聖女を信じて悪役令嬢を陥れ続けたら、断罪されたのは私でした

聖女を信じて悪役令嬢を陥れ続けたら、断罪されたのは私でした

last updateLast Updated : 2025-10-16
By:  奈香乃屋載叶Updated just now
Language: Japanese
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「わたしはヒロイン。殿下と結ばれるのが、運命なの」 そう信じて疑わなかった女子高生から転生した乙女ゲームのヒロイン、サフィー・プラハは、聖女グルナの囁きに従い、破滅したはずの悪役令嬢アプリルを再び告発する。 夢のような舞踏会、優しい王子の言葉。 ――すべては、偽りだった。 断罪、破滅、そして廃都への追放。 ヒロインであるはずの彼女は、気づけば「ヒドイン」として物語の外へ落とされていた。 崩壊した夢の中で、彼女は何を選ぶのか。 これは、聖女を信じて悪役令嬢を陥れ続けた少女が、すべてを失う物語。

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Chapter 1

憧れのサフィー・プラハ

 目覚ましのベルが鳴って、私は慌てて布団から飛び起きた。

 もうちょっと早く起きるはずだったけれども、寝過ごしちゃったみたい。

「やば、また寝坊しそうだった……」

 朝ごはんを急いでかきこんで、慌ただしく制服に袖を通す。鏡の前に立つけれど、そこに映る私はどこにでもいる普通の女子高生。

 黒髪のセミロングに焦げ茶色の瞳。

 ……なんだか、少し退屈な気がする。

 と、考えている暇は無かったから急いで学校へ向かう。

「お、おはよう……」

 遅刻寸前で教室に入る。

敦賀つるがさん、おはよう……」

 山田さんが挨拶してくれた。

 そこまで私自身、仲が良いのか分からないけれど、山田さんは今まで遅刻はしていない。

 ただ暗くてどんよりしている、そんな女の子。

佐奈さな、今日も寝坊したの?」

「そうなんだよ……」

 教室の奥で動橋いぶりはし陽菜ひなが私をからかってきた。

 仕方ないけれどね。

 私はにっこりとはにかんで、返事をする。

「さて、ホームルームを始める」

 そうしていたら、チャイムが鳴って先生が入ってきた。

 いつものように授業が始まっていく。

 順調に授業を受けていく。

 休み時間、教室で陽菜達と話していると、陽菜が笑いながら私に言った。

「そういえば佐奈、この前また募金に全部入れたんでしょ? ほんっと断れないんだから」

 先日クラスで募金活動があった時、募金で財布に入っていたお金を入れたんだっけ。

 流石に注目するよね。

 財布をさかさまにして入れていたし。

「えっ、だって……必要な人がいるならと思って」

 私ははにかみながら答えた。

「バカだなぁ、騙されるよ絶対」

 冗談めかして言われても、図星だから言い返せなかった。

 だって実際、街で『幸運を呼ぶ壺』を売りつけられそうになったこともあったし。

 冷静に考えれば怪しいのに……

 放課後は文芸部に向かう。

 私の机の上には、ノートとパソコン。書くのはオリジナル小説だったり、乙女ゲーム『クリスタル・ガーデン』の二次創作だったり。

 特に『転生ヒドインが破滅する』ざまぁ系の小説は、なぜかよく筆が進むし、ネットにアップできる。

 でも、『クリスタル・ガーデン』のヒドイン破滅のざまぁ系は絶対に書きたくない。ヒロインのサフィー・プラハが破滅する話は特に。

「サフィーが破滅するのは……イヤだ……」

 私はサフィーに、自分を重ねちゃっているんだと思う。ゲームの中でも、彼女が破滅するルートはバッドエンド。私にとっては絶対に避けたいエンディング。

 だからサフィー・プラハが破滅する二次創作も嫌い。

 今日書いているのは『クリスタル・ガーデン』の二次創作で、ヒロインのサフィー・プラハが王子と結ばれる話。破滅とは真逆。

 こういうのだったら私は書ける。

「佐奈、また書いているの?」

 同じ部員の高月たかつき華怜かれんにパソコンの画面を覗き込まれることもある。逆に、私が彼女の小説を読むこともある。

「やだ、見ないでよ」

「そっちこそ」

 私達はそんな風に照れ隠しをしながら、それぞれ小説を書いていく。

 でも私的には、『いいなぁ、ちゃんと書けてる』と羨ましく思ったりもする。

「佐奈、ちょっと良い?」

 小説を書いていると、文芸部の部室に友達の春江はるえ鈴鹿すずかがやってきた。

 彼女は演劇部に所属している。

「良いよ!」

「ありがとう、じゃあ小道具を運んで欲しいの」

 舞台へ行って、衣装や舞台で使う小道具などを運んでいく。

 そこそこの重さはあるけれども、これくらいは大丈夫。

「マイクチェックもお願いできるかな」

 セリフを読むと、マイク越しに自分の声が響いて、思った以上に迫真の演技になってしまった。

「佐奈、結構良い声してるじゃん」

 そんな事を言われて、思わず赤くなった。

 ……でも、舞台の上で主役を演じる人を見たとき、胸がざわつく。

 羨ましい。私もあそこに立ってみたい。

 みんなから拍手される側になれたらーーって思う。

 そう思いながらも、実際に立つことはできないから、ただ裏方の手伝いをするだけ。

 主役を見ているだけ。

「疲れちゃったから、マッサージ出来る?」

「もちろん!」

 私は鈴鹿達にマッサージを行う。

「あっ、そこそこ……」

 結構評判が良かったりする。

「敦賀さん、また明日ね」

「うん、また明日!」

 演劇部の手伝いが終わった後、校門に向かう谷浜さんに挨拶をして、陸上部の練習場を通ると、陽菜に呼び止められた。

 グラウンドはまだ熱気が残っている。

 陽菜は陸上部に所属していて、大会にも出場している。

「佐奈ー! ちょっと片付け手伝ってー! あとマッサージも!」

 私は「良いよ!」と笑って答える。陽菜は走っているとき、本当に輝いて見える。

 汗だくで、それでも楽しそうで。

 そんな彼女の後ろ姿を見ながら、私は自分の影を意識する。

 手伝いながら「羨ましいなぁ」って、心の奥で思ってしまう。

「肩がガチガチで動かないのよ……」

 片付けを行ったら、次は陽菜のマッサージを。

「わ、分かった。ちょっと失礼するね」

 陽菜の肩に触れると、こわばった筋肉の感触。結構使っているんだね。

 さすりながら優しくほぐしていく。

「うわっ、楽になった! 佐奈のマッサージ、本当魔法みたい!」

「えへへ……役に立てたなら良かった」

「私もお願い!」

「もちろん!」

 別の部員の身体もほぐしていく。

 陽菜とは違った疲れ方なので、ほぐし方も別の方向から。

「本当に助かった」

「疲れていたら、頼って良いからね!」

 そう答えながらも、最後の一周とかをしている選手達の姿を目で追った。

 他の部員達から声援を受け、ゴールに飛び込んで歓声を受ける彼ら。

 彼らを羨ましく思っているけれども、私はいつも中心にはいない。

「佐奈、いつもありがとうね」

「うん……」

 褒められて胸が温かくなる一方で、心の奥では小さな棘がうずく。

(私だって……本当は、応援される側になりたいのに)

 陸上部では支える人。

 演劇部では裏方。

 文芸部でも、書きかけの小説は最後まで仕上げられない。

 ーーどこにいても、主役にはなれない。

 家に帰って、宿題を片付ける。

 パソコンの前に座って、サフィー・プラハを主人公にした小説の続きを書くものの、結局アップロードのボタンを押せない。

 代わりにざまぁ系の短編を投稿して、わずかな承認欲求を満たす。

 パソコンの画面には、二つのフォルダが並んでいる。

 一つは『サフィー小説』、もう一つは『ざまぁ投稿用』。

 ……同じように小説を書いているのに、扱いはまるで違う。

「溜まっちゃったな……」

 『サフィー小説』の方には、未投稿のテキストデータがぎっしりと詰まっている。話はちゃんと出来上がっているけれども、投稿できていない。

 サフィーが王子と結ばれる話に、サフィーが誰かに優しくされて、幸せに微笑む話。

 ……私が心から『これがハッピーエンド』と思える物語ばかり。

 でも、アップロードボタンにカーソルを合わせるたびに、心臓がバクバクして、結局キャンセルしてしまう。

「もし、つまらないって言われたら……」

「もし、サフィーなんて嫌いってコメントをされたら……」

 それは、私自身を否定されるみたいになってしまう。

 だってサフィー=私だから。それが怖くて投稿できない。

「こんなに投稿してきたのね……」

 その一方で、『ざまぁ投稿用』の方は気楽だった。

 テキストファイルに入っている小説は全て、アップロード済み。

 転生したヒドインがわがまま言い過ぎて、結局破滅する話。

 ライバルに嫌われ、王子に見放され、最後にはざまぁされる。

 そういう筋書きだったら、どんどん書けたし、アップロードもできた。

 『よくあるざまぁだけどスッキリした』『こういう展開好き!』、そんなコメントがつくだけで、胸が温かくなる。

 ああ、ちゃんと誰かが読んでくれてるんだって。

 ーー矛盾しているよね。

 サフィーが破滅するのは絶対にイヤ。だけど、別の”誰か”なら破滅しても平気。

 私はサフィーを守りたい。だってサフィーは私だから。

 でもその裏では、嫉妬や劣等感を別のキャラクターに投影して、破滅させて満足している。 矛盾しているのに、やめられない。

 投稿サイトの『マイページ』を眺めながら、私はそっとため息をついた。

 その後、ゲーム機を取って『クリスタル・ガーデン』を起動。

 何度も遊び尽くした、学園と恋と陰謀に満ちた乙女ゲーム。

 サフィー・プラハはこのゲームのヒロインで、私はこのゲームの二次創作を書いている。

 彼女が王子と結ばれるルートを繰り返し攻略する。

 決してサフィーが破滅するエンディングは見たくない。最悪のバッドエンドだから。

「やっぱり、ここが一番ハッピーエンドだよね……」

 コントローラーを握ったまま、まぶたが重くなる。

「佐奈、昨日ゲームしながら寝てたでしょ」

 朝、目を覚ましたらゲームのエンディング画面のまま。どうやら寝落ちしたみたい。

 母にからかわれて、私は顔を赤くする。

「ちょっとだけのつもりだったんだけど……」

 どうしてもやめられない。サフィーが幸せになるルートを見ていると、私まで救われる気がするから。

 私も幸せになっている。そんな気持ち。

「佐奈ー! 今日も片付けよろしく!」

「うん、良いよ」

 教室で今日も陽菜に呼ばれる。

 私は笑って答えるけれど、心の奥では思ってしまう。

 ーーどうして私は、いつも頼まれる側なんだろう。

 陽菜は大会で記録を出して表彰台に乗って、賞状を貰って。

 羨ましいな、あんな風に注目されて。

「やっぱり難しいなぁ……」

 カタカタとキーボードを叩く音が、静かな部屋に響いている。

 華怜が画面に集中している横で、私はノートをめくりながらため息をついていた。

「……今日も中途半端」

 サフィーの話を思いついたけれども、仮に投稿したとして喜んでもらえるものなのか不安になる。

 喜んでもらえるようなそこまでストーリーが思い浮かばない。

 サフィーがハッピーエンドになる話は、私がハッピーエンドだと思っている話だから。

「佐奈、結構こっちに出ているけれども、手伝いとかは大丈夫?」

「うん。ちゃんとしているし、こっちは気楽で良いから」

 そう言って笑ったけれども、胸の奥がチクリと痛んだ。

 誤魔化すようにはにかむ。

(本当は……私も目立ちたいけれど……)

 ペンを握り直し、ノートに文字を走らせる。

 今度は転生ヒドインが破滅する話。こっちは書きやすい。

 最後はざまぁみろと言えるような破滅の仕方。

 ああ、本当に書きやすい。なんでなんだろう、私。

「文芸部なら役も順位も関係ない。ただ物語を考えればいい」

 そう自分に言い聞かせるように。

 でも、心のどこかで、その言葉が”言い訳”でしかないことを、私は分かっていたけれど。

「また書いているの? 佐奈」

 突然かけられた声に顔を上げると、ドアのところに美浜みはま六花りっかが立っていた。

 違う学年の人。

 特別に仲が良いわけでもないけれど、時々こうして顔を出しては、私の書いているものを覗いてくる。

「え、うん……」

 少し気恥ずかしく答える。

「へぇ……転生ヒロインが破滅する話ねぇ。普通は幸せになるはずなのに、破滅させるなんてね。本当に好きだね、そういうの」

 六花はひょいと机に身を乗り出し、ノートのページを覗き込んだ。

「……破滅するヒロイン、か。ふーん」

 小さく笑って、わざとらしく肩をすくめる。

「でもさ、わざわざヒロインを転生させて破滅させるなんて、ちょっと酷くない? ヒロインって、本来は愛されて幸せになるためにいるんじゃないの?」

「そ、そんなことないよ。ヒロインだからって、必ずしも幸せになれるとは限らないし……むしろ努力しないと、周りを巻き込んで破滅することだってあるから」

 私は反論する。けれど六花は楽しそうに首を傾げた。

「努力しないと破滅? へぇ……そういうヒロインも”あり”なのね。でもさ、もし私が転生してヒロインになったら、そんな風にはさせない。絶対に破滅なんてしないし……誰にも奪わせない」

 いたずらっぽく笑っている。

 ヒロインになったら絶対に破滅したくない。

 私自身サフィーになったとしても、絶対に。サフィーはハッピーエンドになってほしい。

「そんな風になったらいいね」

 微笑みながら、六花の宣言に反応する。

「佐奈、そういえば演劇部の手伝い、今日も来てくれる?」

 六花は思い出したように言ってきた。六花は演劇部に所属している。

 舞台では脇役が多いみたいだけど。

「うん。じゃあ行こうか」

 私はノートを閉じて舞台へ行って、演劇部の手伝いを。もちろん、疲れた鈴鹿や六花にマッサージもね。

 練習を見ていると、主役が舞台で輝いていた。

 拍手が巻き起こる。私はそれを遠くから見つめるだけ。

「私も……」

 小さな声で呟いて、すぐに首を振った。無理、そんなの。

 ごまかしても、ほんのちょっとだけ思ってしまう。

 失敗してしまえ、と。

 それはすぐに頭の中から消えろと言い聞かせたけれど。

「ごめん、今日もマッサージをお願い!」

「ううんよろこんで」

 陸上部の片付けの最中、陽菜から頼まれた。

 当然快く引き受ける。

「あっ、そこそこ……気持ちいい……」

 今日も頑張っていたのか、陽菜は肩がこっていたし、腰も疲れていた。

 それをほぐしていく。

 こうすれば、陽菜は明日も練習に打ち込める。

「ありがとう!」

「良いの。私で良かったらいつでも大丈夫だから」

 私はにっこりとした表情を陽菜に見せる。

 でも、私だってこんな風に頼りたい。

 目立ちたいし、手伝ってもらいたい。

 ……無理だよね。

 家に帰ると、今日も宿題を終えて、また小説を書いていく。

 サフィーがハッピーエンドになる話を。

 フォルダを開けば、『サフィー小説』のデータが目に入る。

 サフィーがハッピーエンドになる話ばかりで、私がサフィーに『幸せになってほしい』と願って書いた物語だ。

「……今日こそ、投稿してみようかな」

 マウスカーソルをアップロードのボタンに合わせる。

 誰かに読んでもらえたら、きっと嬉しい。承認されるかもしれない。

 ーーでも、同時に怖い。

 批判的なコメントばっかりついて、小説を、サフィーを、私を否定されるのが。

「はぁ……今日はいいや」

 しばらく画面を見つめていたけれど、結局『キャンセル』を押してしまった。

 ああ、やっぱり無理だ……

「せめてこれを……」

 代わりに、『ざまぁ投稿用』フォルダを開く。

 今日もここの小説を投稿する。

 こっちだったら、ちょっとした短編であってもすぐに『スカッとした!』なんてコメントがつくから。

 安心して投稿できるし、私の中途半端な部分を満たせる。

 でも……本当に見てほしのはサフィーの幸せ。

 矛盾している。分かっているけれど、怖い物は怖い。

「今日もこれを……」

 気を紛らわせるように、私はゲーム機を手に取る。

 遊ぶのは勿論、『クリスタル・ガーデン』。タイトル画面が光っている。

 彼女を操作して、王子に選ばれるルートを何度も繰り返す。

 でも……

「……えっ?」

 王子の冷たい瞳、群衆の罵声、サフィーが”偽ヒロイン”と呼ばれて追放される結末。

 BGMは不協和音に歪み、キャラクター立ち絵が暗転する。

 ーー偽ヒロイン断罪エンド

 震える指先でスキップを押しても、エンドロールは止まらない。

 しまったと思っても、心が辛い。

 途中の選択肢を間違えちゃった。そのせいで、このエンディングに……

「違う……こんなの、サフィーじゃない……」

 どうしてこのゲームは、こんなルートを用意したんだろう。

 サフィーが群衆に罵られて消えていくなんて……許せない。

 いくら二次創作で王子と結ばれるルートに次いで人気だからって、私は認めたくない。

「私は、絶対こんなエンドになんて行かせない」

 涙を滲ませながら、もう一度最初から始める。

 選択肢は間違えちゃだめ。

 特に断罪イベントで、『アプリルを糾弾する』なんて選択肢は絶対に選ばない。

 気をつけていたから、今度は無事に王子と結ばれるエンディングに入れた。

「……サフィー。君こそが、私の隣に立つべき人だ」

 私の胸に、じんわりとした熱が広がる。

 何度見ても涙が出そうになる。さっきは絶望の涙だったけれども、今は感動の涙。

 ーー真実の愛エンド

「……やっぱりこれだよ。サフィーは絶対に幸せになるべきよ」

 私は安心したのか、頭が疲れてきた。

 だから、そのまま眠りに入っていく……

 目を覚ました時……

「……え?」

 私は見知らぬ馬車の車内だった。

 揺れる車内で、全く見当がつかない。

「どういう事……?」

「え……? ここ、どこ……?」

 私は震える手で袋の中にある手鏡を掴んだ。

 そこに映っていたのはーー金色の髪と、サファイアのように透き通る青い瞳。

「さ……サフィー……? 本当に、私が……!」

 憧れていたヒロインの姿。

 『クリスタル・ガーデン』のヒロインである、サフィー・プラハ。

 そのゲームの世界に、本当に来てしまったのだ。

 困惑の震えは、歓喜の震えへと変わっていく。

 胸が高鳴り、嬉しさのあまり涙が出そうになる。

「私……異世界転生モノであるような……ヒロインになったんだ!」

 よく見るような明らかなテンプレート的展開に、私は拳を握って喜ぶ。

 この時の私は、希望と期待に満ちていた。

 馬車は、王立クリスタリア学院へ。

 そこで転校生として、私は入学することに。そう、ゲームと同じことに。

 こうして私、敦賀佐奈はサフィー・プラハになった。

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憧れのサフィー・プラハ
 目覚ましのベルが鳴って、私は慌てて布団から飛び起きた。 もうちょっと早く起きるはずだったけれども、寝過ごしちゃったみたい。「やば、また寝坊しそうだった……」 朝ごはんを急いでかきこんで、慌ただしく制服に袖を通す。鏡の前に立つけれど、そこに映る私はどこにでもいる普通の女子高生。 黒髪のセミロングに焦げ茶色の瞳。 ……なんだか、少し退屈な気がする。 と、考えている暇は無かったから急いで学校へ向かう。「お、おはよう……」 遅刻寸前で教室に入る。「敦賀さん、おはよう……」 山田さんが挨拶してくれた。 そこまで私自身、仲が良いのか分からないけれど、山田さんは今まで遅刻はしていない。 ただ暗くてどんよりしている、そんな女の子。「佐奈、今日も寝坊したの?」「そうなんだよ……」 教室の奥で動橋陽菜が私をからかってきた。 仕方ないけれどね。 私はにっこりとはにかんで、返事をする。「さて、ホームルームを始める」 そうしていたら、チャイムが鳴って先生が入ってきた。 いつものように授業が始まっていく。 順調に授業を受けていく。 休み時間、教室で陽菜達と話していると、陽菜が笑いながら私に言った。「そういえば佐奈、この前また募金に全部入れたんでしょ? ほんっと断れないんだから」 先日クラスで募金活動があった時、募金で財布に入っていたお金を入れたんだっけ。 流石に注目するよね。 財布をさかさまにして入れていたし。「えっ、だって……必要な人がいるならと思って」 私ははにかみながら答えた。「バカだなぁ、騙されるよ絶対」 冗談めかして言われても、図星だから言い返せなかった。 だって実際、街で『幸運を呼ぶ壺』を売りつけられそうになったこともあったし。 冷静に考えれば怪しいのに…… 放課後は文芸部に向かう。 私の机の上には、ノートとパソコン。書くのはオリジナル小説だったり、乙女ゲーム『クリスタル・ガーデン』の二次創作だったり。 特に『転生ヒドインが破滅する』ざまぁ系の小説は、なぜかよく筆が進むし、ネットにアップできる。 でも、『クリスタル・ガーデン』のヒドイン破滅のざまぁ系は絶対に書きたくない。ヒロインのサフィー・プラハが破滅する話は特に。「サフィーが破滅するのは……イヤだ……」
last updateLast Updated : 2025-10-16
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違う始まり
「こちらがあなたのお部屋です。ルームメイトもおりますから、仲良くなさってくださいね」「はい、よろしくお願いします!」 寮の部屋に案内された私は、扉を開けて息を呑んだ。 窓辺で雑巾を持ち、黙々とガラスを磨く少女。 黒髪をきちんと結い上げているものの少々乱れ、着ているものは地味なメイド服。 かつてゲームで華やかに登場し、断罪されるはずだった悪役令嬢ーー アプリル・ブラチスラバ。「……え……どうして?」 思わず声が漏れた。 ゲームの物語では、彼女は”断罪イベント”で破滅し、退場するはず。私は当然何度もその場面をプレイしているし、破滅しているシーンも見ている。 むしろ王子と結ばれるためのルートで、何度も彼女が破滅する場面を見ているから間違いない。 けれど今、彼女は確かにここにいて、雑用に追われている。 アプリルは振り返り、虚ろな目で私を見た。「……あなたが、新しいルームメイト?」「えっ……あ、はい! サフィー・プラハです。よろしくお願いします……!」 緊張で言葉が上ずる。 ヒロインと悪役令嬢、本来なら敵対する二人が同じ部屋。 しかも彼女は、すでに破滅を経験した”落ちぶれた令嬢”であった。 アプリルは小さく息を吐き、視線を逸らす。「……好きにすればいいわ。もうわたくしは何もしないから」 それだけ言って、また黙々と窓を磨き続けた。 私はほっと胸を撫で下ろす。(よかった……これならイージーモード。ハッピーエンドはもうすぐだわ! ヒロイン特権ってやつね!)
last updateLast Updated : 2025-10-16
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イージーモードかと思ったら
 学園での生活は、私にとって夢のようなものだった。 白を基調とした制服。石造りの荘厳な校舎。 豪奢な図書館に広い庭園。 ゲームで見てきた背景が、今は『現実』として目の前に広がっている。 さらに嬉しいのは、悪役令嬢のアプリル・ブラチスラバが本来ならサフィー・プラハ……私をいじめ抜き、最後に破滅するはずなんだけれども…… すでに堕ちていて、雑用係として働いていた。(これで……安心。もうハッピーエンドは約束されたようなもの!) 私は心の中でガッツポーズをしていた。 でも、代わりに現れたのが、モニカ・ヴォローシンだった。 栗色の髪をカールさせ、いつも取り巻きを従えている彼女は、私を見つけると必ず嫌みを言っていた。 言うなれば悪役令嬢。「まあサフィーさんったら、またそんな簡素なお菓子を? 王子に差し上げるなら、もっと上等な物にしないと笑われますわよ」「あははは!」「きゃははっ!」「ひっ……」 取り巻きの笑い声が刺さる。 胸が痛むけれど、私は必死に絶えた。(これもゲーム通り……ヒロインはいじめに耐えて、最後に王子様に救われる。だから大丈夫、これはイベントの一つなんだから……) そう思って耐えていた。 しかし、モニカの嫌がらせはそれだけでは終わらなかった。 昼食のときには、私のスープにわざと塩を山盛りに入れてきたり。 舞踏会の準備の日には、私のドレスを隠したり。「まあ大変。サフィーさんったら、またおっちょこちょいですわねぇ」「……っ」 そのたびに、周囲の嘲笑が耳に突き刺さった。 私は何度も泣きそうになってしまう。 でも必ず、そんな時……「やめなさい、モニカ」 きっぱりとした声が響いた。 振り向けば、そこに立っていたのはーーかつての悪役令嬢で同室の、アプリル・ブラチスラバ。「……アプリル?」「サフィーを侮辱するのは許しませんわ」「あなたはもう破滅した身でしょう。口を出す立場ではありませんわ」「破滅したからこそ、見過ごせませんの」 彼女は私の前に立って、堂々とモニカに向き合った。 私をアプリルは庇ってくれている。 そしてきっぱりとした声音。その姿は、かつて断罪されたはずの令嬢とは思えないほど気高く見えた。「くっ……!」 モニカは顔を歪め、取り巻きと共に去って行く。 静けさが戻り、私はアプリルを見つめていた
last updateLast Updated : 2025-10-16
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ヒロインと悪役令嬢
「……どうして、私なんかを庇ったんですか?」 思わず口をついて出た言葉に、アプリルは手を止めてこちらを見た。「”なんか”ではありませんわ。誰であれ、理不尽に笑われる筋合いはありませんので」「でも……私はヒロインだから、試練に耐えるのが当然で……」 アプリルは使っていた掃除用の布をポケットに入れて、静かに首を振った。「ヒロインという言葉にどういう意味を持つか知りませんし、試練を美化するのは勝手ですけれど、それを理由に人の尊厳を踏みにじって良い道理はありませんわ」 その声音には棘があった。 胸の奥がざわつく。(……やっぱり、私達は相容れない。だって私はヒロインで、貴女は破滅したとはいえ悪役令嬢……) 言葉を飲み込み、私は笑って誤魔化すしかなかった。 でもその日を境に、彼女の存在が心のどこかで引っかかり続けた。 混乱と驚きでいっぱいだった。 ゲームと違っている事が、次々と目の前に現れる。 同じストーリーを描いている、そう思っていたのに…… でも、その日から少しずつ、アプリルとの距離が近づいていった。 掃除の時、彼女が重そうにバケツを持っているのを見て、私は思わず声をかけた。「アプリル、持ちますね」「結構ですわ。これは私の仕事ですから」 きっぱりと言いながらも、手を滑らせて少し水が零れていた。 やっぱり重そうなんだ。「……あら、少し手を貸してくださる?」「はい!」 ほんのわずかな頼みに、胸が弾んだ。 別の日には、休憩室で彼女と向かい合ってお茶を飲んだ。 質素な茶器でも、アプリルは背筋を伸ばし、優雅にカップを持っていた。「庶民のお茶も、悪くはありませんわね」 皮肉めいた口調の裏に、どこか柔らかさがあった。「……ありがとうございます」「何がですの?」「こうして一緒に……」「ふふ、奇妙なお方」 アプリルは笑い、窓辺の光を受けて赤い瞳がわずかに揺れた。 そんなやり取りを重ねるうち、私は確かに彼女との距離が縮まっているのを感じた。 けれど、どこかで思ってしまう。(……でも、釣り合っていない。だってヒロインは私で、アプリルは破滅済みの悪役令嬢。これは友情じゃない、ただの気まぐれ……) お茶の温もりに心をほぐされながらも、心の奥でそんな言い訳を繰り返して
last updateLast Updated : 2025-10-16
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王子との出会い
 王子と出会う。その期待はすぐに叶う事になった。 ある日のこと。 私はついに、彼に出会う事が出来たから。 出会ったのは学院の教室にて。「おっとっと」 ちょっとペンを拾おうとしてよろけちゃった。「大丈夫かい?」「は、はい……あ、あれ……?」 差し伸べられた手を取ろうと見上げたとき、心臓が跳ねた。「サフィー・プラハ嬢ですね」 爽やかな声とともに、差し出された手。 そこに立っていたのはーーキリル・デ・プレスラバ王子。「は、はいっ!」 あまりの緊張で声が裏返ってしまう。 けれど、王子は優しく微笑んでくれた。 私の目をまっすぐに見つめ、穏やかに頷いてくれる。(ああ……やっぱり、これだわ! ゲーム通り、いや、それ以上! もうすぐハッピーエンドにたどり着ける!) 胸が高鳴り、夢見心地になった。「サフィー、勉学に励んでいると聞いているみたいだ。君のような真心ある姿、聖女様は必ずご覧になっているはずだ」 殿下が……私を認めてくださった。 これこそヒロインの証よ……!「頑張ります!」「俺も期待している」 よし、こうなったら勉強をもっと頑張らないと! そう思っていたけれども…… ーーその瞬間、ふと後ろの方から視線を感じた。 アプリル・ブラチスラバだった。 彼女は棚を掃除していたけれども、王子と私を一瞥しただけで、また掃除に集中していた。(……冷たい。祝福してくれてもいいのに……) 私の胸は夢でいっぱいだったけれど、その冷ややかな仕草が、どこか針のように刺さっていた。 しかも陶酔している状況を打ち砕くように、今度は横からわざとらしい声が響いた。「まぁまぁ、サフィーさんったら。殿下と目が合っただけで”お芝居の主役気取り”ですの?」 モニカ・ヴォローシンが腕を組んで、取り巻き達を従えてにやりと笑う。 ゲームだったら貴女も取り巻きの一人なんだけれど。「勉学に励んでるんですって? でも庶民の娘にできることなんて、限られてますわよね」「きゃははっ!」「本当に殿下のお相手になると思ってるのかしら?」 笑い声が突き刺さった。 胸が痛み、唇が震える。 でも私は必死に顔を上げた。(これはイベントの一つ……だから。いじめに耐えた先に、必ず救いがある。ヒロインだから大丈夫……!) 私は必死に言い聞かせる。 ふと横を見ると、アプ
last updateLast Updated : 2025-10-16
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学び舎の悪役令嬢
 昼下がりの学院食堂は、銀の食器が並び、香ばしい匂いに包まれていた。 列に並びながら、私は胸の奥で何度も反芻していた。(”俺も期待している”……殿下が、私に。ああ、きっと私は正しい道を歩いている。ヒロインとして……!) 胸が熱くなり、思わず口元が緩む。 トレーを持ちながら笑みを浮かべていると、背後から花で笑う声がした。「まぁまぁ、随分と幸せそうね、サフィーさん」 振り向けばモニカが立っている。取り巻きが二人、扇のように左右に並んでいる。当然扇子も持っている。「そのスープ、少し味が足りないのではなくて?」 意地の悪そうな笑みをしながら、彼女は隠していた小瓶から山盛りの塩を振りかけた。 真っ白な粒が表面を覆い、香りは一瞬にして台無しになってしまう。「きゃははっ!」「庶民の味には、ちょうどいいんじゃない?」「これで”殿下に期待される舞台女優様”の昼食ですって!」 笑い声が突き刺さる。 スプーンを握る手が震え、涙がにじみそうになった。(これは……ゲームのイベント。いじめに耐えれば、必ず救いがある。大丈夫、私はヒロインなんだから……!)「いい加減になさい、モニカ!」 振り向くと、食器を片手にアプリルが立っていた。 どうやら食べ終わった食器を洗っていたみたい。 エプロンは少々濡れているからそうみたい。 そんな彼女は背筋はまっすぐで、瞳は凛としていた。「他人の食事に手を加えるなど、下劣の極みですわ。それでも貴族の令嬢と名乗れるのかしら?」「なっ……あなたに言われたくはありませんわ!」「そうよ。洗いかけの食器を手にしている貴女に……」「あら、貴女達はかつてわたくしの取り巻きだったのでは?」「それはそれ、今は……」 モニカは顔を赤らめて、周囲を見回す。 追従していた取り巻きも、徐々に言葉がすぼんでいて気まずそうに目を逸らそうとしていた。「破滅した身だからこそ、分かることもありますの。貴女達の振る舞いは、決して誇りとは呼べませんわ」 アプリルの声音は冷たく、けれど揺るぎなかった。 モニカは舌打ちをして取り巻きを連れて、足早に去っていく。 残された沈黙の中で、私は震える声を絞り出した。「……ありがとうございます」「礼など不要ですわ。すぐに新しいの持ってきますわ」 アプリルは淡々と答え、布で食器を拭きながら背を向けた。
last updateLast Updated : 2025-10-16
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悪役令嬢と庇うヒロイン
 ある日の午後過ぎ、廊下を歩いていると、大きな音が響いた。「ちょっと、何をしているの!?」 声はモニカのもので、声の方向に行ってみると、モニカがアプリルに因縁をつけていた。 水の入った桶が置かれていて、床はまだ濡れている。 どうやら水拭きなどを行っていたみたい。 モニカのスカートに染みが出来ていて、まるでうっかりアプリルがモニカのスカートを汚したように見えた。「どうしてわたくしのせいなんですか?」「アプリルは今まで、ここで掃除をしてたじゃないの。変な布の使い方をしているから、アタシに水がかかったじゃない! 弁償しなさいよ!」 アプリルは毅然と首を振った。「けれど、わたくしはあなたがここを通った時には、布も水も使っていないですわ」「さあ、どうだか。破滅したあなたは信用できないし、証人なんていないんだから」 モニカはどうしてもアプリルを嵌めたいみたい。 アプリルは破滅していて、信用が無くなっているから、モニカの言葉を信じるかもしれない。 おまけにモニカの取り巻きまでやってきて、彼女の加勢をしているし。(……でも、その染みって!) 私は思わず声をあげた。「その染みって、さっきの授業でついちゃったものでしょ!」 顔を上げたモニカが目を見開く。「はぁ……? 何を根拠にーー」「ちょっと甘い匂いするし、授業で使ったシロップでしょ。ほんのちょっとべたついているし」 確かに私は見ていた。 さっき私達は、お菓子を作る授業をしていた。 その際に、モニカが不注意でスカートにシロップをこぼしたのを。「あら、わたくしの水には砂糖など入っていませんわよ。飲んでみます?」「……っ!」 水の入っている桶をモニカに見せて、アプリルは潔白を証明しようする。 少々汚れていて、飲めそうにないけれど。「もう、覚えていなさい!」 捨て台詞のように、モニカは取り巻きを連れてこの場を離れていたった。 残ったのは、アプリルと私だけ。「サフィー助かったわ、ありがとう」「ううん、私がもうちょっと頭が良かったら、完全に勝てたんだけれどね」 私は照れくさくはにかみながら笑うと、アプリルは布を畳んで、ふっと表情を和らげた。「まぁ、十分ですわ」(これがヒロイン。正しいことをしないと)「おや、何か騒動があったけれども」 そのとき、後方から声がした。 振り返
last updateLast Updated : 2025-10-16
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マッサージのひととき
 その夜。「この世界のこと、難しいじゃん……」 本を開いて、羊皮紙に筆を走らせながら小さく呟いた。 ゲームを何度もプレイしていて、ある程度の世界観は分かっていたものの、この異世界における細かいところは分からなかった。 だからそこ、書物を読んで勉強を。「サフィー、お茶を淹れたわ」 アプリルはトレイを持って近づき、机に紅茶を置いた。 湯気と共に漂う香りが、私の鼻をくすぐる。 彼女のトレイを持っている姿は、完全になれた様子だった。「ありがとう……!」「たまたま飲みたくなったので、一緒に淹れただけよ」 そう言いながら、アプリルはもう一個のカップで紅茶を飲み、日誌へ雑務の記録を書き込んでいく。 手伝いたいけれども、これの書き方を私は知らない。 だから、記録を書き終わった辺りでアプリルに言った。「アプリル、ちょっとマッサージしてあげる」 これだったら出来ると思ったから。「……大丈夫よ」 少し戸惑う声。 でもやってあげたかった。「結構朝から夜まで大変そうだから、せっかくだからね」「そう? お願いするわ」 私はそっと肩に手を置き、優しく揉みほぐしていく。元の世界でも部活で疲れた陽菜達にマッサージをしたりしていたから、多少は慣れている。 でも強すぎないように、ゆっくりと。 肩は想像以上に固く、彼女が本当に働きづめなのだと分かる。「結構固い……大変だったのね」「……それだけわたくしは、メイドとして仕えながら罰を受けているの」 ちょっと言葉を詰まらせながらも、私に吐き出すように答えていた。 肩がほぐれたら場所を変える。 私は黙って、その手を取ってほぐす。 雑務で硬くなった手のひら。けれど細くて白い指は、まるで白魚のように綺麗だった。「頑張っているのね」「……ありがとう」 マッサージを終えると、アプリルは小さく微笑んだ。 その横顔を見て、胸の奥が少し熱くなる。「良いの。またしてほしかったら、いつでもしてあげるから」「そうするわ。で、勉強はもう良いのかしら?」 アプリルは私が途中まで開いている書物と、羊皮紙を見て首を傾げる。「今日はこれで良いの」 マッサージをしたら、眠気が押し寄せてきた。 だから今日の勉強はここまで。 私はペンを置いて、ベッドに身を沈める。 湯気の香りがやわらいで、部屋は静かになった。 同
last updateLast Updated : 2025-10-16
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優しさの棘
 その夜、眠りに落ちた私は、王子と並んで舞踏会を踊る夢を見た。 伸ばされた手を取り、踊るたびに胸が高鳴り、誰もが私を祝福してくれる。 シャンデリアも大理石の床も輝いている。 ーーそう、これこそヒロインの私にふさわしい未来。 ……けれど、目を覚ましたときに見えたのは、隣のベッドで眠るアプリルの横顔だった。 夢のきらめきは一瞬で色褪せ、胸の奥に小さな寂しさが残る。 アプリルの横顔は何故か現実を思わせてしまう。(大丈夫……殿下はきっと、私を見てくださる。だって私はヒロインだから) 翌朝、鏡の前で髪を整える手が自然と震えていた。 少しでも美しく見えるようにとリボンを結び直し、深呼吸をして学院へ向かう。 ーーそして廊下の角を曲がったとき。「やあ、また会ったね」「で、殿下!」 私は王子とばったり会った。 笑顔が素敵で、この人と結ばれる事に期待感が高まっていた。「お天気も良くて……素晴らしいですね!」 緊張していて、こんな会話しか出来ない。 ゲームだったらもうちょっと良い選択肢が出るはずなんだけれども、ここは現実。 そんなに上手くいくわけなんてない。「ああ。君も太陽と同じように綺麗だ」「殿下……嬉しいです!」 顔が紅く染まっていると思う。 それくらい感情が高ぶっていた。「さて、また会おうか」「はい……!」 王子はまた歩いていった。 しかし……「アプリル、久しいな。体調はどうだ?」「お心遣い痛み入りますわ、殿下」 すぐ横で、王子がアプリルにも優しく声をかけるのを聞いてしまった。(……どうして。アプリルはもう破滅したはずなのに。どうして殿下は、あの人にも……) 婚約破棄されているから、王子がアプリルに近づく理由なんてない。むしろ、そんな人が会話したら…… 胸の奥に、ひやりとした棘が刺さった。 それが嫉妬だと気づくのに、時間はかからなかった。 アプリルへも優しく声をかけた殿下の姿が、何度もまぶたに焼き付いて離れなかった。 ひやり、と首筋を風が撫でた気がした。 私は笑っているはずなのに、頬の筋肉だけがぎこちなく震える。(どうしてーー私だけを見てくださらないの?) 胸の奥の棘が、鼓動に合わせて少しずつ深く沈んでいった。
last updateLast Updated : 2025-10-16
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夢を刺す言葉
 休み時間、ふと廊下の窓から庭園が見えた。 陽光を浴びて花々が揺れ、宝石のようにきらめいている。(見て……私こそがヒロインなんだって。そう囁いてくれているみたい) 衝動に駆られるように私は庭園へ足を向けた。 夢を確かめたかった。殿下が本当に私を見てくださっているのだとーーもう一度、証明してほしかった。「広いなぁ……」 学院の庭園に足を踏み入れ、思わず声が漏れた。 流石ゲーム名が『クリスタル・ガーデン』という名前に相応しくて、庭園は豪華で広い。 白亜の東屋もあり、四季折々の花が咲き乱れている。「おや、サフィー嬢じゃないか」「で、殿下! こちらにいらしたんですか」 私はこの庭園に、王子が居たことに驚いてしまう。 だけど、王子はこの庭園の雰囲気に似合っていて、とても気品に満ちて見えた。「そうだな。気分を落ち着けたい時には、ここに来るんだ」「私、今日が始めて来たんですが、とても広いですね」 周りを見回しながら話す私に、王子は視線を合わせて穏やかに頷いた。「ここの庭園は、様々な植物が植えられているんだ。だからいつ来ても美しい」「本当ですよね……」 別の日に来たら、別の花が咲いているかな。想像するだけで胸が高鳴った。 そんな想像できるくらい多くの植物が。「君も居ると映えている。皆、ここに来ると顔が和らぐんだ。誰であれ、花は等しく迎えてくれるからね」「わ、私もですか……!?」 王子が私をじっくりと見ている。 ドキドキしてきて、顔を紅くする。「そうだ。君も可愛らしいな」「あ、ありがとうございます……!」 嬉しくて、胸が震える。 言葉ひとつで、こんなにも心が満たされるなんて。「さて、そろそろ次の授業が始まる。俺も送ろう」「ほ、本当ですか……!」 夢のような時間。私は高揚しながら、王子と肩を並べて歩いた。 歩くたびに胸の奥で、小さな鐘が鳴るように感じる。 これがヒロインの特権。「殿下と一緒に歩いたんだ」 教室に戻ると、女生徒達は微笑みながらも、一歩下がって私から距離を取った。 まるで、眩しすぎる光を避けるように。 その中に混じる、モニカと取り巻き達の刺すような視線。「やっぱり私が特別だからよね」 小声でそう呟いて、自分に言い聞かせるようにさらに頬を紅潮させる。 王子は別の授業があるからって、出て行っちゃった
last updateLast Updated : 2025-10-16
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