攻略対象は私じゃない! ~腐女子が神視点で推しカプ見てたら、いつの間にか逆ハーレムの中心にいた件~

攻略対象は私じゃない! ~腐女子が神視点で推しカプ見てたら、いつの間にか逆ハーレムの中心にいた件~

last updateآخر تحديث : 2026-01-31
بواسطة:  花柳響مكتمل
لغة: Japanese
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私、月詠栞は、現実の恋よりBLゲームの推しカプが命の腐女子。神の視点からイケメンたちの恋模様を見守る方が楽しい! そんな私の前に、学園の王子・輝とクール系イケメン・奏が現れた。――この二人、並んでるだけで尊すぎ……! 理想のカップリングだ! よし、私がキューピッドになって、二人の恋を全力で応援しよう! さらにバイト先の可愛い後輩・陽翔も、どうやらイケメン店長に片思い中みたい!? もちろん、彼も全力でサポートしなきゃ! イケメンたちの恋を成就させるため、プロデューサーとして奔走する私。 ……なのに、なぜか輝先輩たちが私を巡って火花を散らしてる? まさか。ありえない。 だって、攻略対象は私じゃない!

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الفصل الأول

第1話:私の脳内はBLでできている

 退屈、という言葉が液体なら、きっとこんな感じだろう。

 澱んだ空気、抑揚なく響き渡る老教授の声、そして蛍光灯の白い光に照らされて、机に突っ伏したり、スマートフォンの画面を無心でスワイプしたりしている学生たち。大教室のすべてが、ぬるま湯のような気怠さに満ちている。

 もちろん、私もその気怠い液体の中で溺れている学生の一人だ。ただし、他の学生たちと決定的に違う点が一つだけある。

 私の意識は、今この瞬間、この教室にはない。遥か遠く、剣と魔法、そして硝子細工のように繊細な男たちの愛憎が渦巻く世界――『Fallen Covenant』にトリップしていた。

「……っ、はぁ……」

 誰にも聞こえないくらい小さな音量で、私は恍惚のため息を漏らす。

 教壇から最も遠い席。そこが私の定位置。分厚い経済学の教科書を盾のように立て、その影に隠したスマートフォンの画面を、祈るように見つめる。

 そこに映っているのは、私が人生のすべてを捧げるBLゲーム、『Fallen Covenant』のワンシーン。私の最推しカップリングである、近衛騎士団長ジークフリートと、聖王国の若き大司教アークエンジェルのスチル画像だ。

 降りしきる雨の中、魔物に襲われ深手を負ったアークを、ジークがその逞しい腕で抱きかかえている。アークの純白の法衣は泥と血で汚れ、普段は気高く澄ましきっている彼の青い瞳は、苦痛と、そして目の前の騎士への絶対的な信頼で潤んでいた。

 対するジークは、いつもは鉄仮面のように無表情な顔を、これ以上ないほどに歪めている。アークを傷つけた何かに対する怒りか、それとも守りきれなかった自分への悔恨か。その眉間に刻まれた深い皺、食いしばられた唇、アークの華奢な身体を抱く指先に込められた、壊れ物を扱うかのような優しさと力強さ。

 ――ああ、神よ。これは、なんという御業。

 この一枚の絵に、どれだけの情報量が詰まっているというのだろう。普段は決して弱さを見せないアークが、ジークの前でだけ見せる無防備な姿。そんなアークを守るためなら、神にさえ剣を向けるジークの献身。言葉なんていらない。視線と、触れ合う肌の熱だけで、彼らの魂が共鳴しているのがわかる。

「ジーク……あんた、そんな顔もできたのね……。アークの怪我は心配だけど、心配だけど……!これは、公式からの最大手の供給……っ!」

 ぶつぶつと呟きながら、私はスチル画像の拡大と縮小を繰り返す。ジークの喉仏の動き、雨に濡れて肌に張り付くアークの銀髪、絡み合う二人の指先。そのすべてが芸術品であり、私の生命を繋ぐ糧だった。

 脳内で、このシーンに至るまでの彼らの会話や心理描写を勝手に補完する。きっとジークは「すまない」と自分を責め、アークは「あなたのせいではない」と弱々しく微笑むのだ。そしてジークは、その儚い笑顔にさらに胸をかき乱され、独占欲という名の暗い感情をその瞳に宿すに違いない。

「くぅ……っ!」

 込み上げてくる感情の波に耐えきれず、私は机に突っ伏した。身をよじり、声にならない悲鳴を噛み殺す。尊すぎて、全身の細胞が歓喜で打ち震えている。周りの学生が、時折奇妙な動きをする私を訝しげに見ている気配がするが、そんなことはどうでもよかった。

 三次元の世界なんて、どうだっていい。

 私、月詠つきよみ しおりは、物語の登場人物プレイヤーではない。物語を俯瞰し、キャラクターたちの関係性に萌えを見出す、神なのだから。

 腰まである長い黒髪は、いつも邪魔にならないように無造作にひっつめている。度の強い黒縁メガネの奥の瞳は、自分でもよく見えない。服装なんて、オーバーサイズのパーカーにデニムかジャージがあれば十分。それが、私。

 昔から、物語の「主人公」になれるような器じゃなかった。教室の隅で、キラキラした男女の恋愛模様を遠巻きに眺めるだけの、いてもいなくても変わらないモブキャラクター。それが私の立ち位置。

 それでいい。それがいい。

 だって、神の視点から彼らの運命を見守る方が、自分が恋愛するより万倍楽しいのだから。

「……あんた、またやってんの?」

 ふいに、隣の席から呆れ果てた声が降ってきた。その声に、私はゆっくりと顔を上げる。

 アッシュブラウンに染められたお洒落なボブヘアー。切れ長の目に引かれた完璧なアイライン。今日のファッションも、流行りのシアートップスにカーゴパンツを合わせた、雑誌から抜け出てきたような着こなしだ。

 親友の、神崎かんざき 乃亜のあである。

「の、乃亜……。見て、これ。イベントの新スチル。雨に濡れたジークとアーク……エモくない?」

「知らんがな。それより、さっきから一人で悶えたり机に突っ伏したり、挙動不審すぎるんだけど。後ろの席の男子、あんたのこと完全にヤバい奴だって目で見てるよ」

「そ、それは……彼らの愛が深すぎたせいであって、私のせいでは……」

「全部あんたの脳内の話でしょ」

 乃亜は、こめかみを指で押さえながら、深いため息をついた。高校からの付き合いである彼女は、私のこの奇行にも慣れっこだった。呆れながらも、本気で見捨てたりはしない。私の根っこにあるのが、誰かを(BL的に)幸せにしたいという、謎の利他主義精神であることを、誰よりも理解してくれている、唯一の親友だ。

「大体、あんたはさぁ。もうちょっと現実を見たら?そんな二次元の男たちにうつつを抜かしてないで、リアルで恋の一つや二つ……」

「無理」

 私は、乃亜の言葉を食い気味に遮った。メガネの位置を、人差し指でぐいっと押し上げる。

「断言するけど、私に三次元の恋なんて天地がひっくり返ってもありえない。そもそも、考えてもみてよ。現実の男の人と付き合うとか、どういうこと?手を繋いだり、デートしたり、キスしたり……解釈違いにもほどがある」

「何がどう解釈違いなのよ……」

「だって、私は『見る』専門なんだよ?私が介入したら、物語が壊れちゃうじゃない。私は、壁!空気!背景!それが私のジャスティスなの!」

 熱弁する私を、乃亜は心底どうでもよさそうな目で見ている。その冷めた視線が、なんだか心地よかったりもする。

 そう、これでいいのだ。

 私は、誰かに恋されることも、恋することもない。安全なガラスケースの中から、美しい男の子たちの恋愛模様を、ただひたすらに愛で続ける。それが私の幸せの形。

 そう、信じて疑っていなかった。この時までは。

「……まあ、あんたがそれでいいなら、私は何も言わないけどさ」

 乃亜は肩をすくめると、さっさと教科書をバッグにしまった。ちょうどそのタイミングで、講義の終了を告げるチャイムが鳴り響く。蜘蛛の子を散らすように学生たちが教室から出ていく中、私も慌ててスマホをポケットにねじ込み、教科書を閉じた。

「よし、行こっか。学食の新作パフェ、食べたい」

「あんたの頭の中、BLか食べ物のことしかないの?」

「人生の楽しみなんて、そんなもんでしょ」

 へらりと笑いながら立ち上がると、乃亜はもう一度、何か言いたげな顔で私を見た。その視線に含まれている感情が、いつもの呆れとは少し違う種類のものであることに、私は気づかなかった。

 キャンパスは、講義を終えた学生たちで賑わっている。その人混みを、私たちは縫うようにして歩く。私はと言えば、さっき見たスチルの余韻にまだ浸っていた。

「……それにしても、ジークのあの表情……普段はポーカーフェイスを気取ってるくせに、アークのことになると途端にああなっちゃうのが、たまらないのよ。いわゆるギャップ萌えってやつ?いや、もっと深遠な、魂の繋がりというか……」

「はいはい、わかったわかった」

 私の止まらない早口のオタクトークを、乃亜は適当に相槌を打ちながら聞き流している。いつものことだ。この関係性が、私にとっては心地いい。

 私が私の世界に没頭していても、乃亜はそれを否定せず、ただ隣にいてくれる。だから私も、彼女のお洒落や恋バナに、ちゃんと耳を傾けるのだ。

 そう、乃亜はモテる。告白された回数は両手でも足りないだろう。でも、彼女は簡単にはなびかない。上辺だけの言葉や態度を、その切れ長の目で見抜いてしまうから。

 そんな彼女が隣にいると、まるで自分まで格上げされたような錯覚に陥りそうになるけれど、私はちゃんと自分の立ち位置を弁えている。私はモブ。彼女は物語のヒロインになれる子。住む世界が違うのだ。

「……ねえ、栞」

 ふと、乃亜が立ち止まった。つられて私も足を止める。彼女は、私の目をじっと見つめていた。その表情は、今までにないくらい真剣で、私は少しだけ戸惑う。

「な、何?急に真面目な顔して」

「ちょっと、あんたに言っとかなきゃいけないことがあって」

 改まった口調に、私の心臓が、ほんの少しだけ嫌な音を立てた。まさか、絶交……?私がBLの話しかしなくなったから、愛想を尽かされた……?

 ぐるぐると悪い想像が頭を駆け巡る。そんな私の不安を見透かしたように、乃亜は大きなため息を一つ吐いた。

「……別に、あんたのこと嫌いになったとかじゃないから」

「よ、よかった……」

「そうじゃなくてね」

 乃亜は一度言葉を切り、まるで何かを確かめるように、私たちの周囲に視線を走らせた。そして、もう一度私に向き直ると、静かに、しかしはっきりとした声で、こう言ったのだ。

「あんた、最近やたらイケメンに見つめられてるけど自覚ある?」

「…………は?」

 私の口から、間抜けな声が漏れた。

 イケメン?見つめられてる?私が?

 脳が、その言葉の処理を完全に拒否した。あまりに現実離れした単語の羅列に、思考がフリーズする。

「え……っと、ごめん、乃亜。もう一回言ってくれる?たぶん、私の耳のフィルターが何かおかしな変換をしたんだと思う」

「だから、そのまんまの意味だって。あんたが、すっごいイケメンに、じーっと見られてるのを、私がこの一週間で三回は見たの。今日も、さっきの講義中も」

「……」

 ぽかん、と口を開けたまま、私は乃亜の顔を見つめ返すことしかできなかった。

 からかわれているのだろうか。いや、でも、乃亜の目は冗談を言っているようには見えない。本気だ。本気で、そんな突拍子もないことを言っている。

 だとしたら、考えられる可能性は一つしかない。

「乃亜……疲れてるのよ。きっと、イケメンの幻覚が見えてるんだわ。わかる、私も推しカプが尊すぎると幻覚見るもん」

「あんたと一緒にしないでくれる?」

 私の精一杯の優しさを、乃亜はバッサリと切り捨てた。そして、信じられないものを見るような目で、私に最後の言葉を突きつける。

「いい?幻覚じゃない。これは、現実。……あんた、何か、やらかしたんじゃないでしょうね」

 その言葉の意味を、私が本当の意味で理解するのは、もう少しだけ先のことになる。

 この時の私はまだ、自分の日常が、愛してやまないBLゲームの世界よりも、よっぽど予測不能で、波乱に満ちたラブコメの舞台になろうとしていることなど、知る由もなかったのだ。

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yukith
yukith
主人公の暴走するBLフィルターと、イケメンたちのガチな好意のギャップに、声を出して笑いました。推しカプへの情熱がリアルにもたらすカオスな展開に、続きが気になります!
2025-10-29 00:44:48
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第2話:太陽の王子は触媒(カタリスト)を求める
 乃亜のあの言葉は、一体何だったのだろう。 あれから数日が経っても、私の頭の片隅には、彼女の真剣な眼差しがこびりついていた。「やたらイケメンに見つめられてる」なんて、そんなことあるわけがない。きっと、乃亜が見たイケメンは、彼女の隣にいた私ではなく、その背後のショーウィンドウに映った自分自身に見惚れていたに違いない。うん、そうに決まっている。自己肯定感の高い美男子は、たまにそういうことがあるのだ。 私は一人で納得して、いつものように大教室の後方の席に陣取っていた。今日の講義は社会心理学。教授の話はそれなりに面白いけれど、やはり私の脳の大部分は、来たる『Fallen Covenant』の次回イベント、「聖夜に誓う永遠の愛(エターナル・ラブ)」の考察に費やされている。「今回の報酬は、ジークの限定SSR……絶対に手に入れなければ……」 誰にも聞こえない声で決意を固め、バッグの中でそっとスマホを握りしめた、その時だった。 ざわっ、と教室の空気が揺れた。 入口のドアから、一人、また一人と学生が入ってくるだけの光景。それなのに、さっきまで気怠い空気に満たされていた空間が、まるで色鮮やかなフィルターでもかかったかのように、急に華やいで見えた。 その原因は、すぐに分かった。「あ、天王寺くんだ」「今日もかっこいい……」「隣の氷室くんもヤバくない?」 ひそひそと交わされる女子学生たちの甘い溜息。その視線の先には、あまりにも現実離れした二人の男子学生が立っていた。 一人は、天王寺 輝。 キラキラと光を反射する、明るい茶色の髪。誰に対しても分け隔てなく向けられる、爽やかで人好きのする笑顔。非の打ち所がない顔立ちに、モデルのように長い手足。彼が歩くだけで、そこだけスポットライトが当たっているかのように見える。経営学部に所属する彼は、大企業の御曹司で、成績も常にトップクラス。まさに、学園の太陽の名を欲しいままにする、完璧すぎる王子様だ。 私のような日陰の住人からすれば、直視するのも憚られる、眩しすぎる存在。住む世界が違いすぎる。 そして、彼のすぐ後ろに控えるように立っているのが――氷室 奏。 サラサラの黒髪が片目にかかり、どこかミステリアスな雰囲気を纏っている。透き通るような白い肌と、全てを見透かすような
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第3話:氷の騎士は沈黙で見つめる
「――というわけで、天王寺先輩が、氷室くんのこと、お食事に誘いたいそうよ!」「は?」 私の興奮気味の報告を、乃亜は購買で買ったばかりのメロンパンを咥えながら、心底どうでもよさそうな声で一蹴した。昼休みの喧騒に満ちた中庭のベンチで、私たちは向かい合って座っている。「いや、だからね!天王寺先輩が私を食事に誘ってきたのは、氷室くんを誘うための口実なの!私が触媒となって、二人を繋ぐのよ!すごくない?この世紀の恋の始まりに、私が立ち会えるなんて!」「……あんた、本気で言ってんの?」 乃亜はメロンパンを咀嚼し、ごくりと飲み込むと、呆れを通り越して、もはや憐れみのような目を私に向けた。「本気も何も、それ以外に考えられる?」と私が言うと、彼女は天を仰いで深いため息をついた。「普通に考えて、天王寺くんはあんたに気があるから誘ったんでしょ。なんでそうなるのよ」「ないないない。天地がひっくり返っても、それだけはない」 私は両手を大きく振って、乃亜の突拍子もない仮説を全力で否定する。「考えてもみてよ。あの天王寺輝だよ?学園の太陽だよ?彼が、私みたいな日陰の苔のような人間に、興味を持つわけがないじゃない。科学的にありえない。彼の隣に立つ人間は、彼と同じくらいキラキラしてないと、世界のバランスが崩壊しちゃう」「あんたのその自己評価の低さは、もはや一種の才能だね……」「そして、氷室くんよ!あのミステリアスな影のあるクールビューティ!天王寺先輩の光が強ければ強いほど、彼の影は色濃く、魅力的に映る……。光と影、陽と陰。これほどまでに完璧なカップリングがある?いや、ない!」 熱弁する私に、乃亜は早々に会話を諦めたのか、「はいはい、そうですねー」と気の抜けた返事を繰り返すだけだった。わかってない。乃亜には、この神聖な関係性の尊さが、まだわかっていないのだ。 だが、感傷に浸っている場合ではない。私には、二人の恋を成就させるという、重大なミッションが課せられているのだから。「問題は、どうやって氷室くんを食事会に誘うか、なのよ……」 腕を組み、私はうーん、と唸る。天王寺先輩から食事に誘われたのは、明日の夜。時間がない。 氷室くんは、天王寺先輩と違って、いつもどこにいるのか掴みどころがない。特定の友人とつるんでいる様子もなく、講義が終わると、ふらりとどこかへ消えてしまう。神出鬼
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第4話:キューピッド、最初の任務
「君の話なら、聞こう」 その言葉は、私の心に深く、そして都合よく刻み込まれた。 氷の騎士、氷室奏は、私の話を聞いてくれると言ったのだ。つまり、天王寺輝との恋物語の幕開けを、彼は静かに、しかし確かに受け入れたのである。ああ、なんて尊い展開だろう。クールな彼が、勇気を出して一歩踏み出したのだ。その歴史的瞬間に立ち会えたという感動で、私は図書館からの帰り道、ずっと頬の緩みを抑えることができなかった。 もちろん、彼を食事会に誘うのは、思ったよりも骨が折れた。私が「実は明日、天王寺先輩と食事をするんですが、ご一緒にどうですか」と切り出すと、彼は一瞬、本当にほんの一瞬だけ、眉間に皺を寄せたように見えた。 だが、それはきっと、照れ隠しだ。私の脳内BLフィルターは、彼の僅かな表情の変化を「素直になれないツンデレの典型的な反応」と瞬時に翻訳した。「……なぜ、俺が」「ええっと、それは……天王寺先輩が、きっとその方が、楽しいかなって……」「君は、どうなんだ」「え?私ですか?私はもちろん、お二人が揃ってくださった方が、百万倍楽しいです!」 私が満面の笑みでそう答えると、彼は何かを諦めたように小さく息を吐き、「……わかった」とだけ呟いた。 快諾である。完璧な流れだ。 そして翌日。私は、人生で初めて訪れるような、お洒落なイタリアンレストランの前に立っていた。待ち合わせの時間ぴったりに現れた天王寺先輩は、私服姿もまた完璧だった。シンプルな白いシャツに黒いパンツという出で立ちなのに、彼が着ているというだけで、それが世界最高級のブランド品に見える。「やあ、月詠さん。待った?」 爽やかな笑顔に、私の心臓がまたしても無駄に跳ねる。いかんいかん、この人は私の攻略対象ではない。彼は、彼の隣に立つべき人のものなのだ。「いえ!全然待ってません!それから、先輩、見てください!」 私は、自分の手柄を披露する子供のように、得意満面で自分の背後を指し示した。そこには、約束通り、少しだけ気まずそうな顔で佇む氷室くんの姿がある。彼は、モノトーンを基調とした、飾り気のない服装。それがまた、彼のミステリアスな雰囲気を際立たせていた。「じゃーん!サプライズです!氷室くんも誘っちゃいました!」 えへへ、と私が笑いかけると、天王寺先輩は一瞬、本当に一瞬だけ、その完璧な笑顔の裏で驚きに目を見開いた。
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第5話:わんこ系後輩の告白(練習)
 あの夜。私の左右から放たれた「家まで送る」と「送っていく」という二つの宣戦布告。 天王寺先輩と氷室くんは、私という存在を媒介にして、静かに、しかし激しく火花を散らしていた。恋の主導権を懸けた、男たちのプライドのぶつかり合い。そのあまりの尊さに、私の脳は沸騰寸前だった。 しかし、同時に、私は自分の立場を痛いほど理解していた。私はキューピッド。二人の恋の舞台装置。決して、物語の中心にいてはならない存在だ。「あ、あの、お気持ちは大変嬉しいのですが、お二人で、どうぞ!今後の作戦会議でもしながら!私は、一人で帰れますので!」 そう叫ぶのが精一杯だった。二人が何かを言う前に、私はくるりと踵を返し、人生で一番の速さでその場から逃げ出した。背後で、天王寺先輩の「え、月詠さん!?」という焦った声が聞こえた気がしたが、振り返る余裕などなかった。 だって、これ以上あの神聖な空間にいたら、私はその尊さに耐えきれず、浄化されて消滅してしまうから。 そんな事件から数日後。私の日常は、いつも通り、退屈な講義と、脳内のBL妄想、そして、時給のために働くアルバイトで構成されていた。 私のバイト先は、大学から少し歩いたところにある、お洒落なカフェ『Caffe Felice』。木の温もりを感じる落ち着いた内装と、こだわりの自家焙煎コーヒーが自慢の、学生にも人気の店だ。 私がここで働いている理由はただ一つ。イケメンの店長を、心置きなく観察できるからである。 もちろん、私が彼に恋愛感情を抱いているわけではない。あくまで、創作意欲を掻き立てるための「素材」として、だ。長身で、優しくて、少し気だるげな雰囲気が、私の作る物語のキャラクターにぴったりなのだ。「栞先輩、お疲れ様です!この後、シフト入ってるんですよね?」 私がバックヤードでエプロンの紐を結んでいると、背後から太陽みたいに明るい声がかけられた。振り返ると、そこには、ふわふわの栗色の髪を揺らしながら、人懐っこい大きな垂れ目をきらきらさせた男の子が立っていた。 七瀬 陽翔くん。 二週間ほど前に入ってきた、一つ年下の新人バイトだ。小動物を思わせる愛らしいルックスと、誰にでもすぐに懐く性格から、すっかり店のマスコット的存在になっている。「陽翔くん、お疲れ様。うん、私はこれから閉店まで」「やった!じゃあ、ま
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第6話:戦場と化したカフェ①
 カラン、と澄んだ音を立てたドアの向こうに立っていたのは、天王寺輝だった。 私の脳が、目の前の光景を正しく処理するのに、約七秒を要した。 私のバイト先に、学園の太陽が、たった一人で。その隣にあるべき、涼やかな影の姿はどこにもない。 彼の完璧な笑顔が、まっすぐに、私に向けられている。「やっぱり、まだいた。月詠さん、いるかなって思って」 その言葉に含まれた甘い響きに、私の心臓が、きゅっと有り得ない音を立てて縮こまった。 だめだ、だめだ、惑わされるな、月詠栞。これは罠だ。私の脳内BLフィルターが、正常な判断を妨げるための、甘い罠! 落ち着いて分析するのよ。彼が、一人でここに来た理由。それは一体、何? 答えは、一つしかない。「(―――偵察!)」 そうだ、彼は偵察に来たのだ。先日、私が「ここでバイトしてるんです」と何気なく漏らした一言を、彼は聞き逃さなかった。そして、来るべき日――氷室くんをデートに誘う、その運命の日のために、この『Caffe Felice』が二人の神聖な逢瀬の場所にふさわしいかどうか、自分の目で確かめに来たのだ。 なんてこと。なんて、真摯な人なの、天王寺先輩……!氷室くんへの愛が、深すぎる!「せ、先輩!わざわざご足労いただき、恐縮です!」 全ての真実を悟った私は、カウンターの中から深々と頭を下げた。私のあまりの歓迎ぶりに、彼は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに楽しそうに目を細める。「ふはっ、そんなに畏まらなくても。客だよ、客」「も、もちろんです!最高の席へご案内します!……と言っても、カウンターしか空いてませんが!」 閉店間際の店内は、ほとんど客足が引いていた。彼は「じゃあ、ここで」と、こともなげに私が一番よく使う作業スペースの真ん前の席に腰を下ろした。 近い。近すぎる。彼がそこに座っているというだけで、店の空気の密度が、急に三倍くらいになった気がした。ふわりと香る、爽やかなシトラスの香り。無造作に組まれた長い脚。カウンターに置かれた、大きくて骨張った手。その一つ一つが、私の貧弱な語彙力を奪っていく。「ご注文は……」「んー、じゃあ、君のおすすめを貰おうかな」 きた!出ました、おすすめ!これは、ただの注文ではない。「君は、僕の愛する氷室くんに、どんなコーヒーがふさわしいと思うか
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第7話:戦場と化したカフェ②
 光と、影。 太陽と、月。 学園を代表する二人のイケメンが、私というちっぽけな存在を、まるでサンドイッチの具のように挟み込んでいる。 私の脳内BLフィルターが、ゴゴゴゴゴ、と地鳴りのような音を立てて、フル稼働を始めた。「(……そういうことか!)」 天王寺先輩は、やはり氷室くんをデートに誘うための視察に来ていた。そして、氷室くんは、そんな先輩の意図を正確に読み取り、自分からこの店にやってきたのだ。「あなたを待っていましたよ」という、言葉にならない愛のメッセージを伝えるために! そして、陽翔くん!彼は、この二人の神聖な逢瀬を、誰にも邪魔させまいとする、忠実な番犬! 役者は、揃った。戦場と化したこのカフェで、今、三つの恋の物語が、複雑に絡み合おうとしている! 私の脳内が、壮大な恋の相関図を完成させて一人悦に入っていると、沈黙を破ったのは、やはり学園の太陽だった。天王寺先輩は、後から来た氷室くんにも、敵意むき出しの陽翔くんにも動じることなく、優雅な仕草で私に微笑みかける。「それじゃあ、改めて。おすすめのコーヒー、淹れてくれるかな」 その声は、甘く、そして有無を言わせない響きを持っていた。私に向けられた言葉。だが、その真意は、隣に座る氷室くんに向けられている。「(君が、僕の隣に座る氷室くんにふさわしいと思う、最高のコーヒーを淹れて見せてくれ)」 そういうことね!これは、私への試験!二人の恋を導くキューピッドとしての、私の手腕が試されている!「かしこまりました!豆の個性を最大限に引き出す、ハンドドリップで淹れさせていただきます!」 私がキリッと表情を引き締め、胸を張って答えた、その時。「……俺も、同じものを」 静かだが、凛とした声が、私の左耳を打った。氷室くんだ。彼はメニューに視線を落としたまま、ぽつりと、しかしはっきりとそう言ったのだ。 私の全身に、電流のような衝撃が走る。 ああ、なんてこと。なんて、尊いの……! これは、ただの注文じゃない。天王寺先輩への、彼なりの返答なのだ。『あなたが飲むものなら、私も同じものを。あなたの選ぶ運命に、私も従いましょう』という、健気で、いじらしい、愛の誓い……! 二人の間に流れる、言葉を超えた魂の交信に、私は涙ぐみそうになるのを必死で堪える。泣いている場合じゃない。私は、彼らの聖なる儀式を、最高の形で
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第8話:グループ課題は地獄の始まり①
「あの二人、どっちが本命なんですか!?」 店の裏口、薄暗い電灯の下で、陽翔くんの切実な声が響いた。私の両肩を掴む彼の手には、焦りと、そしてほんの少しの不安が滲んでいる。その大きな垂れ目が、助けを求めるように私を真っ直ぐに見つめていた。 ああ、なんてこと。彼は、悩んでいるのだ。自分の恋のライバルが、あまりにも強大すぎて。 私の脳内BLフィルターは、彼の悲痛な問いを、瞬時に、そして完璧に翻訳していた。彼が言っている「本命」とは、もちろん、うちのイケメン店長にとっての本命、という意味だ。 学園の太陽として全てを照らす天王寺輝と、静かな影で人々を魅了する氷室奏。タイプは違えど、どちらもラスボス級の魅力を持つ二人。陽翔くんが、店長の心を射止める上で、どちらがより手強い恋敵になるのか、私に判断を仰いでいるのだ。 なんて、健気なの……!「陽翔くん、落ち着いて」 私は、彼の肩にそっと自分の手を重ね、慈母のような微笑みを浮かべた。「恋に、『どっちが本命か』なんて、野暮なことは考えちゃだめ。大切なのは、君が、店長とどんな物語を紡ぎたいか、だよ」「……物語?」「そう。太陽と月のどちらを恐れるのではなく、君という名の、一番星になればいいの。君だけの輝きで、店長の夜空を照らすのよ!」 我ながら、完璧なアドバイスだった。ポカン、と口を開けて固まっている陽翔くんに、私は力強く頷いて見せる。「頑張って!」と彼の背中を力強く叩き、私は恋愛プロデューサーとしての今日の任務を終えたのだった。◇ そんな事件から数日後。大学の講義室は、いつにも増してざわついていた。原因は、教壇に立つ老教授が放った、悪魔の宣告。「―――というわけで、本講義の期末レポートは、三人一組のグループ課題とする」 うわ、という絶望の声が、教室のあちこちから上がる。私も、その一人だ。ただでさえコミュニケーション能力が低いというのに、グループ課題なんて、地獄でしかない。誰か、余った私を拾ってくれないだろうか。そんな淡い期待を抱きながら、私はできるだけ気配を消して縮こまっていた。「グループは、公平を期すため、学生番号順にこちらで決めさせてもらった。今から読み上げるので、メンバーを確認するように」 教授が、手元のリストに視線を落とす。私の心臓が、ドクン、と嫌な音を立てた。どうか、どうか、当たり障りのない、優
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第9話:グループ課題は地獄の始まり②
 そうして私たちが流れ着いたのは、大学の門を出てすぐの、ごく普通のファミリーレストランだった。ガヤガヤとした店内の雰囲気は、先ほどのカフェテリアとはまた違う騒がしさがある。 席に着くなり、天王寺先輩は「さて」と楽しそうにメニューを広げた。「俺、お腹空いちゃったな。月詠さんは?あ、そうだ、ドリンクバー頼むよね?」「は、はい!もちろんです!」「じゃあ、俺、先になんか取ってくるよ。何がいい?」 彼が、私に天使の笑顔を向ける。違う、先輩!あなたが聞くべきは、私じゃなくて!「わ、私は後で……!そ、それより、氷室くんは!氷室くんは何が飲みたい気分ですか!?」 私が、必死の形相でパスを出す。 すると、氷室くんは私と天王寺先輩の顔を交互に一度だけ見ると、静かに、しかしはっきりと立ち上がった。「……僕が行こう」「え?」「君は、座ってていい」 そう言って、彼は私の分のコップまで手に取ろうとする。 その瞬間、それまで笑顔だった天王寺先輩の空気が、すっと変わった。「いや、いいよ氷室くん。俺が行くって言ったんだから。君こそ座ってて」「……君は、テーマの骨子をまとめておいてくれ。飲み物は、僕がやる」「その必要はないよ。俺がやるから」「……僕が、やると言っている」 ばち、ばち、ばち。 テーブルを挟んで、私の目の前で、見えない火花が激しく散っている。二人の視線が、ドリンクバーのコップを巡って、鋭く交差する。 始まったわ、二人の痴話喧嘩!「(氷室くんに格好いいところを見せたいから)俺が飲み物を持ってくる!」「(天王寺先輩の手を煩わせたくないから)いや、僕がやる!」という、お互いへのアピール合戦! 私への親切を口実にした、高度なイチャイチャ……! 尊い……!尊すぎる……!ファミレスのど真ん中で、こんな神々しいやり取りを見られるなんて……! だが、このままでは、二人の戦いが終わらない。そして、私は、二人の共同作業を、何よりも見たいのだ。「あ、あの!」 私は、意を決して、二人の間に割って入った。「せっかくですし、お二人で、行ってきてはいかがでしょうか!?私は、ここで、おとなしく、二人の愛の巣(テーブル)を守っておりますので!」 私の完璧な提案に、二人はぴたりと動きを止めた。そして、同時に私を見ると、何とも言えない、複雑な表情を浮かべる。「……月詠さ
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第10話:図書館の少女漫画(BL風味)
 しぃん、と静まり返った図書館。ここは、私の聖域の一つだ。普段なら、この古い紙の匂いと、ページをめくる微かな音だけに包まれて、心ゆくまで妄想(という名の創作活動)に没頭できる場所。 だけど、今日だけは事情が違った。 私の左右には、この静寂とはあまりにも不釣り合いな、二つの輝かしいオーラが存在している。右に、学園の太陽・天王寺先輩。左に、氷の騎士・氷室くん。 私たちは、あの地獄の(私にとっては天国だった)グループ課題のための資料を探しに、こうして連れ立って図書館に来ていた。 乃亜には「乙女ゲーの主人公になってる自覚持て」と本気でキレられたけれど、彼女は何もわかっていない。私が今感じているこの高揚感は、決して恋愛のそれではない。これは、公式から「推しカプの共同作業」という、最大手の供給を与えられた、一介の腐女子としての歓喜なのだ。「コミュニケーション論の棚は、あっちだね」 天王寺先輩が、私にも聞こえるように、少しだけ声を潜めて囁く。その低く甘い声が、静かな空間でやけに響いて、耳がくすぐったい。いやいや、違う。これは私への配慮ではなく、その隣の氷室くんへ「こっちだよ」と伝えるための優しさだ。「……ああ」 氷室くんが短く応じる。ああ、尊い。会話が成立している。 私は、二人の崇高な空間を邪魔しないよう、カニ歩きのように横移動しながら、必死に背表紙を追う。あのファミレスでの一件以来、二人の間には(私の脳内では)確かな絆が芽生え始めていた。私がやるべきことは、二人が次のステップに進むための、触媒(カタリスト)になることだけ。「あ、あれかも」 私が探していたのは、社会心理学の権威が書いた、分厚い専門書。それは、運悪く書架の一番上の棚に鎮座していた。 私は自分の身長を呪った。150cmちょっとの私では、どう頑張っても手が届かない。「うぅ……」 ぴょんぴょんと、その場で軽くジャンプしてみるが、指先がかすりもしない。近くに脚立(きゃたつ)も見当たらない。 どうしよう。二人に頼む?いや、だめだ。今、二人は二人で、何か目に見えないオーラ(たぶん恋の駆け引き)を交換している最中。私が「取ってください」なんて言ったら、その神聖な儀式を妨害してしまう。 私はもう一度、ぐっと背伸びをした。かかとを限界まで上げ、腕を、これ以上ないというくらい伸ばす。指先が、あと、ほん
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