように何かを背後に隠した。 心の自室に顔を向けようとしていた瞬は、麗奈の様子に眉を顰め、声をかける。 「麗奈?何を隠してる……?」 「あ…っ、駄目よ瞬、あなたが傷付くわ……!」 「──いいから、見せてみろ」 麗奈の言葉に、瞬は彼女に近づき後ろに回した腕を掴んで前に出させる。 すると、そこには──。 「これ、は……」 麗奈の手には、数々のアクセサリーが握られていて、そのアクセサリーに見覚えのあった瞬は目を細めた。 「これは、俺が心に贈ったアクセサリーのはず……なぜ麗奈が──」 「瞬!心を責めないで!」 どうして麗奈が持っているんだ、と聞く前に麗奈が大声で瞬の言葉を遮る。 麗奈は両手に持っていた沢山のアクセサリーを、大事そうに胸に抱えて涙声で話す。 「心が、捨てていってしまったの……。瞬から貰ったものは、全部いらないって……!」 「こころ、が……?」 「けど……瞬が心に贈った物が捨てられるのは、どうしてもしのびなくって…だって、だって…!瞬の気持ちが、瞬の想いがごみのように捨てられるなんて、そんなの黙って見ていられないわ……!」 「麗奈……」 わっ、と泣き出し、麗奈は瞬の胸に抱き着く。 麗奈の言葉を聞いた瞬は、麗奈の優しい心にじわり、と胸に温かい気持ちが込み上げる。 しっかりと麗奈の背に手を回し、瞬は強く麗奈を抱きしめる。 そして、ちらりとリビングのテーブルに視線を向けた。 恐らく、心が全て捨てるようにと指示をしたのだろう。 瞬が今まで心に贈ったアクセサリーや、服などが袋に入っていた。 そのまま、ゴミとして処分される予定だったものを、麗奈が瞬の事を思い、持ち帰ってきたのだろう。 袋が開
last update最終更新日 : 2025-10-16
続きを読む
前へ
123456
...
11
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status