All Chapters of 永遠に、自由で風のように: Chapter 11 - Chapter 20

20 Chapters

第11話

飛行機は雲を突き抜けていく。しばらくの揺れを経て、安定飛行に入る。窓の外に重なる雲海を見つめ、私の心もかつてないほど解き放たれていく。謙介は、きっともうあのUSBメモリを見たはずだ。私がどうやってあの秘密を知ったのか、彼は想像もつかないだろう。彼の出世や金儲けの手段は、あれほど巧妙に隠されていた。仕事をしたこともない私が、突き止められるはずがないと。実際、私が調べたわけではない。友枝が帰国し、私が完璧だと信じていた愛と家庭が、ただの蜃気楼に過ぎなかったと気づかされた後のこと。私が何度も苦しみ、彼を問い詰め、言い争っては取り乱すうちに、二人の間の亀裂はどんどん広がっていった。そして、物事はどこからか漏れるものだ。ほどなくして、ある人物が私に接触し、これらの資料をすべて渡してきた。「奥さん、旦那さんの裏切りにさぞお怒りのことでしょう。この資料で告発すれば、彼は失脚するだけでなく、奥さんも多額の財産を分与してもらえる。当然の権利ですよ」カフェで、私は眼鏡の奥で計算高い顔をしたその男を見つめる。「どうして私を?いえ、あなたはいったい、何が目的で?」男は隠すそぶりも見せない。「私はもう40過ぎで、会社にも十数年います。本来、あの副社長のポストは私のものだったんですよ。競争は実力次第とはいえ、旦那さんのやり方は少々汚くてね。今の時代、告発は実名じゃないと相手にされない。私はまだこの業界で食っていかないといけないんでね。だから、長年連れ添った奥さんが告発するのが、一番都合がいいんですよ。ですから奥さん、ご検討ください。私だっていつまでも待てるわけじゃありません。あなたがお断りなら、他の人間を探すまでです。少々面倒にはなりますが、目的は果たせますんで。ただ、そうなると、奥さんの取り分がどうなるかは、分かりませんな」あの日カフェを出てから、私は長い時間をかけてUSBメモリの中身を確認した。私は働いた経験がない。だが、歴史の軌跡が驚くほど似通うように、多くの物事のロジックは、結局は同じだ。特に、一つ一つの事件のタイムスタンプが、現実の彼が「得意満面」だった時期とぴったり一致するのを見て、あの男が嘘をついていないことを確信する。その事実を確認した後、私は少し驚き、悲しくもある。確かに謙介を愛してい
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第12話

友枝のせいだ。彼女は、謙介が心の底から捨てきれない執着。彼は友枝に自分を証明したくてたまらない。だから、真面目にやっていたのでは、いつ成功できるか分からない。そう悟った彼は、ついに近道を選ぶことにした。死ぬ気で働いたのは事実。手段を選ばなかったのも、事実。だが、どんな事情があろうと、間違ったことは間違っている。友枝に関するあの情報については、一通の匿名メールを受け取った。IPアドレスは海外からだ。送り主は、友枝が「噂の恋人」だと吹聴していた男の、「本妻」を名乗る人物だ。友枝が愛人をしながら、さも彼氏のように振る舞っていたことが、嫌悪感を込めて書き連ねられていた。さらには婚約したと偽り、あらゆる手を使って「本妻」の座を狙おうとした経緯も書かれていた。物語は実に「素晴らしく」、友枝は常識を覆すようなことを数多くしでかしていた。そして、数々の写真や動画は、彼女が愛人稼業をしていたのが一度や二度ではないことを証明していた。友枝がまた帰国し、私の結婚を壊そうとしていると知ったその「本妻」は、義憤に駆られて言った。「この情報が、あなたの役に立つことを願っています。私は、あの女を決して許せませんから」そして、それは確かに役に立った。私が去る決意をしたこの日に。謙介がこんなにも見る目がなく、あんな卑劣な女を好きになったのだと思うと、ますます自分も同じくらい盲目だったのだと思い知らされる。彼がしたことを考えれば、あれほど私を苦しめたはずの心の傷も、大したことではないように思えてくる。謙介と友枝がどうなるか、お手並拝見といこう。肝心なところで、背中を押してやるのも悪くない。だが、今はそれよりも、私本来の人生の軌道に戻ることの方が重要だ。東都市に着いた翌日。私は倉本先生を訪ね、試験を受けた。そして会議室で、先生が答案を採点し、結果を発表するのを待つ。三十分後、倉本先生がドアを開けて入ってくる。彼女の顔に笑みはなく、眉がわずかに寄せられている。「全力を尽くしたのは分かるけど、丸七年も無駄にしてきた。その差を、たった一ヶ月で埋められるとでも?残念だが、今のあなたのレベルでは、うちに加わる資格はまだ足りない」実は、先生の表情を見た時から、こうなるだろうとは予測はしていた。心の底では、
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第13話

「倉本先生、機会をいただき、ありがとうございました。残念ながら、今回の試験には合格できませんでした。ですが、人生の試験はまだ終わっていません。私は諦めません」倉本先生は、私を見て眉を上げる。「ほう、どう諦めないというの?」「先生の研究室では、不定期に募集をかけていると拝見しました。次に向けて、真剣に準備します」「ずいぶん固い決意ね。でも確か、あなたが推薦を蹴って、彼氏について行くと決めた時も、ずいぶん決然としていたわ。本当に、彼のところへは戻らないの?」「戻りません」私は静かだがきっぱりと言う。「一度、痛い目を見てから、目が覚めました。もう振り返りません。自分が本当に諦めたもの、失ったものが何だったのか、今はもう分かりましたから。ただ、それを一つずつ取り戻したいんです」自分自身も取り戻したい。倉本先生はじっと私を見つめている。どちらも口を開かない。静寂が少し続いた後、彼女はふっと笑う。「筆記試験は第一段階よ。さっきの面接も合格したわ。笹原知子(ささはら ともこ)さん、研究室へようこそ!」事態がこんな風に好転するとは、本当に意外だ。倉本先生に旧姓と呼ばれ、興奮のあまり、思わず立ち上がってしまう。「倉本先生、それじゃあ、私、合格したんですか?」「そうよ」彼女は私に笑みかける。その表情には残念さも少し混じっているが、それ以上に安堵の色が濃い。「笹原さん。大学時代から、あなたを高く評価していた。あなたには才能があるとね。私の目は間違っていなかったわ。七年もブランクがあったのに、たった一ヶ月で追いついてくるなんて。こんな奇跡、あなたにしか起こせないでしょう。でも、簡単に戻してしまったら、あなたもありがたみが分からないでしょう?だから、新しく面接を加えたの。今度こそ、本気で頑張りなさい」私はようやく安堵のため息をつく。「ありがとうございます、倉本先生。必ず、頑張ります」研究室に戻ると、最初は何もかもが手探りだ。だが、すぐに水を得た魚のように活躍し始めた。こうなればなるほど、かつての自分がどれほど愚かだったかを痛感する。自分が本当に愛し、得意としていた分野を捨てて、未来のすべてを他人に委ねようとしたなんて。幸い、まだ何も遅くはない。あるプロジェクトに参加するが、
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第14話

西井グループのディレクター、西井森義(にしい もりよし)だ。彼は若く、その目鼻立ちには、隠しきれない気品が漂っている。受ける印象も非常にクールだ。だが、私を見るその眼差しには、なぜか少しだけ温度が感じられる。「失礼ですが、笹原さん。どこかでお会いしましたか?」彼は一瞬ためらい、結局、そう問いかけてきた。私は思わず固まる。その低く落ち着いた声色から、これがナンパなどではなく、純粋な疑問だということが分かる。それを受けて、私も改めて彼を注意深く見つめ返す。よく見ると、さらに整った顔立ちをしている。だが、これほど目を引く人物に、もし本当に会っていたとしたら、印象に残っていないはずがない。丁重に口を開く。「西井さん。恐らく、お会いしていないと思いますが」こうして、この小さなひと幕は、すぐに過ぎ去る。第一期のプロジェクト成果に、西井グループは非常に満足している。互いにいくつかの重要な節目と方向性を確認し、すべては順調に継続していくことになった。会議が終わると、同僚たちが思わず噂話を始める。そこで初めて、例のプロジェクト・ディレクター森義が、西井グループの次期後継者であることを知る。彼は卒業後、末端の業務からキャリアをスタートさせ、叩き上げでディレクターの地位まで登り詰めたらしい。普段は極めてクールな性格で、仕事以外の話は一切しないという。「本当に不思議。笹原さんにそっくりな人に会ったことがあるとしても、西井さんの性格で、会議中にわざわざそんなこと切り出すなんてね」「そうよね、あの人、公私混同を一番嫌うタイプなのに。まさか、笹原さんに……」「ありえないでしょ。西井さんには婚約者がいるのよ。しかも、すごく潔癖で、浮いた噂一つないんだから」……皆もともとゴシップ好きな性格でもなく、次の仕事もあるため、その話はそこそこにした。そして、それぞれの持ち場に戻っていく。私も特に気にはしない。森義は私に一言尋ねただけで、その後は至って普通だった。加えて、彼には婚約者もいる。だから私にとって、何の問題もない。ごく単純な、仕事上の協力関係に過ぎない。プロジェクトの第二期に向けて、私たちは研究室にこもり、多忙な日々を送る。食事の時間を過ぎていることにも気づかないほどだ。
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第15話

私はただ茫然としている。西井夫人が、いったいどうして私を?訳が分からないまま研究室の入り口へ行くと、上品な貴婦人が、高級車の後部座席から身を乗り出すようにして、こちらを窺っている。私の姿を認めるや、彼女は興奮した様子で車を降りてくる。「私、西井華織(にしい かおり)です。あなたのお母さんの友達なのよ」彼女は私の手を取り、しきりに私を眺め回し、やがてその目にみるみる涙が浮かぶ。私の驚いた表情を見て、彼女はぐっと感情をこらえる。「ごめんなさい、こんな風に驚かせてしまったわね。知子、で合ってる?今、時間はあるかしら?もしご迷惑でなければ、後で食事でもしながら、少しお話しできない?おばさん、あなたに話したいことがたくさんあるの」母・笹原美祢子(ささはら みねこ)の友人だというのなら、私に時間がないはずがない。リーダーに一声かけ、私は華織の車に乗り込む。車中、すぐに事の経緯を理解する。なんとこの華織は、私の母の親友だった。幼い頃、孤児院で育った二人は、姉妹のように助け合ってきた。それぞれ別の家庭に引き取られる時、まだ通信手段も発達しておらず、二人は「十年後に、あの孤児院で再会しよう」と約束を交わした。「華織は律儀な人だから、きっと行ったはずよ。でも、私は約束を果たせなかった。あの頃、私は養父母に閉じ込められてた。養父母が作った多額の借金のかたとして、村の年老いた金持ちの男やもめに嫁がされそうになったの。だから、遠くへ逃げるしかなかった」華織は涙ながらに当時を語る。最初のうちは苦しい日々だったが、やがて現在の夫と出会った。二人で手を取り合い、現在の西井グループを築き上げた。生活が安定してから、華織は私の母を探そうとした。だが、私の父から、探している人物はとうの昔に亡くなったと知らされた。父は母の生い立ちを知っていたから、母側の友人も、きっと同じ孤児院の貧しい連中だろうと思ったのかもしれない。金をせびりに来たとでも思ったのか、頑として関係を絶とうとした。父は、母が私を産んでいたことを隠し、華織との連絡を完全に断ってしまった。こうして華織は、一枚の幼い頃の写真だけを頼りに、時折母を無念に思っていた。森義も、そうして母の若い頃の写真を何度も目にしてきた。幼い頃からの刷り込みが、私に
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第16話

華織は唖然としている。「何を言ってるの?知子を養女にするのに、何が不満なの?」森義は表情一つ変えない。「俺は一人っ子でいたい。彼女を気にかけるのはいい。それは支持する。だが、養子縁組はだめだ」華織は怒りと気まずさで、エルメスのバッグを掴み、森義に殴りかからんばかりだ。落ち着いた優雅な貴婦人という佇まいが、崩れそうになっている。私は彼女を押しとどめる。こういう名門では、恐らくこういう問題に敏感なのだろう。養女が一人増えるということは、森義にとって、家産を分割する脅威が一つ増えるということだ。それも筋が通っている。だから、それ以来、私には私を気にかけてくれる「おばさま」が一人増えた。それ以外、生活に大きな変化はない。毎日、プロジェクトと自己研鑽に忙しく、充実感を味わっている。やがて余裕ができ、ようやく謙介がどうなったのかを気にかけるだけの気力が湧いてくる。聞くところによると、私が去ったその夜、彼と友枝のキスの動画が暴露されたらしい。言うまでもなく、友枝の自作自演だ。だが、意外なのは、USBメモリで友枝の正体を知ったはずの謙介が、なんと、彼女と入籍することで、この危機を乗り切ろうと選択したことだ。友枝がどんな人間であれ、まだあれほど彼女を愛しているというのか?どうも、謙介がそんな人間だとは思えない。彼が抱えるあの時限爆弾のことを思い出し、私はふと、ある推測に行き着く。どうやら、この先はもっと面白くなりそうだ。半年後、プロジェクトが正式に完了した。私たちはメディアを招待し、このニュースは本来、紙面のトップを飾る予定だ。ところが、別の出来事にその座を奪われてしまった。【常盤実業・前島副社長が国外逃亡!浜野市に衝撃】謙介は財産の大部分を持ち逃げした。中でも、ひときわ目立っていたのが川沿いの豪邸だ。価格は8億円。謙介は頭金だけを払ったが、その豪邸を担保に入れると偽って、複数の金融筋から数億円を騙し取り、工面した。そのすべてを海外へ持ち去った。彼が残した巨額の債務は、すべて、彼の伴侶である友枝が背負うことになった。友枝も彼の所業の共犯者として、すでに警察に逮捕されている。彼女は借金の返済を迫られるだけでなく、刑事責任も問われることになる。謙介の件を
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第17話

「知ちゃん、俺だ」その日、私にかかってきた一本の国際電話。まさか、謙介の少し掠れた声が聞こえてくるなんて。「時間はあまりない。手短に話す。お前が俺のせいで深く傷ついたのは分かってる。お前が俺の弱みを握っていたことも責めない。だが、俺は自分の気持ちに気づいたんだ。俺は……本当にお前を愛してる。ニュースは見たかもしれないが、今俺は海外にいる。だが、金はたっぷりある。俺のところへ来てくれないか?どこか……誰も俺たちを知らないような場所を見つけて、二人で静かに暮らしていこう。お前は言ったよな。『あなたのいる場所が家だ』って。もう一度、チャンスをくれないか?誓うよ。これからは、本当にお前だけを愛する」あれほど長く一緒にいたが、謙介がこんな風に立て続けに私へ想いを打ち明けてくれたことは、ほとんどない。あの十年間で、もし彼がこの半分でも本心を私に見せてくれていたら。どれほど喜んだことだろう。だが、どうして彼は、これほどのことがあったのに、すべてが元通りになるとでも思っているのだろう?どうして彼は平然と、「これからは愛する」の一言で、私が過去に受けたすべての苦しみを、帳消しにできると思っているのだろう?「あなたのところへは行かない。今の生活にとても満足しているから。それに、もうあなたを愛していないから。私が愛してたのは誠実で、明るくて、温かい謙介だった。でも、その人はもうとっくの昔に消えてしまったから。私が欲しいものを、あなたはもうあげられない。あなたにはその価値も、資格もない」電話の向こうは、しばらく黙り込んでいる。それもそうだろう。私の言葉は、一言一句、彼の心を抉る刃だ。だが、仕方がない。すべて、紛れもない事実なのだから。沈黙が続く。やがて、警察が私に向かって「OK」の合図を出す。それを見て、私はためらうことなく電話を切る。そうだ。彼から電話がかかってきた最初の瞬間から、私はすぐに隣にいた同僚に、警察へ通報するよう頼んでいた。あれほど辛抱強く彼の話を聞き、ゆっくりとあの言葉を紡いだのは、あの率直な言葉も、すべて、時間を稼ぐためだ。口に出した瞬間、それらの言葉がどれほど彼の心を傷つけるか、分かっている。何しろ、私たちは十年も一緒にいた。彼のプライドの高さを、私は誰よりも知っている。
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第18話

「静粛に」裁判官が木槌を叩くが、彼女に弁明の機会は与えられる。友枝は、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら訴える。「本当に無実なんです。謙介とはただの友達で……あの時のキスはゲームで、本気じゃなくて!昔から、彼は私のことが好きだったけど、私はずっと拒否してきたんです!一緒に育ったみんなが証人です!その後、ネットであんなに炎上してるのを見て、彼が誤解されてかわいそうだと思って、助けるつもりで入籍しようって言っただけなんです!偽装結婚だったのに!それなのに、あいつ、私に全部泥をかぶせて、罪も借金も押し付けようとするなんて……私がお人好しすぎたから、あんなやつを助けようとしたんです!もう、あいつの本性は分かりました!彼とは離婚します!私には一切関係ありません!」友枝は憔悴しきってはいたが、絶え間なく涙を流し、声を詰まらせ、震わせる。それは、確かに一部の同情を引いている。だが、謙介は冷笑を浮かべ、弁護士に証拠を提示させる。「友枝は友人を装って帰国しましたが、本当の目的は俺の家庭を壊すことでした。彼女は愛人稼業の常習犯です」次々と示される写真や動画。モザイクはかかっているものの、その内容がいかに破廉恥なものかは一目瞭然だ。そして、首筋にあるあのホクロが、映像の女性と友枝を同一人物だと示している。友枝はひどく狼狽し、大声で叫ぶ。「嘘よ!でっち上げよ!」「提出された証拠は、すべて鑑定済みのものです」冷え冷えとした言葉に、彼女は悔しそうに口をつぐむ。謙介はさらに言葉を続ける。「友枝の正体を知った後、俺は密かに調査を進め、彼女が帰国当初から、俺の妻を追い出してその座に収まるつもりだったことを知りました。結婚した後も、俺がそれとなく違法な収入について漏らすと、彼女は二つ返事で賛成しました。友枝は、人として道を踏み外しているだけでなく、俺の行為の共犯者でもあります。人道的にも、法的にも、彼女は有罪です」謙介はこれらを言い終えれば、さぞかし、胸がすくだろうと思っていた。何しろ、友枝はあれほど長いこと彼を振り回し、挙句、家庭までめちゃくちゃにした。自分を証明したいと思わなければ、彼も道を誤り、この戻れない道を選ぶことはなかったかもしれない。謙介は友枝をひどく憎んでいるはずだ。だが、実のところ、それほ
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第19話

私は公判の傍聴には行かない。謙介が私に会いたがっていると聞き、やはり少し驚いている。私が警察に情報を提供したせいで、自分が本国に送還され、収監されることになったと、分かっているはずだ。そんな状況でも、私を怨んだり、憎んだりしないというのだろうか?すぐには決心がつかない。ちょうどその時、華織から晩ご飯に呼ばれる。「知ちゃん、また痩せたわね。後で、たくさん食べないと」会うたびに、彼女は私が痩せたと言う。こんな風に、いつも自分のことを気にかけてくれる。それが本当の家族なんだと、ようやく分かった。実は、幼い頃から、他の子が両親に構われているのを見て、とても羨ましかった。あの頃、もし母が生きていたら、私も「宝物」だっただろうなと思っていた。まさか、何年も経って、ようやく私を愛してくれる人が現れるなんて。天国の母がこれを知ったら、きっと、とても喜んで、安心してくれているだろう。普段、西井家の父子は仕事で忙しく、私が西井家を訪ねても、大抵は華織と二人きりだ。だが今日は、珍しく森義も来ており、婚約者の富永清美(とみなが きよみ)も一緒だ。私は礼儀正しく挨拶をする。清美は挨拶を返すが、その後も何か奇妙な表情で、私をこっそりと見ている。だが、私が視線を向けると、彼女は慌てて目をそらす。どうにも訳が分からない。結局、気にするのはやめにする。食事を終え、華織と庭園を散歩していると、ブランコに座る二つの人影を見つける。森義と清美だ。「笹原さんが、好きな人なんでしょう?」「ああ」「じゃあ、私たちのことは?」「怖がらせたくないし、彼女がどう思っているかも分からない。だから、俺たちのことは、ひとまず現状維持で」「分かったわ」私は呆然とする。どうりで、清美が私をあんな目で見ていたわけだ。西井家と富永家は、政略結婚を控えている。彼女もれっきとした令嬢だ。まさか、ここまで恋に盲目になっているとは。一人の男のために、自分のプライドをここまで譲ってしまうなんて。まるで、かつての私を見ているようだ。感慨にふける一方で、心の底から怒りがこみ上げてくる。実は、森義に対する印象はとてもいい。彼は典型的な「豪門のエリート」なのに、驕ったところもなく、仕事も熱心で優秀だ。こんな風に目の
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第20話

「何の誤解?」清美の顔を立てて、華織はようやく靴を降ろす。彼女は私の肩に手をかけ、素早く靴を履き直す。四人は庭園の石のベンチに腰掛ける。全員、神妙な面持ちだ。「私と森義は、偽装婚約なんです。私は……女性が好きで、森義は女性が好きではない。だから、お互いの家を黙らせるために、協力して婚約したふりをすることにしたんです」「な……」華織の声が震える。この瞬間、彼女の顔には、「なんて不幸な運命だ」とでも言いたげな表情が浮かんでいる。「森義、西井家のお世継ぎを絶やすというのなら、いっそ、女たらしだった方が、まだマシだったかもしれないわ!いや、だめよ、それもだめ。どっちにしろ、だめ。女たらしは許さないわ……」森義が額に手をやる。「その言い方は誤解を招く。俺はただ、今まで好きになる女性がいなかっただけだ。仕事の方がよほど面白かった。だから、いずれ好きでもない人と結婚して彼女を不幸にするくらいなら、清美と協力した方がいいと思ったんだ。あの日、知ちゃんに会うまでは」いつも冷静沈着な彼が、その顔をわずかに赤らめている。「初めて会った時、俺は……自分自身の反応に、ひどく驚いた。たとえ見覚えのある顔だったとしても、本来の俺なら、仕事の場で、あんな風に直接問いかけるはずがない。なぜか分からないが、あの時は、どうしても冷静でいられなかったんだ。その後、日々を過ごすうちに、ようやく分かった。あれが、きっと一目惚れというやつなんだろう。だから、友ちゃん。君は、俺が初めて好きになった女性だ。西井家の家訓は、『一途であること』。俺もそうするつもりだ」私がまだ呆然としていると、華織が遅れて状況を理解する。「道理で、あの時、知ちゃんを娘にしたいと言ったら、あんなに反対したわけね。そういう下心があったなんて!」彼女は期待に満ちた目で、私の手を握る。「知ちゃん、もちろん、あなたたち二人が結ばれて、あなたのことを『お母さん』と呼んでもらえたら、と願ってるわ。でも恋愛は結局、自分に合うかどうか、自分が望むかどうか、よ。だから、あなたの心のままに。プレッシャーは感じないでね」「そうだ。俺が君を好きなのは、俺の問題だ」森義も真剣な口調で続ける。「負担に思わないでくれ。君は、君のままでいてほしい」謙介の一件を経て
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