死後、私の魂は母のそばに漂っていた。先ほどまで私に冷淡だった母は、今、弟の手を心痛な面持ちでさすっていた。「翔、すぐに病院へ行きましょう。手首、きっと大丈夫だからね!」母、高橋蘭子(たかはし らんこ)が高橋翔(たかはし しょう)を連れて立ち去ろうとした時、レスキュー隊の同僚である田村(たむら)さんが二人を呼び止め、躊躇いがちに言った。「高橋隊長、陸くんがまだ崖の下にいます。引き上げてあげた方が……」母の表情が瞬時に凍りついた。「助ける必要なんてないわ!弟も守れなかった役立たずよ、あとで説教してやるつもりなんだから。放っておきなさい、誰も手出しは無用よ!」言い捨てると、彼女は地面に向かって汚いものを吐き捨てるように唾を吐いた。私、高橋陸(たかはし りく)は苦笑した。翔が力任せに私を突き落とした反動で手首を捻っただけなのに、母の目には、私が彼を守らなかったと映っているのだ。田村さんは見かねて食い下がった。「ですが隊長、陸くん、ピクリとも動きません。もしものことがあったら……」母は呆れたように白目をむき、煩わしそうに手を振った。「放っておきなさいってば。私に怒られるのが怖くて死んだふりをしてるだけに決まってるわ。そんな手には乗らない。あの程度の高さで死ぬわけがないでしょう?気が済むまで演じさせておけばいいわ。自力で帰って来させるの。今回ばかりは少しお灸を据えてやらないと。あの子の顔を見るだけでイライラするんだから!」母が発する言葉が、ナイフのように私の心臓を切り刻み、激痛が走る。彼女はレスキュー隊長だ。数え切れないほどの救助現場を経験してきたプロだ。野外には予測不能な危険が潜んでおり、些細な油断が死に直結すること、即座に搬送が必要なケースがあることを誰よりも知っているはずだ。彼女が「大した高さじゃない」と侮った崖の下には、鋭く尖った岩があった。そして私は、運悪くその上に落ちたのだ。岩は私の背中に深く突き刺さり、体に風穴を開けていた。けれど彼女は私の懇願を無視し、捻挫した弟だけを気遣い、あろうことか私に暴言を吐いた。「この穀潰しが!弟一人守れないなんて、産むんじゃなかった!」それでも気が済まず、彼女は隊員全員に撤収を命じ、私への救助を禁じた。その命令が、私の最後の希望を消し去った。母
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