仮面の王と追放令嬢の復讐舞踏会

仮面の王と追放令嬢の復讐舞踏会

last updateLast Updated : 2025-11-02
By:  吟色Ongoing
Language: Japanese
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婚約破棄の夜、貴族令嬢エリシアは偽りの罪で舞踏会から追放された。 名も誇りも奪われた彼女の前に現れたのは、仮面を纏う謎の男。 「君の復讐を、俺が手伝おう」 その手を取った瞬間、運命は静かに反転する。 腐敗した王国、嘘で塗り固められた貴族社会。 彼は正体を隠した“王”――そして、彼女の失われた名を取り戻す唯一の鍵だった。 舞踏会で始まった裏切りは、 やがて国をも飲み込む“復讐の舞”へと変わる。 仮面の王と追放令嬢。 偽りの光の下で、二人は真実を暴く。

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Chapter 1

追放の夜

金の灯りが、夜会を昼のように照らしていた。

弦の音。笑い声。香炉から立つ白い煙。

エリシア・ヴァン=ローデンは、礼儀作法どおりに一礼し、舞踏の輪へ足を入れる。

「今夜は、少し……匂いがきついわね」

隣で手を取ったルシアンが、いつもの微笑をつくる。

その微笑は、いつもよりわずかに硬かった。

「緊張しているだけだよ、エリシア」

ミレイユが小声で囁く。

「大丈夫。あなたは完璧よ」

握ったミレイユの指先は、かすかに震えていた。

——完璧。

その言葉に、胸のどこかがかすかに軋んだ。香が、いつもより甘く重い。

壇上に宰相オルドが現れた。

「諸卿。本夜は王家への忠誠を新たにする、記念すべき夜である」

拍手。杯が触れ合う音。

エリシアは礼を整え、微笑を返す。

ここは王都アストリア。舞踏会は、王国の顔だ。

「——エリシア・ヴァン=ローデン。前へ」

司会の澄んだ声に、場の空気がすっと冷えた。

視線が集まる。エリシアは進み出る。

宰相が一枚の証書を掲げる。王家の印。赤い蝋。

「汝、国家財務記録の改竄に加担した疑い。ここに断ずる」

「……何を、仰ってるの?」

「証人、二名。ルシアン・グレイス。ミレイユ・エルフォード」

ルシアンが一歩。

ミレイユが震える手で台本のような紙を持つ。

「僕は、見ました。彼女が帳簿に触れているのを」

「わ、わたしも……彼女の部屋の机で、記録が……」

笑わない。驚かない。エリシアは呼吸を整える。

「その帳簿を、こちらへ」

宰相が顎を動かす。書記官が差し出したのは、彼女の署名が入った帳簿の写し。

王の印章の下、すべてが“真実”として整っていた。

「その筆跡は——」

「鑑定済みだ」

宰相は淡々と遮る。

「国家の印章は嘘をつかない」

父レオンは壇下で目を閉じていた。

弟ジュリアンは視線を落とし、拳を握りしめている。

エリシアは父の名を呼ぼうとし、やめた。

音楽が止む。香炉の煙だけが揺れ続ける。

オルドが最後の紙を読み上げた。

「また、婚約者ルシアン・グレイスより、婚約破棄の申し出がある」

ルシアンが、よそゆきの声で続ける。

「国のために、ふさわしい選択をしたい」

胸に痛みは来なかった。空白だけが広がった。

拍手が起こる。形式どおりの、乾いた音。

王の椅子から短い声。

「名の抹消。署名権の剥奪。追放する」

香の甘さが、ひどく遠くなった。

祝宴の眩しさを背に、エリシアは静かに踵を返し、ひとりで廊を出た。

夜の王都は雨だった。

城門で、彼女の印章板が割られる。赤い蝋が石畳で砕ける。

「これより、お前は無印者だ。道中、気をつけてな」

兵の言葉は優しかったが、雨と同じ温度だった。

エリシアはフードを上げ、歩き出す。

泣かない。ここで泣けば、彼らの物語の中で負けになる。

誰も信じない。だが、私自身だけは裏切らない。

手の中には、小さな香袋。

母が残したもの。

そっと紐に触れる。香りは薄く、安心だけがそこにあった。

「……生きてみせる。絶対取り返して、証明する」

声に出した。雨に溶けるほど小さく。

城壁の影をたどって歩き、王都の外れに立つ廃れた教会の前で、足が止まる。

石段に腰をおろすと、雨音が胸の内側まで響いた。

「美しい夜だな」

低い声が、雨の向こうから落ちてきた。

仮面の男が、傘も差さずに立っていた。金でも銀でもない、鈍い黒。

瞳だけが、灯りを映している。

「……誰?」

「通りすがりだ」

「皮肉なら、今は要らないわ」

「皮肉ではない」

彼は近づかない。距離を保ったまま言葉だけを置く。

「お前はこの国を、信じているか?」

エリシアは少し考えて、首を横に振った。

「——今夜までは」

仮面の奥で、目が細く笑った気がした。

「この国はもう壊れている。——なら、正しい形で壊そう。俺と共に。」

男は懐から細長い封筒を出す。

黒い印章の押された契約書。条項は短い。

——俺は手と網を貸す。

——お前は怒りを貸す。

——嘘ではなく、証拠で勝つこと。

「名は、奪われた……」

エリシアは手を止める。

「署名はできないわ」

「名がないなら、仮の名を置け。真実は、あとでお前が取り戻せばいい」

仮面の男が指す。封筒の端には、ひとつ空白があった。

「この国では、印こそが名だ。お前の名は、まだ消えちゃいない」

彼女は香袋を握り直す。

母のぬくもりが、指先に残っていた。

「……リーナ」

彼女は仮の名で書いた。細く、強く。

黒い印章が契約書の端に落ちる。蝋が固まる。

その瞬間、香袋から薄紅の煙が立ちのぼった。

雨に抗うように、ひとすじの線を描く。

仮面がわずかに揺れて、男の瞳がはっきり映った。

「お前の怒りは、美しい」

冷たいはずの雨が、少しだけ温度を持った気がした。

エリシアは立ち上がる。仮面の男も、無言で道を空けた。

「あの夜の香りが、すべての始まりだった」

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