血と束縛と

血と束縛と

last update最終更新日 : 2025-10-15
作家:  北川ともたった今更新されました
言語: Japanese
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美容外科医の佐伯和彦は、十歳年下の青年・千尋と享楽的な関係を楽しんでいたが、ある日、何者かに拉致されて辱めを受ける。その指示を出したのが、千尋の父親であり、長嶺組組長である賢吾だった。 このことをきっかけに、裏の世界へと引きずり込まれた和彦は、長嶺父子の〈オンナ〉として扱われながらも、さまざまな男たちと出会うことで淫奔な性質をあらわにし、次々と関係を持っていく――。

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第1話

第1話(1)

「あうっ……」

 熱く濡れた舌にべろりと首筋を舐め上げられて、思わず和彦かずひこは呻き声を洩らす。同時に背には、ゾクゾクするような疼きが駆け抜けた。

 しなやかな体つきと荒々しい気性を持つ獣が、体の上で暴れているようだなと思いながら、和彦は乱れた息の下、小さく笑ってしまう。

「あっ」

 ふいに、和彦の上で卑猥な律動を繰り返していた獣――ではなく、千尋ちひろが声を上げた。和彦は、千尋の茶髪を撫でてから、問いかける。

「どうした?」

「今、先生の中、すげー締まったから、よすぎてイきかけた」

 まじめな顔でそんなことを言った千尋の頬を、汗が伝い落ちている。和彦はてのひらで汗を拭ってやってから、短く言い放った。

「――バカ」

「バカだけど、セックスは上手いだろ、俺」

 悪びれることなくヌケヌケとそう言った千尋が、緩く腰を揺らす。すでに充溢した硬さと熱さを持つ千尋のものが和彦の内奥深くで蠢き、簡単に官能を刺激する。

「うっ、あぁっ……」

 和彦が上半身をしならせると、嬉しそうに目を輝かせた千尋が顔を寄せてくる。野性味たっぷりのよく日焼けした肌が、若々しく端正な顔立ちにはよく映える。引き締まった頬のラインは、どこか粗野さも感じさせはするのだが、強い輝きを放つ切れ上がった目は子供っぽくもあり、顔立ち以上の魅力を千尋に与えている。

 自分が二十歳のときは、こんなに生気を漲らせ、輝く存在だっただろうかと和彦は思う。こんなにしなやかで、熱い体を持っていただろうかとも――。

 和彦はてのひらで愛でるように、千尋の体を撫でる。律動のたびにぐっと筋肉が硬く引き締まり、千尋の体が、しなやかではあるもののひ弱さとは対極にあるのだと、教えてくれる。

「先生、キス」

 千尋にせがまれ、貪るように唇を重ねて、舌を絡め合う。和彦の中で、千尋のものが力強く脈打っているのがよくわかる。

「はあっ……、先生の中、興奮しまくり」

 ペロッと和彦の唇を舐めてから、熱い吐息交じりに千尋が洩らす。和彦はお返しとばかりに千尋の下唇に軽く歯を立てた。

「興奮してるのは、お前のほうだ」

「若いから、俺」

 ニヤリと笑いかけられて、和彦は千尋の滑らかな背に爪を立ててやる。もちろん本気でないと千尋もわかっており、ぐっと腰を突き上げて、心地よさそうに目を細めた。

 こんな表情をされると、自分より十歳年下の生意気な千尋を甘やかしたい衝動に駆られる。甘やかせば付け上がる生き物だとわかってはいるのだが。

 そして案の定、千尋は付け上がった。

「――……佐伯さえき先生」

「断る」

 猫なで声で呼んだ千尋に対して、すかさず和彦はぴしゃりと言う。千尋は顔をしかめながら唇を尖らせた。

「俺まだ、佐伯先生としか言ってないじゃん」

「お前がぼくをそう呼ぶときは、ロクなことを言い出さない」

「ロクなことじゃない。今の俺たちにとっては大事なことだ」

 芝居がかったようにまじめな顔の千尋だが、片手は油断なく和彦の両足の中心に這わされ、中からの強い刺激で反り返り、先端から透明なしずくを滴らせている和彦のものを掴んできた。

「おいっ――」

 力を込めて上下に扱かれ、息が弾む。唇を噛んだ和彦を見て、楽しそうに笑いながら千尋は腰を動かす。すぐに和彦は声を抑えきれなくなり、それどころか自ら腰を揺らしていた。そのタイミングで千尋が囁いてきた。

「ねえ、生でしていい?」

「……そう言って中で出すから嫌だ。後始末が面倒なんだ」

「でも先生、生でするのも、中で出されるのも好きじゃん」

 和彦の内奥から千尋のものが引き抜かれる。小さく声を洩らした和彦の唇に軽いキスを落としながら、千尋が装着したゴムを外し、再び内奥に熱いものを挿入した。

「んうっ」

 和彦が仰け反ると、体を起こした千尋に両足を抱え直され、激しく腰を突き上げられる。たまらず和彦は頭上のクッションを握り締め、欲望が抜き差しされる様子も、開いた両足の間で、律動のたびにはしたなくしずくを垂らして揺れる和彦自身のものも、すべて千尋に見られる羞恥に耐える。ただしその羞恥は、ひどく甘美だった。

「あっ、あっ、ちひ、ろっ……」

「やっぱり、生のほうが反応いいよね、佐伯先生。俺も、こっちのほうがいい」

 一際乱暴に奥深くを突き上げられた瞬間、和彦は声も出せないまま下腹部をビクビクと震わせる。頭の中が真っ白に染まり、強烈な快感に全身を貫かれていた。千尋の見ている前で、直接触れられないまま、和彦は白濁とした絶頂の証を噴き上げ果てたのだ。

 だが、これで終わりではない。

 和彦の反応でさらに勢いを得たのか、千尋の動きに余裕がなくなり、ひたすら欲望を内奥に打ち込んでくる。それだけでも、肉の愉悦を生むには十分だ。

 自らが放った精で下腹部を濡らしたまま、和彦は身を捩り、喘ぐ。千尋が感嘆したように洩らした。

「今みたいな先生を眺めてるの、俺好きなんだよ。俺が年上のこの人を支配してるんだって、実感できて、興奮するっ……」

 ぐっと腰を突き上げて、千尋が動きを止める。一方で和彦の内奥では、千尋のものが震え、熱い精をたっぷり吐き出していた。不快さとは紙一重の陶酔が和彦に襲いかかり、身悶える。のしかかってきた千尋の体を抱き締めて受け止めていた。

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第1話(1)
「あうっ……」  熱く濡れた舌にべろりと首筋を舐め上げられて、思わず和彦は呻き声を洩らす。同時に背には、ゾクゾクするような疼きが駆け抜けた。  しなやかな体つきと荒々しい気性を持つ獣が、体の上で暴れているようだなと思いながら、和彦は乱れた息の下、小さく笑ってしまう。 「あっ」  ふいに、和彦の上で卑猥な律動を繰り返していた獣――ではなく、千尋が声を上げた。和彦は、千尋の茶髪を撫でてから、問いかける。 「どうした?」 「今、先生の中、すげー締まったから、よすぎてイきかけた」  まじめな顔でそんなことを言った千尋の頬を、汗が伝い落ちている。和彦はてのひらで汗を拭ってやってから、短く言い放った。 「――バカ」 「バカだけど、セックスは上手いだろ、俺」  悪びれることなくヌケヌケとそう言った千尋が、緩く腰を揺らす。すでに充溢した硬さと熱さを持つ千尋のものが和彦の内奥深くで蠢き、簡単に官能を刺激する。 「うっ、あぁっ……」  和彦が上半身をしならせると、嬉しそうに目を輝かせた千尋が顔を寄せてくる。野性味たっぷりのよく日焼けした肌が、若々しく端正な顔立ちにはよく映える。引き締まった頬のラインは、どこか粗野さも感じさせはするのだが、強い輝きを放つ切れ上がった目は子供っぽくもあり、顔立ち以上の魅力を千尋に与えている。  自分が二十歳のときは、こんなに生気を漲らせ、輝く存在だっただろうかと和彦は思う。こんなにしなやかで、熱い体を持っていただろうかとも――。  和彦はてのひらで愛でるように、千尋の体を撫でる。律動のたびにぐっと筋肉が硬く引き締まり、千尋の体が、しなやかではあるもののひ弱さとは対極にあるのだと、教えてくれる。 「先生、キス」  千尋にせがまれ、貪るように唇を重ねて、舌を絡め合う。和彦の中で、千尋のものが力強く脈打っているのがよくわかる。 「はあっ……、先生の中、興奮しまくり」  ペロッと和彦の唇を舐めてから、熱い吐息交じりに千尋が洩らす。和彦はお返しとばかりに千尋の下唇に軽く歯を立てた。 「興奮してるのは、お前のほうだ」 「若いから、俺」  ニヤリと笑いかけられて、和彦は千尋の滑らかな背に爪を立ててやる。もちろん本気でないと千尋もわかっており、ぐっと腰を突き上げて、心地よさそうに目を細めた。  こんな
last update最終更新日 : 2025-10-14
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第1話(2)
** 胸元に飽きずに唇を押し当てる千尋の背を、事後のけだるさに身を委ねつつ和彦は撫でる。その手つきは、犬を撫でる仕種にも似ている。というより、そのものだ。ときおり髪をくしゃくしゃと掻き乱してやると、千尋は首をすくめて笑う。  戯れに唇を啄ばみ合いながら、千尋の腕に手をかけた和彦は、ここであることがいまさらながら気になった。  千尋は左腕の上のほうにタトゥーを入れている。しなやかな筋肉に覆われた腕に、凝ったデザインの鎖が巻きつき、その鎖には、艶かしく蛇が絡みついているのだ。初めて見たときは、タトゥーの生々しさにドキリとしたのだが、今もまだ慣れない。  タトゥーに対してイメージがよくないというより、あまりにタトゥーのデザインが千尋の存在感に似合いすぎて、個性的で魅力的ではあるが、単なる二十歳の青年でもある千尋に、どことなく凶悪な空気を嗅ぎ取ってしまう。  裏を返せば、千尋をより刺激的な存在にしている小道具ともいえる。 「先生、よく俺のタトゥーを撫でるよね。もしかして、気に入ってる?」 タトゥーを撫でる和彦の手を取って、神経質な性質を表すような細い指先に千尋が唇を押し当ててくる。和彦は手を抜きとると、千尋の引き締まった頬を軽く抓り上げた。 「そんなわけないだろ。……若いときに勢いでこんなもの入れて、将来どうするのかと思っているだけだ。タトゥーは、いざ消すときに苦労するぞ」 「消す気ないし」 「今はそう言ってろ」  拗ねたように千尋が唇を尖らせたが、顔立ちと仕種がおそろしく似合ってない。和彦は苦笑を洩らすと、子供の機嫌を取るように千尋の頭を撫で、引き寄せられるまま、今度は千尋の上に和彦がのしかかる格好となる。  千尋の滑らかな肌に舌と唇を這わせると、心地よさそうに吐息を洩らした千尋の体が、再び熱を帯び始める。若くて反応が素直な千尋の体に触れるのは好きだった。  せがまれるまま千尋のタトゥーに舌先を這わせながら話す。 「さっき、消すとき苦労するって言っただろ。痛いわけ?」 「痛いというのもあるが、きれいに消そうと思ったら、手間と時間がかかる。一回の施術でそう大きな範囲を処置もできないし、一度施術すると、肌の状態が元に戻るのを待たないといけないから……最低でも一か月は間を置かないと、二回目の施術ができない。それを何回も繰り返したところで、本当に
last update最終更新日 : 2025-10-14
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第1話(3)
 さらに千尋を煽るように背を撫で、喉元を舐め上げやりながら、和彦はタトゥーにちらりと視線を向ける。 「今は軽く考えているようだが、将来、きちんと定職に就くつもりなら、早めにどうにかしたほうがいいぞ、それ」 「将来は、先生に食わせてもらうとか、どう?」  どうやら千尋は、今は真剣に考える気はないらしい。千尋の保護者ではない和彦としてはあまり強く言う義理もなく、そもそも千尋が将来を考え始める頃まで、関係を続けているとも思えない。 「まあ……、ぼくの体じゃないから、お前がどう扱おうと知ったことじゃないんだけどな」 「ひでー言い方」  千尋が低く声を洩らして笑いながら、和彦の片足を抱える。その拍子に、簡単にティッシュで拭っただけの内奥から、さきほど千尋に注ぎ込まれた欲望の名残りが溢れ出してきて、思わず和彦は眉をひそめる。しかし千尋は気にした様子もなく、熱いものの先端を擦りつけてきた。  意識が〈そちら〉に向きそうになったが、なんでもないふりをして和彦は会話を続けた。 「他人のぼくはともかく、親は何も言わないのか?」 「うち、片親なんだよね。俺が小学校入る前に、母親はオヤジを罵倒して出ていった。で、現在に至るまで父子家庭。そして俺も、オヤジの面を見たくなくて、大学中退したあとはフリーターしながら、こうして一人暮らししてるわけ。だからまあ、先生も呼べるんだけど」  あっけらかんとした口調で千尋が言い、咄嗟に和彦は反応できなかった。その隙に、といわんばかりに、千尋のものがゆっくりと内奥に挿入される。  ひとまず会話を打ち切って、和彦は呻き声を洩らしながら千尋にしがみつき、千尋は荒い息を吐きながら腰を進める。 「あっ、あぁっ」 「いつも思うけど、何度入っても、いいよ、先生の中……」  深く繋がったあとは、得られる陶酔感を二人は分かち合う。手を繋ぎ、抱き合い、唇を重ね、一度目の交歓にはない感覚を楽しんでいた。  千尋の頭を片腕で抱き締めながら和彦は、自分たちが少し前まで交わしていた会話をようやく思い出す。指先で千尋のタトゥーを撫でてから、口を開いた。 「――で、お前のオヤジさんは、このタトゥーのことは知ってるのか?」 「えっ……、ああ、思い切り目の前で見せてやったら、露骨に嫌そうな顔しやがった」 「それはまあ、普通の親としての反応じゃないか」
last update最終更新日 : 2025-10-14
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第1話(4)
**** 午前中の最後の患者を診察し終えた和彦は、午後に入っている手術の予約を確認する。基本的に和彦は、午後からは大半の時間を手術室で過ごし、手術を行っている。派手な宣伝を打っている大手のクリニックだけあって訪れる患者は多く、若手の医者といえど、否応なく経験を積まされるのだ。  医者が若かろうがベテランであろうが、実績のあるクリニックに勤め、誠実なカウンセリングを行っていれば、それが患者からの信頼へと繋がる。あとは、患者のニーズを手術で応えられるかが、すべてだ。幸いにも、和彦は手術で結果を出し続けていた。  もともとは外科志望だったのだが、現場の大変さを知るにつれ、なんとなく美容外科へと流れ着き、今に至っているのだが、職場の環境にも待遇にも不満はなかった。三十歳の医者としては、十分恵まれた位置にいる。  仕事が上手くいけば、必然的に私生活も充実する。和彦が今のところ気にかけていることといえば、午後から手がける目頭切開の女性患者のことだ。何度もカウンセリングを重ねたが、ここにきて友人からのアドバイスでナーバスになっている。 「……今になって手術を取り止めると言い出しそうだなー」  不安そうなら延期したほうがいいだろうと思いながら、和彦は診察室を出る。  別フロアにある医局に戻った和彦が自分のデスクにつこうとすると、隣のデスクの澤村が、パソコンに向き合ったまま声をかけてきた。 「佐伯、これから昼飯食いに行こうぜ」 「ああ。いつものところでいいだろ」 「遠出するのも面倒だしな」  イスに腰掛けた和彦は、ずっとつけたままだったマスクを外す。ふいにこちらを見た澤村が、真剣な顔で言った。 「お前、クリニックの中をうろうろするときは、マスクは外せよ」 「……いきなり意味がわからんことを言うな」 「せっかく持って生まれた顔を活用しろってことだ。今度うちのクリニックのホームページをリニューアルする予定があるらしいが、そのとき男前の先生たちの顔写真を使うって話がある。俺はもちろん、お前の顔写真も使われるぞ」  自分の周りには、自意識過剰な男が多いのだろうかと思った和彦だが、もちろん声には出さない。案外、澤村が言っていることは外れてはいないのだ。  和彦の一年先輩である澤村とは、このクリニックでは一番親しいつき合いをしている。甘い笑み
last update最終更新日 : 2025-10-14
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第1話(5)
 昔から女性に言い寄られることが多いのは、この仕事に役立っているといえるだろう。しかし和彦が自分の容貌を評価している最大の理由は、一欠片でも同性に性的な興味を持っている男の目を惹きつけられるからだ。  よくわからないが、和彦からはそういう空気が立ち昇っているらしい。その空気に惹きつけられた一人が、千尋というわけだ。 「ぼくが目立つと、澤村先生の人気を奪いそうだから、ぼくの顔写真の使用は遠慮してもらおう」 「おう、よく先輩を立てる術を知ってるな。昼飯を奢ってやる」  勢いよく立ち上がった澤村が白衣を脱ぎ、笑みをこぼしながら和彦も倣う。ありがたく、今日の昼食は奢ってもらうことにした。  さっそく二人が医局を出ようとしたとき、背後から呼び止められた。 「佐伯先生、電話だよ」  澤村に待ってもらい、和彦は一番近くの電話に出る。 「お電話代わりました、佐伯です」  咄嗟に和彦の頭に浮かんだのは、午後から手術をすることになっている女性患者の存在だった。やはり、今日の手術は延期したいと言ってきたのだろう。そう思ったのだが――。  電話から返ってくる声はなかった。このとき和彦の中に、ヒヤリとした感覚が駆け抜ける。  またか、という言葉が頭に浮かんだ。  また、無言電話がかかってきた。この一週間ほど、和彦の元には無言電話が毎日かかってきている。不気味なのは、その無言電話が病院にだけかかってくるわけではないことだ。  最初にかかってきたのは、自宅の固定電話だった。次が、携帯電話。そして病院に。まるでローテーションでも組んでいるように、毎日一回、こうして違う電話にかかってくる。 「もしもし?」  念のため呼びかけて返答がないことを確かめると、すぐに受話器を置く。澤村を促して、足早に医局から離れた。**  春の暖かな陽気を浴びながら、せっかくのテラスでの昼食だというのに、和彦は憂うつだった。昼食に出かける前にかかってきた無言電話のせいだ。  無意識のうちに周囲に鋭い視線を向け、他のテーブルの客や、カフェの外を行き交う人たちを観察する。無言電話の犯人が、
last update最終更新日 : 2025-10-14
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第1話(6)
 和彦の視線に気づいたのか、サービスというには過剰すぎる色気たっぷりの流し目を千尋が向けてくる。 「コーヒーのお代わりはいかがですか?」  そう問いかけられ、頷いた和彦は空になったカップを千尋のほうに動かす。 「長嶺くんに妙に懐かれてるな、佐伯先生」  千尋が次のテーブルに移動すると、澤村が笑いながら言った。すらりとした千尋の後ろ姿を漫然と目で追っていた和彦は、露骨に顔をしかめて見せる。ちなみに長嶺というのが、千尋の姓だ。 「犬っころだな。彼を見ていると、くしゃくしゃと頭を撫で回したくなる」 「あはは、尻尾振って、大喜びしそうだな」  実際千尋は、似たようなものだ。甘えるのが好き、甘やかされるのが大好き。そのくせ、和彦にのしかかりながら、野性味たっぷりの獣に変わる。 「だけど、あの手のタイプはモテるだろうな。女の母性本能をくすぐるというか」 「かもな。このカフェで働き始めたときは危なっかしく見えたが、慣れてくると、客の扱いが上手い。それを勘違いする女性客がいても不思議じゃないだろうな」  千尋が、和彦が行きつけとしているこのカフェでアルバイトとして働き始めたのは、三か月ほど前だ。店が暇になるとさりげなく和彦に話しかけてきて、美容外科医だとわかると、親しげに『佐伯先生』と呼ぶようになった。そして携帯電話の番号を渡され、気まぐれに連絡を取り、外で頻繁に会うようになった。  体の関係を持ってから、そろそろ二か月になるが、二人の関係はきわめて良好だ。体の相性はそれ以上。  千尋は、いままで和彦が関係を持った誰よりも、刺激的で魅力的な遊び相手だ。面倒が起こればすぐに関係を断つつもりだったが、今のところそれもない。  まだ当分、千尋との関係は楽しめるだろう。  コーヒーにミルクを入れて掻き混ぜながら、和彦がそれとなく視線を向けると、先にこちらを見ていた千尋と目が合った。さりげなく、千尋は自分の左腕に手をかけた。ちょうど、タトゥーがある部分だ。  和彦は思わず、艶然とした笑みを浮かべていた。****
last update最終更新日 : 2025-10-14
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第1話(7)
 さきほど首筋に押し付けられたのは、スタンガンだろう。痺れて動かない体をシートに押さえつけられたまま和彦は、今となってはどうでもいいことに結論を出す。体では、車の振動を感じていた。思考がまとまらないながらも、頭に浮かぶのは最悪の状況だけだ。  理由もわからないまま、重しでもつけられて海に沈められるのだろうか。それとも山中で生き埋めにされるのか。自殺に見せかけて首を吊らされることも――。  自分で自分の想像に吐き気がしてきた。和彦が思わず身じろぐと、有無を言わさず体をまた押さえつけられた。  車内には、和彦を除いて四人の男が乗っていた。運転席と助手席に二人、後部座席で和彦を押さえているのが二人。他の車に仲間がいるのかもしれないが、咄嗟の状況で和彦が把握できたのはこれだけだ。  男たちの行き先はすでに決まっているらしく、車中では一切会話を交わさない。  おそらくもう一時間近く車を走らせているが、外の様子も見えない中で、時間の感覚など簡単に麻痺してしまう。もしかすると三十分も経っていないのかもしれないし、実はとっくに一時間など過ぎているのかもしれない。  それに、どこか遠くに連れて行かれているようで、本当は同じところをぐるぐると回っているような気もしてくる。  和彦は懸命に考え続ける。脱力感と、体を押さえつけられているせいで全身が痛いが、せめて思考ぐらい働かせていないと、恐怖のあまり声を上げてしまいそうだ。声を上げると、きっとこんな扱いでは済まないだろう。だから和彦も黙り続けているしかない。  いつまでこんな時間が続くのか。和彦がぐっと奥歯を噛み締めたとき、車がカーブを曲がり、少しまっすぐ走ったあと、ふいに体が浮くような感覚を味わった。何事かと思ったが、音が反響しているのを聞き、どこかの地下に入ったのだと推測する。  地下駐車場だとわかったのは、車のエンジンが切られてスライドドアが開けられたからだ。和彦は車から降ろされ、また荷物のように引きずられる。  エレベーターに乗せられて何階かまで上がるが、その途中の階で停まることはなかった。目隠しをして両手を拘束された男を引きずって歩くぐらいだ、普通のビルやマンションではないのかもしれない。  
last update最終更新日 : 2025-10-15
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第1話(8)
 後ろ手に拘束されているせいで体のバランスが取りにくいが、それでも懸命に身じろぎ、なんとか体を起こそうとする。しかし、肝心の体にはまだ痺れが残っており、力が入らない。すぐにマットレスの上に転がったが、前触れもなく誰かに体を抱き起こされ、両手の縛めを解かれた。 ただしこれは救いにはならず、むしろ最悪の状況に向かう前振りといえた。「何っ… …」 ジャケットを強引に脱がされ、和彦は混乱する。本能的に身を捩ろうとしたが、背後からしっかり肩を押さえられた。 シャツのボタンが外されながら、スラックスのベルトにも手がかかる。和彦はやめさせようとしたが、緩慢にしか動かせない両腕は簡単に掴み上げられ、目的を問う前に、身につけていたものすべてを奪われていた。 純粋な恐怖でもう声が出なかった。再び後ろ手で拘束されたが、手首にかかったのはひんやりとして重量のあるものだった。手錠だとわかり、微かに歯が鳴る。 殺されたあと、死体は何も身につけていないほうが身元がわかりにくい。これで指を切り落とし、歯をすべて砕いてしまえば、あとは海に捨てるなり、山に埋めてしまえばより完璧に近づく。 マットレスの上に茫然自失となって座り込む和彦は、ふいに肩を押されて後ろ向きで倒れそうになったが、誰かの胸で受け止められた。一方で、前にいる別の人間には両足を掴まれたかと思うと、左右に大きく開かれた。「やめろっ」 咄嗟に声を上げて両足を閉じようとしたが、背後にいる人間の手によって両足を抱え上げられる。前にいる人間たちに、秘部をすべて晒す屈辱に満ちた姿勢を取らされてしまったのだ。 何か様子が違うと、ここに至ってようやく和彦は気づく。自分を拉致した男たちの目的は、すぐに殺すことではなく、まずは辱めることにあるのではないか、と。 その証拠に――。「ひっ……」 胸元に手が押し当てられ、まるで検分するかのように肌の上を滑る。断言はできないが、医者である和彦には馴染みのあるラテックスの手袋をしているようだった。妙に生温かな手が胸元から腹部へ、さらに下腹部へと這わされる。 恐怖と生理的な嫌悪感から、たまらず
last update最終更新日 : 2025-10-15
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第1話(9)
 ひたすら気持ち悪くて仕方なく、吐き気すらしてくる。男を犯すことだけが目的なら、こんな行為は不要だ。ようは、必要な場所に、必要なものを突っ込めば済む話なのだ。 機械の手に弄られているような錯覚を覚え、この程度の行為なら耐えられるかもしれないと和彦が思ったとき、和彦の一瞬の油断を嘲笑うように、もう一本の手に柔らかな膨らみをまさぐられ、やや力を込めて揉まれる。「うっ、うっ……」 意識しないまま腰が震える。感じる、感じないの問題ではない。一番の弱みを無防備に晒して、弄られ、無反応でいられるわけがなかった。「い、やだ……。やめろっ――……」 和彦がようやく洩らした言葉に対する返答のつもりか、握られたものの先端にローションが垂らされ、括れをきつく擦り上げられる。「ああっ」 ビクリと背を反らして、腰を揺らす。追い討ちをかけるように柔らかな膨らみを揉みしだかれ、和彦は喉を鳴らす。恐怖も嫌悪感も、しっかりと和彦の体を支配している。しかし、こんな形で体を攻められると、感情だけの問題ではなくなるのだ。 和彦の体を弄っている人間は、明らかに快感を引きずり出そうとしていた。だからこそ、体が刺激に反応するという醜態を見せられないと頭ではわかっているのに――。 柔らかな膨らみをさんざん刺激した手に、当然のように内奥の入り口をまさぐられ、またローションがたっぷり振りかけられる。「うっ、あっ、あっ、ううっ」 内奥に容赦なく指を挿入され、和彦はビクビクと腰を震わせる。痛みや異物感を覚える前に、ローションの滑りを借りた指が内奥から出し入れされ、犯される。その間も和彦のものは上下に擦られ続け、ときおり先端を撫でられる。 痺れていた体が、いつの間にか熱くなって汗ばんでいた。鈍くなっていた感覚も元に戻るどころか、鋭敏さを増している気さえする。自分を取り戻そうと足掻くように、肩を動かしてみるが、背後から和彦の両足を抱え上げて押さえている人間はびくともしない。 和彦の気力を奪い尽くそうとしているのか、内奥を擦り上げていた指に、ふいに浅い部分を強く押し上げられ、強烈な感覚
last update最終更新日 : 2025-10-15
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第1話(10)
「んんっ、うっ、くうぅっ……ん」  意識しないまま、内奥を押し開くようにして挿入される道具を締め付ける。異常な状況での異常な行為によって、次第に和彦の理性も危うくなっていた。このまま何もわからなくなれば楽かもしれないという、本能の逃避なのかもしれない。体が積極的に快感を貪りだしている。 「ううっ、うっ、うっ、ううっ――」  捩じ込まれた道具が内奥深くで大胆に動き、さんざん掻き回されたあと、引き抜かれる。次に挿入されたのは指で、和彦は自分ではどうすることもできずに締め付けていた。  指と道具で交互に内奥を犯されながら、欲望の高まりを忠実に表している熱く反り返ったものを扱かれ、胸の突起も執拗に弄られる。  和彦は息を喘がせながら、何人の人間に体に触れられているのだろうかと頭の片隅で数えていた。ラテックスの手袋越しでは、同じ人間の手だと判断するのは不可能で、混乱してしまう。それに、さらに思考力を奪う事態になっていた。 「嫌、だ……。もう、やめろ……」  弱々しく訴えたときにはもう遅く、両足を大きく開かされ、内奥を道具で突かれながら、和彦は半ば強引に高みへと押し上げられていた。ローションですでに濡れている下腹部に、自分が放った絶頂の証が飛び散る。  今この瞬間なら、殺されても抵抗しないかもしれない――。  ふっとそんなことを考えたとき、突然、目隠しが取り去られた。  絶頂の余韻でぐったりとした和彦は、すぐには何が起こったのか呑み込めなかった。ただ、自分を見下ろしている男たちの姿を緩慢に見回してから、開いた両足の間にいる男に目を止める。  あごにうっすらと残る細い傷跡が印象的な、精悍な顔立ちをした三十代半ばの男で、ワイシャツ姿だ。そのワイシャツの袖を捲り上げ、手にはラテックス手袋をしているのを見て、和彦は納得した。自分の内奥を指と道具で犯していたのは、この男なのだ。  次の瞬間、和彦はおそろしいものを見て目を見開く。男の隣に、もう一人男が立っており、手にはビデオカメラを持っていた。何を撮っていたか、考えるまでもない。道具はまだ、和彦の内奥深くに収まったままで、淫らにうねり続けている。それを内奥は懸命に締め付けており、その様子を男たちに晒しているのだ。
last update最終更新日 : 2025-10-15
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