攻略対象は私じゃない! ~腐女子が神視点で推しカプ見てたら、いつの間にか逆ハーレムの中心にいた件~

攻略対象は私じゃない! ~腐女子が神視点で推しカプ見てたら、いつの間にか逆ハーレムの中心にいた件~

last update最終更新日 : 2026-01-31
作家:  花柳響完了
言語: Japanese
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概要

ラブコメ

モテモテ

逆ハーレム

溺愛

現代

私、月詠栞は、現実の恋よりBLゲームの推しカプが命の腐女子。神の視点からイケメンたちの恋模様を見守る方が楽しい! そんな私の前に、学園の王子・輝とクール系イケメン・奏が現れた。――この二人、並んでるだけで尊すぎ……! 理想のカップリングだ! よし、私がキューピッドになって、二人の恋を全力で応援しよう! さらにバイト先の可愛い後輩・陽翔も、どうやらイケメン店長に片思い中みたい!? もちろん、彼も全力でサポートしなきゃ! イケメンたちの恋を成就させるため、プロデューサーとして奔走する私。 ……なのに、なぜか輝先輩たちが私を巡って火花を散らしてる? まさか。ありえない。 だって、攻略対象は私じゃない!

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第1話

第1話:私の脳内はBLでできている

「申し訳ありません。娘さんは二月十五日、午前一時十三分に蘇生処置の甲斐なく、お亡くなりになりました」

寺原真衣(てらばら まい)はウサギのぬいぐるみを握りしめたまま、無表情で手術室をじっと見つめていた。

彼女は娘の最後の旅立ちを見送るため、静かに歩み寄った。

手術台の上、真衣は娘の枯れ枝のように細く乾いた小さな手をそっと握った。

その手は冷たく、すでにぬくもりは失われていた。

彼女は静かに娘の髪を整えた。

脳裏には、娘がまだ救急室へ運ばれる前、かすかに漏らした弱々しい声がよみがえる。

「ママ……おじさんは、まだ来ないの?」

娘が「おじさん」と呼んでいたのは、実の父親である高瀬礼央(たかせ れお)だった。彼は娘に「パパ」と呼ぶことを許さず、そのくせ忘れられない初恋相手の息子には「パパ」と呼ばせていた。

高瀬千咲(ちさき)のいちばんの誕生日の願いは、パパと一緒に過ごすこと、そして一度だけでも「パパ」と呼ばせてもらうことだった。

千咲は体が弱く、去年の冬、冷たい風の中で礼央が帰ってくるのを待ち続けたせいでインフルエンザにかかり、肺炎を患った。今年に入ってからは病状が急激に悪化し、ずっと入院していた。

今日もまた、寒い冬の日だった。千咲はこっそりと家の門の外で、礼央の帰りを待ち続けていた。

倒れていたところを真衣が見つけ、すぐに病院へと運ばれた。

医師からは、危篤状態だと宣告された。

真衣は礼央に、娘の誕生日くらいは一緒にいてほしいと、必死に懇願した。

彼はそれを承諾した。

だが、またしても約束は裏切られた。

彼女は枯れ枝のように痩せ細った娘の小さな体をそっと抱きしめ、優しくささやいた。「いい子ね……もう、つらいことは終わりよ」

もう、病の苦しみに耐える必要はない。

もう、毎日父親に嫌われ、決して届かない父の愛を求めて泣くこともない。

「ママ、どうしておじさんは私にパパって呼ばせてくれないの? でもお兄ちゃんはいいのに……

ママ、萌寧さんがお兄ちゃんのこと好きだから、パパもお兄ちゃんのこと好きなんだよね……」

娘の無邪気な問いかけが、今もなお彼女の耳元で何度も何度も響いているようだった。

幼い彼女には、なぜパパが自分を好きになってくれないのか、なぜ自分だけ「パパ」と呼べないのか、その理由がどうしてもわからなかった。ただ、きっと自分がお兄ちゃんよりも劣っているから、だからパパに嫌われているのだと、そう思い込んでいた……

六年前、彼女は礼央とふとしたことで関係を持ち、千咲を身ごもった。いわゆる授かり婚だった。

千咲を産んだ時、彼女は難産の末、大量出血したが、彼は一度も顔を見せることはなかった。

その頃、礼央は憧れの女性・外山萌寧(とやま もえ)の出産に付き添っていたのだ。どちらが大事か、それは一目でわかることだった。

萌寧は男の子を産んだ後、その子を礼央に預けて出国し、そのまま消息を絶った。

一方、真衣は長年、礼央を一途に想い続けてきた。彼の心を少しでも引き寄せたくて、萌寧が産んだ子供を受け入れ、我が子同然に心を込めて育て上げた。

彼は千咲に「パパ」と呼ばせることを決して許さなかった。だが、萌寧の息子にはまるで宝物のように接した。これが、決定的な違いだった。

難産の時、彼女は本当は気づくべきだったのだ。あの男の心は氷のように冷たく、どれほど手を尽くしても、決して温めることはできないということに。

本当は千咲のほうが午前中に先に生まれていた。それなのに、彼は萌寧の息子を「兄」にして、高瀬家の長男としての地位を与えた。

その結果――

誰もが、その子こそ礼央の本当の息子だと信じて疑わなかった。

そして、千咲はただの私生児だと蔑まれたのだ。

医師は彼女の震える背中を重苦しい面持ちで見つめながら、そっと声をかけた。「お父様は……まだお見えになっていないのですか?」

この子・高瀬千咲が入院してからというもの、父親の姿は一度たりとも見かけることはなかった。

真衣の瞳は冷たく光り、皮肉げにかすかに笑った。「父親なら、私生児を連れてその実の母親に会いに行き、誕生日パーティーを開いていますよ」

毎年、同じことの繰り返しだった。

それでも彼女は、馬鹿みたいに四年間も他人の子を育て続けてきた。

同じ誕生日の子供なのに、千咲には冷たい仕打ちしか与えられなかった。

医師は呆然とし、目の前の哀れな女性に、どんな言葉をかければいいのか分からずにいた。

-

千咲が亡くなって初日、真衣は全ての手続きを済ませた。

北城の火葬手続き確認書には、父母双方の署名が必要だった。

真衣は港湾の別荘へ戻り、千咲の遺品を静かに整理した。

その時、階下から車の音が聞こえてきた。

「パパ!いつママを捨てて萌寧さんと結婚するの?萌寧さんにママになってほしい!」

礼央はコートを腕にかけ、身をかがめて子供である高瀬翔太(たかせ しょうた)の頬を優しくつねった。「翔太、萌寧さんをママって呼んでいいんだよ」

真衣は階上で、その会話の一部始終をはっきりと耳にした。

胸の奥がきゅっと締めつけられる。彼女はそっと目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

「ママにお風呂に入れてもらって、着替えたら萌寧さんを迎えに行きなさい」

翔太は嬉しそうに跳びはねた。「やった!」

けれど次の瞬間、翔太の小さな顔は曇り、しょんぼりとつぶやいた。「でも……ママが知ったら、行かせてくれないかも。ママ大嫌い、いつも外のもの食べさせてくれないんだもん」

礼央は翔太の頭を撫で、やさしく背中を押すように言った。「パパがいるから、ママは何も言えないよ」

礼央はふと目を上げ、ちょうど階段を下りてくる真衣と視線がぶつかった。

だが彼の顔は淡々としていて、何の感情も浮かばず、視線を逸らして見なかったことにした。

翔太は駆け寄り、真衣の手を握って言った。「ママ、お風呂入れて。あとでお出かけするんだ!」

真衣はその手を静かに振りほどき、顔を上げて礼央を真っすぐに見つめた。「何か……忘れてない?」

礼央は淡々と真衣を一瞥した。「何を?」

何年経っても、礼央はずっと冷たかった。彼女に対しても、千咲に対しても、冷たさは変わらなかった。

真衣は自嘲するように微笑んだ。

そうね。礼央が千咲と翔太の誕生日が同じ日だなんて、覚えているはずがない。

翔太の誕生日は毎年、萌寧と一緒に盛大に祝われる。

その一方で、千咲は毎年、毎年、冷たい冬の風の中で、決して帰ってこない父を待ち続けていたのだ。

「話がある」

礼央は嘲笑うように鼻で笑った。「今日は忙しい」

「長くはかからないわ。サインして」

真衣は静かに言い、手にしたファイルを開いて、署名する場所を指し示した。

礼央はひどく不機嫌そうで、まるで彼女と一秒でも一緒にいること自体が鬱陶しいとでも言いたげだった。

彼は眉をひそめ、勢いよく署名すると、書類を真衣に突き返した。

「今夜は翔太と外で泊まるから帰らない。明日の朝、学校の先生に翔太が半日休みをもらうことを伝えておけ」

真衣は奥歯を噛みしめ、書類を握る指先が真っ白になるほど力を込めた。

もし彼がほんの少しでも真剣に目を通していれば。

すぐに気づいたはずだ。文書の一枚は離婚届、もう一枚は千咲の火葬手続きの書類だということに。

それなのに、彼はどちらの書類にも無造作に、心を込めることなくサインしたのだった。

「それと、千咲に電話してくるなと伝えろ」

真衣は冷たく笑った。

千咲はもう電話なんてかけてこない。

なぜなら、彼女はもう、この世にはいないから。

礼央は、普段とは明らかに違う真衣の態度にも、まるで気にする様子はなかった。

時間が迫る中、萌寧の方から電話が入り、彼らがいつ到着するのか尋ねてきた。

翔太はお風呂にも入らず、着替えもしないまま、礼央のあとについて外へ出た。「今夜は新しいママにお風呂に入れてもらう~」

礼央は甘やかすようにその言葉に応えた。

「いいよ」

真衣はその場に立ち尽くし、彼らの去っていく背中を、ただ呆然と見つめ続けた。

彼女は家の中にある、自分と千咲に関係するすべてのものを整理し、燃やした。

そしてその足で火葬場へ向かい、千咲の遺体を火葬した。

遺骨を受け取った時――

真衣の涙は、こらえきれずに頬をつたって落ちた。

「千咲……ママを待ってて。すぐに会いに行くから……」

-

一方その頃。

礼央は翔太を連れ、萌寧の帰国歓迎パーティーに出席していた。

三人は和やかに語らい、まるで本当の家族のように親密だった。周囲の人々も皆、彼らの家庭の幸せを称賛し、真衣がいつまでも高瀬夫人の座に居座り、彼らの幸せを壊しているのだと噂していた。

その時、誰かが人混みをかき分けて礼央の前に駆け寄ってきた。

「高瀬社長、奥様とお嬢様が本日火葬されました。どうか葬儀場へ、遺骨を受け取りにいらしてください」

礼央は眉一つ動かさず、冷えきった声で言った。「いい歳して、そんな嫉妬じみた茶番をいつまで続けるつもりだ?」

「ですが……火葬許可書にはご自身で署名されましたし、離婚届にも……」

その言葉に、礼央の心臓は一瞬、脈打つのを忘れた。「……何だと?」

礼央はほとんどスピード違反のまま火葬場に辿り着き、妻と娘が火葬炉に送り込まれる光景を目の当たりにした。

それだけの光景で、彼の胸は何かに引き裂かれるような痛みに貫かれた。

火葬場の職員が聞いたのは、彼が「ドサッ」と倒れる音だけだった……

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yukith
yukith
主人公の暴走するBLフィルターと、イケメンたちのガチな好意のギャップに、声を出して笑いました。推しカプへの情熱がリアルにもたらすカオスな展開に、続きが気になります!
2025-10-29 00:44:48
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第2話:太陽の王子は触媒(カタリスト)を求める
 乃亜のあの言葉は、一体何だったのだろう。 あれから数日が経っても、私の頭の片隅には、彼女の真剣な眼差しがこびりついていた。「やたらイケメンに見つめられてる」なんて、そんなことあるわけがない。きっと、乃亜が見たイケメンは、彼女の隣にいた私ではなく、その背後のショーウィンドウに映った自分自身に見惚れていたに違いない。うん、そうに決まっている。自己肯定感の高い美男子は、たまにそういうことがあるのだ。 私は一人で納得して、いつものように大教室の後方の席に陣取っていた。今日の講義は社会心理学。教授の話はそれなりに面白いけれど、やはり私の脳の大部分は、来たる『Fallen Covenant』の次回イベント、「聖夜に誓う永遠の愛(エターナル・ラブ)」の考察に費やされている。「今回の報酬は、ジークの限定SSR……絶対に手に入れなければ……」 誰にも聞こえない声で決意を固め、バッグの中でそっとスマホを握りしめた、その時だった。 ざわっ、と教室の空気が揺れた。 入口のドアから、一人、また一人と学生が入ってくるだけの光景。それなのに、さっきまで気怠い空気に満たされていた空間が、まるで色鮮やかなフィルターでもかかったかのように、急に華やいで見えた。 その原因は、すぐに分かった。「あ、天王寺くんだ」「今日もかっこいい……」「隣の氷室くんもヤバくない?」 ひそひそと交わされる女子学生たちの甘い溜息。その視線の先には、あまりにも現実離れした二人の男子学生が立っていた。 一人は、天王寺 輝。 キラキラと光を反射する、明るい茶色の髪。誰に対しても分け隔てなく向けられる、爽やかで人好きのする笑顔。非の打ち所がない顔立ちに、モデルのように長い手足。彼が歩くだけで、そこだけスポットライトが当たっているかのように見える。経営学部に所属する彼は、大企業の御曹司で、成績も常にトップクラス。まさに、学園の太陽の名を欲しいままにする、完璧すぎる王子様だ。 私のような日陰の住人からすれば、直視するのも憚られる、眩しすぎる存在。住む世界が違いすぎる。 そして、彼のすぐ後ろに控えるように立っているのが――氷室 奏。 サラサラの黒髪が片目にかかり、どこかミステリアスな雰囲気を纏っている。透き通るような白い肌と、全てを見透かすような
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第3話:氷の騎士は沈黙で見つめる
「――というわけで、天王寺先輩が、氷室くんのこと、お食事に誘いたいそうよ!」「は?」 私の興奮気味の報告を、乃亜は購買で買ったばかりのメロンパンを咥えながら、心底どうでもよさそうな声で一蹴した。昼休みの喧騒に満ちた中庭のベンチで、私たちは向かい合って座っている。「いや、だからね!天王寺先輩が私を食事に誘ってきたのは、氷室くんを誘うための口実なの!私が触媒となって、二人を繋ぐのよ!すごくない?この世紀の恋の始まりに、私が立ち会えるなんて!」「……あんた、本気で言ってんの?」 乃亜はメロンパンを咀嚼し、ごくりと飲み込むと、呆れを通り越して、もはや憐れみのような目を私に向けた。「本気も何も、それ以外に考えられる?」と私が言うと、彼女は天を仰いで深いため息をついた。「普通に考えて、天王寺くんはあんたに気があるから誘ったんでしょ。なんでそうなるのよ」「ないないない。天地がひっくり返っても、それだけはない」 私は両手を大きく振って、乃亜の突拍子もない仮説を全力で否定する。「考えてもみてよ。あの天王寺輝だよ?学園の太陽だよ?彼が、私みたいな日陰の苔のような人間に、興味を持つわけがないじゃない。科学的にありえない。彼の隣に立つ人間は、彼と同じくらいキラキラしてないと、世界のバランスが崩壊しちゃう」「あんたのその自己評価の低さは、もはや一種の才能だね……」「そして、氷室くんよ!あのミステリアスな影のあるクールビューティ!天王寺先輩の光が強ければ強いほど、彼の影は色濃く、魅力的に映る……。光と影、陽と陰。これほどまでに完璧なカップリングがある?いや、ない!」 熱弁する私に、乃亜は早々に会話を諦めたのか、「はいはい、そうですねー」と気の抜けた返事を繰り返すだけだった。わかってない。乃亜には、この神聖な関係性の尊さが、まだわかっていないのだ。 だが、感傷に浸っている場合ではない。私には、二人の恋を成就させるという、重大なミッションが課せられているのだから。「問題は、どうやって氷室くんを食事会に誘うか、なのよ……」 腕を組み、私はうーん、と唸る。天王寺先輩から食事に誘われたのは、明日の夜。時間がない。 氷室くんは、天王寺先輩と違って、いつもどこにいるのか掴みどころがない。特定の友人とつるんでいる様子もなく、講義が終わると、ふらりとどこかへ消えてしまう。神出鬼
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第4話:キューピッド、最初の任務
「君の話なら、聞こう」 その言葉は、私の心に深く、そして都合よく刻み込まれた。 氷の騎士、氷室奏は、私の話を聞いてくれると言ったのだ。つまり、天王寺輝との恋物語の幕開けを、彼は静かに、しかし確かに受け入れたのである。ああ、なんて尊い展開だろう。クールな彼が、勇気を出して一歩踏み出したのだ。その歴史的瞬間に立ち会えたという感動で、私は図書館からの帰り道、ずっと頬の緩みを抑えることができなかった。 もちろん、彼を食事会に誘うのは、思ったよりも骨が折れた。私が「実は明日、天王寺先輩と食事をするんですが、ご一緒にどうですか」と切り出すと、彼は一瞬、本当にほんの一瞬だけ、眉間に皺を寄せたように見えた。 だが、それはきっと、照れ隠しだ。私の脳内BLフィルターは、彼の僅かな表情の変化を「素直になれないツンデレの典型的な反応」と瞬時に翻訳した。「……なぜ、俺が」「ええっと、それは……天王寺先輩が、きっとその方が、楽しいかなって……」「君は、どうなんだ」「え?私ですか?私はもちろん、お二人が揃ってくださった方が、百万倍楽しいです!」 私が満面の笑みでそう答えると、彼は何かを諦めたように小さく息を吐き、「……わかった」とだけ呟いた。 快諾である。完璧な流れだ。 そして翌日。私は、人生で初めて訪れるような、お洒落なイタリアンレストランの前に立っていた。待ち合わせの時間ぴったりに現れた天王寺先輩は、私服姿もまた完璧だった。シンプルな白いシャツに黒いパンツという出で立ちなのに、彼が着ているというだけで、それが世界最高級のブランド品に見える。「やあ、月詠さん。待った?」 爽やかな笑顔に、私の心臓がまたしても無駄に跳ねる。いかんいかん、この人は私の攻略対象ではない。彼は、彼の隣に立つべき人のものなのだ。「いえ!全然待ってません!それから、先輩、見てください!」 私は、自分の手柄を披露する子供のように、得意満面で自分の背後を指し示した。そこには、約束通り、少しだけ気まずそうな顔で佇む氷室くんの姿がある。彼は、モノトーンを基調とした、飾り気のない服装。それがまた、彼のミステリアスな雰囲気を際立たせていた。「じゃーん!サプライズです!氷室くんも誘っちゃいました!」 えへへ、と私が笑いかけると、天王寺先輩は一瞬、本当に一瞬だけ、その完璧な笑顔の裏で驚きに目を見開いた。
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第5話:わんこ系後輩の告白(練習)
 あの夜。私の左右から放たれた「家まで送る」と「送っていく」という二つの宣戦布告。 天王寺先輩と氷室くんは、私という存在を媒介にして、静かに、しかし激しく火花を散らしていた。恋の主導権を懸けた、男たちのプライドのぶつかり合い。そのあまりの尊さに、私の脳は沸騰寸前だった。 しかし、同時に、私は自分の立場を痛いほど理解していた。私はキューピッド。二人の恋の舞台装置。決して、物語の中心にいてはならない存在だ。「あ、あの、お気持ちは大変嬉しいのですが、お二人で、どうぞ!今後の作戦会議でもしながら!私は、一人で帰れますので!」 そう叫ぶのが精一杯だった。二人が何かを言う前に、私はくるりと踵を返し、人生で一番の速さでその場から逃げ出した。背後で、天王寺先輩の「え、月詠さん!?」という焦った声が聞こえた気がしたが、振り返る余裕などなかった。 だって、これ以上あの神聖な空間にいたら、私はその尊さに耐えきれず、浄化されて消滅してしまうから。 そんな事件から数日後。私の日常は、いつも通り、退屈な講義と、脳内のBL妄想、そして、時給のために働くアルバイトで構成されていた。 私のバイト先は、大学から少し歩いたところにある、お洒落なカフェ『Caffe Felice』。木の温もりを感じる落ち着いた内装と、こだわりの自家焙煎コーヒーが自慢の、学生にも人気の店だ。 私がここで働いている理由はただ一つ。イケメンの店長を、心置きなく観察できるからである。 もちろん、私が彼に恋愛感情を抱いているわけではない。あくまで、創作意欲を掻き立てるための「素材」として、だ。長身で、優しくて、少し気だるげな雰囲気が、私の作る物語のキャラクターにぴったりなのだ。「栞先輩、お疲れ様です!この後、シフト入ってるんですよね?」 私がバックヤードでエプロンの紐を結んでいると、背後から太陽みたいに明るい声がかけられた。振り返ると、そこには、ふわふわの栗色の髪を揺らしながら、人懐っこい大きな垂れ目をきらきらさせた男の子が立っていた。 七瀬 陽翔くん。 二週間ほど前に入ってきた、一つ年下の新人バイトだ。小動物を思わせる愛らしいルックスと、誰にでもすぐに懐く性格から、すっかり店のマスコット的存在になっている。「陽翔くん、お疲れ様。うん、私はこれから閉店まで」「やった!じゃあ、ま
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第6話:戦場と化したカフェ①
 カラン、と澄んだ音を立てたドアの向こうに立っていたのは、天王寺輝だった。 私の脳が、目の前の光景を正しく処理するのに、約七秒を要した。 私のバイト先に、学園の太陽が、たった一人で。その隣にあるべき、涼やかな影の姿はどこにもない。 彼の完璧な笑顔が、まっすぐに、私に向けられている。「やっぱり、まだいた。月詠さん、いるかなって思って」 その言葉に含まれた甘い響きに、私の心臓が、きゅっと有り得ない音を立てて縮こまった。 だめだ、だめだ、惑わされるな、月詠栞。これは罠だ。私の脳内BLフィルターが、正常な判断を妨げるための、甘い罠! 落ち着いて分析するのよ。彼が、一人でここに来た理由。それは一体、何? 答えは、一つしかない。「(―――偵察!)」 そうだ、彼は偵察に来たのだ。先日、私が「ここでバイトしてるんです」と何気なく漏らした一言を、彼は聞き逃さなかった。そして、来るべき日――氷室くんをデートに誘う、その運命の日のために、この『Caffe Felice』が二人の神聖な逢瀬の場所にふさわしいかどうか、自分の目で確かめに来たのだ。 なんてこと。なんて、真摯な人なの、天王寺先輩……!氷室くんへの愛が、深すぎる!「せ、先輩!わざわざご足労いただき、恐縮です!」 全ての真実を悟った私は、カウンターの中から深々と頭を下げた。私のあまりの歓迎ぶりに、彼は一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに楽しそうに目を細める。「ふはっ、そんなに畏まらなくても。客だよ、客」「も、もちろんです!最高の席へご案内します!……と言っても、カウンターしか空いてませんが!」 閉店間際の店内は、ほとんど客足が引いていた。彼は「じゃあ、ここで」と、こともなげに私が一番よく使う作業スペースの真ん前の席に腰を下ろした。 近い。近すぎる。彼がそこに座っているというだけで、店の空気の密度が、急に三倍くらいになった気がした。ふわりと香る、爽やかなシトラスの香り。無造作に組まれた長い脚。カウンターに置かれた、大きくて骨張った手。その一つ一つが、私の貧弱な語彙力を奪っていく。「ご注文は……」「んー、じゃあ、君のおすすめを貰おうかな」 きた!出ました、おすすめ!これは、ただの注文ではない。「君は、僕の愛する氷室くんに、どんなコーヒーがふさわしいと思うか
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第7話:戦場と化したカフェ②
 光と、影。 太陽と、月。 学園を代表する二人のイケメンが、私というちっぽけな存在を、まるでサンドイッチの具のように挟み込んでいる。 私の脳内BLフィルターが、ゴゴゴゴゴ、と地鳴りのような音を立てて、フル稼働を始めた。「(……そういうことか!)」 天王寺先輩は、やはり氷室くんをデートに誘うための視察に来ていた。そして、氷室くんは、そんな先輩の意図を正確に読み取り、自分からこの店にやってきたのだ。「あなたを待っていましたよ」という、言葉にならない愛のメッセージを伝えるために! そして、陽翔くん!彼は、この二人の神聖な逢瀬を、誰にも邪魔させまいとする、忠実な番犬! 役者は、揃った。戦場と化したこのカフェで、今、三つの恋の物語が、複雑に絡み合おうとしている! 私の脳内が、壮大な恋の相関図を完成させて一人悦に入っていると、沈黙を破ったのは、やはり学園の太陽だった。天王寺先輩は、後から来た氷室くんにも、敵意むき出しの陽翔くんにも動じることなく、優雅な仕草で私に微笑みかける。「それじゃあ、改めて。おすすめのコーヒー、淹れてくれるかな」 その声は、甘く、そして有無を言わせない響きを持っていた。私に向けられた言葉。だが、その真意は、隣に座る氷室くんに向けられている。「(君が、僕の隣に座る氷室くんにふさわしいと思う、最高のコーヒーを淹れて見せてくれ)」 そういうことね!これは、私への試験!二人の恋を導くキューピッドとしての、私の手腕が試されている!「かしこまりました!豆の個性を最大限に引き出す、ハンドドリップで淹れさせていただきます!」 私がキリッと表情を引き締め、胸を張って答えた、その時。「……俺も、同じものを」 静かだが、凛とした声が、私の左耳を打った。氷室くんだ。彼はメニューに視線を落としたまま、ぽつりと、しかしはっきりとそう言ったのだ。 私の全身に、電流のような衝撃が走る。 ああ、なんてこと。なんて、尊いの……! これは、ただの注文じゃない。天王寺先輩への、彼なりの返答なのだ。『あなたが飲むものなら、私も同じものを。あなたの選ぶ運命に、私も従いましょう』という、健気で、いじらしい、愛の誓い……! 二人の間に流れる、言葉を超えた魂の交信に、私は涙ぐみそうになるのを必死で堪える。泣いている場合じゃない。私は、彼らの聖なる儀式を、最高の形で
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第8話:グループ課題は地獄の始まり①
「あの二人、どっちが本命なんですか!?」 店の裏口、薄暗い電灯の下で、陽翔くんの切実な声が響いた。私の両肩を掴む彼の手には、焦りと、そしてほんの少しの不安が滲んでいる。その大きな垂れ目が、助けを求めるように私を真っ直ぐに見つめていた。 ああ、なんてこと。彼は、悩んでいるのだ。自分の恋のライバルが、あまりにも強大すぎて。 私の脳内BLフィルターは、彼の悲痛な問いを、瞬時に、そして完璧に翻訳していた。彼が言っている「本命」とは、もちろん、うちのイケメン店長にとっての本命、という意味だ。 学園の太陽として全てを照らす天王寺輝と、静かな影で人々を魅了する氷室奏。タイプは違えど、どちらもラスボス級の魅力を持つ二人。陽翔くんが、店長の心を射止める上で、どちらがより手強い恋敵になるのか、私に判断を仰いでいるのだ。 なんて、健気なの……!「陽翔くん、落ち着いて」 私は、彼の肩にそっと自分の手を重ね、慈母のような微笑みを浮かべた。「恋に、『どっちが本命か』なんて、野暮なことは考えちゃだめ。大切なのは、君が、店長とどんな物語を紡ぎたいか、だよ」「……物語?」「そう。太陽と月のどちらを恐れるのではなく、君という名の、一番星になればいいの。君だけの輝きで、店長の夜空を照らすのよ!」 我ながら、完璧なアドバイスだった。ポカン、と口を開けて固まっている陽翔くんに、私は力強く頷いて見せる。「頑張って!」と彼の背中を力強く叩き、私は恋愛プロデューサーとしての今日の任務を終えたのだった。◇ そんな事件から数日後。大学の講義室は、いつにも増してざわついていた。原因は、教壇に立つ老教授が放った、悪魔の宣告。「―――というわけで、本講義の期末レポートは、三人一組のグループ課題とする」 うわ、という絶望の声が、教室のあちこちから上がる。私も、その一人だ。ただでさえコミュニケーション能力が低いというのに、グループ課題なんて、地獄でしかない。誰か、余った私を拾ってくれないだろうか。そんな淡い期待を抱きながら、私はできるだけ気配を消して縮こまっていた。「グループは、公平を期すため、学生番号順にこちらで決めさせてもらった。今から読み上げるので、メンバーを確認するように」 教授が、手元のリストに視線を落とす。私の心臓が、ドクン、と嫌な音を立てた。どうか、どうか、当たり障りのない、優
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第9話:グループ課題は地獄の始まり②
 そうして私たちが流れ着いたのは、大学の門を出てすぐの、ごく普通のファミリーレストランだった。ガヤガヤとした店内の雰囲気は、先ほどのカフェテリアとはまた違う騒がしさがある。 席に着くなり、天王寺先輩は「さて」と楽しそうにメニューを広げた。「俺、お腹空いちゃったな。月詠さんは?あ、そうだ、ドリンクバー頼むよね?」「は、はい!もちろんです!」「じゃあ、俺、先になんか取ってくるよ。何がいい?」 彼が、私に天使の笑顔を向ける。違う、先輩!あなたが聞くべきは、私じゃなくて!「わ、私は後で……!そ、それより、氷室くんは!氷室くんは何が飲みたい気分ですか!?」 私が、必死の形相でパスを出す。 すると、氷室くんは私と天王寺先輩の顔を交互に一度だけ見ると、静かに、しかしはっきりと立ち上がった。「……僕が行こう」「え?」「君は、座ってていい」 そう言って、彼は私の分のコップまで手に取ろうとする。 その瞬間、それまで笑顔だった天王寺先輩の空気が、すっと変わった。「いや、いいよ氷室くん。俺が行くって言ったんだから。君こそ座ってて」「……君は、テーマの骨子をまとめておいてくれ。飲み物は、僕がやる」「その必要はないよ。俺がやるから」「……僕が、やると言っている」 ばち、ばち、ばち。 テーブルを挟んで、私の目の前で、見えない火花が激しく散っている。二人の視線が、ドリンクバーのコップを巡って、鋭く交差する。 始まったわ、二人の痴話喧嘩!「(氷室くんに格好いいところを見せたいから)俺が飲み物を持ってくる!」「(天王寺先輩の手を煩わせたくないから)いや、僕がやる!」という、お互いへのアピール合戦! 私への親切を口実にした、高度なイチャイチャ……! 尊い……!尊すぎる……!ファミレスのど真ん中で、こんな神々しいやり取りを見られるなんて……! だが、このままでは、二人の戦いが終わらない。そして、私は、二人の共同作業を、何よりも見たいのだ。「あ、あの!」 私は、意を決して、二人の間に割って入った。「せっかくですし、お二人で、行ってきてはいかがでしょうか!?私は、ここで、おとなしく、二人の愛の巣(テーブル)を守っておりますので!」 私の完璧な提案に、二人はぴたりと動きを止めた。そして、同時に私を見ると、何とも言えない、複雑な表情を浮かべる。「……月詠さ
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第10話:図書館の少女漫画(BL風味)
 しぃん、と静まり返った図書館。ここは、私の聖域の一つだ。普段なら、この古い紙の匂いと、ページをめくる微かな音だけに包まれて、心ゆくまで妄想(という名の創作活動)に没頭できる場所。 だけど、今日だけは事情が違った。 私の左右には、この静寂とはあまりにも不釣り合いな、二つの輝かしいオーラが存在している。右に、学園の太陽・天王寺先輩。左に、氷の騎士・氷室くん。 私たちは、あの地獄の(私にとっては天国だった)グループ課題のための資料を探しに、こうして連れ立って図書館に来ていた。 乃亜には「乙女ゲーの主人公になってる自覚持て」と本気でキレられたけれど、彼女は何もわかっていない。私が今感じているこの高揚感は、決して恋愛のそれではない。これは、公式から「推しカプの共同作業」という、最大手の供給を与えられた、一介の腐女子としての歓喜なのだ。「コミュニケーション論の棚は、あっちだね」 天王寺先輩が、私にも聞こえるように、少しだけ声を潜めて囁く。その低く甘い声が、静かな空間でやけに響いて、耳がくすぐったい。いやいや、違う。これは私への配慮ではなく、その隣の氷室くんへ「こっちだよ」と伝えるための優しさだ。「……ああ」 氷室くんが短く応じる。ああ、尊い。会話が成立している。 私は、二人の崇高な空間を邪魔しないよう、カニ歩きのように横移動しながら、必死に背表紙を追う。あのファミレスでの一件以来、二人の間には(私の脳内では)確かな絆が芽生え始めていた。私がやるべきことは、二人が次のステップに進むための、触媒(カタリスト)になることだけ。「あ、あれかも」 私が探していたのは、社会心理学の権威が書いた、分厚い専門書。それは、運悪く書架の一番上の棚に鎮座していた。 私は自分の身長を呪った。150cmちょっとの私では、どう頑張っても手が届かない。「うぅ……」 ぴょんぴょんと、その場で軽くジャンプしてみるが、指先がかすりもしない。近くに脚立(きゃたつ)も見当たらない。 どうしよう。二人に頼む?いや、だめだ。今、二人は二人で、何か目に見えないオーラ(たぶん恋の駆け引き)を交換している最中。私が「取ってください」なんて言ったら、その神聖な儀式を妨害してしまう。 私はもう一度、ぐっと背伸びをした。かかとを限界まで上げ、腕を、これ以上ないというくらい伸ばす。指先が、あと、ほん
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