法廷の扉が開く。 黒い布が風をはらむ。 ばさり。 法服の裾を派手に鳴らしながら、判事・司 法子が裁判長席に腰を下ろした。「令和15年(ワ)第121号、奨学金|求償《きゅうしょう》請求事件。開廷します」 いつになく、法子の声は落ち着いている。 原告は、会社社長で被告の連帯保証人、佐久間典夫、58歳。 原告代理人は、56歳のベテラン弁護士、山崎慶一。 被告は、奨学金の借入人・篠原|湊《みなと》、アルバイトをしながらバンド活動を続ける25歳。 被告代理人は、法子の司法修習同期・高梨悠人、30歳。 書記官・東條菊乃が起立して出席を確認する。 原告本人は不出廷、代理人のみ。 被告本人および代理人の出席を確認。「では、弁論を進めます」 山崎が立ち上がる。 落ち着いた声、無駄のない言葉。「原告は、被告が大学時代に借り受けた奨学金1000万円につき、返済計画――20年|元利均等《がんりきんとう》、月々46,887円――の履行がなされず、三年間で1,687,932円の弁済期経過分が発生したため、連帯保証人である原告が残金の全額を立替いたしました。よって、弁済期経過分1,687,932円の求償を請求します」 続いて高梨が立つ。 目が合い、一瞬だけ司法修習時代の顔を思い出す。「被告・篠原湊は返済の意思を持ち、少額ながら支払いを再開しています。生活は逼迫していますが、音楽の道――バンド活動と作曲で生きていく夢を諦めておりません。判決におかれては、その誠意を斟酌いただきたく――」 堪えきれず、被告本人が声を上げた。「……どうしても、音楽を諦められないんです!」 細い体に不釣り合いな声。 夜のライブハウスで歌ってきたその声は、まだ舞台を夢見ていた。 法子の瞳がきらりと光る。「いいね。いいねー、どんな音楽やってるの?」「判事っ! 審理に不要な発言は規律違反ですっ!」 菊乃の声が鋭く響き、法廷がざわつく。 法子は頬を膨らませ、机を指でとんとん叩いた。「ちょっとくらいいいじゃん。……音楽の話、いいじゃん」 山崎が咳払いし、再び記録に戻る。 こうして第1回期日は粛々と終結した。 裁判所・執務室。 紙とインクの匂いが漂う午後。 菊乃は記録を束ね、深く息を吸う。「被告の訴え……嘘ではありません。返済を再開し
Last Updated : 2025-12-09 Read more