「輝くん……」 胸の奥がじんわりと熱くなり、視界が歪む。雨に紛れて泣いていることがバレないのをいいことに、私は涙を流れるままにした。 私は彼の手を、これでもかというくらい強く握り返す。 「離さないよ。私は絶対に、輝くんを離さない」 「……ああ。頼むよ、栞」 やがて、見慣れた古びたアパートが見えてきた。 築三十年、木造二階建て。オートロックなんて気の利いたものはないし、外壁は黒ずんで薄汚れている。天王寺家の豪邸と比べれば、犬小屋以下かもしれない。 けれど、今の私たちにとっては、砂漠に見つけたオアシスのように輝いて見えた。 カンカンカン、と乾いた音を立てる鉄製の外階段を駆け上がり、203号室の前に立つ。 屋根のある外廊下に入った瞬間、雨音が遠ざかり、ふっと息がつけた。 私はバッグの中から鍵を取り出そうと、震える指先でゴソゴソと中を探る。 その間、輝くんは私の背後で黙って立っていた。 鍵が見つかり、ドアノブに差し込んだ時、背後からふわりと気配が近づいた。 「……栞」 低く、掠れた声が耳元で響く。 振り返ると、ずぶ濡れの輝くんが、捨てられた大型犬のような瞳で私を見つめていた。 濡れた前髪の隙間から覗く瞳は、不安と、期待と、そして抑えきれない熱情に揺れている。 ワイシャツは肌に完全に張り付き、逞しい胸の輪郭や、寒さで少し強張った身体のラインを露わにしていた。水滴が鎖骨の窪みに溜まり、そこからツーっと胸元へ流れていく。 その色っぽさに、私は思わず喉を鳴らしてしまった。 彼は、震える手で壁に手をつき、私をその腕の中に囲い込むようにして顔を近づけてきた。 いつもの自信満々な「壁ドン」ではない。 すがるような、弱々しい、けれど切実な距離の詰め方。 「……会いたかった」 彼は、まるで何年も会っていなかったかのような口調で、そう言った。 さっきまでずっと一緒にいたのに。 でも、その言葉の意味が私には痛いほど分かった。 天王寺家の嫡男としてではない。ただの「輝」として、私に会いたかったのだと。 「ずっと、こうしてお前と……何のしがらみもない場所で、ただの男と女として、向き合いたかった」 彼の熱い吐息が、冷え切った私の頬にかかる。 「俺にはもう、何もない。……お前以外、本当に何ひとつ持って
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