All Chapters of 雪が淵に降り、道を照らさず: Chapter 1 - Chapter 9

三年前、私は三木グループの社長を救った。その夜、彼は自ら孫を連れて私の家に縁談を申し込んできた。それは私が七年間密かに想いを寄せていた人だ。だから、私は承諾した。そして、結婚して三年、夫は私を溺愛し、誰もが羨むほどだった。しかし、三木家の養女が帰国した時、私は偶然にも夫が彼女を抱きしめて、優しく声をかけているのを見てしまった。「橋本寧々（はしもと ねね）の子供が生まれるまで、祖父が会社の相続権を俺に与えてくれない。まあ、相続権なんていらなくてもいいけど、今すぐにお前を嫁に迎えるさ」彼女は艶やかに笑った。「急いでいないわ。むしろ、あなたが三木家の後継者として私を迎えてくれる方が嬉しい。ただ、彼女を好きになってくれなければ、それでいいの」彼は優しく微笑みながら言った。「七年前、お前が俺を火事から救ってくれた。その時言っただろう、この一生、お前だけを愛するって」その瞬間、私はどん底に突き落とされたような気分になった。一つは、彼が私に真心を持っていなかったから。もう一つは、七年前、彼を救ったのが実は私だったから。私は魂を抜かれたような気持ちでその場を去った。長い間ぼんやりと座った後、親友の石原姫奈（いしはら ひな）に電話をかけ、中絶手術を受けた。姫奈は歯を食いしばりながら怒った。「易彦ってやつ、本当に目も心も盲いてるね！七年前、あなたが彼を救うために腕を傷つけたのよ。それで、ピアノの夢を諦めて、輝かしい未来を台無しにしたっていうのに。結局、彼は浅乃を恩人だと思ってるなんて！それに、彼はどうしてもあなたに妊娠してほしかったんでしょ？それは好きだからじゃなくて、相続権を手に入れて浅乃と結婚するためだなんて、もう信じられない！本当にむかつく！でも、もし真実を知られたら、彼は絶対に後悔するはずよ！」言い終えると、彼女は私を見つめた。その瞳に痛ましさがにじんでいる。「寧々、退院手続きは私がしておいたし、航空券も手配したよ。でも、三木家は名家だし、易彦はクズだけど、手強いよ。離婚のこと、本当に手伝わなくていいの？」青ざめた顔で、私は無理に口元をゆがめて笑みを作った。「いいの、姫奈。手術中、ずっとあなたが一緒にいてくれたから、離婚のことは自分でやるよ。一番大事にしてた子どもさえ中絶したの。だから、彼とのことはきっとう

「易彦、私たちはもう一緒にいられないと思う。子どもはもうおろしたし、あなたには好きな人もいる。離婚して、お互い別々に幸せになりましょう」易彦は私の言葉が聞こえたのかどうかわからない。ただ、彼は浅乃を抱えながら急診へと足を速め、眉を深くひそめている。「話は後でしよう。まず浅乃を診てもらってくる。秘書がもうすぐ迎えに来るから、お前は先に帰ってくれ」私の胸はまた沈み、言葉を失ってしまった。しばらくして、苦笑がこぼれた。私はお腹をそっと撫でながら、もうこの世にいない子どもに呟いた。「あなたのパパは、他の人が好きすぎたの。幸い、あなたが知らなかった……幸い、苦しいのは、私だけ……」彼は、私が口にした離婚も、おろした子どもすら気にかけなかった。彼の目には、浅乃しか映っていなかった。私は深呼吸をして、外へと歩き出した。秘書の車が道端に停まり、私のためにドアを開けてくれた。「奥さま、社長から家へお送りするよう言われています。どうぞお乗りください」私は後部座席に座った。隣には、菓子の詰まった精巧な箱が置かれていた。秘書は笑顔で言った。「奥さまが妊娠してからこのお菓子をお好きだと伺って、社長が今日の昼にわざわざ買いに行かれたんですよ。ただ浅乃様の件で渡せなかっただけです」私は視線をお菓子からそらし、目を閉じたまま、何も答えなかった。もし少し前の私なら、こういう小さなことでも感動して泣いていたかもしれない。しかし今は、私の心に波紋ひとつ起きなかった。私が答えないのを見て、秘書は勝手に話を続けた。「奥さま、社長は本当にあなたを気にかけておられますよ。昨夜、奥さまが帰らなかった時も、人を派遣して探し回っていました……」「うん、わかった。家に帰って」私はその言葉を遮った。秘書は渋々、悔しそうに口を閉じた。家に帰り、離婚協議書をプリントアウトした私は、翌日の飛行機の荷物をまとめた後、リビングで易彦を待った。しかし、外はうっすらと明るくなってきても、彼はまだ戻ってこなかった。ちょうどその時、玄関のドアが開いた。入ってきたのは易彦ではなく、浅乃だ。彼女は顔を上げ、勝ち誇ったように口元を吊り上げた。「やあお義姉さん、一晩中起きてたの？あらあら、兄さんを待ってるのね？残念だけど、彼は一晩中帰ってなかったわ

易彦は突然立ち上がり、その肩に身を預けていた浅乃は、危うく倒れそうになった。易彦は踏み出してその指輪を手に取ると、目に映った瞬間に、その表情は強ばり凍りついた。それは、七年前の火事の際に彼が渡した指輪だ！以前、易彦は浅乃にその指輪の行方を尋ねたが、浅乃は何度も言葉を濁して、なくしたと言っていた。易彦はあまり多くは言わず、彼女を慰め、後でもっと美しいネックレスを送ることにした。しかし今、この指輪が無傷で彼の手のひらにある。易彦は我に返り、すぐにスマホを取り出して私の番号にかけた。だが、何度かけても私は一向に電話に出なかった。易彦はスマホを握りしめ、力の入りすぎで指先が白くなった。やがて彼は顔を横に向け、傍らの秘書に命を下した。「今すぐ出発する。寧々を探しに行く」そう言うと、易彦はすぐに外へ向かって、歩き出した。浅乃は無意識に彼の服の裾を引き止め、また不満そうに口を尖らせようとしたが、顔を上げた瞬間、易彦の氷のように冷たく、微塵の温もりもない視線とぶつかった。易彦は冷徹な声で秘書に命じた。「すぐに数人を呼んで、浅乃を監視させろ。俺の許可なく、彼女をここから一歩も出すな」そう言うと、易彦は彼女の手を振り払い、振り返らずに去って行った。病院を出た後、易彦は車に乗り込んだ。秘書は私の行方を調べながら、車を空港に向けて走らせた。「社長、分かりました。奥さまは五分後にロンドン行きの便に乗る予定です。恐らく間に合いません」易彦は冷たく言った。「もっと速くしろ。絶対に彼女を止めなければならない」秘書は歯を食いしばり、アクセルを強く踏み込んだ。車が空港に到着した時、ロンドン行きの便はすでに数分前に出発していた。易彦が車から降りようとした瞬間、突然、周囲の群衆から騒動が起こった。「聞いたか？さっきのロンドン行きの便が事故ったらしいよ！」「あの便はずっと事故がなかったのに、どうして今日に限ってこんなことが起こるんだろう。乗客も可哀想だし、家族がどれだけ悲しんでいるか分からないね……」その話を聞いた易彦は心臓が跳ね上がり、人々の中から一人を引き寄せた。「ロンドン行きの便が事故ったって、本当か？」引き寄せられた人は驚いて目を見開き、すぐに同情のまなざしで頷いた。「はい、本当に残念ですが、もし

私の目頭が少し熱くなり、声を絞り出して言った。「ありがとう、姫奈。あなた、本当に優しいよ。どうお返しすればいいのか分からないよ」姫奈は軽く眉を上げ、こう言った。「お返しを求めていないよ、寧々。言ったでしょ、ただあなたが自分の人生を幸せに生きてほしいの」私は口を開けたが、結局微笑んで言った。「分かったわ」次の日、私は姫奈と一緒に早起きした。姫奈は先見の明があり、ずっと前にパリで会社を設立していた。今では少し成果を上げているが、惜しいことにまだ一流の域には達していない。私の役割は、姫奈が会社を本格的に軌道に乗せる手助けをすることだ。長い間仕事をしていなかったため、突然こんなに忙しい日々に慣れるのは少し大変だった。幸い、姫奈は私にしっかりと仕事の計画を立て、ペースに慣れるようにサポートしてくれた。そのため、私は昼間は彼女と会社で書類を処理し、夜は一緒にビジネスのために外に出かけた。幸いなことに、私は仕事の効率が非常に高い。以前、易彦に付き添ってさまざまな宴会に出席していたおかげで、多くの知識を学び、職場での対応には十分すぎるほど備えた。そのため、一日が終わる頃には、私は他の人の三倍の量の仕事を終わらせた。隣にいた外国人の同僚まで親指を立て、「仕事の鬼だ」と褒めた。日が徐々に沈み、会社の他の社員たちはすでに帰宅していた。姫奈は席で座っており、私にコーヒーを作ってくれるように頼んだ。「私はあなたの仕事効率には及ばない。多分、まだ少し忙しいから、先に帰っていいわ。途中でお酒を二本買ってきて。戻ったら一緒に飲もう」私はコーヒーを彼女に渡し、笑顔で「分かった」と答えた。会社の外に出た時、すでに空は暗くなっていた。私は家の方向に向かってゆっくり歩いているが、突然足を止めて振り返ると、黒い影がすぐに壁の角に隠れた。私は動じることなく歩き続けたが、手をそっとバッグの中に入れて、ナイフを握りしめた。影がどんどん私に近づいてくる。もうすぐ触れそうになったとき、私は急に振り返り、ナイフの先をその人物の首元に突きつけた。「俺だ。三木易彦」ナイフの先が止まり、私は顔を上げて彼を見た。易彦はおそらく一晩中寝ていなかったのだろう。目の下には青クマができ、全身が疲れ切っているように見えた。彼は少し後悔の色

「でも今になってお前が去ってしまって、初めて気づいたんだ。お前のひとつひとつの習慣が、もう俺の体に刻まれていることに。ようやく悟ったんだ、俺はずっと前からお前を愛していたんだって」そう言うと、彼は懐から小さな箱を取り出し、開けて私の目の前に差し出した。「これは俺が心血を注いでデザインしたネックレスだ。中には世界に一つだけの最高級の宝石が使われている。これはお前への贈り物だ。寧々、もう一度だけ俺にチャンスをくれないか」私は指先でテーブルをコツコツと叩き、ふと視線を宝石からそらした。「今になってそんなことを言って、遅いとは思わないの？それとも、私が受けた傷が、この宝石ひとつで帳消しになるとでも思ってるの？」易彦は慌てて弁明した。「そんなつもりじゃない。ただ、本当に申し訳なかった。俺がお前を傷つけてしまったから」そのとき、私のスマホ画面がふっと光った。ちらりと見ると、姫奈から私の行方を尋ねるメッセージが立て続けに届いていた。私はネックレスを彼の前に押し戻し、スマホ画面を閉じて立ち上がった。「一番良い謝罪は、もう二度と私の前に現れないこと。私は私の人生を生きたいの、易彦、私を解放して」そう言って、私は一度も振り返らずに立ち去った。今回は、易彦はもう追いかけてこなかった。私が慌てて会社に戻ると、姫奈は怒って私を叱った。「何も言わずに抜け出して、私がどれだけ心配したと思ってるの！」私はひたすら謝り、二度とこんなことはしないと誓った。その夜、家に帰ると一通の手紙が届いていた。中には一枚のブラックカードと一通の手紙があった。手紙には、易彦がびっしりと書いた謝罪と愛情、そしてこれまでの罪悪感が綴られている。そのブラックカードは、私への償いだと書かれている。そして今後、彼が二度と私の生活を邪魔することはない。「ふん、後の祭りね」姫奈は軽く鼻で笑い、やがてふっと笑顔を見せた。「でもそのブラックカードは受け取っておきなさい。それはあなたが受け取るべきものよ。ちょうどこのお金を事業の運転資金に使えばいいわ。易彦があなたをこんなに傷つけたんだから、これからは彼を踏み台にして、もっと素晴らしい未来を目指そう」私は笑って頷いた。「うん、わかった」その後、私たちは全身全霊で事業に打ち込んだ。一か月もし