攻略対象は私じゃない! ~腐女子が神視点で推しカプ見てたら、いつの間にか逆ハーレムの中心にいた件~

攻略対象は私じゃない! ~腐女子が神視点で推しカプ見てたら、いつの間にか逆ハーレムの中心にいた件~

last updateTerakhir Diperbarui : 2026-01-31
Oleh:  花柳響Ongoing
Bahasa: Japanese
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私、月詠栞は、現実の恋よりBLゲームの推しカプが命の腐女子。神の視点からイケメンたちの恋模様を見守る方が楽しい! そんな私の前に、学園の王子・輝とクール系イケメン・奏が現れた。――この二人、並んでるだけで尊すぎ……! 理想のカップリングだ! よし、私がキューピッドになって、二人の恋を全力で応援しよう! さらにバイト先の可愛い後輩・陽翔も、どうやらイケメン店長に片思い中みたい!? もちろん、彼も全力でサポートしなきゃ! イケメンたちの恋を成就させるため、プロデューサーとして奔走する私。 ……なのに、なぜか輝先輩たちが私を巡って火花を散らしてる? まさか。ありえない。 だって、攻略対象は私じゃない!

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Bab 1

第1話 恋は画面の向こう

 退屈、という言葉が液体なら、きっとこんな感じだろう。

 澱んだ空気、抑揚なく響き渡る老教授の声、そして蛍光灯の白い光に照らされて、机に突っ伏したり、スマートフォンの画面を無心でスワイプしたりしている学生たち。大教室のすべてが、ぬるま湯のような気怠さに満ちている。

 もちろん、私もその気怠い液体の中で溺れている学生の一人だ。ただし、他の学生たちと決定的に違う点が一つだけある。

 私の意識は、今この瞬間、この教室にはない。遥か遠く、剣と魔法、そして硝子細工のように繊細な男たちの愛憎が渦巻く世界――『Fallen Covenant』にトリップしていた。

「……っ、はぁ……」

 誰にも聞こえないくらい小さな音量で、私は恍惚のため息を漏らす。

 教壇から最も遠い席。そこが私の定位置。分厚い経済学の教科書を盾のように立て、その影に隠したスマートフォンの画面を、祈るように見つめる。

 そこに映っているのは、私が人生のすべてを捧げるBLゲーム、『Fallen Covenant』のワンシーン。私の最推しカップリングである、近衛騎士団長ジークフリートと、聖王国の若き大司教アークエンジェルのスチル画像だ。

 降りしきる雨の中、魔物に襲われ深手を負ったアークを、ジークがその逞しい腕で抱きかかえている。アークの純白の法衣は泥と血で汚れ、普段は気高く澄ましきっている彼の青い瞳は、苦痛と、そして目の前の騎士への絶対的な信頼で潤んでいた。

 対するジークは、いつもは鉄仮面のように無表情な顔を、これ以上ないほどに歪めている。アークを傷つけた何かに対する怒りか、それとも守りきれなかった自分への悔恨か。その眉間に刻まれた深い皺、食いしばられた唇、アークの華奢な身体を抱く指先に込められた、壊れ物を扱うかのような優しさと力強さ。

 ――ああ、神よ。これは、なんという御業。

 この一枚の絵に、どれだけの情報量が詰まっているというのだろう。普段は決して弱さを見せないアークが、ジークの前でだけ見せる無防備な姿。そんなアークを守るためなら、神にさえ剣を向けるジークの献身。言葉なんていらない。視線と、触れ合う肌の熱だけで、彼らの魂が共鳴しているのがわかる。

「ジーク……あんた、そんな顔もできたのね……。アークの怪我は心配だけど、心配だけど……!これは、公式からの最大手の供給……っ!」

 ぶつぶつと呟きながら、私はスチル画像の拡大と縮小を繰り返す。ジークの喉仏の動き、雨に濡れて肌に張り付くアークの銀髪、絡み合う二人の指先。そのすべてが芸術品であり、私の生命を繋ぐ糧だった。

 脳内で、このシーンに至るまでの彼らの会話や心理描写を勝手に補完する。きっとジークは「すまない」と自分を責め、アークは「あなたのせいではない」と弱々しく微笑むのだ。そしてジークは、その儚い笑顔にさらに胸をかき乱され、独占欲という名の暗い感情をその瞳に宿すに違いない。

「くぅ……っ!」

 込み上げてくる感情の波に耐えきれず、私は机に突っ伏した。身をよじり、声にならない悲鳴を噛み殺す。尊すぎて、全身の細胞が歓喜で打ち震えている。周りの学生が、時折奇妙な動きをする私を訝しげに見ている気配がするが、そんなことはどうでもよかった。

 三次元の世界なんて、どうだっていい。

 私、月詠つきよみ しおりは、物語の登場人物プレイヤーではない。物語を俯瞰し、キャラクターたちの関係性に萌えを見出す、神なのだから。

 腰まである長い黒髪は、いつも邪魔にならないように無造作にひっつめている。度の強い黒縁メガネの奥の瞳は、自分でもよく見えない。服装なんて、オーバーサイズのパーカーにデニムかジャージがあれば十分。それが、私。

 昔から、物語の「主人公」になれるような器じゃなかった。教室の隅で、キラキラした男女の恋愛模様を遠巻きに眺めるだけの、いてもいなくても変わらないモブキャラクター。それが私の立ち位置。

 それでいい。それがいい。

 だって、神の視点から彼らの運命を見守る方が、自分が恋愛するより万倍楽しいのだから。

「……あんた、またやってんの?」

 ふいに、隣の席から呆れ果てた声が降ってきた。その声に、私はゆっくりと顔を上げる。

 アッシュブラウンに染められたお洒落なボブヘアー。切れ長の目に引かれた完璧なアイライン。今日のファッションも、流行りのシアートップスにカーゴパンツを合わせた、雑誌から抜け出てきたような着こなしだ。

 親友の、神崎かんざき 乃亜のあである。

「の、乃亜……。見て、これ。イベントの新スチル。雨に濡れたジークとアーク……エモくない?」

「知らんがな。それより、さっきから一人で悶えたり机に突っ伏したり、挙動不審すぎるんだけど。後ろの席の男子、あんたのこと完全にヤバい奴だって目で見てるよ」

「そ、それは……彼らの愛が深すぎたせいであって、私のせいでは……」

「全部あんたの脳内の話でしょ」

 乃亜は、こめかみを指で押さえながら、深いため息をついた。高校からの付き合いである彼女は、私のこの奇行にも慣れっこだった。呆れながらも、本気で見捨てたりはしない。私の根っこにあるのが、誰かを(BL的に)幸せにしたいという、謎の利他主義精神であることを、誰よりも理解してくれている、唯一の親友だ。

「大体、あんたはさぁ。もうちょっと現実を見たら?そんな二次元の男たちにうつつを抜かしてないで、リアルで恋の一つや二つ……」

「無理」

 私は、乃亜の言葉を食い気味に遮った。メガネの位置を、人差し指でぐいっと押し上げる。

「断言するけど、私に三次元の恋なんて天地がひっくり返ってもありえない。そもそも、考えてもみてよ。現実の男の人と付き合うとか、どういうこと?手を繋いだり、デートしたり、キスしたり……解釈違いにもほどがある」

「何がどう解釈違いなのよ……」

「だって、私は『見る』専門なんだよ?私が介入したら、物語が壊れちゃうじゃない。私は、壁!空気!背景!それが私のジャスティスなの!」

 熱弁する私を、乃亜は心底どうでもよさそうな目で見ている。その冷めた視線が、なんだか心地よかったりもする。

 そう、これでいいのだ。

 私は、誰かに恋されることも、恋することもない。安全なガラスケースの中から、美しい男の子たちの恋愛模様を、ただひたすらに愛で続ける。それが私の幸せの形。

 そう、信じて疑っていなかった。この時までは。

「……まあ、あんたがそれでいいなら、私は何も言わないけどさ」

 乃亜は肩をすくめると、さっさと教科書をバッグにしまった。ちょうどそのタイミングで、講義の終了を告げるチャイムが鳴り響く。蜘蛛の子を散らすように学生たちが教室から出ていく中、私も慌ててスマホをポケットにねじ込み、教科書を閉じた。

「よし、行こっか。学食の新作パフェ、食べたい」

「あんたの頭の中、BLか食べ物のことしかないの?」

「人生の楽しみなんて、そんなもんでしょ」

 へらりと笑いながら立ち上がると、乃亜はもう一度、何か言いたげな顔で私を見た。その視線に含まれている感情が、いつもの呆れとは少し違う種類のものであることに、私は気づかなかった。

 キャンパスは、講義を終えた学生たちで賑わっている。その人混みを、私たちは縫うようにして歩く。私はと言えば、さっき見たスチルの余韻にまだ浸っていた。

「……それにしても、ジークのあの表情……普段はポーカーフェイスを気取ってるくせに、アークのことになると途端にああなっちゃうのが、たまらないのよ。いわゆるギャップ萌えってやつ?いや、もっと深遠な、魂の繋がりというか……」

「はいはい、わかったわかった」

 私の止まらない早口のオタクトークを、乃亜は適当に相槌を打ちながら聞き流している。いつものことだ。この関係性が、私にとっては心地いい。

 私が私の世界に没頭していても、乃亜はそれを否定せず、ただ隣にいてくれる。だから私も、彼女のお洒落や恋バナに、ちゃんと耳を傾けるのだ。

 そう、乃亜はモテる。告白された回数は両手でも足りないだろう。でも、彼女は簡単にはなびかない。上辺だけの言葉や態度を、その切れ長の目で見抜いてしまうから。

 そんな彼女が隣にいると、まるで自分まで格上げされたような錯覚に陥りそうになるけれど、私はちゃんと自分の立ち位置を弁えている。私はモブ。彼女は物語のヒロインになれる子。住む世界が違うのだ。

「……ねえ、栞」

 ふと、乃亜が立ち止まった。つられて私も足を止める。彼女は、私の目をじっと見つめていた。その表情は、今までにないくらい真剣で、私は少しだけ戸惑う。

「な、何?急に真面目な顔して」

「ちょっと、あんたに言っとかなきゃいけないことがあって」

 改まった口調に、私の心臓が、ほんの少しだけ嫌な音を立てた。まさか、絶交……?私がBLの話しかしなくなったから、愛想を尽かされた……?

 ぐるぐると悪い想像が頭を駆け巡る。そんな私の不安を見透かしたように、乃亜は大きなため息を一つ吐いた。

「……別に、あんたのこと嫌いになったとかじゃないから」

「よ、よかった……」

「そうじゃなくてね」

 乃亜は一度言葉を切り、まるで何かを確かめるように、私たちの周囲に視線を走らせた。そして、もう一度私に向き直ると、静かに、しかしはっきりとした声で、こう言ったのだ。

「あんた、最近やたらイケメンに見つめられてるけど自覚ある?」

「…………は?」

 私の口から、間抜けな声が漏れた。

 イケメン?見つめられてる?私が?

 脳が、その言葉の処理を完全に拒否した。あまりに現実離れした単語の羅列に、思考がフリーズする。

「え……っと、ごめん、乃亜。もう一回言ってくれる?たぶん、私の耳のフィルターが何かおかしな変換をしたんだと思う」

「だから、そのまんまの意味だって。あんたが、すっごいイケメンに、じーっと見られてるのを、私がこの一週間で三回は見たの。今日も、さっきの講義中も」

「……」

 ぽかん、と口を開けたまま、私は乃亜の顔を見つめ返すことしかできなかった。

 からかわれているのだろうか。いや、でも、乃亜の目は冗談を言っているようには見えない。本気だ。本気で、そんな突拍子もないことを言っている。

 だとしたら、考えられる可能性は一つしかない。

「乃亜……疲れてるのよ。きっと、イケメンの幻覚が見えてるんだわ。わかる、私も推しカプが尊すぎると幻覚見るもん」

「あんたと一緒にしないでくれる?」

 私の精一杯の優しさを、乃亜はバッサリと切り捨てた。そして、信じられないものを見るような目で、私に最後の言葉を突きつける。

「いい?幻覚じゃない。これは、現実。……あんた、何か、やらかしたんじゃないでしょうね」

 その言葉の意味を、私が本当の意味で理解するのは、もう少しだけ先のことになる。

 この時の私はまだ、自分の日常が、愛してやまないBLゲームの世界よりも、よっぽど予測不能で、波乱に満ちたラブコメの舞台になろうとしていることなど、知る由もなかったのだ。

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yukith
yukith
主人公の暴走するBLフィルターと、イケメンたちのガチな好意のギャップに、声を出して笑いました。推しカプへの情熱がリアルにもたらすカオスな展開に、続きが気になります!
2025-10-29 00:44:48
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第2話 王子様の頼み事
 乃亜のあの言葉は、一体何だったのだろう。  あれから数日が経っても、私の頭の片隅には、彼女の真剣な眼差しがこびりついていた。「やたらイケメンに見つめられてる」なんて、そんなことあるわけがない。きっと、乃亜が見たイケメンは、彼女の隣にいた私ではなく、その背後のショーウィンドウに映った自分自身に見惚れていたに違いない。うん、そうに決まっている。自己肯定感の高い美男子は、たまにそういうことがあるのだ。  私は一人で納得して、いつものように大教室の後方の席に陣取っていた。今日の講義は社会心理学。この教授の話はいつもそれなりに面白いけれど、やはり私の脳の大部分は、来たる『Fallen Covenant』の次回イベント、「聖夜に誓う永遠の愛(エターナル・ラブ)」の考察に費やされている。 「今回の報酬は、ジークの限定SSR……絶対に手に入れなければ……」  誰にも聞こえない声で決意を固め、バッグの中でそっとスマホを握りしめた、その時だった。  ざわっ、と教室の空気が揺れた。  入口のドアから、一人、また一人と学生が入ってくるだけの光景。それなのに、さっきまで気怠い空気に満たされていた空間が、まるで色鮮やかなフィルターでもかかったかのように、急に華やいで見えた。  その原因は、すぐに分かった。 「あ、天王寺くんだ」「今日もかっこいい……」「隣の氷室くんもヤバくない?」  ひそひそと交わされる女子学生たちの甘い溜息。その視線の先には、あまりにも現実離れした二人の男子学生が立っていた。  一人は、天王寺 輝。  キラキラと光を反射する、明るい茶色の髪。誰に対しても分け隔てなく向けられる、爽やかで人好きのする笑顔。非の打ち所がない顔立ちに、モデルのように長い手足。彼が歩くだけで、そこだけスポットライトが当たっているかのように見える。経営学部に所属する彼は、大企業の御曹司で、成績も常にトップクラス。まさに、学園の太陽の名を欲しいままにする、完璧すぎる王子様だ。  私のような日陰の住人からすれば、直視するのも憚られる、眩しすぎる存在。住む世界が違いすぎる。  彼は私より一学年上だ。この全学共通科目では、経営学部の三年生も、社会学部二年の私も同じ教室に座る。履修表の上だけなら、私たちの距離はたいしたことがない。  そして、彼の
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第3話 氷の騎士の視線
「――というわけで、天王寺先輩が、氷室くんのこと、お食事に誘いたいそうよ!」 「は?」  私の興奮気味の報告を、乃亜は購買で買ったばかりのメロンパンを咥えながら、心底どうでもよさそうな声で一蹴した。昼休みの喧騒に満ちた中庭のベンチで、私たちは向かい合って座っている。 「いや、だからね!天王寺先輩が私を食事に誘ってきたのは、氷室くんを誘うための口実なの!私が触媒となって、二人を繋ぐのよ!すごくない?この世紀の恋の始まりに、私が立ち会えるなんて!」 「……あんた、本気で言ってんの?」  乃亜はメロンパンを咀嚼し、ごくりと飲み込むと、呆れを通り越して、もはや憐れみのような目を私に向けた。「本気も何も、それ以外に考えられる?」と私が言うと、彼女は天を仰いで深いため息をついた。 「普通に考えて、天王寺くんはあんたに気があるから誘ったんでしょ。なんでそうなるのよ」 「ないないない。天地がひっくり返っても、それだけはない」  私は両手を大きく振って、乃亜の突拍子もない仮説を全力で否定する。 「考えてもみてよ。あの天王寺輝だよ?学園の太陽だよ?彼が、私みたいな日陰の苔のような人間に、興味を持つわけがないじゃない。科学的にありえない。彼の隣に立つ人間は、彼と同じくらいキラキラしてないと、世界のバランスが崩壊しちゃう」 「あんたのその自己評価の低さは、もはや一種の才能だね……」 「そして、氷室くんよ!あのミステリアスな影のあるクールビューティ!天王寺先輩の光が強ければ強いほど、彼の影は色濃く、魅力的に映る……。光と影、陽と陰。これほどまでに完璧なカップリングがある?いや、ない!」  熱弁する私に、乃亜は早々に会話を諦めたのか、「はいはい、そうですねー」と気の抜けた返事を繰り返すだけだった。わかってない。乃亜には、この神聖な関係性の尊さが、まだわかっていないのだ。  だが、感傷に浸っている場合ではない。私には、二人の恋を成就させるという、重大なミッションが課せられているのだから。 「問題は、どうやって氷室くんを食事会に誘うか、なのよ……」  腕を組み、私はうーん、と唸る。天王寺先輩から食事に誘われたのは、明日の夜。時間がない。  氷室くんは、天王寺先輩と違って、いつもどこにいるのか掴みどころがない。特定の友人とつるんでいる様子もなく、講義が終わると、ふらり
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第4話 キューピッド出動
「君の話なら、聞こう」  その言葉は、私の心に深く、そして都合よく刻み込まれた。  氷の騎士、氷室奏は、私の話を聞いてくれると言ったのだ。つまり、天王寺輝との恋物語の幕開けを、彼は静かに、しかし確かに受け入れたのである。ああ、なんて尊い展開だろう。クールな彼が、勇気を出して一歩踏み出したのだ。その歴史的瞬間に立ち会えたという感動で、私は図書館からの帰り道、ずっと頬の緩みを抑えることができなかった。  もちろん、彼を食事会に誘うのは、思ったよりも骨が折れた。私が「実は明日、天王寺先輩と食事をするんですが、ご一緒にどうですか」と切り出すと、彼は一瞬、本当にほんの一瞬だけ、眉間に皺を寄せたように見えた。  だが、それはきっと、照れ隠しだ。私の脳内BLフィルターは、彼の僅かな表情の変化を「素直になれないツンデレの典型的な反応」と瞬時に翻訳した。 「……なぜ、俺が」 「ええっと、それは……天王寺先輩が、きっとその方が、楽しいかなって……」 「君は、どうなんだ」 「え?私ですか?私はもちろん、お二人が揃ってくださった方が、百万倍楽しいです!」  私が満面の笑みでそう答えると、彼は何かを諦めたように小さく息を吐き、「……わかった」とだけ呟いた。  快諾である。完璧な流れだ。  そして翌日。私は、人生で初めて訪れるような、お洒落なイタリアンレストランの前に立っていた。待ち合わせの時間ぴったりに現れた天王寺先輩は、私服姿もまた完璧だった。シンプルな白いシャツに黒いパンツという出で立ちなのに、彼が着ているというだけで、それが世界最高級のブランド品に見える。 「やあ、月詠さん。待った?」  爽やかな笑顔に、私の心臓がまたしても無駄に跳ねる。いかんいかん、この人は私の攻略対象ではない。彼は、彼の隣に立つべき人のものなのだ。 「いえ!全然待ってません!それから、先輩、見てください!」  私は、自分の手柄を披露する子供のように、得意満面で自分の背後を指し示した。そこには、約束通り、少しだけ気まずそうな顔で佇む氷室くんの姿がある。彼は、モノトーンを基調とした、飾り気のない服装。それがまた、彼のミステリアスな雰囲気を際立たせていた。 「じゃーん!サプライズです!氷室くんも誘っちゃいました!」  えへへ、と私が笑いかけると、天王寺先輩は一瞬、本当に一瞬だけ、その完璧
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第5話 告白の練習相手
 あの夜。私の左右から放たれた「家まで送る」と「送っていく」という二つの宣戦布告。  天王寺先輩と氷室くんは、私という存在を媒介にして、静かに、しかし激しく火花を散らしていた。恋の主導権を懸けた、男たちのプライドのぶつかり合い。そのあまりの尊さに、私の脳は沸騰寸前だった。  しかし、同時に、私は自分の立場を痛いほど理解していた。私はキューピッド。二人の恋の舞台装置。決して、物語の中心にいてはならない存在だ。 「あ、あの、お気持ちは大変嬉しいのですが、お二人で、どうぞ!今後の作戦会議でもしながら!私は、一人で帰れますので!」  そう叫ぶのが精一杯だった。二人が何かを言う前に、私はくるりと踵を返し、人生で一番の速さでその場から逃げ出した。背後で、天王寺先輩の「え、月詠さん!?」という焦った声が聞こえた気がしたが、振り返る余裕などなかった。  だって、これ以上あの神聖な空間にいたら、私はその尊さに耐えきれず、浄化されて消滅してしまうから。  そんな事件から数日後。私の日常は、いつも通り、退屈な講義と、脳内のBL妄想、そして、時給のために働くアルバイトで構成されていた。  私のバイト先は、大学から少し歩いたところにある、お洒落なカフェ『Caffe Felice』。木の温もりを感じる落ち着いた内装と、こだわりの自家焙煎コーヒーが自慢の、学生にも人気の店だ。  私がここで働いている理由はただ一つ。イケメンの店長を、心置きなく観察できるからである。  もちろん、私が彼に恋愛感情を抱いているわけではない。あくまで、創作意欲を掻き立てるための「素材」として、だ。長身で、優しくて、少し気だるげな雰囲気が、私の作る物語のキャラクターにぴったりなのだ。 「栞先輩、お疲れ様です!この後、シフト入ってるんですよね?」  私がバックヤードでエプロンの紐を結んでいると、背後から太陽みたいに明るい声がかけられた。振り返ると、そこには、ふわふわの栗色の髪を揺らしながら、人懐っこい大きな垂れ目をきらきらさせた男の子が立っていた。  七瀬 陽翔くん。  二週間ほど前に入ってきた、一つ年下の新人バイトだ。小動物を思わせる愛らしいルックスと、誰にでもすぐに懐く性格から、すっかり店のマスコット的存在になっている。 「陽翔くん、お疲れ様。うん、私はこれから閉店ま
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第6話 カウンターの攻防
 私を探して、わざわざ来た。その響きに浮かれそうになり、慌てて背筋を伸ばした。氷室くんを連れてくる前の下見かもしれない。期待するのは、危険だ。 「せ、先輩! コーヒー一杯くらいなら、まだ大丈夫です!」  私はカウンターの中から、勢い余って深々と頭を下げた。私のあまりの歓迎ぶりに、彼は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに楽しそうに目を細める。 「ふはっ、そんなに畏まらなくても。客だよ、客」 「お好きな席へどうぞ! ……片付けたところばかりですけど!」  先輩は広い店内を見回すこともなく、私が一番よく使う作業スペースの真ん前に腰を下ろした。  近い。近すぎる。彼がそこに座っているというだけで、店の空気の密度が、急に三倍くらいになった気がした。ふわりと香る、爽やかなシトラスの香り。無造作に組まれた長い脚。カウンターに置かれた、大きくて骨張った手。その一つ一つが、私の貧弱な語彙力を奪っていく。 「ご注文は……」 「んー、じゃあ、君のおすすめを貰おうかな」  氷室くんなら苦味の強いものが似合いそうだけれど、先輩はどうだろう。メニューを開こうとすると、その指先が、カウンターに置かれた私の手のすぐ横に触れた。 「君が好きなのは?」 「私、ですか? だったら、ミルクを入れる方が……」 「じゃあ、それで。いつもと同じ淹れ方でお願い」  私の飲み方なんて聞いて、どうするんだろう。豆の説明ならいくらでもできるのに、たったそれだけで口が回らなくなった。ミルクを取りに向かいかけて、いつもの量でいいのかと振り返る。先輩はメニューではなく、私を見て待っていた。  今夜の一杯は、氷室くんの好みを考えなくていい。そのことがなぜか嬉しくて、私はいつもより丁寧にカップを温めた。 「――――あれ?栞先輩、まだいたんですか」  バックヤードの扉が開き、ひょこりと顔を出したのは、先ほど上がったはずの七瀬陽翔くんだった。彼のふわふわの栗色の髪が、店の照明を受けて柔らかく光っている。 「陽翔くん?忘れ物?」 「はい、スマホ忘れちゃって……って、あれ?」  陽翔くんの視線が、私の前の席に座る天王寺先輩の姿を捉えた瞬間、彼の空気が、ぴしりと凍り付いたのが分かった。さっきまで私に向けられていた、人懐っこい子犬のような笑顔がすっと消え、その大きな垂れ目が、警戒心に満ちた獣のように、鋭
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第7話 本命はどっち
 先輩が楽しそうに促す。私はミルに向き直り、頭の中に描きかけた相関図をいったん閉じた。まずは注文。恋の考察は、その後だ。 「かしこまりました!豆の個性を最大限に引き出す、ハンドドリップで淹れさせていただきます!」  私がキリッと表情を引き締め、胸を張って答えた、その時。 「……俺も、同じものを」  静かだが、凛とした声が、私の左耳を打った。氷室くんだ。彼はメニューに視線を落としたまま、ぽつりと、しかしはっきりとそう言ったのだ。  同じもの。つい反応しかけた私の手元へ、氷室くんは静かに視線を落としていた。先輩の顔を見て注文したわけではない。そのことが、小さく引っかかった。 「承知いたしました!お二人のための、特別な一杯を……!」  使命感に燃えながら、私がコーヒーミルのハンドルに手をかけた、まさにその瞬間だった。 「栞先輩」  ぐい、と私の腕を、隣に立つ陽翔くんが力強く掴んだ。見ると、彼は子犬のような可愛らしい顔を、般若のように歪ませている。 「俺がやります。先輩は、疲れてるでしょ」 「え?だ、大丈夫だよ?」 「大丈夫じゃないです。こいつらのために、先輩がわざわざ手を動かす必要なんてない」  陽翔くんは、天王寺先輩と氷室くんを「こいつら」と呼び、あからさまな敵意を込めた視線で射抜いた。  疲れているのは本当だった。けれど、私のおすすめを飲みたいと言われて、少し嬉しかったのも本当だ。 「ありがとう。じゃあ、お湯をお願いしていい? 淹れるのは私がやるね」  陽翔くんは何か言いたげに口を開き、結局、小さく頷いてケトルを取った。  私がそう言うと、天王寺先輩が満足そうに頷き、氷室くんがほんの少しだけ口元を緩めたように見えた。しかし、陽翔くんだけは納得がいかないようで、唇をぎゅっと噛み締めている。  豆を挽く、香ばしい香り。お湯を注ぐ、静かな音。全ての雑念を払い、私は、ただひたすらに、目の前の儀式に集中した。  やがて、二つのカップから、豊かな香りをまとった湯気が立ち上る。完璧な出来栄えだ。  私がカップをソーサーに乗せ、トレイを持とうとした、その時。 「運ぶのは俺に任せてください」  陽翔くんがトレイを受け取る。二人の前へカップを置く手つきは丁寧だったが、最後に先輩と目が合うと、笑顔だけが急にぎこちなくなった。  そんな陽翔くんの
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第8話 三人組の課題
 そんな事件から数日後。大学の講義室は、いつにも増してざわついていた。原因は、教壇に立つ老教授が放った、悪魔の宣告。 「――――というわけで、本講義の期末レポートは、三人一組のグループ課題とする」  うわ、という絶望の声が、教室のあちこちから上がる。私も、その一人だ。ただでさえコミュニケーション能力が低いというのに、グループ課題なんて、地獄でしかない。誰か、余った私を拾ってくれないだろうか。そんな淡い期待を抱きながら、私はできるだけ気配を消して縮こまっていた。 「グループは、公平を期すため、学生番号順にこちらで決めさせてもらった。今から読み上げるので、メンバーを確認するように」  教授が、手元のリストに視線を落とす。私の心臓が、ドクン、と嫌な音を立てた。どうか、どうか、当たり障りのない、優しい人たちと一緒になれますように。 「――――月詠栞、天王寺輝、氷室奏」  凛とした声で、三つの名前が続けて読み上げられた。  瞬間、私の思考は、完全に停止した。  教室中が、どよめきに包まれる。「嘘でしょ」「あの二人が同じ班?」「ていうか、月詠って誰?」そんな囁きが、四方八方から聞こえてくる。  だが、私の耳には、もう何も入っていなかった。  私の脳内に、ただ一言、神の啓示のごとく、黄金の文字が浮かび上がっていたからだ。  ――――神采配!  これは、神が、この私、月詠栞に与えたもうた、最高のギフト!推しカプが、公式にユニットを組むという、最大手の供給!私が、彼らの共同作業を、一番近くで見守れるという、最高のポジション! 「(ありがとうございます……!神様……!)」  私は、天を仰ぎ、心の中で滂沱の涙を流した。まさか、退屈なだけの大学生活に、こんなご褒美が待っていたなんて。  こうして、地獄になるはずだったグループ課題は、私にとって、天国への扉となったのだった。  放課後、大学のカフェテリア。  広い空間の喧騒が、まるで遠い世界のBGMのように聞こえる。私の目の前には、あまりにも現実離れした光景が広がっていた。  私の右隣には、キラキラと光を反射する明るい茶色の髪の、天王寺輝。  私の左隣には、サラサラの黒髪が片目にかかる、氷室奏。  学園の光と影が、私を中央にして、一つのテーブルを囲んでいる。グループ課題の、記念すべき第一回目の打ち合わせ
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第9話 二人でどうぞ
 私がしどろもどろに、自分の趣味(BL同人誌のセリフ回し考察)にギリギリかするようなテーマを口にすると、天王寺先輩は「なるほど」と深く頷いた。 「面白いね、それ。最初のテーマと関連性もあるし、具体例も集めやすそうだ」 「……賛成だ」  氷室くんも、即座に同意する。  ああ、よかった……!私のしょっぱい回答を、二人がこんなに優しく受け止めてくれるなんて……!二人の愛の共同作業の、第一歩が、今ここに刻まれたのだ!  私が一人で感動に打ち震えていると、いつの間にかカフェテリアは夕食時の喧騒に包まれていた。時計を見ると、私たちが集まってから、すでに二時間が経過している。 「結構、時間経っちゃったな。キリも悪いし、場所変えない?」  天王寺先輩が、そう提案した。 「この近くのファミレスでも行って、もう少し具体的に詰めようか。お腹も空いたし」 「(ファミレス……!)」  庶民の聖地!それは、つまり、あの完璧な王子様と氷の騎士が、ドリンクバーでキャッキャウフフ(?)する姿を、この目で見られるということ……!? 「さ、賛成です!大賛成ですとも!」  私は、興奮で震える声を抑え、勢いよく立ち上がった。  そうして私たちが流れ着いたのは、大学の門を出てすぐの、ごく普通のファミリーレストランだった。ガヤガヤとした店内の雰囲気は、先ほどのカフェテリアとはまた違う騒がしさがある。  席に着くなり、天王寺先輩は「さて」と楽しそうにメニューを広げた。 「俺、お腹空いちゃったな。月詠さんは?あ、そうだ、ドリンクバー頼むよね?」 「は、はい!もちろんです!」 「じゃあ、俺、先になんか取ってくるよ。何がいい?」  彼が、私に天使の笑顔を向ける。違う、先輩!あなたが聞くべきは、私じゃなくて! 「わ、私は後で……!そ、それより、氷室くんは!氷室くんは何が飲みたい気分ですか!?」  私が、必死の形相でパスを出す。  すると、氷室くんは私と天王寺先輩の顔を交互に一度だけ見ると、静かに、しかしはっきりと立ち上がった。 「……僕が行こう」 「え?」 「君は、座ってていい」  そう言って、彼は私の分のコップまで手に取ろうとする。  その瞬間、それまで笑顔だった天王寺先輩の空気が、すっと変わった。 「いや、いいよ氷室くん。俺が行くって言ったんだから。君こそ座ってて
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第10話 背中越しの声
 私が、心からの充実感を込めてそう答えると、乃亜は、この世の終わりみたいな顔で、天を仰いだ。◇ 翌日の午後、約束の時間に図書館へ行くと、二人はもう入り口で待っていた。  しぃん、と静まり返った図書館。ここは、私の聖域の一つだ。普段なら、この古い紙の匂いと、ページをめくる微かな音だけに包まれて、心ゆくまで妄想(という名の創作活動)に没頭できる場所。  だけど、今日だけは事情が違った。  私の左右には、この静寂とはあまりにも不釣り合いな、二つの輝かしいオーラが存在している。右に、学園の太陽・天王寺先輩。左に、氷の騎士・氷室くん。  私たちは、あの地獄の(私にとっては天国だった)グループ課題のための資料を探しに、こうして連れ立って図書館に来ていた。  乃亜には「乙女ゲーの主人公になってる自覚持て」と本気でキレられたけれど、彼女は何もわかっていない。私が今感じているこの高揚感は、決して恋愛のそれではない。これは、公式から「推しカプの共同作業」という、最大手の供給を与えられた、一介の腐女子としての歓喜なのだ。 「コミュニケーション論の棚は、あっちだね」  天王寺先輩が、私にも聞こえるように、少しだけ声を潜めて囁く。その低く甘い声が、静かな空間でやけに響いて、耳がくすぐったい。いやいや、違う。これは私への配慮ではなく、その隣の氷室くんへ「こっちだよ」と伝えるための優しさだ。 「……ああ」  氷室くんが短く応じる。ああ、尊い。会話が成立している。  私は、二人の崇高な空間を邪魔しないよう、カニ歩きのように横移動しながら、必死に背表紙を追う。あのファミレスでの一件以来、二人の間には(私の脳内では)確かな絆が芽生え始めていた。私がやるべきことは、二人が次のステップに進むための、触媒(カタリスト)になることだけ。 「あ、あれかも」  私が探していたのは、社会心理学の権威が書いた、分厚い専門書。それは、運悪く書架の一番上の棚に鎮座していた。  私は自分の身長を呪った。150cmちょっとの私では、どう頑張っても手が届かない。 「うぅ……」  ぴょんぴょんと、その場で軽くジャンプしてみるが、指先がかすりもしない。近くに脚立(きゃたつ)も見当たらない。  どうしよう。二人に頼む?いや、だめだ。今、二人は二人で、何か目に見えないオーラ(たぶん恋の駆け引き)を交
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