「まあ、お前がそこまで言うなら。それに、今のこの状態は気楽だから、文句言う気もない」 ただ、気楽なのは確かだが、外ではほぼ行動をともにしてきた三田村が側にいないということに、ふいに落ち着かなくなったりもする。側にいればいたで、圧迫感を覚えて居心地が悪くなることもあるのに。 和彦はカップを口元に運びながら、千尋を観察する。 千尋はどうやら、自分の父親と和彦、それに三田村の三人の間で異変が起こっていることに気づいていないらしい。それとも、そう装っているのか――。 ストローに口をつけていた千尋が、ふいに笑いかけてきた。 「――先生、色っぽいね。じっと俺を見るときの表情とか」 突然の千尋の言葉に、和彦はうろたえる。 「なっ、何、言ってるんだ、お前はっ……」 「初めて会ったときからさ、先生には独特の雰囲気があったんだよ。妙に惹きつけるっていうか。それに加えて、今は婀娜っぽい。ヤクザと渡り合ってると、必然的にそうなっちゃうのかな」 「……渋い言葉知ってるな、お前」 褒めたつもりはないのだが、千尋が照れたように笑ったので、つられて和彦も口元に笑みを浮かべる。本当は、変なことを言うなと怒るつもりだったのだが、毒気を抜かれた。 「ねえ、まだ買い物につき合ってもらっていい?」 「それはいいが、ぼくの買い物にもつき合えよ」 当然、と言わんばかりに、満面の笑みで千尋が頷いた。** クリニックに勤めている頃、敏感な女性患者の鼻を気にかけ、職場ではまったくコロンをつけていなかった和彦だが、皮肉なことに今の生活は、そういった気遣いからは解放されている。 もともと好みであるユニセックスな香りのコロンを、衝動買いすることが増えていた。どうせクリニックを開業するまでの間のことだ。 和彦はコロンが入っている小さな紙袋を掲げて眺めてから、視線を向かいのショップに向ける。雑誌で頻繁に取り上げられるというカジュアルブランドのショップだけあって、客のほとんどが二十歳前後の若者だ。 その中で一際目立つのは、楽しそうにTシャツを選んでいる千尋だった。
Terakhir Diperbarui : 2025-11-10 Baca selengkapnya