結婚三周年記念日。私、前島知子(まえじま ともこ)は、夫・前島謙介(まえじま けんすけ)お気に入りのミシュランレストランで、五時間も待ちぼうけを食らっていた。なのに、肝心の謙介とはまた連絡が取れなかった。結局、彼の幼馴染・玉木友枝(たまき ともえ)という女のSNS投稿で知った。謙介が彼女に付き合って、氷原へ行ったことを。【ちょっと落ち込んだだけで、彼は全世界との約束をすっぽかして、気晴らしに付き合ってくれた】【幼馴染って、ペンギンより癒されるかも】添付された写真には、凍えるような寒さの世界が広がる中、謙介が彼女をそっと抱き寄せる姿。その瞳には、私に向けられたことのない熱が宿っていた。ふと疲れを覚える。もう苦しい詰問も、狂ったような泣きわめきもする気になれなかった。ただ静かに「いいね」を押し、彼に一言だけ送った。【離婚しましょ】しばらくして、謙介からボイスメッセージが届いた。からかうような口調だ。「いいぜ、帰ったらサインしてやる。どっちが泣いて『行かないで』って引き留めるか、見ものだな」愛されている側は、いつも強気だ。彼はまったく信じていなさそうだった。でもね、謙介。誰かさんなしじゃ生きていけない人なんていない。ただ、まだ愛しているだけ。だけど、これからはもう、あなたを愛したくない。……私はレストランで一人、食事を済ませた。胃はパンパンなのに、心は空っぽだった。家に帰り、離婚届を印刷した。サインしようとした瞬間、スマホが震える――友枝から画面録画の動画が送られてきた。友枝と謙介が、豪華客船のデッキに並んで立っていた。動画の向こう側では、共通の友人たちがしきりに感嘆の声を上げていた。「氷原ツアー!?最低でも二百万円はするだろ。謙介、知子とは二十万円の旅行すら行ったことないよな?」「金を使う相手が、本命ってことだろ!」「知子、今回は意外と騒いでないな。いいねまで押してるぞ?」友枝が甘ったるい声で言った。「騒いだよ。謙介に離婚を切り出したんだって」動画の向こうが息を呑んだ。「知子って、今まではせいぜいプチ喧嘩くらいだったろ。マジで離婚なんて言う勇気あるのか?本気じゃないだろ?」「もちろん、本気なわけない」謙介の口調は淡々としていた。
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