All Chapters of 獣人姫は逃げまくる~箱入りな魔性獣人姫は初恋の人と初彼と幼馴染と義父に手籠めにされかけて逃げた後その中の一人と番になる~: Chapter 1 - Chapter 10

224 Chapters

《プロローグ》 出会い

炎が見える。 涙はもう出なかった。 目の前で繰り広げられた光景は、少年――レインを絶望させるのに充分なものだった。 声ももう枯れた。 誰か俺を殺してくれと、そう思った。 妹は自ら舌を噛み切って、死んだ。 「つまらんな」 悪魔のようなその男は、笑ってそのまま行ってしまった。 何の希望も見えなかった。 このまま炎にまかれ、死ぬだけだ。 死ねばこの苦しみから開放される。 やがで炎が、何もかも浄化してくれるだろう。 レインは意識を手放した。 ****** ブチブチと何かが千切れるような音がして、レインは消えかけていた意識を取り戻した。 柄にダイヤモンドがはめ込まれた短剣を手にした少女が傍らに立っていて、レインを拘束していた縄を解いていた。 銀色の髪を後ろで軽くまとめた少女は、これまでの人生で見たことがないくらい整った顔立ちをしていた。 美しいと心のどこかで思ったが、絶望に彩られたレインの心には響かない。 獣人族は容姿が優れた者が多いと聞いたことがあった。身体能力も高いらしい。 少女はこの村の住人ではないし、獣人族の一味に違いないと思った。 レインは力なく言った。 このまま死なせてくれ、もう心が死んだのだ、と。 「辛くても、生きて」 少女は無慈悲にもそんなことを言った。 (なぜ?) レインは薄く笑って、生気のない瞳を少女へ向けた。 少女は動かないレインをしばし見つめたあと、何を思ったのか、妹の亡骸を抱き上げて家の外へ出て行ってしまった。 「待て……!」 レインは解放されてから初めて足を動かした。 ――妹をどこに連れて行くつもりだ ――死んでしまっても尚奪うのか ――お前たちは俺から何もかも奪って行くのか ――許さない ――あの女は獣人だ、敵だ ――殺してやる殺してやる殺してやる レインは痛めつけられた体を必死に動かして、うめきながら少女の後を追った。 外に出て振り返れば、父と妹と暮らした家が燃えていた。 父は獣人の襲来を知り、レインと妹に家から出るなと言い置いて、銃を持って行ってしまった。 それきり、帰ってこない。 周囲を見れば、他の家にも火の手が上がっていたり、滅茶苦茶に破壊されたりしていた。 誰の声も聞こえない。 村は壊滅状態だ。 妹は近くの木の幹に、背を持たれかけるように座っていた。
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《故郷編》1 地獄の始まり

 ヴィクトリアの幼い頃の記憶は、母に関するもので占められていた。  母は獣人で、とても綺麗な人だった。二人目の子が難産のうえ死産してしまい、そのせいで病弱になったと聞いていたけど、無関心な父――シド――と違い、優しくていつもヴィクトリアを気にかけてくれた。 『早く、逃げなさい』  それが母の口癖だった。母は鉄格子の窓と鍵が幾つも設置された部屋に閉じ込められて、シドが付き添う以外は外に出してもらえなかった。自分自身が自由になりたい願望もあったのかもしれないが、ことあるごとにヴィクトリアにそう語っていた。  ヴィクトリアはシドが母を絶対に逃さないだろうことをなんとなく感じていた。母を置いて、自分一人だけこの里から離れるなんて考えられなかった。  母はシドを愛していなかったと思う。  母は、シドのものになる前、別の番がいたのだ。  獣人は番を得ると、その相手しか異性として見なくなるし、愛さなくなる。獣人は匂いに敏感で、他の異性と交わった相手と体を重ねることを極端に嫌う。獣人は番を決めたら死ぬまで添い遂げ、他の異性とは交わらない。  シドのように鼻を焼かずとも平気で何人も女を抱ける個体は異常だった。  鼻の粘膜を焼き、匂いが全く分からなくなれば番以外と交わることもできるらしいが、獣人にとって嗅覚は重要な感覚だ。それを失うのは、人間にとって目を潰すのと同じことだ。  シドは母の番を殺し、母の粘膜を焼き、自分の女にしてしまった。そして檻の中に閉じ込めた。  それはどれほどの苦痛だったのか。  シドは母一筋というわけでもなかった。  狩場で見目麗しい人間の女がいれば攫ってきてハーレムの一員にしてしまうし、気に入った獣人の娘は問答無用で番にしたが、番にされた方はたまったものではない。  年中別の、しかも複数の女の匂いがプンプンする男が自分の最愛の人になってしまう。獣人の女たちは鼻を焼くしかなくなってくるし、悲しみのあまり自死する者も稀にいた。  まさに傍若無人。  極悪、規格外、破天荒。形容の仕方ならいくつもあるが、要するにシドに常識は通じない。  あの男のせいで何人の女が泣いたのだろう。獣人族は強さが全てで、獣人の部族としては最大規模であるこの里の族長に上り詰めたシドの意に逆らえる者は、いないに等しかった。  母が死んだのは、ヴィクトリアが十一
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2 父からの執着

 母のように軟禁状態にされるのかと思ったが、そうはならなかった。けれど、遊び相手は制限されるようになった。  とにかく男の近くに寄るな触るなしゃべるなと言われた。「相手が子供だろうと男はダメだ」と。シドはお手付きにする女が多かったので、ヴィクトリア以外にも子供は複数いたが、兄弟ですらその対象だった。  そうなるとつき合う相手は女性のみとなるが、それはそれで問題ありだった。  人間の商人が時折物を売りに来るのだが、シドは宝石などの装飾品や衣服など一番質の良いものをヴィクトリアに買い与えようとする。  いらないと言うと睨まれるので、商人が来るたびに一つか二つ買ってもらっていたが、他の子は毎回なんて買ってもらえないし、中には一回も買ってもらったことのない子もいる。  里の面々は時々連れ立って人間のいる所へ行き、略奪行為をするが、シドは戦利品の中で女性が好みそうなものは、一番最初にヴィクトリアに見せてから里の女たちで分けるように言う。  人間の女はわからないが、獣人であるシドの番たちは、自分の唯一の番であるシドを愛している。  ハーレムの中は女たちによるシドの取り合いで元々ギスギスしていたが、彼女たちにとって常に一番に扱われる小娘の存在は面白くない。彼女たちから嫉妬にかられた視線を常に感じたし、特別扱いを受けているヴィクトリアにやっかみを覚える者は多かった。  一度ヴィクトリアをよく思わない女性陣に囲まれてしまったことがある。  ちょっと綺麗だからって生意気、と平手打ちをされた程度だったのだが、すぐさま恐ろしい形相をしたシドが飛んできて、「お前ら全員殺してやる」と言い、手始めにヴィクトリアを叩いた女の腕を引きちぎってしまった。  その場は阿鼻叫喚、血まみれの修羅場となりかけたが、ヴィクトリアがやめてと懇願したのと他の獣人も止めに入り、彼女たちは命こそ助かった。けれど大怪我を負い、最初に腕をもがれた女は結局片腕を失ってしまった。  その流血事件以降、他の女性たちともあまり交流がなくなり、遠巻きにされるようになった。  もし一緒にいてヴィクトリアに何かあった場合、自分が悪くなくても難癖をつけられる可能性があるからと、親しくしてくれる者はほとんどいなくなってしまった。  シドは気性が荒い。皆、シドの強さを慕いながらも同時に恐れている。  シドが些細な事
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3 銃騎士隊

 ヴィクトリアは十四歳になった。  里は人間があまり寄りつかないよう、深い森の中を切り拓いた場所にある。  ヴィクトリアは里の端にある牧場近くの木陰に座り、本を読んでいた。傍らには他にも数冊置いてある。商人から買ったものだ。  ヴィクトリアはシドの住むレンガ造りの大きな族長の館に一部屋与えられてそこに住んでいた。シドのお手付きになった女たちも同様に一室与えられ、館の中でハーレムが形成されている。  館から外に出ていても、里の中にいるならばシドも追いかけて来ないので、気分転換に外で本を読んでいた。ばったり出くわすと捕まることもあるので、できるだけシドの視界には入らないように気をつけている。  母の死から三年経っても、シドの過度な触れ合いは変わらず続いていた。早く逃げ出したいと思うのに、どうやったらシドから逃げられるのか、全く分からない。  母が死んだ日に初めて逃走に失敗した後、一度だけ里から逃げようとしたことがあった。シドが「狩り」で不在になった日だ。母が死んですぐのことだった。  シドたちは人間の街に降りて、金や貴金属や食料を奪い、時には人間まで攫ってくる。それを彼らは「狩り」と呼んでいた。「狩り」はだいたい夜間に行うことが多い。  シドがいない。こんな絶好の機会はないと、その時はそう思った。  こっそり逃げたつもりだったのに、すぐに館にいた警護の獣人全員に追いかけられた。集団に追いかけられて腰を抜かしてしまい、あっさり捕まった。  そんなものが配置されていると知らなかったし、あとで聞いた話によると、「戻った時にヴィクトリアがいなかったらお前ら全員ぶっ殺す」とシドに言われていたらしい。  シドは一見粗雑なようだが、族長を務めているだけあり、周りの人物は見ている。 『どこにも行かない』 とは言ったものの、ヴィクトリアが本心ではシドの元から逃げ出したいと思っていることなど、お見通しのようだった。  けれど、いつかはシドを出し抜かないといけない。  いつ、どうやって逃げられるかはわからないが、ヴィクトリアは必ずここから出ていこうと思っている。その時のために、人間社会のことを少しでも勉強しておこうと、ヴィクトリアは銃騎士隊と獣人についての本を読んでいた。 ******  人間は獣人に対抗するため、「銃騎士隊」という対獣人に特化した部隊を組織
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4 鉄格子の部屋

 少し時間を置いて、ヴィクトリアは館に戻った。周囲にシドの気配がないことを確認してから、一階の共同部屋へ立ち寄る。  共同部屋は館の住人ならば誰でも利用可能な広々とした部屋だ。その一角に布で幕が作られていた。 (誰かが泣いてる……) 「ほら、男の子が泣かないのよ」  優しく語りかける声も聞こえてきた。  近づくと、半分ほどしか閉まっていない幕の間から、濃い青色の髪を片側に編み込んだ十代後半ほどの女性が背を向け、ベッドに向かっているのが見えた。  薬師のサーシャだ。腰の辺りにリボンのついた薄紅色のワンピースと白いエプロンを身につけている。サーシャは、ベッドの上で上半身を起こした少年の頭に包帯を巻いていた。  ふと、少年がこちらを見た。黒い瞳に、若干の赤みがかかっている。眼の白い部分が充血していて、殴られて腫れたらしき頬に涙の跡が見えた。  少年の視線に気づき、サーシャが振り返る。途端、彼女の群青の瞳が大きく見開かれた。 「ヴィ、ヴィ、ヴィクトリア様!」  サーシャは慌てたように驚き、すぐそばにあった椅子を倒してしまった。派手な音が室内に響く。  里の者たちの大半は、ヴィクトリアと同じ空間には居たがらない。何か問題に巻き込まれると困るからだ。  用事があったわけではない。酷い怪我のようだったから気になっただけで、少年は意識もあるし、治療も受けていて、命に別状がないならそれでいい。  元々、深く関わるつもりもない。 「邪魔してごめんなさい」 「あ、あの……」  サーシャが、背を向けたヴィクトリアに何か言いかけたが、言葉が続かずに止まってしまう。 「……ヴィクトリア」  少年は歩み去るヴィクトリアの背中を見つめながら、名前の響きの感触を確かめるようにそう独り言ちた。  ――数日後、ヴィクトリアが館の玄関口を通り抜けた時だった。  ずる、ずる、と何か引きずるような不規則な足音が聞こえて、ヴィクトリアは何だろうと共同部屋の入り口に目を向けた。  そのうちに、頭、腹部、脚などが包帯ぐるぐる巻きで、右腕を包帯で吊った状態の少年が現れた。頬に湿布が貼られて痛々しいが、少年の顔の造りは繊細で整った顔立ちをしている。獣人は美形が多い。  彼は杖でも使った方が良いのでは思うほどフラフラで上手く歩けていないが、移動できるほどには回復したのだろう。
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5 リュージュ

 ――そのまた数日後。  ヴィクトリアは久しぶりに外に来ていた。数日、人を避けるように部屋に籠もっていたが、外に出ないのは気が滅入る。  それに本日はとても天気がよかった。  広げているのは珍しい内容の本だ。商人曰く、年代物で価値があるらしい。古代に失われた魔法に関する書物だそうで、魔法の使い方が書かれていたが、文体が現代のものではなくて読みにくかった。  おおよその意味を拾って読むと、『まず、手から火を出す場合、炎をイメージしながら全身の魔力を指先から放出する』というようなことが書いてあった。  魔力ってなんだろうと思いつつ、指先に意識を集中させてみたが、全く無意味だった。正直、眉唾ものではあったが、魔法でここから逃げ出せないかな、という逃避願望もあって、暇つぶしに読んでいた。  ヴィクトリアは読んでいるうちに段々と眠くなってきて、目を閉じた。  うららかな陽射しの下、爽やかな風が吹き、そして近づいてくる少年の足音。  ヴィクトリアは少年を見もしない。本の続きを読もうとする。 「お前さ、友達いないだろ」  馴れ馴れしくもお前呼ばわりされている。  友達がいないのはその通りだ。以前はいたが、皆ヴィクトリアから離れていってしまった。  嘲りにでも来たのだろうかと思ったが、見上げた少年の表情は、ヴィクトリアを馬鹿にしたようなものではなかった。 「俺も今まで友達いたことないんだ。だからさ、俺の初めての友達になってくれないか?」  屈託なく笑う。  笑顔が、眩しかった。  だから思わず聞いてしまった。 「あなたの名前は?」  嬉しそうに細められた少年の瞳は、優しさで満ちていた。 「リュージュ」  ******  約束をしているわけではなかったが、外で読書をしていると、リュージュはまめにヴィクトリアの所にやって来るようになった。  年は十三歳だというので、ヴィクトリアの一つ下だ。 「リュージュはどこに住んでいたの?」 「狩り」で里から出る機会はあったが、それほど多くのことがわかるわけではなかったので、外の世界を知るリュージュの話は貴重な情報源だった。 「山の中とか森の中とか、人間に見つからないように隠れて暮らしてた。危なくなったら移動してたから、どこか一ヶ所にずっといたわけじゃない」 「一人で?」 「いや、兄貴と二人で。兄
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6 酷い目

 その日、リュージュはヴィクトリアの元に現れなかった。彼も忙しいのだから毎日会えるわけではない。それは分かっていたが、ヴィクトリアは落胆している自分に気がついた。  草の上に座ってぼーっとしていると、来訪者の足音が聞こえた。 「お嬢様」  見れば、シドの番の一人である見目麗しい女と、その従者が立っていた。風がある時は匂いを感じ取りにくい。 「夕刻より宴会がございます。遅れずにお越し下さい」  金髪の女は、蔑むような冷たい視線をヴィクトリアに向け、硬質な声でそう告げた。 「……わかったわ」  ヴィクトリアが返事をすると、二人は何も言わずに去っていった。  ヴィクトリアは盛大にため息をついた。  もしかしたら、もう宴会に呼ばれる事はないのではないかと少し期待していた。リュージュのことを何も言ってこないし、シドはヴィクトリアに興味がなくなったのではないかと。  しかし、宴会にお呼びがかかったということは、シドが呼んでいるということだ。  酔ったシドの相手をしないといけないし、膝に乗せられて匂いを嗅がれるいつもの行為に耐えないといけない。  とてつもなく行きたくなかった。だけど行かないわけにはいかない。  ヴィクトリアは、以前宴会をすっぽかそうとして、酷い目に遭ったことを思い出していた。  ******  ヴィクトリアは当時十一歳で、どうしても宴会に出るのが嫌で、自分の部屋に閉じ籠った。  代わる代わる誰かが迎えにやって来て、ヴィクトリアを部屋から出そうとなだめたり脅したりしていたが、彼女は一切応答しなかった。このまま乗り切れるのでは、と思った頃――シドがやって来た。  出てこい、と低く唸るような恐ろしい声がして、ヴィクトリアはそれだけで動けなくなってしまい、毛布を被った状態のままガタガタと震えた。  シドは厚い金属製の扉を、拳一発で破壊した。  歪んだ扉が倒れて蝶番が弾け飛び、その向こうから怒りの形相のシドが現れるのを、その瞬間だけ悲鳴も上げずにやけに冷静に見ていた。あとから思えば、恐怖で頭の感情回路が飛んだのだろう。  無駄かもしれないが、鍵の数を増やそうとその時思った。  その後、シドはずっと機嫌が悪かった。視線も眼光鋭く殺されるのではないかと思えるもので、宴会場に連れ込まれたヴィクトリアは、顔面蒼白のまま震えが止まらなかった
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7 悪魔の宴会

 宴会はいつもシドの館の一階、大広間で行われる。宴会は既に始まっていた。  女たちに連れられて会場に入ると、皆が床に座って酒盛りをする中、すぐに突き刺さるような流し目で見てくる美丈夫がいた。  鮮血のような真っ赤な目をした、赤髪の男。  シドの年齢は確か三十三歳だったと思う。族長としては若い方だろう。  獣人界最強の男だというのに、筋骨隆々とした感じはなく、重くなりすぎない程度に引き締まった筋肉がついている。この体であの馬鹿力が出るのが不思議だ。  両側に女を侍らせて座っているだけなのに、存在感があった。強き者、王者の風格がある。  シドは眉根を寄せて機嫌が悪そうだった。宴会時に酒が入った時はたいてい上機嫌なのだが、ヴィクトリアが遅れてやって来たからかもしれない。  シドの視線に耐えられず、不自然にならない程度に横を向くと、少し離れた場所にリュージュが座っているのが見えた。同年代の子供たちと札遊びをしているようだ。  リュージュと目が合った。  リュージュは顔が強張った状態のヴィクトリアを見て怪訝そうな表情をしている。  ヴィクトリアはリュージュを見ていられなくて、すぐに下を向いた。 「遅くなりました」 「ご苦労だったな」  金髪美女はシドの前まで来ると、ヴィクトリアに接する時とは全く違い、花が咲いたような嬉しそうな顔をする。 「いいえ、我が主。お嬢様をお連れする事くらい何でもありませんわ。ですから、その、無事にお連れしましたので、ええと……」  途中から何かを言いにくそうにし始め、頬を染めてモジモジと恥ずかしそうにしている。 「約束だったな。今夜から順番に俺の部屋に来い」  ヴィクトリアはそれだけで何の事か察した。 どちら側から話を持ちかけたのかは知らないが、ヴィクトリアを連れてきたら抱いてやるとでも言ったのだろう。 (どういう約束をしているのよこの人は)  色めき立つ番たちとは対象的に、ヴィクトリアは我関せずといった体で隣の空席に座った。遠くの席に座ろうとすると怒られるので、シドの隣はもはやヴィクトリアの指定席となってしまった。  ヴィクトリアは目の前にあるお膳料理を眺めた。獣人は肉食なので、全部肉料理だ。  獣人が植物性のものを摂取できるかどうかは個体差がある。食べると命に関わるくらいに全く受けつけない者もいれば、嗜
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8 新しい遊び

 シドは目を細めてリュージュを見ている。楽しそうだった雰囲気は消失し、底冷えのする恐ろしい空気に変化していた。 (馬鹿!)  ヴィクトリアは全身から血の気が引く思いだった。 (シドを怒らせるなんて、何を考えているの!) 「お前は死にたいのか?」  低い声が響き、剣呑な空気があたりを包んだ。  周りの者たちも酒の酔いなど覚めたかのように、驚いて二人を見ている。 「死ぬぞ、あいつ」  誰かが言った。 (駄目、駄目、絶対に駄目)  リュージュだけは、リュージュだけは、絶対に何があっても守る。  眉間に皺を寄せたリュージュがさらに何か言おうと口を開きかけた時、ヴィクトリアは立ち上がりかけていたシドの首に抱きついた。  リュージュとシドが共に驚いた表情をする。 「シ、シ、シ……シド!」  ヴィクトリアはシドの名を叫んだ。全身に鳥肌が駆け巡っているのがわかる。シドは近しい者には呼び捨てを許しているが、ヴィクトリアはシドの名前を口にしたくなかったので、これまでは「お父さま」と呼んでいた。 (とにかく、止まってくれればいい)  必死にシドの首にすがりついた。 (絶対に離すもんか!) 「……まさか、お前の方から抱きついてくるとは」  戦闘態勢に変わりそうだったシドの雰囲気が、急に甘いものになる。  シドはヴィクトリアの体を抱きしめた。 「俺から離れたくないのか?」 「はい、離しません」 「本当に?」 「はい、離れないで下さい」 「俺が好きか?」 「はい、好きです」 「そうか。もっと甘えていいんだぞ」  シドにもヴィクトリアの鳥肌は見えているはずだ。好きで抱きついているわけじゃない。  こんなのは茶番だ。シドだってそれは分かっているはずなのに、状況を利用して楽しんでいるのだろう。  シドが笑う。嫌な笑みだ。 リュージュは呆気に取られた顔をしている。  ウォグバードが近づいてきてリュージュをその場に座らせると、後頭部を掴んで床に額をつけさせた。ウォグバード自身も土下座する。 「申し訳ございません。お許しを」  シドは二人のことを見向きもしない。手振りで遠くへ行けと示しただけだ。楽しそうにヴィクトリアを見つめている。  リュージュは呆然としたままウォグバードに連れられて宴会場を出て行った。  それを視界に認めて、安堵の
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9 絆

「お前、いつもあんな事されてんのか?」 リュージュが怒った声で忌々しげに聞いてくる。 ヴィクトリアは下を向いた。本当は、リュージュには知られたくなかった。 距離を置こう。きっと嫌われた。父親と恋人同士みたいなことをしてるなんて、気持ち悪いと思われても仕方がない。「もう、余計なことしないで。私のことは放っておいて。近づかないで」 冷たく、突き放すように言葉を紡ぐ。 せっかく出来た友達だった。リュージュと過ごした楽しかった時間も、もう全部全部、遠い所へ行ってしまう。 ずっとそばにいてほしかった。だけど、この地獄には巻き込めない。 リュージュは先程までの勢いを殺し、悲しそうな顔で言った。「お前は、あいつが好きなのか?」「そんなわけないでしょう! 大っ嫌いよ!」 思わず声を荒げてしまった。 夜も深まっているが、宴会の直後だから皆まだ起きているはずだ。誰が来るか分からない。分かっているのに、それでも叫ばずにはいられなかった。「父親にあんな事されて喜ぶと思う? そんなわけない。おかしいわ。あの人はおかしいのよ」 悔しくて涙が出てくる。「ずっと不思議だったんだ、なんでお前はいつも一人で、誰も寄せつけようとしないんだろうって。他の奴らはヴィクトリアには近づくなって、それしか言わないし、お前だって何も言わないし…… でも分かったよ。お前を不幸にしてるのは、あのクソ野郎じゃないか」 リュージュは苛立たしげに言うと、拳を作って壁を殴りつけた。「泣いてるじゃないか。お前にこんな顔させる奴、絶対に許さない」 ヴィクトリアは戸惑った。嫌われたと思っていた。なのに、リュージュはヴィクトリアのために怒っている。「あいつに何かされそうになったら俺が助ける。必ず呼べ」(何を言っているの? 助ける? あの超人的な強さを持つシドから?)「そんな事……」「わかってる。今の俺じゃあいつには勝てない。さっ
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