宰相府の夜は静かだ。 セルジュ・ラグランジュは、机に広げた書類から顔を上げ、窓の外を見た。西の丘から望む王都アルシエルは、商業区も王宮も、ほとんどの灯りが落ちている。 けれど、川の向こう、東の高台にそびえる公正契約大神殿だけは違った。上層の窓が、今夜も白く光っている。(3日連続だな) 机の端には、神前確認式の進行表と、大神殿から送られてきた聖女出務ログの控えがある。セルジュは数字の列を指で追った。 祈祷、相談窓口、契約審査、打ち合わせ。刻まれた時刻を足し合わせれば、一日16時間前後の稼働になる。(聖女の勤務時間は、契約上どこまで許容されていたか) 脳裏に、古い神殿契約の文言が浮かぶ。「聖女は、神と国のために可能な範囲で奉仕するものとする」。(便利な一文だ。倒れるまで使える) 眉がわずかに動く。セルジュは外套を手に取った。(政治的リスク。信用の失墜。そして、聖女個人の安全) 胸に浮かんだ言葉を、「安全管理」というラベルで包み直す。「……確認に行くか」 短く呟き、夜の宰相府を後にした。 ◇ 終電もタイムカードもない世界の残業タイムだ、と頭の中で苦笑した。ここは、公正契約大神殿の地下にある契約書庫だ。 私は机に積み上がったログをめくりながら、欠伸を噛み殺した。「聖女様、本当に休まないと倒れますよ……」 向かいの机で、書記官のティオが情けない声を出す。「大丈夫。あとこの束を読み終わったら、今日の分は終わりだから」「さっきも同じこと言ってましたよ」「気のせいだよ。たぶん」 神前確認式の台本と、ここ3年分の聖女関連ログ。式の前に、女神様に見せるべき問題点をまとめるため、私は過去の自分の稼働記録を掘り返している。「これ全部整理して、女神様にまとめて休暇くださいって申請するから」「まとめて、休暇……そんな制
最終更新日 : 2026-01-31 続きを読む