三十歳を過ぎ、これまで真面目一筋だった夫が突如としてピンク色に狂い始めた。十数年も変わらなかったダークトーンの家具はピンクに塗り替えられ、食器までピンク色に染まった。ベランダに翻るピンク色のパジャマ、ピンク色の蝶ネクタイ、そしてピンク色のブリーフを見上げ、私は奇妙な違和感を覚えた。「ピンクなんて女の子っぽい色で、大嫌いだって言ってなかった?」夫の加藤達也(かとう たつや)は私に背を向けたまま、届いたばかりのピンク色のシーツをいそいそと広げていた。「ああ、剛志(つよし)と賭けをしたんだよ。『家中の物を全部ピンクに変えられたら、海辺の別荘をタダでやる』ってな。それに、見慣れれば案外悪くないだろう?」私は肯定も否定もせず、剛志に電話をかけた。受話器の向こうで、彼は即座にこう答えた。「海辺の別荘?俺、そんなもん買った覚えねえぞ?」通話を終え、ピンク色の寝室で悦に入っている達也を一瞥した。女の勘が彼が浮気をしていると警鐘を鳴らしていた。だが、十数年も連れ添い、達也を熟知しているつもりだった。そう簡単に疑いたくはなかった。迷った末、もう一度剛志に電話をかけてみることにした。あるいは彼が適当に口走って忘れているだけかもしれなかった。次の瞬間、こちらの考えを察したかのように、剛志からメッセージが届いた。【杏奈(あんな)さん、悪い!さっき聞かれたこと、思い出した。確かにそんな話あった。達也の誕生日にみんなで集まって、つい泥酔しちゃって、冗談で『家をピンク色にできたら海辺の別荘やるよ』って言ったんだった。だいぶ前だから忘れてたよ。ごめんごめん、達也を疑わないであげてくれ】剛志の拙劣な言い訳を見ながら、私は【分かった】とだけ返した。達也の誕生日は二ヶ月前だ。しかし、彼が突然ピンク狂いになったのは一ヶ月前からであった。またしても、穴だらけの嘘だ。私は身を沈めているピンク色のソファカバーに視線を落とし、アシスタントへ指示を送った。【達也の身辺調査を頼む】送信を終え、家中に侵食するピンク色の品々を見回した。カトラリーから大型家具、カーテンに至るまで。それらのピンク色はまるで無数の触手を伸ばし、私の全身にまとわりついてくるようで、背筋が凍るような悪寒を覚えた。手当たり次第にピンク色の置物をゴミ袋に放り込ん
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