金の灯りが、夜会を昼のように照らしていた。弦の音。笑い声。香炉から立つ白い煙。エリシア・ヴァン=ローデンは、礼儀作法どおりに一礼し、舞踏の輪へ足を入れる。「今夜は、少し……匂いが強いわ」隣で手を取ったルシアンが、いつもの微笑をつくる。その微笑は、いつもよりわずかに硬かった。「緊張しているだけだよ、エリシア」ミレイユが小声で囁く。「大丈夫。あなたは完璧よ」握ったミレイユの指先は、かすかに震えていた。——完璧。その言葉に、胸のどこかがかすかに軋んだ。香が、いつもより甘く重い。壇上に宰相オルドが現れた。「諸卿。本夜は王家への忠誠を新たにする、記念すべき夜である」拍手。杯が触れ合う音。エリシアは礼を整え、微笑を返す。ここは王都アストリア。舞踏会は、王国の顔だ。「——エリシア・ヴァン=ローデン。前へ」司会の澄んだ声に、場の空気がすっと冷えた。視線が集まる。エリシアは進み出る。宰相が一枚の証書を掲げる。王家の印。赤い蝋。「汝、国家財務記録の改竄に加担した疑い。ここに断ずる」「……何を、仰って?」「証人、二名。ルシアン・グレイス。ミレイユ・エルフォード」ルシアンが一歩。ミレイユが震える手で台本のような紙を持つ。「僕は、見た。彼女が帳簿に触れているのを」「わ、わたしも……彼女の部屋の机で、記録が……」笑わない。驚かない。エリシアは呼吸を整える。「その帳簿を、こちらへ」宰相が顎を動かす。書記官が差し出したのは、彼女の署名が入った帳簿の写し。王の印章の下、すべてが“真実”として整っていた。「その筆跡は——」「鑑定済みだ」宰相は淡々と遮る。「国家の印章は嘘をつかない」父レオンは壇下で目を閉じていた。弟ジュリアンは視線を落とし、拳を握りしめている。エリシアは父の名を呼ぼうとし、やめた。音楽が止む。香炉の煙だけが揺れ続ける。オルドが最後の紙を読み上げた。「婚約者ルシアン・グレイスより、婚約破棄の申し出がある」ルシアンが、よそゆきの声で続ける。「国のために、ふさわしい選択をしたい」胸に痛みは来なかった。空白だけが広がった。拍手が起こる。形式どおりの、乾いた音。王の椅子から短い声。「名の抹消。署名権の剥奪。追放」香の甘さが、ひどく遠くなった。祝宴の眩しさを背に、エリシアは静かに踵を返し、ひとりで廊を出
Last Updated : 2025-10-12 Read more