「初対面の方に、そのようなご指摘をいただく筋合いはございません。業務の一環ですので」 小夜子は半歩下がって、事務的な笑顔で壁を作った。 だが男は引かなかった。むしろ、その拒絶が面白かったらしい。「業務、か。堅苦しいねえ」 男はクスクスと笑い、名刺を差し出した。『株式会社ネクスト・フロンティア代表取締役社長 高塔蓮』。 新進気鋭のITベンチャーの社長だ。最近、メディアでよく見かける顔だった。小夜子も経済誌で見た覚えがある。「あの黒崎社長の奥様だよね? 噂は聞いているよ。没落した旧家から引き上げられた、シンデレラだって」 高塔は小夜子の顔を覗き込んだ。「でも、実物は随分と違うみたいだ。……君、退屈してるでしょう?その目、周りの人間を野菜か何かだと思って見てる」「野菜に失礼ですわ。野菜には旬がありますが、ここにあるのは脂ぎった欲望だけですから」 つい本音が口をついて出た。高塔が目を見開き、次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。「ははっ! 最高だ! 君、面白いよ!」 高塔は一歩踏み出して、小夜子の空いている方の手を取る。強引な動作だった。「もったいないな。君のような知性のある女性が、あんな堅物の飾り物になってるなんて」「離してください」「僕なら、君をもっと自由にできるよ。こんな窮屈なドレスじゃなくて、君に似合う場所へ連れ出してあげたい」 高塔の指が小夜子の手の甲を撫でる。絡みつくような視線と甘い言葉。 普通の女性ならときめくシチュエーションかもしれない。だが小夜子の脳内データベースが弾き出したのは、警告音だった。(不衛生! この方の手、さっきカナッペを素手で摘んでいらしたわよね? 油分と雑菌の付着率がひどいことになっているわ!) 小夜子の眉間に深いシワが刻まれる。 ロマンチックのかけらもない理由で、彼女は全力を振り絞って手を引っこ抜こうとした。だが、男の力は存外に強い。「行こう。二次会なんて抜け出して、僕の車で&hell
Last Updated : 2026-02-13 Read more