西園寺司(さいおんじ つかさ)の三十二人目の愛人が押しかけてきたとき、私・如月理沙(きさらぎ りさ)は彼のために夕食の支度をしていた。目の前に立つ女性はまだ二十歳そこそこで、若く美しく、その顔には笑みが張り付いている。彼女は軽蔑したような目で私を一瞥すると、得意げに言った。「如月さん、はじめまして。有田彩美(ありた あやみ)です。司の彼女で、愛する人です」彼女は私の着ているエプロンを見て、鼻で笑った。「西園寺家ともあろうものが、家政婦一人雇えないんですか?まあ、これが愛されているかどうかの違いってやつですね……司は私を絶対にキッチンに入らせませんよ。油汚れがつくと可哀想だからって」彩美の白く滑らかな手に視線を落とし、私は一瞬、呆然とした。その時、指先に鋭い痛みが走った。我に返ると、指からは鮮血が滴り落ちている。包丁で切ってしまったのだ。私が魂が抜けたように立ち尽くしているのを見て、彩美はさらに楽しそうに笑みを深めた。彼女は猫なで声で言う。「如月さん、よく言うじゃありませんか。愛されていない方こそが『浮気相手』なのです。私と司は愛し合っています。彼があなたに抱いている感情は、単なる責任感に過ぎないんですよ」そう言うと、彼女は愛おしそうに自身の下腹部に手を当てた。その瞳は星のように輝いている。私はふと、笑いたくなった。これまでに司の元愛人が三十一人、同じように「真実の愛」と言いながら乗り込んできた。けれど、彼女たちは例外なく司に追い払われ、消えていった。今回も同じ結末になるはずだ。ただ、彩美を見ていると、なぜか胸がざわついた。何かが制御不能な方向へ向かっているような、そんな予感がした。私が何の反応も示さないことに、彩美は苛立ちを露わにした。「如月理沙!あんたみたいなオバサンが、いつまで司に寄生するつもり?自分が彼のお荷物だって分からないの!能力もない、子供一人産めない石女のくせに!」彼女はスマホを取り出し、司とのメッセージ履歴を私の目の前に突きつけた。画面に映し出される、甘く情熱的な会話。私の頭の中は真っ白になった。あの冷徹な司が、こんなにも甲斐甲斐しく【朝ごはんはちゃんと食べたか】【夜は早く寝ろよ】なんて気遣っているなんて。彼は彩美に日々の出来事を話し、道端で見かけた野
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