All Chapters of 聖女を信じて悪役令嬢を陥れ続けたら、断罪されたのは私でした: Chapter 1 - Chapter 10

47 Chapters

憧れのサフィー・プラハ

 目覚ましのベルが鳴って、私は慌てて布団から飛び起きた。 もうちょっと早く起きるはずだったけれども、寝過ごしちゃったみたい。「やば、また寝坊しそうだった……」 朝ごはんを急いでかきこんで、慌ただしく制服に袖を通す。鏡の前に立つけれど、そこに映る私はどこにでもいる普通の女子高生。 黒髪のセミロングに焦げ茶色の瞳。 ……なんだか、少し退屈な気がする。 と、考えている暇は無かったから急いで学校へ向かう。「お、おはよう……」 遅刻寸前で教室に入る。「敦賀さん、おはよう……」 山田さんが挨拶してくれた。 そこまで私自身、仲が良いのか分からないけれど、山田さんは今まで遅刻はしていない。 ただ暗くてどんよりしている、そんな女の子。「佐奈、今日も寝坊したの?」「そうなんだよ……」 教室の奥で動橋陽菜が私をからかってきた。 仕方ないけれどね。 私はにっこりとはにかんで、返事をする。「さて、ホームルームを始める」 そうしていたら、チャイムが鳴って先生が入ってきた。 いつものように授業が始まっていく。 順調に授業を受けていく。 休み時間、教室で陽菜達と話していると、陽菜が笑いながら私に言った。「そういえば佐奈、この前また募金に全部入れたんでしょ? ほんっと断れないんだから」 先日クラスで募金活動があった時、募金で財布に入っていたお金を入れたんだっけ。 流石に注目するよね。 財布をさかさまにして入れていたし。「えっ、だって……必要な人がいるならと思って」 私ははにかみながら答えた。「バカだなぁ、騙されるよ絶対」 冗談めかして言われても、図星だから言い返せなかった。 だって実際、街で『幸運を呼ぶ壺』を売りつけられそうになったこともあったし。 冷静に考えれば怪しいのに…… 放課後は文芸部に向かう。 私の机の上には、ノートとパソコン。書くのはオリジナル小説だったり、乙女ゲーム『クリスタル・ガーデン』の二次創作だったり。 特に『転生ヒドインが破滅する』ざまぁ系の小説は、なぜかよく筆が進むし、ネットにアップできる。 でも、『クリスタル・ガーデン』のヒドイン破滅のざまぁ系は絶対に書きたくない。ヒロインのサフィー・プラハが破滅する話は特に。「サフィーが破滅するのは……イヤだ……」
last updateLast Updated : 2025-10-16
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違う始まり

「こちらがあなたのお部屋です。ルームメイトもおりますから、仲良くなさってくださいね」「はい、よろしくお願いします!」 寮の部屋に案内された私は、扉を開けて息を呑んだ。 窓辺で雑巾を持ち、黙々とガラスを磨く少女。 黒髪をきちんと結い上げているものの少々乱れ、着ているものは地味なメイド服。 かつてゲームで華やかに登場し、断罪されるはずだった悪役令嬢ーー アプリル・ブラチスラバ。「……え……どうして?」 思わず声が漏れた。 ゲームの物語では、彼女は”断罪イベント”で破滅し、退場するはず。私は当然何度もその場面をプレイしているし、破滅しているシーンも見ている。 むしろ王子と結ばれるためのルートで、何度も彼女が破滅する場面を見ているから間違いない。 けれど今、彼女は確かにここにいて、雑用に追われている。 アプリルは振り返り、虚ろな目で私を見た。「……あなたが、新しいルームメイト?」「えっ……あ、はい! サフィー・プラハです。よろしくお願いします……!」 緊張で言葉が上ずる。 ヒロインと悪役令嬢、本来なら敵対する二人が同じ部屋。 しかも彼女は、すでに破滅を経験した”落ちぶれた令嬢”であった。 アプリルは小さく息を吐き、視線を逸らす。「……好きにすればいいわ。もうわたくしは何もしないから」 それだけ言って、また黙々と窓を磨き続けた。 私はほっと胸を撫で下ろす。(よかった……これならイージーモード。ハッピーエンドはもうすぐだわ! ヒロイン特権ってやつね!)
last updateLast Updated : 2025-10-16
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イージーモードかと思ったら

 学園での生活は、私にとって夢のようなものだった。 白を基調とした制服。石造りの荘厳な校舎。 豪奢な図書館に広い庭園。 ゲームで見てきた背景が、今は『現実』として目の前に広がっている。 さらに嬉しいのは、悪役令嬢のアプリル・ブラチスラバが本来ならサフィー・プラハ……私をいじめ抜き、最後に破滅するはずなんだけれども…… すでに堕ちていて、雑用係として働いていた。(これで……安心。もうハッピーエンドは約束されたようなもの!) 私は心の中でガッツポーズをしていた。 でも、代わりに現れたのが、モニカ・ヴォローシンだった。 栗色の髪をカールさせ、いつも取り巻きを従えている彼女は、私を見つけると必ず嫌みを言っていた。 言うなれば悪役令嬢。「まあサフィーさんったら、またそんな簡素なお菓子を? 王子に差し上げるなら、もっと上等な物にしないと笑われますわよ」「あははは!」「きゃははっ!」「ひっ……」 取り巻きの笑い声が刺さる。 胸が痛むけれど、私は必死に絶えた。(これもゲーム通り……ヒロインはいじめに耐えて、最後に王子様に救われる。だから大丈夫、これはイベントの一つなんだから……) そう思って耐えていた。 しかし、モニカの嫌がらせはそれだけでは終わらなかった。 昼食のときには、私のスープにわざと塩を山盛りに入れてきたり。 舞踏会の準備の日には、私のドレスを隠したり。「まあ大変。サフィーさんったら、またおっちょこちょいですわねぇ」「……っ」 そのたびに、周囲の嘲笑が耳に突き刺さった。 私は何度も泣きそうになってしまう。 でも必ず、そんな時……「やめなさい、モニカ」 きっぱりとした声が響いた。 振り向けば、そこに立っていたのはーーかつての悪役令嬢で同室の、アプリル・ブラチスラバ。「……アプリル?」「サフィーを侮辱するのは許しませんわ」「あなたはもう破滅した身でしょう。口を出す立場ではありませんわ」「破滅したからこそ、見過ごせませんの」 彼女は私の前に立って、堂々とモニカに向き合った。 私をアプリルは庇ってくれている。 そしてきっぱりとした声音。その姿は、かつて断罪されたはずの令嬢とは思えないほど気高く見えた。「くっ……!」 モニカは顔を歪め、取り巻きと共に去って行く。 静けさが戻り、私はアプリルを見つめていた
last updateLast Updated : 2025-10-16
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ヒロインと悪役令嬢

「……どうして、私なんかを庇ったんですか?」 思わず口をついて出た言葉に、アプリルは手を止めてこちらを見た。「”なんか”ではありませんわ。誰であれ、理不尽に笑われる筋合いはありませんので」「でも……私はヒロインだから、試練に耐えるのが当然で……」 アプリルは使っていた掃除用の布をポケットに入れて、静かに首を振った。「ヒロインという言葉にどういう意味を持つか知りませんし、試練を美化するのは勝手ですけれど、それを理由に人の尊厳を踏みにじって良い道理はありませんわ」 その声音には棘があった。 胸の奥がざわつく。(……やっぱり、私達は相容れない。だって私はヒロインで、貴女は破滅したとはいえ悪役令嬢……) 言葉を飲み込み、私は笑って誤魔化すしかなかった。 でもその日を境に、彼女の存在が心のどこかで引っかかり続けた。 混乱と驚きでいっぱいだった。 ゲームと違っている事が、次々と目の前に現れる。 同じストーリーを描いている、そう思っていたのに…… でも、その日から少しずつ、アプリルとの距離が近づいていった。 掃除の時、彼女が重そうにバケツを持っているのを見て、私は思わず声をかけた。「アプリル、持ちますね」「結構ですわ。これは私の仕事ですから」 きっぱりと言いながらも、手を滑らせて少し水が零れていた。 やっぱり重そうなんだ。「……あら、少し手を貸してくださる?」「はい!」 ほんのわずかな頼みに、胸が弾んだ。 別の日には、休憩室で彼女と向かい合ってお茶を飲んだ。 質素な茶器でも、アプリルは背筋を伸ばし、優雅にカップを持っていた。「庶民のお茶も、悪くはありませんわね」 皮肉めいた口調の裏に、どこか柔らかさがあった。「……ありがとうございます」「何がですの?」「こうして一緒に……」「ふふ、奇妙なお方」 アプリルは笑い、窓辺の光を受けて赤い瞳がわずかに揺れた。 そんなやり取りを重ねるうち、私は確かに彼女との距離が縮まっているのを感じた。 けれど、どこかで思ってしまう。(……でも、釣り合っていない。だってヒロインは私で、アプリルは破滅済みの悪役令嬢。これは友情じゃない、ただの気まぐれ……) お茶の温もりに心をほぐされながらも、心の奥でそんな言い訳を繰り返して
last updateLast Updated : 2025-10-16
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王子との出会い

 王子と出会う。その期待はすぐに叶う事になった。 ある日のこと。 私はついに、彼に出会う事が出来たから。 出会ったのは学院の教室にて。「おっとっと」 ちょっとペンを拾おうとしてよろけちゃった。「大丈夫かい?」「は、はい……あ、あれ……?」 差し伸べられた手を取ろうと見上げたとき、心臓が跳ねた。「サフィー・プラハ嬢ですね」 爽やかな声とともに、差し出された手。 そこに立っていたのはーーキリル・デ・プレスラバ王子。「は、はいっ!」 あまりの緊張で声が裏返ってしまう。 けれど、王子は優しく微笑んでくれた。 私の目をまっすぐに見つめ、穏やかに頷いてくれる。(ああ……やっぱり、これだわ! ゲーム通り、いや、それ以上! もうすぐハッピーエンドにたどり着ける!) 胸が高鳴り、夢見心地になった。「サフィー、勉学に励んでいると聞いているみたいだ。君のような真心ある姿、聖女様は必ずご覧になっているはずだ」 殿下が……私を認めてくださった。 これこそヒロインの証よ……!「頑張ります!」「俺も期待している」 よし、こうなったら勉強をもっと頑張らないと! そう思っていたけれども…… ーーその瞬間、ふと後ろの方から視線を感じた。 アプリル・ブラチスラバだった。 彼女は棚を掃除していたけれども、王子と私を一瞥しただけで、また掃除に集中していた。(……冷たい。祝福してくれてもいいのに……) 私の胸は夢でいっぱいだったけれど、その冷ややかな仕草が、どこか針のように刺さっていた。 しかも陶酔している状況を打ち砕くように、今度は横からわざとらしい声が響いた。「まぁまぁ、サフィーさんったら。殿下と目が合っただけで”お芝居の主役気取り”ですの?」 モニカ・ヴォローシンが腕を組んで、取り巻き達を従えてにやりと笑う。 ゲームだったら貴女も取り巻きの一人なんだけれど。「勉学に励んでるんですって? でも庶民の娘にできることなんて、限られてますわよね」「きゃははっ!」「本当に殿下のお相手になると思ってるのかしら?」 笑い声が突き刺さった。 胸が痛み、唇が震える。 でも私は必死に顔を上げた。(これはイベントの一つ……だから。いじめに耐えた先に、必ず救いがある。ヒロインだから大丈夫……!) 私は必死に言い聞かせる。 ふと横を見ると、アプ
last updateLast Updated : 2025-10-16
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学び舎の悪役令嬢

 昼下がりの学院食堂は、銀の食器が並び、香ばしい匂いに包まれていた。 列に並びながら、私は胸の奥で何度も反芻していた。(”俺も期待している”……殿下が、私に。ああ、きっと私は正しい道を歩いている。ヒロインとして……!) 胸が熱くなり、思わず口元が緩む。 トレーを持ちながら笑みを浮かべていると、背後から花で笑う声がした。「まぁまぁ、随分と幸せそうね、サフィーさん」 振り向けばモニカが立っている。取り巻きが二人、扇のように左右に並んでいる。当然扇子も持っている。「そのスープ、少し味が足りないのではなくて?」 意地の悪そうな笑みをしながら、彼女は隠していた小瓶から山盛りの塩を振りかけた。 真っ白な粒が表面を覆い、香りは一瞬にして台無しになってしまう。「きゃははっ!」「庶民の味には、ちょうどいいんじゃない?」「これで”殿下に期待される舞台女優様”の昼食ですって!」 笑い声が突き刺さる。 スプーンを握る手が震え、涙がにじみそうになった。(これは……ゲームのイベント。いじめに耐えれば、必ず救いがある。大丈夫、私はヒロインなんだから……!)「いい加減になさい、モニカ!」 振り向くと、食器を片手にアプリルが立っていた。 どうやら食べ終わった食器を洗っていたみたい。 エプロンは少々濡れているからそうみたい。 そんな彼女は背筋はまっすぐで、瞳は凛としていた。「他人の食事に手を加えるなど、下劣の極みですわ。それでも貴族の令嬢と名乗れるのかしら?」「なっ……あなたに言われたくはありませんわ!」「そうよ。洗いかけの食器を手にしている貴女に……」「あら、貴女達はかつてわたくしの取り巻きだったのでは?」「それはそれ、今は……」 モニカは顔を赤らめて、周囲を見回す。 追従していた取り巻きも、徐々に言葉がすぼんでいて気まずそうに目を逸らそうとしていた。「破滅した身だからこそ、分かることもありますの。貴女達の振る舞いは、決して誇りとは呼べませんわ」 アプリルの声音は冷たく、けれど揺るぎなかった。 モニカは舌打ちをして取り巻きを連れて、足早に去っていく。 残された沈黙の中で、私は震える声を絞り出した。「……ありがとうございます」「礼など不要ですわ。すぐに新しいの持ってきますわ」 アプリルは淡々と答え、布で食器を拭きながら背を向けた。
last updateLast Updated : 2025-10-16
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悪役令嬢と庇うヒロイン

 ある日の午後過ぎ、廊下を歩いていると、大きな音が響いた。「ちょっと、何をしているの!?」 声はモニカのもので、声の方向に行ってみると、モニカがアプリルに因縁をつけていた。 水の入った桶が置かれていて、床はまだ濡れている。 どうやら水拭きなどを行っていたみたい。 モニカのスカートに染みが出来ていて、まるでうっかりアプリルがモニカのスカートを汚したように見えた。「どうしてわたくしのせいなんですか?」「アプリルは今まで、ここで掃除をしてたじゃないの。変な布の使い方をしているから、アタシに水がかかったじゃない! 弁償しなさいよ!」 アプリルは毅然と首を振った。「けれど、わたくしはあなたがここを通った時には、布も水も使っていないですわ」「さあ、どうだか。破滅したあなたは信用できないし、証人なんていないんだから」 モニカはどうしてもアプリルを嵌めたいみたい。 アプリルは破滅していて、信用が無くなっているから、モニカの言葉を信じるかもしれない。 おまけにモニカの取り巻きまでやってきて、彼女の加勢をしているし。(……でも、その染みって!) 私は思わず声をあげた。「その染みって、さっきの授業でついちゃったものでしょ!」 顔を上げたモニカが目を見開く。「はぁ……? 何を根拠にーー」「ちょっと甘い匂いするし、授業で使ったシロップでしょ。ほんのちょっとべたついているし」 確かに私は見ていた。 さっき私達は、お菓子を作る授業をしていた。 その際に、モニカが不注意でスカートにシロップをこぼしたのを。「あら、わたくしの水には砂糖など入っていませんわよ。飲んでみます?」「……っ!」 水の入っている桶をモニカに見せて、アプリルは潔白を証明しようする。 少々汚れていて、飲めそうにないけれど。「もう、覚えていなさい!」 捨て台詞のように、モニカは取り巻きを連れてこの場を離れていたった。 残ったのは、アプリルと私だけ。「サフィー助かったわ、ありがとう」「ううん、私がもうちょっと頭が良かったら、完全に勝てたんだけれどね」 私は照れくさくはにかみながら笑うと、アプリルは布を畳んで、ふっと表情を和らげた。「まぁ、十分ですわ」(これがヒロイン。正しいことをしないと)「おや、何か騒動があったけれども」 そのとき、後方から声がした。 振り返
last updateLast Updated : 2025-10-16
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マッサージのひととき

 その夜。「この世界のこと、難しいじゃん……」 本を開いて、羊皮紙に筆を走らせながら小さく呟いた。 ゲームを何度もプレイしていて、ある程度の世界観は分かっていたものの、この異世界における細かいところは分からなかった。 だからそこ、書物を読んで勉強を。「サフィー、お茶を淹れたわ」 アプリルはトレイを持って近づき、机に紅茶を置いた。 湯気と共に漂う香りが、私の鼻をくすぐる。 彼女のトレイを持っている姿は、完全になれた様子だった。「ありがとう……!」「たまたま飲みたくなったので、一緒に淹れただけよ」 そう言いながら、アプリルはもう一個のカップで紅茶を飲み、日誌へ雑務の記録を書き込んでいく。 手伝いたいけれども、これの書き方を私は知らない。 だから、記録を書き終わった辺りでアプリルに言った。「アプリル、ちょっとマッサージしてあげる」 これだったら出来ると思ったから。「……大丈夫よ」 少し戸惑う声。 でもやってあげたかった。「結構朝から夜まで大変そうだから、せっかくだからね」「そう? お願いするわ」 私はそっと肩に手を置き、優しく揉みほぐしていく。元の世界でも部活で疲れた陽菜達にマッサージをしたりしていたから、多少は慣れている。 でも強すぎないように、ゆっくりと。 肩は想像以上に固く、彼女が本当に働きづめなのだと分かる。「結構固い……大変だったのね」「……それだけわたくしは、メイドとして仕えながら罰を受けているの」 ちょっと言葉を詰まらせながらも、私に吐き出すように答えていた。 肩がほぐれたら場所を変える。 私は黙って、その手を取ってほぐす。 雑務で硬くなった手のひら。けれど細くて白い指は、まるで白魚のように綺麗だった。「頑張っているのね」「……ありがとう」 マッサージを終えると、アプリルは小さく微笑んだ。 その横顔を見て、胸の奥が少し熱くなる。「良いの。またしてほしかったら、いつでもしてあげるから」「そうするわ。で、勉強はもう良いのかしら?」 アプリルは私が途中まで開いている書物と、羊皮紙を見て首を傾げる。「今日はこれで良いの」 マッサージをしたら、眠気が押し寄せてきた。 だから今日の勉強はここまで。 私はペンを置いて、ベッドに身を沈める。 湯気の香りがやわらいで、部屋は静かになった。 同
last updateLast Updated : 2025-10-16
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優しさの棘

 その夜、眠りに落ちた私は、王子と並んで舞踏会を踊る夢を見た。 伸ばされた手を取り、踊るたびに胸が高鳴り、誰もが私を祝福してくれる。 シャンデリアも大理石の床も輝いている。 ーーそう、これこそヒロインの私にふさわしい未来。 ……けれど、目を覚ましたときに見えたのは、隣のベッドで眠るアプリルの横顔だった。 夢のきらめきは一瞬で色褪せ、胸の奥に小さな寂しさが残る。 アプリルの横顔は何故か現実を思わせてしまう。(大丈夫……殿下はきっと、私を見てくださる。だって私はヒロインだから) 翌朝、鏡の前で髪を整える手が自然と震えていた。 少しでも美しく見えるようにとリボンを結び直し、深呼吸をして学院へ向かう。 ーーそして廊下の角を曲がったとき。「やあ、また会ったね」「で、殿下!」 私は王子とばったり会った。 笑顔が素敵で、この人と結ばれる事に期待感が高まっていた。「お天気も良くて……素晴らしいですね!」 緊張していて、こんな会話しか出来ない。 ゲームだったらもうちょっと良い選択肢が出るはずなんだけれども、ここは現実。 そんなに上手くいくわけなんてない。「ああ。君も太陽と同じように綺麗だ」「殿下……嬉しいです!」 顔が紅く染まっていると思う。 それくらい感情が高ぶっていた。「さて、また会おうか」「はい……!」 王子はまた歩いていった。 しかし……「アプリル、久しいな。体調はどうだ?」「お心遣い痛み入りますわ、殿下」 すぐ横で、王子がアプリルにも優しく声をかけるのを聞いてしまった。(……どうして。アプリルはもう破滅したはずなのに。どうして殿下は、あの人にも……) 婚約破棄されているから、王子がアプリルに近づく理由なんてない。むしろ、そんな人が会話したら…… 胸の奥に、ひやりとした棘が刺さった。 それが嫉妬だと気づくのに、時間はかからなかった。 アプリルへも優しく声をかけた殿下の姿が、何度もまぶたに焼き付いて離れなかった。 ひやり、と首筋を風が撫でた気がした。 私は笑っているはずなのに、頬の筋肉だけがぎこちなく震える。(どうしてーー私だけを見てくださらないの?) 胸の奥の棘が、鼓動に合わせて少しずつ深く沈んでいった。
last updateLast Updated : 2025-10-16
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夢を刺す言葉

 休み時間、ふと廊下の窓から庭園が見えた。 陽光を浴びて花々が揺れ、宝石のようにきらめいている。(見て……私こそがヒロインなんだって。そう囁いてくれているみたい) 衝動に駆られるように私は庭園へ足を向けた。 夢を確かめたかった。殿下が本当に私を見てくださっているのだとーーもう一度、証明してほしかった。「広いなぁ……」 学院の庭園に足を踏み入れ、思わず声が漏れた。 流石ゲーム名が『クリスタル・ガーデン』という名前に相応しくて、庭園は豪華で広い。 白亜の東屋もあり、四季折々の花が咲き乱れている。「おや、サフィー嬢じゃないか」「で、殿下! こちらにいらしたんですか」 私はこの庭園に、王子が居たことに驚いてしまう。 だけど、王子はこの庭園の雰囲気に似合っていて、とても気品に満ちて見えた。「そうだな。気分を落ち着けたい時には、ここに来るんだ」「私、今日が始めて来たんですが、とても広いですね」 周りを見回しながら話す私に、王子は視線を合わせて穏やかに頷いた。「ここの庭園は、様々な植物が植えられているんだ。だからいつ来ても美しい」「本当ですよね……」 別の日に来たら、別の花が咲いているかな。想像するだけで胸が高鳴った。 そんな想像できるくらい多くの植物が。「君も居ると映えている。皆、ここに来ると顔が和らぐんだ。誰であれ、花は等しく迎えてくれるからね」「わ、私もですか……!?」 王子が私をじっくりと見ている。 ドキドキしてきて、顔を紅くする。「そうだ。君も可愛らしいな」「あ、ありがとうございます……!」 嬉しくて、胸が震える。 言葉ひとつで、こんなにも心が満たされるなんて。「さて、そろそろ次の授業が始まる。俺も送ろう」「ほ、本当ですか……!」 夢のような時間。私は高揚しながら、王子と肩を並べて歩いた。 歩くたびに胸の奥で、小さな鐘が鳴るように感じる。 これがヒロインの特権。「殿下と一緒に歩いたんだ」 教室に戻ると、女生徒達は微笑みながらも、一歩下がって私から距離を取った。 まるで、眩しすぎる光を避けるように。 その中に混じる、モニカと取り巻き達の刺すような視線。「やっぱり私が特別だからよね」 小声でそう呟いて、自分に言い聞かせるようにさらに頬を紅潮させる。 王子は別の授業があるからって、出て行っちゃった
last updateLast Updated : 2025-10-16
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