All Chapters of 家族の願い通りに死んだのに、彼らは後悔する: Chapter 1 - Chapter 10

10 Chapters

第1話

この家で一番の足手まといは私なんだ。七歳の時、小脳萎縮症と診断されてから、私・遠藤遥(えんどう はる)は永遠に車椅子に縛られることになり、家族全員の負担となった。私のせいで、姉は絵を描く夢を諦めた。母は髪が白くなり、父は借金を背負い込んだ。そして姉が腎不全と判明したその日、私は母の言葉を聞いた——「もし病気になったのがあの子だったら、私たちも楽になれたのに」母のその言葉を聞いた後、父は声を震わせて叱った。「黙れ! そんな馬鹿なことを言うな!」数秒後、母のすすり泣きが再び部屋に響き始めた。「そういう意味じゃないの。ただ、疲れすぎただけなの……」父は低く、疲れ切った声で言った。「これからは、こんなことを言わないでくれ」母の声が突然高くなった。「でも私が言ったことは間違っているの?あの子のせいで、うちはこんな目に遭ったのよ!美希(みき)は過労で腎臓病になったよ!五百万円の手術費すら、出すこともできないの!」「もういい!」「いや!私はもう我慢できないのよ!丸々十二年、一晩中ぐっすり眠れたことが、一度もなかったの!」私は車椅子をこいで慌てて自分の部屋に逃げ込んだ。ドアが閉まる瞬間、こらえていた涙がついにこぼれ落ちた。唇を強く噛み締め、泣き声が外に漏れないように、必死に抑えた。翌日の朝、母の目は腫れ上がっていた。彼女はいつものように服を着せてくれたが、その動作はいつもより荒かった。プルオーバーのセーターが頭に引っかかり、私は息苦しくなり、腕が勝手にバタバタと動いてしまった。「動くな!」と母は低い声で叱った。私は一瞬、体が固まった。セーターがやっと頭から通り過ぎた時、自分の髪の毛が何本か抜けた。母はそれを見て、手が一瞬止まり、目には一瞬の後悔がよぎった。「痛い?」と母は声を柔らげて聞いた。私は首を横に振った。母はため息をつき、しゃがんで靴下を履いてくれた。長期間動かないせいで、私の足がむくんでいて、靴下はなかなか履けなかった。何度も試したがうまくいかず、母の額には汗がにじんできた。「ちょっと、協力してくれないの?」と母は小さな声で、まるで独り言のように呟いた。私は何も言わなかった。朝食の時、姉の顔色は昨日よりもっと悪かった。彼女は味噌汁を一口飲んで、すぐスプーン
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第2話

姉は私の隣に座って、まだ震えている私の手を握った。「大丈夫。コップ一つ割れただけなの」姉の手は冷たく、手のひらに汗が滲んでいた。私は彼女の腫れたまぶたと、手の甲に残る新しい注射の跡を見つめた。彼女はもうすぐ死ぬ。そのことを家族全員が、私に隠している。私が駄目な人だから。知っても何の役にも立たないし、ただ周りに迷惑をかけるだけだから。七歳の時、小脳萎縮症と診断されたその日のことを思い出した。母は私を抱きしめて一晩中泣き続け、父は病室のドアの前に蹲り、一本また一本とタバコを吸い続けた。姉は当時まだ十歳だったのに、みかんの皮をむき、つま先を立てて一房ずつ私の口に運んでくれた。「遥ちゃん、怖くないよ。お姉ちゃんがそばにいるから」今は姉が病気になったのに、私は何もできない。いや。一つだけ、できることがある。翌日の朝、両親と姉がそれぞれ仕事に出かけた後、私は車椅子をこいで市立病院へ向かった。腎臓内科のお医者さんは私の車椅子を見て、眉をひそめた。「腎臓を提供したいって……両親は承知していますか?」「承知しています」と私は嘘をついた。「小脳萎縮症の患者は手術のリスクが非常に高いです。しかも手術中に呼吸不全や心停止を起こす可能性があり、手術後の回復も一般人よりずっと遅くなりますよ」「知っています」お医者さんはため息をつき、検査表を渡してくれた。神様のおかげで、適合検査の結果は完全に一致だった。お医者さんは検査結果を見た後、私を見つめた。「最後のチャンスですよ。本当に決めましたか」「はい、お願いします」私は臓器提供同意書にサインした。字はゆがんでいたが、一筆一筆に全身の力を込めて書いた。「手術は来月の五日です。事前に入院して準備をする必要があります」「わかりました」午後、母が帰ってきて、車椅子を押してリハビリに連れて行ってくれた。リハビリセンターの上田先生は私の旧知で、七歳の時からずっと私の治療を担当してくれている。姉が来ていないのに気づいた上田先生は、何気なく聞いた。「美希さんは?今日はついて来なかったの?」母の体が一瞬固まった。「あの子はちょっと用事があって」と母は答えた。私は知っていた。姉は病院で透析を受けているのだ。上田先生は頷き、これ以上問いかけなか
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第3話

「私は疲れたの。本当に、もう限界だわ……」と母は私の耳元でつぶやいた。私は震える手を上げ、幼い頃母が私を寝かしつけてくれたように、そっと母の背中を叩いた。……夜、病院から電話がかかってきた。私は部屋のドアを少し開け、隙間から盗み聞きをした。電話に出たのは母だった。向こうから伝わる言葉を聞きながら、母の目は少しずつ大きく開き、電話を握る手が震え始めた。「見つかったの?本当に、見つかったの?」彼女の声は震えていたが、その中には大きな喜びが込められていた。電話を切るやいなや、母は姉の部屋に駆け込んだ。「美希ちゃん!ドナーが見つかったの!完全に合致するわ!」姉はちょっと呆然とした後、涙があふれ出した。「お母さん……」母は姉を抱きしめ、二人は抱き合って泣いた。父は手にはフライ返しを持ったまま、キッチンから駆け出てきた。「いくら?ドナー側は、いくら要求するんだ?」母は泣きながら笑った。「病院の人によると、ドナーは匿名で、お金は一切要らないって。ただ、手術の準備を早くするように、って。手術の費用なら、なんとか工面できるわ」その夜、家には久しぶりに活気が戻ってきた。母は食卓いっぱいに料理を作ってくれた。エビフライ、茶碗蒸し、姉の好物ばかりが並んでいた。「どんどん食べなさい、体を養わなくちゃ」母は姉のために、料理をたくさん取り分けた。姉の茶碗の中は山のように積み上がった。私も肉を一つ取り分けようと、箸を伸ばした。だが、手が激しく震え、箸から肉が食卓の上に落ちた。父はそれを見て、つい口にした。「なんでまた……」その言葉は中途で突然途切れた。食卓は一瞬にして沈黙に包まれた。母と姉は、同時に父の方を見た。父の顔色が少しずつ青ざめ、彼は唇を何度か動かしたが、声が出てこなかった。やがて、乾いた声で謝った。「ごめん……遥ちゃん、お父さんは、そういう意味じゃないよ……ただ、今日はちょっと疲れただけなんだ……」「分かった」と私は言った。夕食後、父は私の部屋に来た。車椅子の前にしゃがみ、震える私の手を握った。父の手は粗く、たこだらけだった。父は低い声で言った。「遥ちゃん、今日はお父さんが悪かった。お前を嫌ってるわけじゃない、ただ……」父は言葉を詰まらせ、頭を下げ、肩がそっと震えて
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第4話

手術まであと三日になった頃、姉の調子が突然悪くなった。吐き気が強く、何を食べてもすぐ吐いてしまった。母は焦りのあまり涙が止まらず、父は一晩中眠ることができなかった。午前三時、私は車椅子をこいでリビングへ水を飲みに行くと、父が一人で暗闇の中に座り、手で額を支えているのを見かけた。「お父さん」私が呼んだ。それを聞いて、父は頭を上げた。暗闇の中、彼の目は怖いほど光っていた。「遥ちゃん、どうしてまだ起きているの?」「喉が渇いた」父は立ち上がってコップに水を注いでくれた。手渡すとき、コップから水が少しこぼれ、私の手に熱い湯がかかった。「ごめん、ごめん……」父は慌ててティッシュを探し始めた。「お父さん、お姉ちゃんはきっと治るよ」私は父の充血した目を見つめながら言った。父はぼんやりと私を見つめ、力強く頷きながら言った。「治る!きっと、全部うまくいくんだ」だが、その声は震えていた。翌日の午後、私は写真館へ行って証明写真を撮った。カメラマンはとても親切で、私がゆっくり体勢を正すのを待ってくれた。「ちょっと笑ってください」とカメラマンが言った。そして私は頑張って口角を上げた。撮った写真の中の私は、笑っていた。やや硬い笑顔だが、間違いなく笑顔だった。この写真を遺影に使うなら、十分だろうと思った。夜、私は臓器提供契約書をもう一度読み返した。手術まで、あと二日だった。……手術の前日。母は台所で味噌汁を煮ていて、姉はまだ寝ていた。私は数着の服をまとめ、バックパックに詰め込んだ。「どこへ行くの?」母は振り返らずに問いかけた。「リハビリセンターで一日がかりのトレーニングがあって、今夜はそこに泊まるかもね」私は答えた。母の味噌汁をかき混ぜる手が一瞬止まった。「どうして事前に言わなかったの?」「さっき連絡が来たばかりなの」母は手を拭い、近ついて私の車椅子の前にしゃがんだ。「この二三日、お姉ちゃんが小手術を受けるの。お父さんとお母さんは病院に付き添わなくちゃいけないから、遥ちゃん一人で大丈夫?」「大丈夫だよ」私は答えた。母は長い間私を見つめ、その目には私には理解できない感情が宿っていた。それから、手を伸ばし、そっと私の頬を撫でた。「遥ちゃん、お母さんが悪かったわ。あなたの面倒をちゃ
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第5話

同時に、九階の手術室の外。姉が手術室に運び込まれる前、母は彼女の手を必死に握り締めていた。「美希ちゃん、怖くないよ、手術が終わればすぐ治るから……きっと、きっとうまくいくわ」父はそばに佇み、目元を赤らめながら低い声で言った。「お父さんは外で待ってる」手術室の扉が閉まる。赤いライトがぱっと点灯した。五時間の待ち時間、一分一秒が長く感じられた。母はベンチに座り、両手を強く握りしめていた。父はひたすら行ったり来たりしながら歩き回り、足取りは重かった。「うまくいくわ……きっとうまくいくわ……」母は祈るようにつぶやいた。五時間後、ついに扉が開いた。医者が外に出てきてマスクを外し、笑顔を浮かべた。「手術は大成功です。移植した腎臓はもう正常に機能しています」母は狂喜で足元が崩れかけた瞬間、父が早速腕で彼女を支えた。「ありがとうございます!本当に……ありがとうございます!」母は泣きながら笑い、すぐに続けて問いかけた。「ドナーの方、あの恩人様……私たち、直接お礼を……」「ドナーの方は匿名を希望しています。規定です」と医者が答えた。「ただ、顔を見てお礼を言うだけです。娘の命を救ってくださったのですから……」父は声を詰まらせながら話した。医者は少し躊躇って言った。「ドナーの方はまだ観察室にいます。目が覚めたら、また考えましょう」姉がストレッチャーで運び出されてきた。顔色は青白かったが、呼吸は穏やかだった。三日後、姉がついに目を覚ました。新しい腎臓は順調に働き、拒絶反応もなかった。姉はベッドの背もたれにもたれかかり、母がスプーンで運んでくる味噌汁を少しずつ啜っていた。久しぶりに顔にほんのりと血色が戻ってきた。「お母さん、ドナーの方……だれなの?」姉は小さい声で問いかけた。母は頭をゆっくりと振って言った。「病院が内緒にしてるの。でもきっと、心の優しい人なの……神様のように心が優しい人なの」午後、父は退院手続きのために病院事務室へ向かった。母は病室で荷物を片つけながら、ふと口ずさみ始めた。それは久しぶりに聞こえる、母の楽しげな口ずさみだった。父が手続きを終え、退院届を持って戻ってきた。「お父さん、ドナーの方に会いたいの。ガラス越しにちょっと見るだけでもいいわ。邪魔はしないよ」と姉
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第6話

「名前が同じだよね?絶対に同じ人なんじゃない……」姉は誰かに問いかけるようにつぶやいたが、誰も応えなかった。廊下の照明は青白く、三人の青ざめた顔を照らしている。遠くから、ストレッチャーの車輪が床を転がる音や、看護師の柔らかな話し声がしている。だが、あまりにも大きな衝撃の前では、それらの声はぼんやりして、はっきり聞き取れなくなっていた。医者はため息をついた。「遺体はまだ病室にありますが……お目にかけますか」母の体が一瞬、よろめいた。父は無意識的に母を支えようと手を伸ばしたが、自分自身もしっかりと立てないことに気づいた。彼は壁に寄りかかり、喉の奥から抑えきれないおえつを漏らし出した。病室の扉がそっと開かれた。私は空中を漂いながら、彼らが入ってくるのを見ていた。私の身体はベッドの上に横たわり、顔色は紙よりも青白く、唇にはほんの僅かの血色もなかった。手術と合併症のせいで、私の体は原形をとどめないほど変わり果ててしまった。閉じたままのその目だけが、生きていた時と変わらなかった。長いまつ毛も相変わらず綺麗だった。母は病室の入口に佇み、じっと動かなかった。彼女は私の死体をじっと見つめ、目を極限まで大きく見開き、まるで私の顔を、骨の髄まで刻み込もうとしているかのようだった。長い時間が過ぎて、母はゆっくり、ゆっくりと一歩前に踏み出した。そしてまた一歩。ベッドのそばに辿り着いた瞬間、母は膝が崩れて体ごと床に跪いた。震えながら手を伸ばしたが、私の身体に触れる勇気がなかった。「遥ちゃん?」母の声は羽根のように軽やかで柔らかかった。それから、彼女は手を伸ばし、指先が私の頬に触れた。冷たい感触だった。だが、母はまるで火傷したかのように、急に手を引っ込め、そしてすぐにまた手を伸ばした。今度は、手のひら全体を私の顔に当てた。「遥ちゃん……」と母はもう一度呼んだ。その声は震えていて、まるで現実を信じられないかのようだった。「お母さんが来たよ……遥ちゃん、お母さんを見て……」もちろん、応えはなかった。母は体をかがめ、顔を私の胸に当てた。そこには心拍の音もなく、ただの静寂だった。「いや……いや……」母の声が震えていた。「起きて、遥ちゃん、起きてよ……お母さんをだましてるんでしょ?ただ眠ってるだけでしょ
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第7話

姉が車椅子をこいでやってきた。その動きはまるで全身の関節に錆がついたかのように、極めて緩やかだった。姉はベッドのそばで車椅子を止め、手を伸ばして、私の冷たい手を握った。「遥ちゃん……」その声は、聞こえないかと思うほど小さかった。「バカなの……どうしてこんなことを……」姉の手は激しく震えていた。生きていた頃、いつも震えていた私の手よりも、もっと激しく。昔、私がこの世にいた頃は、手がいつも震えて止まなかった。でも今は、私の手はもう震えない。「どうしてこんなことをしたの……」姉は、顔を私の手のひらに埋め込みながらつぶやいた。「死ぬべきなのは私なのに……私なのに……」姉の肩が激しく震え始めた。だが、のどが乾いて泣き声は一つも漏れてこなかった。医者は一言も言わずに部屋を出ていき、扉をそっと閉めた。病室には、彼ら三人と、次第に冷めつつある私の身体だけが、残された。どれくらい時間が経ったのか分からなかった。突然、母は床から立ち上がり、ベッドに飛びつき、狂ったように何かを探し始めた。ベッドサイドテーブルの引出しを開け、枕をめくり、さらに布団までめくろうとした。「何を探しているんだ?」父の声は嗄れていた。「遺書……」母の声も震えていた。「きっと遺書を残してくれたはず……遥は心配りのできる子だから……きっと……」母は、私の入院着のポケットの中から、折りたたまれた一枚の紙を見つけた。その紙が広げられた。そこには、私のゆがんだ字が並んでいた。手の震えのせいで、一つ一つの字は大きく、力強く、まるで全身の力を込めて書いたかのように、紙に刻まれていた。【お父さん、お母さん、お姉ちゃんへこの手紙を見ているとき、私はもうこの世にいないはず。ごめんね。また面倒をかけちゃった。私の体の状況では、こんなことをすれば死ぬことは、分かっていた。でも、でもね、私は必ずこうしなければならなかったの。お姉ちゃんはこの腎臓が必要なの。そして私……私はみんなのために一つ、たった一つだけでいいから、何かをしたかったの。長い間、私はずっと家の重荷だった。本当に、本当にごめんね。お母さんの髪はたくさん白くなり、お父さんの腰のけがはますます悪化し、お姉ちゃんは絵を描くことを諦めた。すべて、私のせい。今、私
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第8話

「遥ちゃん、遥ちゃんがやっちゃった。私たちには永遠にできないことをやっちゃった」姉はささやいた。「遥ちゃんは私を救ったの。自身の命で……」……私の遺体は霊安室に運ばれた。母はストレッチャーにしがみつき、どうしても離さなかった。結局、父と看護師が力を合わせて、やっと彼女を引き離すことができた。母は床にへたり込み、ストレッチャーが廊下の果てに消えていくのを見つめ、喉の奥から野獣のような泣き声を上げた。その声は、ストレッチャーをずっと追いかけ、霊安室の扉まで届いた。だが厚い扉に阻まれ、やがて消え去った。車椅子に座った姉は、病室へ押し戻された。彼女はベッドの背もたれにもたれかかり、虚ろな目で窓の外をぼんやりと見つめていた。窓の外は日差しが暖かく、鳥が木々の間を跳び回っていた。「お母さん」突然、姉が口を開いた。その声は極めて穏やかだった。「りんご、食べたい」母はぼんやりと姉を見つめ、まるで彼女の言うことが理解できないかのような、うつろな表情だった。「遥ちゃんは昔、りんごが大好きだったわ」とお姉さんは続けて言った。「お母さんがりんごの皮をむくたび、遥ちゃんはいつもそばに座って、うれしそうに見つめていたの」母の目からまた涙があふれ出した。「買ってくる」父は立ち上がり、よろめきながら外へと歩き出した。「お父さん」お姉さんが父を呼び止めた。「赤いのを。遥ちゃんは赤いのが好きだったの」父の背中が一瞬固まった。それから小さく頷き、歩き出した。病室には母と姉だけが残された。母はベッドサイドに座り、姉の手を握った。二人の手は、震えて止まらなかった。「お母さん」お姉さんは窓の外を見つめながら言った。「遥ちゃんは今、どこにいるの?」母は何も言わなかった。「遥ちゃんは寒くない?」姉の声は小さかった。「霊安室は寒いでしょ?遥ちゃんは、寒さが一番苦手で、冬は湯たんぽを抱かないと眠れなかったわ」「もう、言わないでよ……」と母は泣きながら言った。「遥ちゃんが去るとき、痛かったの?」姉は顔を向け、母を見つめた。その目には、茫然とした深い苦痛が宿っていた。「手術は痛かったの?合併症は痛かったの?一人で……怖くなかったの?」姉は続けて言った。母は両手で顔を覆い、泣き
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第9話

「遥ちゃんは、何もかも分かってたのよ」姉が突然口を開いた。その声は極めて穏やかだった。「ずっと、何もかも分かってたのよ。ただ、私たちは、あの子には分からないと思ってただけなの」闇の中、沈黙が長く続いた。私は空中を漂い、彼ら三人の姿を見つめていた。「あなたたちのせいじゃないよ」と、「これは私自身の選択なのよ」と、「泣かないで、お願い」と、言いたかった。だが、何も口に出すことができなかった。私はただ、見つめることしかできなかった。私のせいで砕け散ってしまったこの家を、ただ、静かに見つめるだけだった。……三日後、姉は退院した。新しい腎臓は順調に機能し、彼女の顔色は日に日によくなり、浮腫みも次第に消えていった。医者は姉の回復が早いと言った。薬をきちんと飲み、定期的に検査を受ければ、健常者と同じように長生きできるだろう、と話してくれた。だが、姉の顔には、一度も笑顔がこぼれることはなかった。退院の日、母は姉に新しい服を着せてあげた。それは水色のワンピースで、襟元には繊細な刺繍が施されていた。「遥ちゃんは、青色が一番好きだったのよ」母は姉の襟元を丁寧に正しながら、独り言のように小さい声でささやいた。姉の体が一瞬固まったが、何も言わなかった。父は退院手続きをしに行き、母は荷物をまとめていた。病室の隅には、ここ数日、親戚や友人たちが持ってきた栄養剤や花束が山積みになっていた。中には、もう枯れてしまった花もあった。母はその枯れた花を一輪一輪、丁寧に拾い出し、胸に抱えて、ぼんやりと眺めていた。「これらは、本来、遥ちゃんのものだったのに……」と母はささやいた。「もし病気になったのが遥ちゃんだったら……彼女のことを見舞いに来てくれる人、いるのかな?」誰も、母の問いに答えなかった。家への帰り道、車内はしんと静かだった。姉は後部座席に座り、窓の外の景色を眺めていた。日差しが彼女の顔に当たっていたが、その瞳には、光が少しもなかった。母は助手席に座り、手には私の遺書をしっかりと握り締めていた。その紙は、何度も指で撫でられたせいで、すでに端がボロボロになっていた。それでも母は、まるで最後の命綱を握るように、必死に、その紙を握り締めていた。車が団地に入ると、近所の人々が三三五五、階下に立ってい
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第10話

母の声はますます大きくなり、ついに叫び声に変わった。「私が殺したの!私があの子を殺したのよ!」近所の人々が集まってきて、ささやき合っていた。姉はその場に立ち尽くしていた。彼女は、狂ったように母の姿、必死に母を引き留めようとする父の姿、周囲の野次馬たちの目つきを見つめた。それから彼女は身をかえ、一歩一歩階段を上っていった。その足取りは遅かったが、穏やかだった。父はやっと母を家に引き戻した。戸が閉まる瞬間、母は床にへたり込み、大声で泣き叫んだ。姉は私の部屋に入ってきた。部屋の中はまだ、私が生きていた頃のままだった。布団はちゃんと畳まれ、机の上には私が読みかけの本が置かれ、壁には私が一番好きなポスターが貼られていた。窓辺の小さな鉢植えは少し萎れていたが、まだ生きていた。姉は私の車椅子に座った。手で肘掛けをそっと撫でていた。その肘掛けには、私が指で掘った小さな穴があり、そこからスポンジがはみ出し、日々の汚れがたまって、もう黒ずんでいた。姉は目を閉じ、涙が頬を流れ落ちた。その夜、彼らは姉の退院後、初めての食事をした。母は食卓いっぱいの料理を作った。すべて姉の好物ばかりだった。だが食卓には、四人分の食器が並んでいた。余分になったそれは、私がいつも座っていた場所に置かれていた。母はご飯を盛り、おかずを取り分け、茶碗を目の前に押してくれた。「遥ちゃん、ご飯だよ」母はそう言った。その声はとても柔らかく、まるで子供をあやすような、優しいトーンだった。誰も口を開かなかった。姉は頭を垂れ、ゆっくりご飯を食べていた。涙が茶碗に落ちたが、彼女は拭かず、そのままご飯と一緒に呑み込んだ。父は突然箸を食卓に置き、口を開いた。「明日……」彼の声は嗄れていた。「明日、遥ちゃんを迎えに行こう」………霊安室は寒かった。私は空中を漂い、彼ら三人が入ってくるのを見つめていた。母の手には新しい骨壺が抱かれていた。ピンク色の壺に、白い小花が描かれている。それは、私が一番好きなデザインだった。係員が私の遺骨を壺に入れ、母に渡した。母はそれを両手で受け取り、まるで赤ん坊を抱くように胸に抱き寄せた。指で壺の縁をそっと撫で回し、涙が一粒ずつ、そのピンクの壺の上に落ちた。「遥ちゃん、お母さん
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