◇ その頃。 港区にある高級料亭の個室で、九龍剛造は一人、酒を煽っていた。 卓上には、手付かずの料理が並んでいる。 彼の機嫌は最悪だった。 可愛がっていた麗華が、あそこまで無様に自爆するとは計算外だった。 おかげで、彼が進めていたアパレル事業の計画も白紙に戻り、多額の損失を被ることになった。「……馬鹿な女め。詰めが甘いんじゃ」 剛造は盃を畳に叩きつけた。 このままでは、湊を失脚させるどころか、自分の立場が危うくなる。 湊は着実に力をつけ、社内での求心力を高めている。先日のビルの買収劇も見事だった。あの手腕は、認めたくはないが、かつての兄(湊の父)や、華枝譲りの才覚だ。「……このままでは終わらんぞ」 剛造の目が、濁った光を放つ。 彼の手元には、一枚の茶封筒が置かれていた。 それは、先日、湊のタワーマンションに潜り込ませていた家政婦――清掃業者を装ったスパイ――から買い取ったものだ。「失礼します」 襖が開き、黒服の男が入ってきた。 かつて朱里のサロンを襲撃し、詩織に撃退されたあの男だ。「剛造様。……あのアマ、綾辻麗華から連絡がありました。『助けてください、何でもしますから』と泣きついてきていますが」「……捨て置け」 剛造は吐き捨てるように言った。「役立たずにかける情けなどない。……それより、例のものは確認したか?」「はい。……間違いありません」 男はニヤリと下卑た笑みを浮かべた。「本物です。……湊の奴、脇が甘いですねぇ。こんな重要書類を、書斎の金庫ではなく、寝室の引き出しに無造作に入れておくなんて」 剛造は封筒を逆さまにし、中身をテーブルの上にぶちまけた。 出てきたのは、数枚の書類。 その表紙には、『婚約者業務委託契約書』と印字されていた。
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