**** 賢吾の言葉は、危険な罠だと思った。再び和彦と三田村が手でも握り合っていたら、待ちかねていたように非情な罰を与えてくるのだ。 ヤクザにとって、組長というのは絶対の存在だ。かつて三田村は、飼い主に逆らうことはしないと言っていた。三田村にとっての飼い主とは、もちろん賢吾で、三田村はその賢吾の従順な飼い犬だ。 賢吾は、飼い犬の忠誠心を試しているのかもしれない。 書斎にこもってずっとパソコンに向き合い、必要な書類を作成していたが、気を抜くとすぐに、賢吾から言われた言葉を思い返していた。 賢吾が言っていたヤクザらしい駆け引きなどわからないし、わかりたいとも思わない和彦だが、狡い駆け引きなら、すでにやっている。 〈後始末〉という便利な言葉を使って、三田村の愛撫を堪能した。しかも、挑発したうえで。 持て余すほど立派なイタリア製のイスに両膝を抱えて座り直し、膝の上にあごをのせる。この数日、三田村に代わって、長嶺組の別の組員が様子をうかがいにくるが、インターホン越しに言葉を交わすだけだ。気が紛れるどころか、鬱屈が溜まる一方だ。 賢く、したたかになると決めた和彦だが、自分はただ、狡猾に、多淫になっているだけなのではないかと思えてくる。 仕事を再開する気にもなれず、コーヒーを入れてこようと書斎を出る。このとき何げなく時計を見たが、そろそろ夕方だ。 窓に歩み寄り、まだ明るい外の景色を眺める。いつもなら、夕食を何にするか考える時間だが、わざわざ外に食事に行く気にもなれず、宅配でピザでも頼もうかと思う。千尋と買い物に出かけた先で不審な男に絡まれてから、なぜか和彦まで、たとえ近所であろうが、同行者なしで出かけるなと言われているのだ。 そして、こんなときに、側に三田村はいない。 ガラスに額を押し当てた和彦が、重いため息をつこうとしたとき、突然、携帯電話の着信音が鳴り響いた。リビングでずっと充電器に繋いだままだったのだ。 携帯電話を取り上げると、画面には中嶋の名が表示されていた。 「もしもし……」 『ああ、よかった。これで出なかったら、諦めようかと思ったんですよ。
最終更新日 : 2025-11-12 続きを読む