LOGIN美容外科医の佐伯和彦は、十歳年下の青年・千尋と享楽的な関係を楽しんでいたが、ある日、何者かに拉致されて辱めを受ける。その指示を出したのが、千尋の父親であり、長嶺組組長である賢吾だった。 このことをきっかけに、裏の世界へと引きずり込まれた和彦は、長嶺父子の〈オンナ〉として扱われながらも、さまざまな男たちと出会うことで淫奔な性質をあらわにし、次々と関係を持っていく――。
View More「あうっ……」
熱く濡れた舌にべろりと首筋を舐め上げられて、思わず** 嵐というより、局地的な突風に巻き込まれたような一時だったなと、精神的疲労からぐったりとしながら和彦は思う。 なんとか無事に自宅マンションに帰り着くと、寛ぐ前に明日の仕事の準備を整える。クリニックに届いていた学会誌に目を通しておきたい気持ちもあったが、今晩はもう頭を使うのは限界だ。手早くシャワーを済ませると、ダイニングテーブルについて大きく息を吐き出す。無意識のうちにスマートフォンを手元に引き寄せ、画面を覗く。不気味なほど誰からも連絡が来ていない。 ひとまず賢吾に報告をしておこうと、車中から簡潔にメッセージは送っておいたのだ。詳細は護衛を通じて報告されるとわかってのことだが、本宅ではどういう状況になっているか、想像するとうっすらと首筋が寒くなってくる。 まだ十代の青年が、無謀な情熱で突っ走っただけだと話せば、賢吾は納得してくれるだろうか。仮に怒っていたとして、それを鎮めてくれるだろうか。 和彦としては、玲が無難な大学生活を送ってくれることを願っており、長嶺組が関わる事態は避けたかった。 しかしここで大切なのは、玲が自らの立場をわきまえて行動できるかということで――。「……怖いなー。若さって」 そんなことを独りごちてから苦笑する。今日の玲の様子では、もう二度と和彦とは会わない、とはならないだろう。あっさりと告げられた玲の気持ちを、麻疹のようなものだと笑う気にもなれず、忘れることもできず、だからこそ和彦は困るのだ。自分が少しだけ彼を大人にしてしまったという負い目もある。 脳裏を過るのは、いかにも食えないヤクザである伊勢崎龍造の反応だ。あちらはあちらで息子の暴走に頭を抱えているのだとしたら、さらに申し訳ない。 所在なく座っているのも落ち着かないため、コーヒーでも淹れてこようかと腰を浮かせかけたところで、スマートフォンが鳴った。画面に表示される番号に見覚えがなくて困惑したものの、誰がかけてきているのか気にはなる。おそるおそる電話に出ていた。『今、話しても大丈夫かい?』 高くも低くもない落ち着いた声が耳に届く。そこからひんやりとした温度を感じ取ってしまうのは、電話の向こうにいる人物の秀麗な
玲は納得しきれていないようだが、だからといって抗弁もしてこない。多少なりと警戒心が芽生えてくれたらと願わずにはいられない。「無茶をするのは今日でやめます。次からはきちんと連絡して、佐伯さんと約束を取り付けるようにします」 ううーん、と唸って和彦は首を捻る。それはそれでこちらが困るのだと言いかけたとき、テーブルの上に置いてある玲のスマートフォンの画面が光った。どうやらメッセージが届いたらしい。スマートフォンを取り上げた玲が、しまった、という顔をする。「父さんからだ……」 ぽつりと呟いて、顔をしかめながらメッセージを確認している。「何て書いてある?」「……めちゃくちゃ怒ってます。父さんには言わないで、今日ここまで来ましたから。でも――」 二人揃って外の通りに目を向ける。外で待機している男たちは、必死で玲を追跡してきたのだろう。名も知らぬ男たちに対して急に労わりの気持ちが湧いてくる。本人は不本意だろうが、伊勢崎組の人間を引き連れてとなると、玲を普通の大学生と称するのはかなり無理があった。そこに総和会の第一遊撃隊も加わっているかもしれないとしたら、なおさらだ。 物言いたげな和彦の視線を受け、玲はもごもごと言い訳のように呟いた。「俺としてはバレないよう動いてたつもりですけど、行動を読まれてたみたいです」「君についてる人たちは有能なんだよ。ほら、今から帰るって、お父さんには早く連絡するんだ。さらに大事になったら困るだろ」 和彦の呆れた表情からさすがに危機感が芽生えたのか、玲は慌ただしくメッセージをやり取りをしていたが、急に大きくため息をついてガクリと肩を落とした。「大丈夫、か?」「すぐ帰って来いと言われました。帰ったら絶対、ぶん殴られます」「顔はやめてもらうんだよ」 本気で気遣う和彦に、玲は情けない顔をして頷く。財布を取り出そうとしたので、ここは自分が払っておくと告げる。 立ち上がった玲が片手を差し出してきた。何事かと首を傾げた和彦を、ただじっと玲が見下ろしてくる。おそらく握手を求めているのだろうと察して、おずおずと手を握る。
「好きなんです、佐伯さんのこと。去年の秋から、あなたのことばかり考えています。父さんはこういうのを、『骨抜きになった』と言うんでしょうけど」「ぼくは……、君の一回り以上も年上なんだよ?」「でも、長嶺組の跡目と俺は、そんなに歳は変わらないですよね」 これも、前に同じようなやり取りをした。 こんなに押しが強い子だっただろうかと思ったが、そもそも玲を深く知るほど一緒にいたわけではない。千尋が甘えながら自分の主張を押し通すのに対し、玲はただ一直線に向かってくる。搦め手で迫ってくる男たちのほうがまだ、打算含みで相手をしやすい。 和彦の中には、玲を傷つけたくないとか、穢したくないとか、どこか庇護欲にも似た情があるのだ。 さりげなく周囲に目を向け、念のため誰もこちらに注意を払っていないと確認すると、和彦は声を潜めて言った。「君は……、お父さんの影響なのかもしれないけど、〈オンナ〉に夢を見すぎているんじゃないか。いまだに、君の中で美化されている気がする」「俺の中で美化されていたとしても、こうしてあなたを目の前にして、俺はすごく嬉しいです。それはダメなことですか?」」「ぼくは厄介な存在で、君は普通の大学生でありたいなら、これ以上関わるべきじゃない」「俺のことを、心配してくれているんですね」「……それは、当たり前だろう……」 よかったと、玲はほっとしたように笑み浮かべる。断固とした態度を取るべきだと和彦も頭ではわかっている。それが玲のためであり、余計な揉め事を長嶺の男たちや長嶺組に持ち込まないためにも最善なのだ。 そう、和彦が自分に言い聞かせていると、少し困ったように玲は眉を八の字にした。「玲くん?」「すみません。うそをつきました。ただの大学生なんて言って、俺、御堂さんのところ――総和会の第一遊撃隊でしたよね。そこの人たちにときどき尾行されています。監視というより見守られてる感じではあるんですが、それで……、それがわかっていながら、佐伯さんに会いに来ました」
見るからに緊迫した様子の男たちに、和彦は軽く眉をひそめる。少し前の玲の蛮勇を思い出したのだ。「この間、無茶しただろう」「無茶?」「ぼくに……会いに来てくれただろう。この店の前まで」 申し訳なさそうに玲が目を伏せる。一応、自覚はあるようだ。「正直、君が伊勢崎組の人間を使ってぼくのことを調べさせていたというのは、けっこう……ショックだった。なんて手段を使ってるんだ」「俺じゃなくて、父さんが勝手に調べさせたとは考えなかったんですか?」「伊勢崎組長だったら、用があれば御堂さんを通してまた接触してくると思った。……先日のやり方は迂闊だ。おかげでぼくの周囲がピリピリして大変だったんだからな」 すみませんと素直に頭を下げた玲に、さらにきついことは言えない。玲のつむじをたっぷり数十秒眺めてから、和彦はテーブルに身を乗り出して手荒く頭を撫でてやった。「……もう、気は済んだだろう? こうして再会して、話もできた。ぼくは、君の元気そうな姿が見られて満足したよ。まっとうな大学生なんだから、自分から面倒事に突っ込むようなことは――」「大学生という身分だからこそ、俺は自由だと思いませんか?」 ぐっと顔を上げた玲と目が合う。眼差しの鋭さに一瞬和彦は怯む。 同じような会話は、玲と体を重ねたときに交わしている。それでも言ってしまうし、玲も律儀に応じる。「俺は、会いたいときに佐伯さんに会いたいんです。そのことで誰にも制限されたくない」「いや、それは……」「クリニックで俺の顔を見て、佐伯さんが少しでも嫌そうな顔をしたら、素直に帰るつもりだったんです」「……実際、すごく困ったんだけど」「それは気づきませんでした」 そう言い切った玲が自分のスマートフォンをいきなり差し出してくる。意味がわからず和彦は首を傾げた。「佐伯さん、今スマホ持ってますか?」 和彦がジャケットのポケットからスマートフォンを取り出