王太子夫妻がトリステア帝国の宰相を出迎えた事は、グルーから知らされた。「アリューシャなら習ったか?トリステア帝国は十五年程前の戦争で負けを喫して、当時良質で大粒の真珠が採れる海域を奪われているんだが……」「はい、それ以降のトリステア帝国では、真珠が悲しみの涙と呼ばれるようになり、宝飾品にも使われなくなったのだとか」「さすがだな。──王太子夫妻がトリステア帝国の宰相をもてなす場で、事は起きたらしいが……妃殿下が真珠を用いた指輪を着けていたらしい」「──誰かが諌めなかったのですか?王太子殿下も気づいていなかったのでしょうか……まさか、そんな野放図は許される世界ではございませんでしょう」「王太子殿下は気づいていなかったらしい。妻の装いに対して、無関心にも程があるが」「まあ……それでは、トリステア帝国の宰相も神経を逆撫でされて、お怒りになられたのではないですか?」指輪ならば、ネックレスやイヤリングよりも目立たないようには出来る。でも、そこだけが問題なのではない。相手国が不快になるであろう装飾品を着ける事で、相手国を尊重しない姿勢で接した──それも、国の代表として──これは責任を問われる重大な問題なの。「もし、最初に気づいたのがトリステア帝国の宰相ならば……椅子を蹴って帰国しかねません」「ああ、そのまさかだ。しかも、宰相が我が母国が奪われたものの悲しさを思い返されますので、その指輪を外してはくれないかと、妃殿下に言ったのだが……」「普通ならば、無知を陳謝して外しますわね」「そうだな。しかし、そこで王太子妃がトリステア帝国の宰相に、真珠の美しさは世界共通ゆえ、悲しみに捕らわれて遠ざけるばかりでは、美しいものを美しいと愛せません、とのたまったそうだ……」「そんな、愚かすぎますわ」負けた戦が十五年前なら、まだ生々しい記憶が残っているはずよ。国民の間にも、国を率いる陣営にも。それに、皇帝陛下は五年前に代替わりしているものの、当時前線で命を懸けて戦った兵士の多くが存命しているのよ。彼らの国民感情がまだ苛烈な火種を抱えているでしょう。それを思いやれば、たとえ正論のつもりでも相手には傷に塩を塗る行為なの。本来ならば、とても言える事ではない。「……宰相様は……さぞご不快になられた事でしょうに……」「もちろんだ。憤り、我が国の歴史を軽んじられたと仰せになり
Last Updated : 2025-10-11 Read more