結婚式当日、メイクアップアーティストが化粧箱を何度も開け閉めした。「江口(えぐち)さん、とりあえずお化粧を整えましょうか」私は落ち着かない視線でドアの外を見つめた。陸川岳雄(りくかわ たけお)は何かの電話を受けて、慌ただしく出て行ったが、それきり戻らなかった。「先にお化粧をしましょう」結婚式まであと30分だ。テーブルの上に置いていたスマホが光った。【あなたの男、すごくいい人ね。でも、今はもう私のものよ】【あ、そうだ、あなたの結婚式のこともね】メッセージには写真が添えられている。女の子がスマホを掲げ、満面の笑みを浮かべている。男はその女の子を優しく抱きしめている。この角度からは男性の後ろ姿しか見えないが、私はそれが岳雄だと分かっている。そして、その女の子も知っている。岳雄の本命彼女である志村早苗(しむら さなえ)だ。彼女が着ているウェディングドレスは、まさに私が心を込めてデザインしたもので、たった一着しかないものだ。確かにこの前、岳雄がそのドレスの細部を少し直すと言って持ち出したことがあった。私はスマホの画面をスクリーンショットして、岳雄に送った。【これはあなたが直したもの?岳雄、説明がほしい。私たちの結婚式、まだ続けるつもり?】彼からすぐに返信がきた。【少し待ってくれ。戻ったら、式は挙げる】七年間の付き合いを、私は簡単に捨てたくなかった。結婚式開始まであと10分だ。岳雄が慌てて戻ってきた。額には汗がにじんでいる。おそらくは、いつものように彼を気遣う気持ちから、私はすべての問い詰めたい言葉を飲み込んでしまった。「若葉(わかば)、結婚式は予定通り行う」岳雄の目には深い愛情と、申し訳なさがにじんでいる。私は深く追及せず、鏡の前で手早くメイクをしながらそう言った。「戻るのが遅かったわね。もうドレスを着替える時間もない」「お前は着替えなくていい」岳雄の手が私の肩に置かれる。「今日はお前が出席する必要はない。若葉、必ず埋め合わせをする」私はその場で動きを止めた。人は怒りを通り越すと、笑ってしまうものだ。「どういう意味?」私は彼をじっと見た。彼は私が選んだタキシードを着ていなかった。似てはいるが、袖口もネクタイも微妙に違う。岳雄は無意識に目をそらした。「病院
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