ログイン母は震える手で写真を一枚一枚拾い上げた。そこには、翔が私を突き落とす全過程が鮮明に記録されていた。突き出した手を引っ込める間もなかった彼の姿が、はっきりと写っていた。田村さんは、私が翔の言うような人間だとはどうしても信じられず、目撃者を探して周辺を歩き回っていたのだという。そして、あの日たまたま地質調査隊が崖のそばの大木の下に観測機器を設置しており、そのカメラに翔の犯行の一部始終が記録されていたことを突き止めたのだ。無精髭を生やした田村さんを見て、心から感謝した。私の死の真相のために奔走してくれた彼に、もし来世があるなら、必ず恩返しをしたい。母は振り返り、渾身の力で翔を平手打ちした。声が震えている。「どうして?実のお兄ちゃんでしょう、どうして殺したりできたの!」翔は殴られた勢いで顔を背け、頬は瞬く間に腫れ上がった。手錠を持って近づく警察官を見て、もう逃げられないと悟った彼は、突然大声で笑い出した。「パパとママが言ったんじゃないか!この家のすべて、お兄ちゃんの持っているものすべては僕のものだって!あいつは一生僕の引き立て役だって!推薦入学の枠を僕に譲れって言ったのに、あいつ断ったんだ!だから死んでもらうしかなかったんだ!」私の成績は幼い頃から優秀だったが、翔は平凡だった。この家に居場所がないと悟ってから、私は勉強だけがこの家から抜け出す唯一の手段だと知っていた。二年間必死に努力してコンテストに参加し、ようやくトップ大学への推薦枠を手に入れたのだ。翔の一言で、その血と汗の結晶を譲れるわけがない。それに、私が辞退したところで、彼にその資格が回ってくるわけでもない。しかし翔には何も聞こえていなかった。ただ私が拒絶した、その事実だけが許せなかったのだ。嫉妬に駆られ、私を崖から突き落とした。母は泣きながら彼を問い詰めた。「でもお兄ちゃんなのよ!私たちがあなたを可愛がったのは、兄殺しをさせるためじゃないわ!」翔は皮肉たっぷりに笑った。「僕の優しいママよ、お兄ちゃんを助けるなとレスキュー隊に命じたのはママだろ?僕が殺人犯なら、ママは立派な共犯者だよ!」母はようやく、長年の過ちの重さに気づいたようだった。私の骨壷を抱きしめて号泣し、離そうとしなかった。「陸、本当にごめんなさい!ママが悪かったわ、悔やん
ドーン!外で雷が鳴り響き、稲光が翔の顔を照らし出した。普段の愛らしく従順な顔が、母の目には悪魔のように映った。母は呆然と口を開いた。「でも、お兄ちゃんはあの時……」母が言い終わらないうちに、弟は苛立たしげに遮った。「お兄ちゃんはバラしたけど、どうなった?結局、二人してお兄ちゃんを透明人間扱いしているんだよ」翔は言い過ぎたと思ったのか、いつもの従順な顔に戻った。「ママ、パパが離婚しない限り、ママはずっとパパの妻なんだよ。外の女なんてママの地位を脅かしたりしないって」彼は優しく母の涙を拭った。「ママ、よく考えてみて。きっとパパを許せるはずだよ」そう言うと、彼はヘッドホンをつけ直し、部屋のドアを閉めた。母はずっと呆然としていた。ふと顔を上げ、骨壷に貼られた私の笑顔の写真と目が合うまでは。彼女はその場にへたり込み、大声で泣き叫んだ。十数年前、自分のために小さな体で父に立ち向かった私の姿を、ようやく思い出したのかもしれない。けれど、その子はもう戻らない。母がどう考えたのかは分からないが、あの日以来、その話題には触れなくなった。諦めたのだろうか。ただ、食事の時に私の分の茶碗と箸を並べるようになり、頻繁に骨壷を抱いてブツブツと話しかけるようになった。後悔しているのだと分かった。私が死んでようやく、私の良さを思い出したのだ。罪悪感を埋めるために、そんなことをしているだけだ。私は傍らで、冷ややかな気持ちでそれを見ていた。遅すぎる懺悔に、価値などない。罪滅ぼしか、母は私のために改めて葬儀を行うと言い張った。葬儀当日、父は時折スマホを見てはニヤニヤしていた。母は耐えきれず、父からスマホを奪い取って床に叩きつけた。「これは陸の葬式よ!あなたの息子でしょう!本当に父親なの!?」父は母の頬を張った。「今まで愛してもいなかったくせに、今さら母親ぶるな!俺たちには翔といういい子がいれば十分だろうが!」翔は我関せずといった様子で、何も見ていないふりをしていた。母は頬を押さえ、憎しみを込めて父を睨みつけた。反論しようとしたその時、警察官の一団が押し入ってきた。「失礼します。高橋陸さんの殺害容疑で、高橋翔さんに任意同行を求めます」会場は静まり返った。事態の急展開に誰もが言葉を失った
翔の目に一瞬苛立ちが走ったが、すぐに可哀想な表情を作った。「ママ、僕も知らないよ。お兄ちゃんは僕がいる家にはいたくないって言っただけで、家出するとは言ってないよ。たぶん、僕を突き落とした後で家出しようとして、自業自得で死んじゃったんじゃないかな」怒りが込み上げてきた。死人に口なしとばかりに、翔はまだ私を貶めようとしている。そう言うと、翔はガクリと膝をつき、涙を流し始めた。「お兄ちゃん、ごめんね。僕が避けなければ、落ちていたのは僕だったのに。そうすればお兄ちゃんは死なずに済んだのに」言葉の端々に「死ぬべきだったのは自分だ」というニュアンスを滲ませる翔を、溺愛する両親が見ていられるはずがない。母はハッと我に返り、涙を拭いて翔を抱き起こした。「あなたは悪くないわ、愛しい子よ。あの子の心が歪んでいただけよ」父は私の死に呆然としていたものの、心にかけたことのない息子よりも、明らかに翔の方が大事だった。瞬く間に、三人はまた互いを慰め合うように抱き合った。私はその光景を見て、翔のその仮面を引き裂いてやりたい衝動に駆られた。この偽善者め!田村さんも、私の遺体を前にしてまだ私を中傷する彼らに言葉を失い、顔を真っ赤にして怒った。「俺は陸くんがそんな子だとは信じないぞ!あんたたち、いつか必ず後悔するからな!」そう言い捨て、彼は憤然と立ち去った。田村さんの言葉だけが、この数日間で唯一の救いだった。少なくともこの世に、私を信じてくれる人が一人でもいたのだから。両親は私の遺体を火葬し、遺骨を持ち帰った。彼らの生活は何一つ変わらないように見えたが、時折母が私の骨壷を見て呆然とすることがあった。ある日、母は父の携帯に、かつての浮気相手の連絡先がまだ残っているのを見つけてしまった。十数年間、彼らは関係を続けていたのだ。母は携帯を父に投げつけ、ヒステリックに叫んだ。「高橋健一(たかはし けんいち)!あなたには良心がないの!?十数年もあの女と続いてたなんて、あの時、何て約束したのよ!」父は眉を寄せ、うんざりした顔をした。「あの時みたいに、気づかないふりをしてればいいだろ?なんで今さら蒸し返すんだ?鏡を見てみろ、まるでヒステリー女だぞ!」母は信じられないという顔で目を見開いた。「当時は子供たちが小さかったから我慢し
母の目がカッと見開かれた。彼女は看護師の手を掴み、必死の形相で問い詰めた。「私が探している人は、『高い橋』の『高橋』で、大陸の『陸』、高橋陸ですよ。看護師さん、間違いじゃないんですか?同姓同名とか……」「間違いありません、その漢字です。遺体は崖の下で発見されました。出血多量による死亡です」母は信じられないといった様子で数歩後退し、顔色は紙のように白くなった。耳にした言葉を拒絶するかのように。「あり得ない……信じないわ。あんな高さで死ぬわけないもの!」「背中に大きな穴が開いていました。鋭利な何かが体内に突き刺さったのでしょう。お気の毒に、数日間発見されず、腐敗も始まっていました」看護師の言葉が、母の最後の幻想を打ち砕いた。彼女はよろめきながら霊安室へと走ったが、ドアの前で全ての力を失ったかのように立ち尽くし、長い間開けることができなかった。私は傍らで、複雑な思いでそれを見ていた。私が死にかけていたあの日、彼女は冷酷に見殺しにしたのに、死んだと知った今、私の死体を見るのを恐れている。今さら何だと言うのだろう。母は深呼吸をし、意を決してドアを押し開けた。目に飛び込んできたのは田村さんだった。彼は背を丸め、全身から悲しみを漂わせていた。音に気づいて顔を上げた彼は、母を見るなり充血した目で詰め寄った。「やっと信じたか?昼からずっと待っていたぞ。あんたがどれだけ冷酷か見届けてやろうと思ってな。今日来なかったら、明日俺が火葬して、俺の息子として弔ってやろうと思ってたんだ!どうせあんたたち夫婦は誰も彼を愛してないんだろ!」目頭が熱くなった。血の繋がりもない田村さんでさえ、私のために心を痛めてくれているのに、実の親は私の死など意に介さなかった。母は田村さんの言葉など聞こえていないかのように、私の遺体へと歩み寄った。変わり果てた姿を見て、震える手をゆっくりと伸ばす。暑さと野外の環境のせいで、私の体は野生動物に食い荒らされ、白骨が覗いていた。傷口は腐敗し、異臭を放っていた。私は顔を背けた。自分の無残な姿を見たくなかった。しかし母は気にする様子もなく、震えながら私の頬に触れた。「陸……わざとじゃなかったのよ。ママが悪かったわ。まさかこんなことになるなんて思わなかったの……」大粒の涙が、血と泥にまみれた私
母の笑顔が凍りつき、ひきつったまま固まった。彼女は画面の表示をもう一度確認し、相手が田村であることを確かめると、不機嫌な声を出した。「田村さん、まさか陸のやつがあなたの所へ行って、そんな嘘をつかせているんじゃないでしょうね?あの子に伝えなさい。今日は翔の誕生日なのよ。こんな不吉な嘘で気を引こうだなんて、帰ってきたらタダじゃおかないから!」田村さんは母のあまりの分からず屋ぶりに、声を荒らげた。「高橋蘭子!俺がこんな嘘をつくと思うか!?陸くんはあんたの腹を痛めた子だろう!なんだその母親としての態度は!俺があの時助けようと言ったのを止めたのはあんただ。死んだと言っても信じないなんて、本当に親か?陸くんの遺体は今、センター病院にある。自分の目で見てこい!」母は何も言い返せず、一方的に電話を切られた。田村さんの声があまりに大きかったため、近くにいた親戚たちは会話を聞いてしまい、周囲は静まり返り、複雑な表情で母を見ていた。母は無理やり口角を上げ、何事もなかったかのように振る舞った。「皆さん、楽しんでくださいね。陸ったら、いつも人を巻き込んで嘘をつくから、もう慣れちゃったよ」スマホを握る母の手が微かに震えているのに気づいたのは、私だけだった。母は父を隅に引っ張り、目を少し赤くして言った。「田村さんが、陸が死んだって……本当に何かあったのかしら?以前はこんなに何日も帰らないことなんてなかったのに」父は母の手を振り払い、苛立ちを露わにした。「人の言うこと、何でも鵜呑みにするな。どうせあいつが俺らに気を引くための新しい手に決まってるだろ?」母は何度も頷き、自分に言い聞かせるように呟いた。「そうよ、陸はいつも翔と張り合いたがるんだから。私たちが翔の誕生日を祝ってるのを見て、わざと田村さんに言わせたのよ。あのクソガキ、どこかに隠れて私たちの反応を見てるに違いないわ。騙されないんだから」かつてない寒気が心を覆った。以前、食卓の最後のチキンを食べただけで翔の機嫌を損ね、三日間の食事抜きを命じられて以来、私が翔と張り合うなんてあり得ないことだった。家では呼吸さえ潜め、彼らの機嫌を損ねないように生きてきたのだ。そんな卑屈な私が、彼らの目にはそこまで狡猾に映っていたとは。これほど「高く」評価されていたことを喜ぶべきか、彼
意識が朦朧とする中、六歳になる前のことを思い出した。あの頃の両親は、弟が小さいからと彼を優先してはいたが、私にもそれなりに関心を向けてくれていた。けれどその年、私は偶然、父がマンションの下で見知らぬ女性と抱き合っているのを見てしまった。幼い私は何が起きているのか理解できず、走って母に報告した。母は父と激しい喧嘩をした。私は呆然と立ち尽くし、ただ父が母を裏切るようなことをしたのだと察し、母の前に立ちはだかって、小さな顔を強張らせて「ママをいじめるな」と言った。一方、弟は泣きながら二人に抱きつき、「パパとママが離れ離れになるのは嫌だ」と叫んだ。二人は弟を抱きしめて泣き崩れ、不思議なことにそれで仲直りしてしまった。その後、彼らの矛先は一致して私に向けられた。母は私を指差し、「余計なことを」と罵った。父は私に平手打ちを食らわせ、「お前は疫病神だ、家庭の幸せを壊した」と言い放った。大人になってから母が口を滑らせて知ったのだ。母はずっと前から父の浮気に気づいていたが、離婚したくないために気づかないふりをしていたのだという。私の告発は、二人の間の最後のベールを引き剥がしてしまったのだ。母はプライドが高い人だ。体面のために大騒ぎせざるを得なかった。父は外に女がいても、妻子を捨てたという悪名は背負いたくなく、離婚する気はなかった。だから、弟は彼らが互いに歩み寄るための「架け橋」となった。そして私は、この結婚生活が内部から腐敗していることを常に思い出させる「棘」となった。あの日から、私は家庭をかき乱す元凶と見なされ、完全に透明人間扱いされるようになった。弟は家庭の平和を守る天使となり、両親の寵愛を独占した。彼はさらに増長し、あることないこと両親に吹き込んで私を悪者にした。こうして私は、彼らが最も忌み嫌う存在になったのだ。家に帰ると、母はすぐに市場へ行き、新鮮な骨付き肉を買ってきてスープを煮込み始めた。骨に異常がなくても油断はできない、翔の手首を養生させるためだと言って。父はすべての果物の皮を剥き、一口サイズに切って翔の口に運んだ。「静養しなきゃいけないから手を使っちゃダメだ」などと言って。食卓には翔の好物ばかりが並んだ。母は翔にスープをよそい、父は翔に料理を取り分けるのを競い合った。翔は