(ずいぶんと……大胆な縁談だこと)政治と極道。表と裏。それを繋ぐ“楔”として、自分が置かれていた。あやめはゆっくりと顔を上げ、改めて神崎冬弥を見た。(受け入れられるかどうか、ね)相手が自分を測るのなら、こちらも同じだ。冷たい目も、感情の読めない表情も、無駄のない立ち姿も先ほどとは変わらない。でも、あやめの見る目も変わった。あやめも『対象』として神崎冬弥を見始めた。だから……。(これの奥にあるものを見極めなければならない)危険な男か。利用価値のある男か。それとも――。(共存できる相手なのか)あやめは、静かに息を整えた。『娘』としても『秘書』としても、選択権はあやめにはない。ただ、どう思うかだけはあやめの自由。そしてそれは、一人の人間としての選択になる。その自覚だけが、胸の奥で確かに熱を帯びていた。.「あやめ」謙一の声に、あやめは反射的に冬弥に頭を下げた。一瞬でも遅れれば、それは“失態”になる。そういう場で生きてきたあやめの、無意識のうちの身体の反応だった。「柊あやめ、です」簡潔に、過不足なく。あやめの名乗りの所作に無駄はない。でも、女としては可愛げはない。それは、あやめも自覚していた。なぜなら――。「さくらの妹だ」謙一の言葉に、あやめはほんのわずか、表情筋に力を入れる。笑え、と自分に念じた。口角を、意識的に持ち上げる。.あやめには二歳上に姉がいる。名前は、さくら。祖母に似たという華やかな美しさで、姉のさくらは社交界でとても人気があった。人を惹きつける明るさ。そして、その場を掌握する女性らしい柔らかさ。さくらは、社交の場において自然と人の輪の中心に立つタイプだった。対して、あやめの容姿は謙一に似た。十分美人なのだが、どこか硬質で、近寄りがたい印象を与える容姿をしている。貶されることはない。だが、望まれるものを持たないため、賞賛されることはなかった。周囲はあやめを「あの姉の妹」と認識している。残念そうに。ときには馬鹿にするように。「あのさくらさんの妹なのに」と言われていた。望まれる姉。望まれない妹。それは、あやめ自身が一番よく分かっていた。.あやめも、女だ。女として足りないと言われることに対して、何も思わないことはない。幼い頃はいつも「柊謙一の娘たち」として並べられ、さくらと比較された。口に出された
Last Updated : 2026-03-31 Read more